• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

wasa@11ukのブログ一覧

2012年07月27日 イイね!

ドラマ サマーレスキュー:縄文のビーナス

ドラマ サマーレスキュー:縄文のビーナス←左:国宝「縄文のビーナス」
 右:重要文化財「仮面の女神」
 尖石縄文考古館

ドラマ撮影の舞台となった霧ヶ峰周辺は
縄文の遺跡が多いところですよね
上の土偶のある尖石縄文考古館は芹ケ沢の近く
ビーナスラインNaviの「ビーナスライン周辺」を参照

霧ヶ峰と美ヶ原の中間点にある和田峠
和田峠の標高1,600mは中仙道最高標高地点ですよね

1,000人を超えた水戸浪士(天狗党)がこの峠を越え
この地で諏訪藩と松本藩と戦った歴史もある 
島崎藤村の「夜明け前」にも書かれていますよね
読まれた事の無い方は是非

それとこの和田峠、旧石器時代にやじり等に使われた
黒曜石の産地で有名ですよね
現在も和田峠の黒曜石、世界的にも有名だそうですね

「縄文時代は平等社会で平和」であり弥生になると「貧富の差、支配者と被支配者の発生」
と言われているけど、結局これは歴史をマルキシズムで理解しようとするからですよね
でも、歴史学者でなく人類学者は人類は「平等であった事は無い」と言い切ってますよね

でも学校教育では縄文:平等、弥生:支配階級の発生で教えられているし、私もそうだった
ついでに稲作(水稲ね)、半島から伝来したと教えれれたけど、陸稲の年代はどんどんさかのぼり
水稲の伝来ルートは大陸からの学説となってますよね、学校教育なんか変だ

信州ビーナスライン 丘陵の山岳遠望


あ~~~~~、行きたい! 走りたい! ころぼっくるでお茶したい!

・・・



今日のDVDは↑これ、ヴィム・ヴェンダースの「ランド・オブ・プレンティ」

9.11から2年後の物語
ラナはオレゴン生まれでアフリカ育ち、テルアビブから亡き母の手紙を叔父に渡すために
叔父を探しに祖国でもあるアメリカに帰る

身を寄せた伝道所で食事を給仕するときの会話

   ラナ   「ラナよ」
   ハッサン 「俺はハッサン」
   ラナ   「出身はどこ?」
   ハッサン 「俺の故郷は国じゃない、民族だ」

いきなり大国の都合で国境がひかれ、民族が分断されてしまう。
そして無益な紛争、殺戮、理不尽ですよね

ヴェンダースは置き去りにされた人々(アメリカの田舎をさしている)を気の毒に思うと言う
   ロスやニューヨークといった大都市を離れ地方に行くと分かる
   アメリカ人は置き去りにされた人々なんだ
   時代から取り残され、世界情勢に疎い、そして無力だ
   彼らは世界とのつながりを失っている
   この映画では同情の気持ちを込めてアメリカ人を描いた

何様だと思う
そこに生まれ、そこで暮らす市井の暮らし、その生き方に同情なんて・・・

この映画の中のベトナム帰りの叔父のポール
説明しにくいけど、テロから国を守ろうと病的な探偵ごっこ的な活動をしている
アラブ人を見ればテロリストと思い込んでしまう

自衛隊員が迷彩服で歩き回れば「首都制圧訓練」という人達と同じなんですかね
ま、どこの国にも普通に存在する人達でヴェンダースの意図?

Land of Plenty - Official Trailer

Posted at 2012/07/27 20:46:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2012年07月24日 イイね!

ドラマ サマーレスキュー

ドラマ サマーレスキュー←セットは蛙原(げえろっぱら)のようです。
 LCVライブカメラ霧ヶ峰 (霧ヶ峰インターチェンジ)
 ↑このライブカメラの右側が蛙原方向
 夜は暗闇なので見えません
 ついでに赤岳ライブカメラ(赤岳天望荘) 
 ↑赤岳のライブカメラは悪天候の時に下界と見比べると
 稜線と下界の差が判ると思う
 赤岳のライブカメラ、赤岳が映るまで一寸がまん

このドラマ、空撮や山の風景が見られるので見てる
槍穂の稜線や後立山、きれいですよね
なので、もっと空撮の時間を長くしてほしい

サマーレスキュー、第1話から見てるけど
セットの場所やモデルになった診療所が分からなく
なんとも隔靴掻痒の思いで見てた

第1話で、美ヶ原の王ヶ鼻がでてきたので
稜線のうねうね加減でセットの場所は霧ヶ峰と思ってた
登りのシーンも、あの瓦礫の様子で美ヶ原と・・・

ネットで探していたらコロボックルヒュッテのブログ
この事が書かれていました、げいろっぱら(蛙原)の奥と書いてありました
思ったとおりの場所だったんですが、向こうに見える稜線が謎(後述)
※コロボックルヒュッテ、最近はひらがなで「ころぼっくるひゅって」なんですね

・・・

↓このブログに行き当たりました
「本日も楽天なり」
ドラマ「サマーレスキュー」のモデルとなった医師と舞台の山荘 

モデルになった診療所は三俣山荘にある三俣診療班とのこと
モデルになった医師は香川大学医学部付属病院の現手術部部長臼杵尚志さんだそうです
探し始めた時は、空撮の稜線の形から順天堂の燕岳診療所かと思ってた

上の診療班のページにある写真、これでセットの奥に見える稜線の意味がわかりました
ドラマのセットの背景に見える稜線は鷲羽岳の稜線だったんですね
納得

セットの場所、セット背景の稜線、モデルになった診療所、クリアになりました
コロボックルヒュッテの方、「本日も晴天」のブロガーの方、有難うございました

・・・

三俣山荘には泊まった事は無いけど、ここのテント場にテントを張った
テント担いで、湯俣から伊藤新道(今は荒れていて通行不可とか)を登った
あの頃は大町から葛温泉までバス、そして工事のトラックに荷物を預けて青嵐荘までテクテク

