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2026年01月22日 イイね!

【その他】EJ20は、どこまで健全であり得るのか。

【その他】EJ20は、どこまで健全であり得るのか。こんばんは😃🌃
おじゃぶです。


今日も今日とて、ジムで有酸素運動🏃‍♂️💦をしながら、ふと最近乗れていないWRX STIの維持管理について考えていました。
あ、手放すことはありませんよ! 😁

乗車機会が減ったのでエンジンオイルのベースは変えた方がいいのか?とか、今秋の9年目車検では何を整備しておこうかな?とか、そんな具合です。そこに、愛はあるんかぁ~??(女将さんっ!)

つい最近、化学工学、専らオイル専門の先輩(修士論文は潤滑だそう)と、クルマのエンジンオイルひいては状態は、どんな因子の寄与度が大きいのか? という話をしていました。

本稿では、そこから派生させて、EJ20とメンテナンスと私 みたいな観点で、おじゃぶ号について振り返ってみたいと思います。
※本文は、慣れ親しんだ論語で書きます。


ーーーーーーーーーー


【10万km超EJ20は、どこまで健全であり得るのか】

EJ20というエンジンは、しばしば「繊細」「壊れやすい」「距離が伸びると厳しい」と語られる。一方で、それらは個体差や使用条件、管理思想を十分に分離せずに語られている場合が多い。本稿では、一台のWRX STI(EJ20・走行距離106,000kmのおじゃぶ号)を例に、条件が揃った場合、EJ20はどこまで健全性と性能を両立し得るのかを、数値と整備履歴、そしてプロ(スバルの整備士、エンジンオイルメーカーの社長、プロドライバー)の所見を交えて論じ、そして振り返りたい。


ーーー
1. 前提条件としての車両仕様

本車両は、いわゆる最大出力追求型のチューニングではない。ECUはPROVAスーパースポーツECUを軸とし、吸気・冷却・点火を中心に“成立条件を揃える”方向で構成している。排気系はセンター以降のみSTI製とし、フロントパイプおよび触媒は純正を維持している点が特徴である。

また、タイミングベルト、ウォーターポンプ、オルタネーター、パワーステアリングポンプ、AF/O2センサーなど、EJ20でトラブルの起点になりやすい計器・補機類は、すでに予防交換を実施している。


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2. 実測データが示すエンジンの状態

本車両のブースト圧は、4〜6速ギアにおいてピーク1.65、安定後1.53を示す。この数値は純正タービンの実用上限域にあたるが、重要なのはその再現性である。

冷却系を強化した結果、夏場でも油温・水温はおおむね90℃前後、巡航時には80℃台を維持する。油圧はオイルクーラー後で5.5〜6kgf/cm²と安定しており、オイル交換直前・直後で顕著な変化は見られない。

これらの数値は、エンジン内部のクリアランスが健全であり、油膜が常時成立していることを示唆している。


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3. 体感性能と“平均値”という視点

ECUテック施工車両や、いわゆるSシリーズと比較した際、とくに低〜中速域において「ついていけない」と言われる場面がある。これは最大馬力の優劣ではなく、実効トルクが常に一定していることに起因すると考えられる。

吸気温・油温上昇による補正が入りにくく、点火・過給が毎回同条件で成立することで、結果として“平均的に速い”状態が維持される。これはピーク性能よりも、再現性を重視した構成の利点である。


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4. 排気抵抗と制御の整合性

過去にはメタルキャタライザを装着したこともあったが、結果としてオーバーシュートの増大やチェックランプ点灯を招いた。これは排気抵抗低下により、純正タービンとPROVA ECUの制御思想から外れたためと考えられる。

最終的に純正触媒へ戻したことで、過給挙動は安定し、現在の再現性の高い特性が成立している。これは性能低下ではなく、全体最適への回帰である。
(=パーツ単体の過剰なスペックだけでは、見かけ上のパワーは上がっても、ボトムアップできていない。)


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5. チェックランプという情報の扱い方

本車両について語る際、「過去にチェックランプを点灯させていた=弄り方が荒い、あるいは下手なのではないか」という見方をされることがある。しかし工学的には、この解釈は必ずしも正しくない。実に、短絡的である。

