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2019年03月31日 イイね!

作ってみようかな…

作ってみようかな… 今日はロードスター奥多摩ミーティングの日。
 前日まで参加するつもりでしたが、朝は生憎の雨模様。風邪が完治していないこと、昨日の須坂往復の疲労が残っていることを考え、家で過ごすことにしました。

 一日ゴロゴロして過ごしましたが、書棚に首を突っ込み本を探していたら、こんな物が出て来ました。



 カワサキの旧いロゴ入りのメデイスンバッグです。
 W1Sで毎週のように仲間たちとツーリングをしていたのは、今から13、4年前。その頃に作ったものです。それから数年するうち、勤務医だったドクターは開業、自衛官で某外国語の達人だった方はお蕎麦屋さんを開業するなど、それぞれに生活の変化が。ボクは転職を繰り返さざるを得なくなり、自然と活動が尻切れ蜻蛉になって行きました。
 これは、そんな当時に作ったものです。
 いやー、懐かしいなー…。



 これを見て探し物を始めました。
 半端な革ばかりが入った箱をゴソゴソ…。
 凄い綿埃が舞います。風邪が治っておらず、咳とくしゃみの連発!
 …ちょっと、アイデアが浮かびました。



 これはエイの革。
 友人にW1Sのバッテリーケースに貼られている「向かい獅子」のステッカーを模したものをサドルバックに入れて作ってくれと言われ、外側を切り出して使った残りです。
 エイの革はとても固く、加工が大変です!
 でも、見つけてしまいました。



 こんなものが出て来ました。
 正真正銘、本物の鹿の角です。
 これを手に入れたのは、革で三つ釦のダッフルコートを作ろうと思ったからでした。モノを見ると思い出しますが、すっかり記憶の外でした。



 ネットでロードスターのロゴを探し、ペイントに貼り付けて印刷したものを、バッグと並べてみました。「カワサキオートバイ」の部分に「Roadster」を彫ったらどうだろう…?、とあれこれ考えました。
 「Roadster」のロゴは筆文字で、輪郭にかなり細い部分があります。
 下に並べたロゴを印刷した紙のサイズの、およそ2/3に収める必要があります。
 さて、どうしたものかと考えました。

 ボクの部屋は、「ゴッチャゴチャ」状態。
 親父が7年前に亡くなり、当時自衛隊員の一人息子は基地内住まいでした。
 1年掛かってマンションを売却、独りになった老母と暮らし始めましたが、部屋には親父の大量の本と、ボクが持ち込んだガラクタが溢れています。製作しようにも、レザークラフトの道具類をダンボールから全て出し、作業台を確保して並べないと始まりません。

 世間は10連休だそうですが、ボクの会社は歯抜けの7日休み。
 この貴重な休みに準備を整えることから始めないと…。
Posted at 2019/03/31 15:14:49 | コメント(0) | トラックバック(0) | ロードスター | クルマ
2019年03月31日 イイね!

(旧)軽井沢駅舎記念館

(旧)軽井沢駅舎記念館 草軽電気鉄道のデキ13を見学後、後ろに建つこちらを訪れました。
 新幹線の開業で軽井沢は近代的な駅舎に生まれ変わりました。
 この記念館は旧駅舎を一旦バラし、新駅の西側にリビルドしたものです。



 玄関です。
 間口の広い大きな引き戸。勿論手動です。
 ずっしりと重く、開けるのに少し力を入れました。



 駅名板、家に例えれば表札です。
 左右に植物の浮かし彫りが!凹んでいる部分は所謂「ツライチ」です。これを作るには、大変な時間と労力が掛かります。
 駅名は旧字体の隷書、しかも「焼印」!これを作るために、大型の金属製焼き型を起したのに違いありません。当然ですが「焼き」は一発勝負。手の込んだ浮かし彫りに焼きを入れた方は、言葉に出来ない程緊張されたことと想像しました。
 見事なまでの出来、旧い木造の雰囲気にうってつけです。



 記念館の説明板です。
 タイトルのレリーフも隷書ですが、こちらは新書体です。



 扉を開けると、そこはまさしく「昔の駅」!
 写真を撮りたかったのですが、帰る時まで結構な数の見学客が。加えて結構暗く、ストロボが必須でした。他の方のご迷惑になるので諦め、照明を撮りました。
 これは壁に取り付けられたものです。



 こちらは天井中央のシャンデリア。
 華美を避けた質素で旧いデザインです。
 皇室の方々が頻繁に訪問されることを考慮したものでしょうか。

 こちらにも改札口があります。
 入場券を購入し、駅に入りました。



 構内に入り、今通った改札を撮りました。
 昔の地方の駅で多く見られた、木造の入り口。
 …大学を出て入った会社で、最初に配属されたのが仙台営業所。当時の東北地方には、これがまだ残っている駅がありました。米沢、本八戸、余目…。
 右も左も分からず、上司に叱られてばかりだった当時を思い出しました。



