先日、NHKのBSプレミアムで「プロジェクトX4Kリストア版「ロータリー47士の闘い 夢のエンジン開発 」が放送された。今月はご存知の通りマツダがルマン24時間耐久レースで優勝してから30年 になるのだ。
当時私は社会人として働き始めた年だった。そして当時はグループCカーは全盛期から衰退期に入り始めていたが、1990年に予選でニッサンR90CKがトップタイムでポールポジションを取り、いよいよ日産が次はと思っていた。私自身「90運動」によって開発されたフェアレディZ、スカイライン、ローレル、シルビア、ブルーバード、パルサー、サニー、マーチといった魅力的な新型が続々とデビューしていたことから、熱狂的な日産党であった。
だから、正直言うと、マツダの優勝はそう嬉しいことではなかったが、当時の親友が熱狂的なマツダファンだったこともあって、テレビの放送をみながら親友に電話で祝福の言葉を伝えた思い出がある。
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しかし、この数週間後、「AUTOSPORT」でルマンの特集記事が掲載されて取材記事を見て、大きく私は感銘を受けた。
① マツダ本社が最初から関わっていたわけではなく、一ディーラー店(マツダオート東京)が中心となってルマン挑戦が始まっていること
② 優勝までの間、クラス優勝はあっても完走か、リタイヤの繰り返しで参加することに意義がある程度でしかなかったのが、マツダがルマンの挑戦し始めて20年、マツダスピードとして、13度目の挑戦で総合優勝であったこと。 ③ ロータリーエンジンでの参加は1991年が最後の年であったこと。
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この三つが当時仕事で行き詰まっていた私には大きな影響を与えた。リタイヤや完走のような目立たない結果であっても継続していたら大きな結果に繋がるのではないか…自分の支えになるようなことだった。
翌年「ル・マンへ熱き涙を」が放送され、マツダ社内でも当時の経営不振からレース参加に対する風当たりが強かったことを知る。当時はレースへの参加が喜ばしく思えていなかったのだ。
そして決定的だったのは2000年11月に「プロジェクトX」で2回にわたり、「ロータリー47士の戦い 夢のエンジン・廃墟からの誕生」「ル・マンを制覇せよ ロータリーエンジン・奇跡の逆転劇」として放送されたことだった。
特に、ルマンを制覇せよでの番組の終わりに、マツダ787Bのエンジンを寺田陽次郎氏が空ぶかしをする場面では何故か、涙が止まらなかった。
仕事のきつさとマツダの歩んだ歴史が何か自分の中で勝手にバッティングしたからだろう…ロータリーサウンドが私の心にとても響いた…。
ルマン24時間レースで最後にステアリングの握りながらも脱水症状で表彰台に上がれなかったジョニーハーバードがレストアされた787Bを20年ぶりに再びルマンを走行してからも10年が過ぎた。
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1991年 ルマン優勝から2年後、バブル崩壊で経営不振になる。しかし、2001年10月、新ブランドメッセージの「Zoom-Zoom」を打ち出すとともに、新生マツダブランドを体現する商品の第一弾である中型セダンのアテンザと、ロータリーエンジンを搭載したスポーツカーのRX-8を公開する。
2008年 リーマンショックで再び経営悪化、ところが2011年にはSKYACTIV-Gをデミオに搭載して発売し、他社のハイブリッドカーと同等の燃費性能を実現する。しかし、この年ロータリーエンジン搭載のRX-8は2012年をもって生産中止をすることを発表。
そして2017年ごろから自動車業界に大きな影響与えた内燃機関搭載の車の販売禁止が打ち出されたが、2021年の今年、ついにマツダもEV車やマイルドハイブリッド車、そしてロータリーを搭載したマルチ電動化技術が発表された。
この10年毎に生き残りをかけて息を吹き返すように動きがあるのは偶然なのだろうか?
マツダがそもそもロータリーエンジンを取り入れたのも、自動車業界の大編成が予想され、合併から逃れるために取り入れた技術だ。
大きな困難が押し寄せるたびに、それに抗って乗り越えてきたマツダ。多くの社員の方々のリストラや関連企業へ出向という大きな犠牲の上に今があるのだが、やはり度重なる困難から何度も何度も息を吹き返してくるこの会社は、決してあきらめてはいけないというメッセージを私たちに伝えているように思えるのだ。
また、山本健一氏の「飽くなき挑戦」という言葉にも通じる。
また、寺田陽次郎氏がプロジェクトXの中での
「何回も何回も出て、人の土俵を借りて何回も何回もあのレースに苦労しながら出て 風が吹いたんですよね。」
という言葉も同じである。
だから、私はマツダが好きなのだ。この30年間、マツダがロータリーエンジンでルマン優勝したからこそ、今でも仕事の辛さに耐えてきたと言える。
プロジェクトXのエンディングテーマ「ヘッドライトテールライト」の歌詞に
行き先を照らすのはまだ咲かぬ見果てぬ夢 遥か後ろを照らすのはあどけない夢」というところがある。失敗して終わったことを振り返ってばかりいてはいけないというメッセージのようでこのルマン挑戦に似ているところがある。
ルマンから30年…あっという間の時間だった。でもルマンの優勝から学んだこと、またマツダから学んだことは今の私を支えてきてくれた。
ありがとう…マツダ。
Posted at 2021/06/30 23:04:55 | |
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ルマン24時間 | 日記