ECUが点灯させるチェックランプは“故障の烙印”ではなく、設計時に想定された状態空間から外れたことを示す情報出力である。言い換えれば、これはエンジンが壊れたサインではなく、制御と実機の乖離を教えてくれるフィードバックに過ぎない(パーツによっては故障と同義の場合あり)。

実際、メタルキャタライザ装着時に発生したチェックランプは、排気抵抗の変化によって過給挙動や触媒効率判定がECUの想定範囲を逸脱したことに起因していた。重要なのは、「設計思想との不整合として解釈し、構成を見直したか」である。

本件では、純正触媒へ戻すことで、ブースト制御・学習挙動・再現性は明確に改善した。これは感覚的な“好み”ではなく、システム全体の整合性を回復させるための設計判断である。
(システム安全工学の講義を履修した意味が、社会人になって早くも実用化された瞬間であった。)

チェックランプが点灯した事実よりも、それをどのように読み取り、次の構成に反映させたか。そこに、場当たり的な改造と工学的アプローチの差が現れる。


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6. メカニック、オイル開発者、プロドライバーの所見とブローバイ挙動

複数のその手のプロから共通して指摘されるのが、「同型EJ20と比べてアイドリング音が静か」、「ツキがよく、本当にキレイに吹け上がる」という点である。10万kmを超え、かつ1.5以上の過給を常用する条件でこの評価が得られることは、メタルクリアランス、燃焼圧の立ち上がり、油膜保持が良好であることを示す。

加えて、高負荷走行時においてもブローバイがほとんど発生しない点は、ピストンリングおよびシリンダのシール性(もちろん、エンジンオイルの影響大)が現在も高いレベルで維持されていることを裏付けている。
機械は時に難しいが、意外にも素直である。


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6. オイル管理と変化の少なさ

エンジンオイルはエステルベースを長期にわたり継続使用している。(同じ銘柄で)交換後の印象は「やや滑らかになる」程度で、劇的な変化は感じられない(レビューでも毎回同じことを書いている)。しかし、これは状態が常に高い水準で安定しているためであり、交換前後で油圧に変化がないことがその根拠である。

派手な変化が起きないという事実は、劣化が顕在化する前に抑制できていることを意味する。


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7. 結論

本個体は、ピーク性能を誇示する車両ではない。しかし、温度・油圧・過給・燃焼が常に同条件で成立し、10万kmを超えてなお健全性を保っている(と信じたい)。

EJ20は、条件と思想が揃えば、距離を重ねてもなお高い完成度を維持し得るエンジンである。

本稿が、EJ20というエンジンを評価する際の一つの実例として、同型エンジンを扱う誰かの参考になれば幸いである。


ーーーーーーーー本論おわりーーーーーーーーー



最後に、本稿の内容について、印象論や部分的な切り取りによって評価されることがあるかもしれません。しかし、本稿で扱っているのは感覚的な優劣や主観的な好悪ではなく、観測された事象と、それに対する対応の履歴です。
仮に結論だけを見て「分かっていない」「運が良いだけ」「弄り方が雑だったのではないか」と感じるのであれば、それは本稿の対象外です。
本稿は共感を求める文章ではなく、同様の検討を行う方にとって参照可能な記録として記しています。
したがって、前提条件や経緯を踏まえない評価については、特段の反論や補足を行う予定はありません。理解が及ばないこと自体を問題視する意図もないですし、議論は同じ土俵に立った場合にのみ成立すると考えています。
(次回車検への動機付け、と思っていただければ幸いです!✨)

最後までお読みいただきありがとうございました!
Posted at 2026/01/22 20:18:59 | コメント(1) | トラックバック(0)
2026年01月19日 イイね!