 改札の全景です。
 指叉状の支えを持つ木造の柱が等間隔に並びます。三枚構成の改札扉と、見事な調和です。



 手前のホームには、保存車両が並んでいます。
 こちらは電気機関車EF63の2号機。
 北陸新幹線の開業で廃止された旧信越本線の横川-軽井沢間は、旧国鉄で最も勾配の急な区間でした。電車は自力では登ることが出来ず、僅か一駅のこの区間を電気機関車の助けを得て登っていました。このEF63がその「助っ人」で、「碓井のシェルパ」と呼ばれたそうです。
 嘗て特急や急行で、この区間を何度か乗りました。
 横川と軽井沢では機関車を繋ぐために、結構長い時間停車しました。横川では毎回「峠の釜めし」を買い、車内に戻り早速パクついたものでした。ところが発車すると矢鱈とノロく、しかも絶え間なくビリビリとした振動に見舞われ、乗り心地は酷いものでした。
 そんなこの区間は、新幹線の開業で廃止されてしまいました。草軽電気鉄道の記事にも書きましたが、便利さの代償に懐かしいものが喪われてしまいました。



 こちらは10000型電気機関車です。
 初代の「碓井のシェルパ」です。
 あまりの勾配に、当初この区間はアプト式という登坂方式を採用しました。2本のレールの中心に凹凸の並ぶレールを敷き、ここにこの電気機関車の下に取り付けられた歯車を噛み合わせて登ったそうです。このアプト式は近代化によりなくなり、代って使われたのがEF63です。



 ホームを見ると、見慣れない電車が。
 「ろくもん」と書いてあります。
 不定期の観光電車で、車内で食事をしながら1時間半を掛けて長野まで行くのだそうです。車内は子供連れの若いご夫婦、熟年から若者までのカップルで、皆これからの車窓と食事にワクワク・ドキドキ状態なのか、揃って顔を輝かせていました。

 ボクは独り者。
 こういう場面に出くわすと、一緒に行動してくれるパートナーが居ない寂しさを味わいます。ですが、独り者の気楽さも満喫していますので、プラマイゼロでしょうか(笑)。







 車内を見学しました。
 オープンカウンター式の席からコンパートメントまで、様々な席があります。インテリアも大変凝ったもので、見ているだけでも楽しくなりました。



 レールの終端部を見に行きました。
 目の前で見たかったのですが、ここから先は立ち入り禁止。
 ぷっつり途切れたこの向こうから電車で到着し、このホームに降りた時の光景が脳裏に浮かびました。若かりし頃が思い出され、ちょっとノスタルジックな気分になりました。

Posted at 2019/03/31 11:03:02 | コメント(0) | トラックバック(0) | お出掛け | 日記
2019年03月31日 イイね!

草軽電気鉄道 デキ13

草軽電気鉄道 デキ13 昨日の土曜日は、毎週恒例の長野県須坂市での難聴の治療でした。

 毎週軽井沢を通ります。
 いつも軽井沢高原ファームで老母の好物のいちごを購入して下仁田へ降りるので、立ち寄るのは南側ばかり。昨日は珍しく軽井沢駅へ行きました。



 今日の目当てはコレです。
 ちっちゃなL字型のサイドビューの電気機関車です。
 三角の屋根を被せられ何とも視覚的に見苦しいのですが、保存のためには仕方がないのでしょう。



 前からです。
 肝心の「顔」が隠れてしまっています。勿体ない…。

 この機関車は、嘗て軽井沢と草津温泉を結んでいた軽便鉄道、草軽電気鉄道のデキ13。人だけではなく草津周辺に点在した硫黄鉱山の鉱物輸送も担ったのだそうです。起伏に富む高原から山岳地帯を走るのに、建設費を抑えるためカーブやスイッチバックが矢鱈と多く、反対にトンネルは存在しませんでした。その結果、55.5キロを走るのに2時間半も要したそうです。



 当時の写真です。
 橋梁の上を進みます。「コトン、コトンコトン…」という音が聞こえる気がします。



 嘗ての北軽井沢の駅だそうです。
 神社仏閣のような立派な屋根が特徴です。
 この駅舎、現存するそうです。今度訪ねてみようと思います。



 前面です。
 三角屋根との間が狭く、これが精一杯でした。



 運転室です。
 狭い空間に直接制御方式のコントローラーが鎮座、運転手さんのスペースは猫の額ほどブレーキは円形のハンドル式!前面側(写真の右方向)に進む場合、右手でコントローラーを操作し、背後に廻した左手でブレーキハンドルを操らなければなりません。おそらく、運転手さんは中腰の姿勢での乗務を強いられたのではと思いました。



 説明板です。
 アメリカのジェフェリーという会社が大正9年に製造したとあります。
 今では宇宙船まで作る大国のアメリカですが、凡そ100年前にはこんな可愛らしい単純な機関車を造っていたとは、ちょっと感慨深く感じました。

