え~~、防衛省の平成11年度安全保障に関する懸賞論文の中から、入賞論文(防衛庁長官賞)のご紹介です。論文は12年前のものと古いですが、今の日本を取り巻く外交環境、とりわけ竹島、尖閣諸島だけでなく、沖縄米軍基地問題や東シナ海、南シナ海をめぐる中国と日本を含めた周辺国との緊張の高まりを考えるうえで、当時と現在の緊張感の違いや、考え方や目指す方向性が変わったもの、変わらないものを再確認する道標となるかもしれませんネ。
ちなみに、平成20年度とこちらもちょっと古いですが、「核の脅威への我が国の対応(「核のある世界」と「核のない世界」の狭間の抑止力)」という論文もというのも♪
http://www.mod.go.jp/j/publication/ronbun/21/01.pdf
防衛省・安全保障に関する懸賞論文ページ↓
http://www.mod.go.jp/j/publication/ronbun/index.html
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21世紀における日米安保体制の在り方について
防衛庁長官賞
副題
―東アジアの安定の為に―
海江田 達也
冷戦後の東アジアにおける最も明るいニュースは、中国や東南アジアの多くの国々が経済発展を始めたことであろう。これらの諸国の発展は、通貨危機依頼の混乱や各国の国内事情等の阻害要因を抱えてはいるものの、長期的には持続していくものと考えられる。
近隣諸国が豊かになりその市場が拡大することは日本にとっても好ましいことである。また韓国や台湾で経済成長による社会の変化が政治の民主化をもたらしたことを思い起こせば、現在発展を遂げつつある国々でも将来民主化が実現されこの地域の国際関係の安定に寄与することが期待できるかもしれない。
一方でこの地域の変化のプロセスにはいくつかの不安定な要素が含まれている。例えば、統計的に戦争は経済の縮小局面よりも拡大局面に起きやすいことが知られている。現に東アジアには多くの領土紛争が存在するが、経済の発展に伴うナショナリズムの高揚や軍備の近代化がそれらの紛争を活性化させる可能性は低くない。また経済発展に際しては、発展を持続することと並んで、成長の果実を国内全体に享受させてナショナルな安定を維持するということも重要かつ困難な事業であり、これは常に成功するとは限らない。
それにそもそもこの地域は明るいニュースばかりではない。冒頭に「冷戦後」という言葉を使ったが、少なくとも朝鮮半島の南北に住む人々にとって、まだ冷戦は終わっていないだろう。民主主義国同士は戦争をする確立が低いと考えられているが、東アジアには様々な体制の国々が存在している。それらのうちのいくつかは韓国や台湾のように比較的平穏に体制の変革を実現するかもしれないが、例えば中国が近い将来に民主主義国になるとは考えにくいし、著しく硬直的な北朝鮮の政治体制が変化するときには相当な混乱が伴うであろう。またこの地域も世界の他の地域と同じように、核・生物・化学兵器や弾道ミサイルの脅威と無縁ではない。
このように見てみるとこの地域の将来がどうなるかは結局のところよく分からない。多くの国が平和と反映を享受するようになるかも知れないが、そうはならない、あるいは一時的にせよ大きな混乱が起こるかもしれない、というシナリオも考え得るのである。
しかし将来がよく分からないということは、この地域の国々がどのように考え行動するかによって状況を制御できるかもしれないということを示唆している。各国の国内事情はともかく、少なくとも国際関係における最低限の秩序は確保されるべきであり、可能ならばそれをより安定的で確実なものにする努力が必要である。前者のために直ちに有効であり代替手段の見当たらないものが米国の抑止力である。したがって日本としては、いかにして米国にこの地域への関与を維持させ、またそれがどのような効果を持つのかを冷静に観察しつつ、自国と地域全体の平和を確保するための方策を練るか、ということが課題となる。
まずそもそもなぜ米国がこの地域に軍事力を維持し、安全保障に関心を払ってくれるのかということを検討しなくてはならない。米国が自らソ連との対立の当事者であった冷戦期においては、例えば日本を守ることは米国の死活的利益で有り得た。しかし冷戦後の今日に至っても米国が東アジアの安全保障に貢献しようとするのは、日本や中国などの重要な国を含み、経済的な重要性を増しつつあるこの地域の安定が米国自身にとって重要であるという判断によるのであろうが、それは冷戦期ほどの死活的利益ではない。
しかも長期的に見て東アジアに米国の軍事的関与を期待し続けられるかどうかには不安を抱かざるを得ない。米国はなお世界の平和に大きな関心と責任感を持ち続けてはいるが、冷戦期と比べれば米国の国益にとって海外の紛争に介入する重要性は低下していると見なさざるを得ない。またそもそも米軍の海外駐留は第二次大戦後の米国の圧倒的国力を契機に成立したものであり、今後世界での米国の国力が相対的に低下すれば、米国は安全保障上の負担を過重に感じるようになるかもしれない。東アジアの安全は米国よりむしろ日本にとって重要な問題なのに、米国の負担の方が大きいことも問題視されるようになる可能性もある。