【その他】EVが正しいなら、なぜ熱は消えないのか。

こんばんは😃🌃
おじゃぶです。


今日も今日とて、です。
モーター雑誌【モーターファン】のなかで、現状の技術に関する総論が記されていました。過去には、内燃機関はなくならない、という刺激的なトピックスもありましたが、いまは昔。
改めて、内燃機関について考えてみました。極寒の道路で立ち往生に巻き込まれた経験、スタックした経験、みなさまも頷きになる主張もあると思います。
それでは、どうぞ。👍➰
※定量性をもつ情報の出所は同雑誌内、またはウェブ検索により一般的に出てくるものです。新旧、誤りを含む可能性がありますので、ご注意ください。


ーーーーーーーーー
【内燃機関は古いのではない。完成している。】

内燃機関に対する世の中の評価には、明確な歪みがあると感じる。それは私だけではないはず。
「古い=劣っている」「燃やす=環境に悪い」という、極めて短絡的な理解である。技術の歴史を直線で捉え、最終地点がEVだと信じてしまったとき、この誤解は完成する。

ただし、電気自動車(EV)の普及は着実に進んでいる。2025年の世界の新車販売に占める電動車(BEV、PHEV、HEV含む)の割合は約43%に達し、2019年の約9%から大きく拡大したという統計もある。これは規制強化や消費者の環境意識の高まりが反映された結果だ。
またEV単体(特にBEV+PHEV)の販売台数は年々増加し、2025年は世界で2,000万台を超えるという予測もある。

しかし、これらの数字だけで、
「内燃機関はもう不要だ」
と結論付けるのは、時期尚早、非常に表面的な評価に他ならない。市場全体を見れば、世界の自動車保有台数に占めるEVの割合はまだ小さい。推計ではEV(BEV+PHEV)は全体の約4%程度に過ぎず、95%近くが従来型車両であるというデータもある。 つまり、EVは確実に伸びているものの、全体の主力にはまだ達していないのが現実である。

内燃機関。それは、未熟だから置き換えられるのではない。成熟しきったがゆえに、進化が目立たなくなっただけのように感じる。ガソリンを爆発させたエネルギーを直線運動に変換する。言葉で書けば簡単だが、それがどれほどに困難なことであるか。
燃焼制御、噴射精度、可変機構、排熱回収といった技術は、熱力学と機械工学の膨大な蓄積の上に成立している。これは衰退ではなく、完成度の高さの裏返しである。
さらに、輸送分野では、全世界のエネルギー関連二酸化炭素(CO₂)排出の約15%を占めているとの報告もあり、その削減は確かに喫緊の課題であることは疑う余地もない。この点でEVがCO₂削減に寄与している面も否定できない。実際、EVは走行時のCO₂排出が極めて少なく、「ライフサイクル全体で最大70%の排出削減」とする試算も存在する。

だが、ここにも慎重な解釈が必要である。EVが環境に優しいとされる根拠の一部は、現行の電力構成と統計上の前提条件に依存している。発電過程やバッテリー製造時のエネルギー投入を考慮すると、実際の排出削減効果は電源構成や運用条件に大きく左右される。電力の多くが化石燃料に依存する国や地域では、そのメリットは想定より小さくなる可能性がある。
(一意見だが、某討論番組で、タービンを2回も回しているのに、効率がいいわけがない! と言った学者の意見に沿っている。)


そして重要なのは、EVは「エネルギーを使わない乗り物」ではなく、★単にエネルギー消費地点を車外へ移したに過ぎない★という点にある。充電インフラの整備、電力系統の増強、再生可能エネルギーの不安定性への対応など、EVの普及に伴う新たな課題が浮上している。電力需要の増大が再エネ比率を引き上げるペースを上回るという指摘もある。


そうすると、内燃機関の価値が再び見えてくる。燃料は高いエネルギー密度を持ち、移動中の補給と貯蔵が容易という特徴がある。災害時や電力インフラが脆弱な地域においても、内燃機関は有力な選択肢として機能する。これは感情論ではなく、エネルギー工学の事実、体験に基づく実話である。
(極寒キャンプで、蓄電池と電気毛布ではなく、何の迷いもなくランタンや焚き火台、そこで使う燃料を持ち込んでいるのが、いい例と思う。)


時代遅れ。本当にそうだろうか。
内燃機関を、そう切り捨てることは、EVを過大評価することと同義だと主張したい。技術は競争ではなく、役割分担で最適化される。
これは、2Lエンジンで300や400馬力といった出力を叶えられることに例えても違和はないだろう。