 草軽電気鉄道は1915年(大正4年)に新軽井沢-小瀬間が開業、1926年(大正15年)に草津温泉まで全線が繋がりました。しかし自動車の時代に入り、交通の主役は徐々に乗合バスになって行きました。台風で橋梁が流されたことが原因で、1960年(昭和35年)、新軽井沢-上州三原間が廃止されます。その後1962年には、残された上州三原-草津温泉間も廃止され、遂に姿を消してしまいます。
 
 およそ50年もの間、軽井沢と草津の観光地の間を走り続けた高原列車。スピードは遅く、人間が歩く程度の区間も珍しくはなかったとか。旧カーブでの脱線も頻繁で、乗客も手伝って「せーの!」でレールに載せたそうです。何とも大らかで大時代的なエピソードです。
 
 今、ボクはこうしてキーボードを叩いて草軽電気鉄道のことを書いています。
 当時、この電車の乗客だった人も動かしていた人も、インターネットの時代が訪れ、この「ちっちゃな」軽便鉄道がネットで紹介されるなどと、全く考えたことがなかったでしょう。逆に言えば、我々は便利さの代償に、素朴で暖かみに満ちた沢山の大切なものを喪ってしまった気がしました。
 
 ボクは1960年生まれ、全線廃止の時は2歳。
 一度、乗ってみたかった…。
Posted at 2019/03/31 09:06:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | お出掛け | パソコン/インターネット
2019年03月24日 イイね!

中山集落から大麦代駐車場

中山集落から大麦代駐車場 先週、先々週は風邪をひいてしまい、散々でした。珍しく会社を2日半も休んでしまい、同僚に驚かれてしまいました。
 大分良くなり、昨日は須坂を往復しました。
 今日は午前中3週間ぶりに洗車し、午後から奥多摩の某所へ向かいました。



 青梅街道を奥多摩湖方面に上っていくと、幾つもトンネルを潜ります。奥多摩ダムの手前、ラストが中山トンネル。その入口手前に、ちょっと見えにくいのですが、左折して上る細い道があります。
 ここを入ると、途端にこんな具合。擦れ違いはゼッタイ無理です。
 右に左に、何度か綴れ織りを過ぎると、上を鬱蒼と覆っていた木々がなくなります。



 高地の斜面に、十戸ほどの民家が肩を寄せ合うように建っています。ここは中山集落。こんな不便なロケーションにお住まいの方がいらっしゃいます。ちなみに此処は東京都。天空から下界を見下ろす毎日、ちょっと羨ましいですが、毎日となるとボクには困難です。



 この道が集落の「幹線」!
 車一台がやっとです。



 木造の家屋。いい雰囲気です。



 遥か下に、今走ってきた青梅街道が見えます。
 クルマやバイクの音よりも、至近で鳴く野鳥の声が大きく聞こえました。



 大切にされているのでしょう。
 鉢植えや盆栽が並んでいます。

 

 …逢いたいけれど、手の届かない処に行ってしまった人。
 少しでも近づきたいと思った時、ボクは此処を訪れます。
 観光地ではなく、お店一つありません。
 此処は、普通の生活をされている民家だけ。
 そんなロケーションだからこそ、普通の気持ちで来れるのでした。
 
 逢いたい人への想いを胸に、独りで近くに行ってみたいと思っていらっしゃる方にはお薦めの場所です。その場合は、くれぐれも「そっと」訪れて下さい。此処にお住まいの方々は、平穏に暮らされていらっしゃいますので…。



 さて。
 折角ここまで来たので、ついでという訳ではありませんが大麦代駐車場まで足を伸ばしました。今日は第4日曜日、旧車のミーティングの日ですが、昼過ぎに家を出たので既にカラッポでした。
 ところが…、



 ヤヤッ!マッハの750ではないですか!
 オーナーさんに許可を戴いて撮影しました。



 右に2本、左に1本のマフラー配置、これがカッチョイイ!



 オイルは「お漏らし」状態(笑)ですが、マッハでは別段珍しいことではありません。
 少しお話ししました。
 オイル漏れの原因は、マフラーに横に入ったクラックと、オイルポンプ入口のバンジョーとか。



 コレです。
 対策として、スズキようのものを装着されているとか。
 これはバンジョーの内側にもゴムが入ったもので、マッハのオーナーさんの多くが使っているそうです。ただ、寸が長いので、2ミリ程度削る必要があるとか。



 前側からです。
 KM90もそうですが、この時代のカワサキのオイルポンプはアッセンブリー供給で、バラすことを考えていません。約50年前ですが、何とも「大時代的」デス!

 この直後。
 オーナーさんは「ケムリモクモク!」で帰られました。
 
 マッハやGTは、間違いなく「名車」です。
 …でも絶対、後ろを走りたくはありません(笑)!

 好天に恵まれ、久し振りに楽しく走りました。
 
 
Posted at 2019/03/24 16:22:56 | コメント(0) | トラックバック(0) | お出掛け | 日記
2019年03月17日 イイね!

ごめんなさい。

 すみません。
 まだ体調が悪く、今日はごめんなさい…。
Posted at 2019/03/17 18:03:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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