これらの要素を考えれば、日本としては米国の関与を維持させ続けるための方策が必要になる。例えば、既に日本による米軍駐留経費負担は米国内での基地削減要求への有力な反論となっている。また情勢の変化に応じて不要な基地を削減して日米両国にとっての安保体制維持のコストを減らし、基地問題や駐留経費についての反対が日米安保体制全体を揺るがさないように配慮することも必要であろう。
同時にやや外交的な考慮も必要になる。米軍の具体的なオペレーションが想定される場合に、日本が戦闘に加わらないことはともかく、何もしないということになれば日米の信頼関係を大きく傷つけることになりかねない。
また、例えば日中の小さな無人島の取合いのために、米中関係が悪化せざるを得ないということは米国も避けたいであろうし、日中にとっても好ましいことではない。日米中という世界的に突出した大国が、尖閣諸島を巡って喧嘩してはこの地域の安定に大きなマイナスである。
やや逆説的だが、日本は小規模な紛争で米国の軍事支援を必要としない方が、米国の存在を東アジア全体の安定に役立てる為には好ましいのかもしれない。
この問題はもう一つ重要なことを示唆している。つもり米国の抑止力が東アジアの安定の為に必要だといっても、それは文字どおり軍事的な抑止力であり、日米安保体制という同盟を基盤にしているので、かえって対立的な国際関係を助長しかねない側面があるということである。このことを考慮すると、米軍の抑止力は具体的な紛争に結び付けられるのではなく、一般的・抽象的に説明されることが望ましい。既に日米防衛協力の為の新ガイドラインに関して、「周辺事態」は地理的概念ではないとされたことや、中台の軍事衝突が「周辺事態」に該当するかどうか明確にされなかったことは、日米安保体制を東アジアの安定に寄与させる為にはそのような仕掛けが必要だということを示している。
しかし具体的・現実的な存在である軍事力を一般的・抽象的に説明しようとすることには無理が付きまとう。例えば朝鮮半島で和平や統一が達成された後に、沖縄駐留の海兵隊が撤退しなければ、中国はこれを中台紛争への抑止力と解釈するだろうし、日米両国が国内向けに同様の説明をせざるを得ないことも有り得る。
結局のところ、東アジアの安定を図る為に日米安保体制という抑止力は必要ではあるが、それだけでは不十分である。とはいえ政治体制の違いや深刻な領土紛争を抱えた東アジアにおいて多国間の協力・対話の枠組みを構築しようと考えても、NATOのように地域の国をほぼ全部含んだ強力なものができるとは期待しにくい。二国間・多国間での緩やかな対話と協力の場を積み重ねていくというスタイルが実現可能なものだろう。
では具体的にどのような対話・協調の場が可能であろうか。二国間によるものの他に、ARFのような地域全体が関係するものが考えられる。またスプラトリー諸島や北東アジアに関係する国など個別的・地域限定的なもの、日米の他に韓国やオーストラリアなど米国とその同盟国による意見交換や協力の場があっても良いだろう。
このような場において与件とせざるを得ないであろうことは、台湾問題やいくつかの領土紛争について根本的な和解や解決は非常に困難であること、新たな大国が登場する時には摩擦が付き物であるが、中国を含む東アジア諸国の国力の変化に際して安定した国際秩序を維持する必要があること、などである。
したがって、参加国の顔ぶれによって重点の置き方は異なるだろうが、その具体的な目的は、信頼醸成措置、無用の衝突が起きたり新たな紛争の火種が増えることを防ぐ、紛争について話し合う為の場を提供し、紛争解決には非軍事的手法を取るというコンセンサスの形成を図る、戦争には至らないような小規模の混乱への対処能力を高める、またそのための協力関係の構築、といったものになるだろう。
日本は米国の抑止力を重視するあまりこの様な取り組みに消極的になってはならないし、むしろ日米安保体制がこの様な取り組みを後押しする政治的・外交的機能を果たすように変えていかなければならない。
日本は湾岸戦争や朝鮮半島の情勢変化を契機に東アジアや世界の安全保障にどう関わっていくかを考え始めたが、まだ答えが全て出たわけではない。東アジアにおいてはこれまでに述べてきたような努力が必要である。一方世界の安全保障の為に日本が何をするかはまだ明確ではないが、今後100年間という長い期間で考えれば米国が一国で世界の安全保障を支え続けられるかどうかは未知数であり、世界の安全保障を考える余力のある国が政治的・軍事的な協力関係を構築しておくことは、将来の不安を軽減する為の重要な布石である。
従って日米安保体制は東アジアや世界全体の安全保障を視野に入れた外交的・政治的提携関係に変容していくであろうし、その際の日本には安全保障についての主体的な現状認識と将来ビジョン、政策提言能力が必須である。
論文URL↓
http://www.mod.go.jp/j/publication/ronbun/11/kaieda.html