ロケットエンジンに電動モーターを使わないように、すべての用途に単一技術を当てはめることは工学的思考ではない。
それでもEVを推す人たちは、未来を見ている。そこは素直に評価すべきとも思う。ただし、未来とは度重なる分岐をどう進むか、何度も究極の選択を迫られているゲームメイキングと考えることができる。
内燃機関を正しく恐れ、EVを正しく期待する姿勢こそが、最も賢い選択=進化を選び取る鍵となる。

内燃機関は、環境の敵ではない。
制御された熱と燃焼は、人類が最も深く理解してきたエネルギー変換技術の一つである。これを単純に否定することなく、その強みを生かしながら次の時代へ進むことが求められている。

ーーーーーーーーー



私ならこう書くよ!と、ここまで提示するのは良くないかもしれませんが、まぁ内容は違うのでよしとしましょう。

今晩もお付き合いありがとうございました!
運動してご飯食べて、寝ることにします。💤


本日もお疲れ様でした!
Posted at 2026/01/19 20:16:41 | コメント(2) | トラックバック(0)
2026年01月17日 イイね!

【その他】阪神・淡路大震災大震災 今日で31年。

【その他】阪神・淡路大震災大震災 今日で31年。おはようございます!
おじゃぶです。


今日は、阪神・淡路大震災から31年となる、忘れてはならない日です。
ことし30歳になる私にとって、それは生まれていない時の出来事ですが、震災学習として防災センターにいったり、経験した人の話をきいたりして、震災を「記憶」ではなく、「空気」として知って育った世代です。


1995年1月17日の揺れを、私は覚えていません(覚えていないというか、インプットされていない)。しかし、倒壊した建物の写真や、語り部の言葉の途中に生まれる沈黙、そして日常会話の中に自然と差し込まれる「あの日はな……」という一言が、この街で暮らす私たちの原風景になっています。震災は過去の出来事でありながら、今もなお生活の足元に、地層のように横たわっています。

私は先日、防災イベントにおいて、下記のように講演しました。

地震は、特別なときにだけ起こる災害ではありません。そして、それ(災害全般)は、時、人を選ばずして襲いかかってきます。
都市の合理性や経済効率、日々の安心感といった「当たり前」を、一瞬で無効化する現象です。阪神・淡路大震災は、日本が高度に整備された社会であっても、自然の前ではいかに脆弱であるかを、否応なく突きつけました。
31年という時間の経過は、社会を進歩させる一方で、人の感覚を少しずつ鈍らせます。耐震基準は強化され、インフラは更新され、防災は「知識」として整備されました。その一方で、「自分は大丈夫だろう」という静かな油断も、同時に生まれているように感じます。被害を直接経験していない世代である私たちは、恐怖を実感できない代わりに、危機を想像する力を問われています。

地震への備えは、非常食や防災グッズを揃えることだけではありません。それは、社会の設計思想であり、個人の想像力の問題でもあります。想定外を切り捨てず、効率だけを追い求めず、「最悪でも人が生き残る」選択をどれだけ積み重ねられるか。その積み重ねこそが、防災であり、復興の延長線上にある責任だと考えています。

私は震災の町神戸に暮らす30歳として、震災を直接語れる当事者ではありません。しかし、震災を忘れずに考え続けることで、この街の未来に関わる当事者でありたいと思っています。記念日として振り返るだけでなく、日常の判断基準として震災を内包すること。
それが、あの揺れを知らない世代に課された、静かですが確かな役割ではないでしょうか。
Posted at 2026/01/17 13:13:15 | コメント(2) | トラックバック(0)
2026年01月16日 イイね!

【その他】理系は変わっている?いいえ、仕様通りです。

【その他】理系は変わっている?いいえ、仕様通りです。こんにちは👋😃
おじゃぶです。


またまた論述練習シリーズです。
この時期は学生さんの就活文章に触れる機会が増え、自ずと論述チックな文章を書きがちです。

さて、それは、私だけ??🤔
いや、変わっているね、と言われた経験は、多くの方がされたことがあるのではないでしょうか。
先日、視点 に関して考えるようアドバイスしたところですが、理系、変わっている、このあたりのキーワードから、ずっと謎だったことについて視点を意識して考えてみました。
※原稿用紙に書いたりパソコンを開いたりするほどのことではなので、メモ程度に投稿しています。
お許しください。😅


ーーーーーーーーー
「理系は変わっている」と言われる理由は、(私を含む)彼らが変わっているからではない。世界の見方が、平均値からズレているからだ。

工学者や理系人間は、物事を感情や物語よりも先に、構造・因果・再現性で捉える。
目の前の現象に対して「どう感じたか」よりも、「なぜ起きたか」「どこまで支配できるか」を無意識に考える。この思考回路は、雑談や社交の場では沈黙や唐突さとして表に出る。結果、「変わっている」とラベリングされる。

だが冷静に考えれば、社会はそのような思考様式の上に構築されていることに気がつく。
電力網、通信、輸送、医療、金融システム。どれも感性では動かない。動くのは数式と仮定と誤差管理である。
理系人間は少数派どころか、文明の下層を支配しているといっても過言ではない。目立たないだけで、数も影響力も想像以上に多い。

理系が「変」に見えるもう一つの理由は、最適解に対する執着にある。
つまり「まあいい」を嫌うということである。再現しない現象を信用せず、説明できない成功を運だとは思わない。空気を読むより、条件を読む。常識より、境界条件を疑う。
この態度は協調性の欠如に見えるが、実態は逆で、最悪の事態を未然に潰すための、過剰なまでの責任感そのものである。

そして理系人間は、しばしば“遠い未来”に住んでいる。10年後に破綻する設計、100回目で壊れる構造、想定外が起きたときの逃げ道。今この瞬間の会話より、まだ起きていない失敗の方が重要なのである。
現在に鈍感で、未来に過敏。これが「変わっている」の正体だと考える。

要するに、理系人間は奇人ではない(と信じたい(笑))。
世界を感覚で消費せず、支配しようとする側の人間である、と。
その視線が少し冷たく、会話が少し不器用で、興味の方向がズレているだけだ。俗に言う理系が黙っているとき、何も考えていないのではない。
社会が当然として使っている仕組みを、頭の中で分解し、再構築し、壊し、より強く作り直している。
変わっているのではない。
基準点が、すでに一段先にあるだけだと。

ーーーーーーーーー


とまぁ、ものすごい主観的な主張になりましたが、理系は縁の下の力持ちでありながら、圧倒的な多数派である、とも思えます。

変わっているね。いわれることになれたと言うのか、自覚があるかはということなのか、昔から嫌な気はしなかったです。
思考が違うのだよ、と、どこか傲慢になったかのように、自己納得させていたのかもしれないです。

目の前の現象に対して「どう感じたか」よりも、「なぜ起きたか」「どこまで支配できるか」を無意識に"考えてしまう"。
このプログラミングされたかのような思考回路に頷く人は、このみんカラの世界でも多数派ではないでしょうか。
少なくとも、ガソリンと軽油の判別はついているわけで。



Posted at 2026/01/18 15:56:09 | コメント(2) | トラックバック(0)
2026年01月14日 イイね!

【その他】一杯のコーヒーは、偶然を制御した実験結果である。☕

【その他】一杯のコーヒーは、偶然を制御した実験結果である。☕こんばんは😃🌃
おじゃぶです。


よほど暇なんでしょう。
またこんな訳のわからない投稿をして、、、申し訳ありません。💦

本投稿は、化学工学などの学会誌に掲載したい、そんな文章です。
委員などを努めていると、たまにトピック提供の依頼が来ます。基本的に何を書いてもいいのですが、どうせなら身近な現象について、ちょっと視点を変えて論じたいところです。

発端は、今朝にいれた一杯のコーヒー。
(コスタリカ🇨🇷)



冬のホットコーヒーはなんでこうも美味しいのでしょうか。
スルスルっと口に含み、飲んでからふぅーと一息つく。間髪を容れずに、また同じサイクル。
気付けば液面はどんどん減る、コーヒーとはそんな中毒性とも言えるような不思議な飲み物ではないでしょうか。
それは、コーヒーという液体が完成するまでの行程を考えれば、すこし紐解くことができます。


そんなコーヒーという液体について、せっかくなので化学工学の観点で書いてみます。
戯れ言にお付き合いいただき、ありがとうございます。✨
冒頭の、偶然を制御するというフレーズは、ようはインパクトを与えるためのやや矛盾した表現です。制御できるならば、それは偶然ではなく必然なのでは?と。
ただし、読み進めてもらえれば、あながち間違いではない、と思えるかもしれません。
ーーーーーーーーー

【一杯のコーヒーは、偶然を制御した実験結果である】

「コーヒーの抽出は面倒だ」と言われるたびに思う。それは面倒なのではない。背景を知らないだけだ!と。

コーヒー抽出とは、単に豆を通して湯を落とす作業ではない。数百種に及ぶ化学成分を、温度・時間・濃度勾配という操作変数で選択的に溶かし分けるという、家庭で行う極めて高度な液相分離実験である。
低分子で親水性の高い有機酸やカフェインは最初に溶け出し、香味に輪郭を与える。
続いて、焙煎過程で生じた中分子のメイラード反応生成物が抽出され、甘さとボディを形作る。
最後に現れる高分子フェノール類(苦味)は、行き過ぎれば渋みとなる。
よくあるコーヒー抽出の動画で、豆の量や湯量、そして時間を計っているのはこのためである。

前出の溶出順序は感覚論ではなく、溶解度・拡散係数・反応速度定数という物理化学で決まっている。
湯温を1〜2℃変えることは気分転換ではない。反応速度を操作し、「どの成分を、どこまで取り出すか」を制御している。ここまでの話で、次回のコーヒーは、湯温を変えてみようか? と考えた方もいらっしゃるのではないだろうか。
また、挽き目を変えるのも好みの話ではなく、比表面積と拡散距離を設計し直しているにすぎない。
★ハンドドリップが難しいのではない。変数が多く、結果に正直なだけだ。

だが、この知的遊戯は抽出工程だけで完結しない。
私たちの前にある豆は、工業製品ではなく、赤道付近の限られた土地、標高、気候条件のもとで育った不確実性の塊だ。
しかも飲んでいるのは果実の主役ですらない、コーヒーチェリーの中に二粒だけ存在する種子である。
収穫後の発酵では、微生物相・温度・酸素供給の差が有機酸組成を決定し、後工程では取り戻せない風味の方向性が固定される。
焙煎は単なる加熱ではなく、熱分解とメイラード反応の時間制御であり、数秒の判断が生産者の努力を生かすか殺すかを決める。
こうして数千キロの物流を経て届くスペシャルティコーヒーは、世界流通量のごく一部にすぎない。単一農園、単一ロットとなれば、同じ味に二度と出会えない可能性すらある。

だから抽出は面倒なのではない。
あまりにも多くの自然現象と人間の判断が、すでに一杯の中に折り畳まれているだけだ。
私たちが湯温を測り、注湯を制御する行為は、神経質さではない。
それは、生産地の標高差や発酵条件、焙煎判断によって歪められた化学バランスを、最後に最適化する試みだ。

一杯のコーヒーを丁寧に淹れるとは、
自然の揺らぎ、生産者の決断、焙煎の解釈、そして抽出という最終操作を経て、途方もない確率の束を、たった一つの解に収束させる知的行為である。
コーヒーは、ただの飲み物ではない。理解した瞬間から、それは再現可能で、しかも二度と同じにならない実験結果になる。

ーーーーーーーーー



とまぁ、こんな感じで投稿したいわけです。
当該雑誌を手に取るほとんどの方はいわばその道のスペシャリストですが、より一般的な文章に推敲したい、と悩んでいます。
最初と最後をやや矛盾表現としましたが、これも諄いかなぁとか。


ご意見あればお願いいたします!
Posted at 2026/01/14 21:09:55 | コメント(0) | トラックバック(1)

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おもろかった~」
何シテル?   01/17 12:09
おじゃぶです。よろしくお願いします。 自動車の構造に詳しいわけではありませんが、日々のメンテナンス、チューニング記録を主として投稿、共有したいと思います。 ...
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