当時、高瀬ダムはまだ工事中で、ダムの形すら無かったですね
ほとんどの人は烏帽子岳に登って裏銀座なんで、湯俣のほうに行く人は少なかった
湯俣は温泉地なんで登山じゃなくて温泉目当ての人もいた

上の三俣診療所のHPのトップページにある写真
小屋の手前のガレ地に赤いのが二つ見えますが、ここらがテント場です
水は小屋まで、あたしゃ下で汲んで持って来てたけどね(重かった)
トイレは当時はそこらへん、今は怒られるのかな

ドラマで出てくる美ヶ原、初めて夜行の急行「アルプス」に乗っで行った所
当時の松本駅、今のように駅ビルなんてありません
松本からボンネットバスで美鈴湖を経由して美ヶ原へ、はじめて雲海を見て感激
山本小屋に泊まったけど、ビーナスラインなんて影も形もありませんでした

・・・

【TBS】7月8日スタート『サマーレスキュー』スペシャル映像


番組を見逃した方、ここに第1話から置いてありますよ

・・・



今日のDVDは「剣岳 点の記」を引っ張り出しました
剣の長次郎雪渓は、この点の記に出てくる案内人の宇治長次郎からですよね
この映画が描いている明治の濃い時代、強く憧れる時がある

全編きれいな山岳映像、そして仙台フィルの演奏、いいですよね
山案内人の長次郎を演ずる香川照之、パチパチ!、あなたが一番!・・・と思いませんか?

劔岳 点の記



そう言えば、サマーレスキューの稜ヶ岳山荘の主人は笹野高史氏が演じているが
点の記で、陸地測量部長(陸軍少将)も笹野高史氏ですよね、でもあと少し重さがほしかった


↓2012/8/1に霧ヶ峰にあるセットまで行ってきました(2012/08/19:追記)
ドラマ サマーレスキュー :セットの旅
Posted at 2012/07/24 17:08:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2012年06月19日 イイね!

遭難 マッキンリー

遭難 マッキンリー彼らは富士山で高所訓練を行い、その上でマッキンリーに
向かったそうだ
旅行会社の公募レベルの隊とは異なる、準備は万全

標高6194mの頂上に対し、5200~300mまで到達していたが
行動予定時間よりの遅れがあるために登頂を断念し
雪崩の危険性に低い夜間に下山していた

彼らは三浦雄一郎氏の言うように「細心の注意を払いながら
慎重な登山をしていたと思う。雪崩の予測は非常に困難で、
不運な事故としか言いようがない」の言葉どおりだと思う

クレバスに押し流される事で助かった方は、一人、仲間を探し続けた、2時間程素手で捜索
疲労のために少し休み再度捜索、さぞ辛かったと思う
米国立公園局は17日捜索打ち切りを発表したが
二重遭難の危険性が非常に高い場所での捜索に頭が下がる

記事によると

  日本人登山隊が使っていたものと同じ特徴のロープの切れ端が見つかり、さらに掘り進もうとした
  レンジャー隊員。北米最高峰マッキンリーの雪崩の現場で、隊員らは懸命の捜索を行ったが、
  行方不明となった日本人4人の捜索は固い氷の層に阻まれた。

記事で、雪崩の圧力で固い氷の層となったとあるが、その硬い氷でザイルが切れたんでしょうね
雪は攪拌されると硬くなるけど、雪でかまくらを作るときもこれがあるんで作れるんですよね

・・・



今回、クレバスに押し流されたことで助かった方がいらしたとの記事を読んで
「運命を分けたザイル」を強く思う、マッキンリーから遠く離れたペルーのシウラ・グランデ峰
この未踏の西壁に挑んだ二人のイギリス人登山家、ジョー・シンプソン、そしてサイモン・イェーツ
(このDVDを見た後にマッキンリーの事故があり、両方が頭の中で交錯した)

登攀は成功、天候が悪化した中の下山、「遭難の80%は下山時に発生する」とナレーション
下降中、ジョーが滑落し足を骨折、6300mの高所、歩けない事は死を意味する
しかしサイモンは果敢にもジョーを残されたザイルに繋ぎ下降を試みる

遅遅として進まぬ下降、ジョーを降ろす自己確保、ザイルの長さ90m毎に急斜面にステップを切る
延々の繰り返し
ジョーを早く降ろさなければとサイモンは衝撃で悲鳴を上げるジョーを非情を装って降ろす
あと少しの所でジョーは宙吊りになってしまう、ジョーからの合図が無いまま待ち続けるサイモン

それが一時間以上も続き、サイモンの支点のステップの崩れが増してくる
ジョーからの合図がない事をサイモンはジョーの死を思い、ザイルを切る

ジョーはクレバスに落下

クレバスに落ちたジョーはクレバスの中のテラスにひっかかっていた
登ろうと試みるも骨折した足ではかなわない
ジョーはクレバスの底に降りることを決意する、「生きて帰りたい」

クレバスの底は氷河の上に続いていた
氷河に出たジョーは後ろ向き座った状態で、両手だけで後ろ向きに進む。延々と
氷河が終わる、ジョーは手持ちの装備で骨折した足にカバーをつける

片足で跳ぶ、骨折した足が地面に当たると、その衝撃で激痛
サイモンはキャンプをたたんでいなかった
夜、ジョーはキャンプのそばまでやっとたどり着き、呼び声を上げる

サイモンがその声に気づく
ジョーを探すサイモン
そして苦難の帰国

『運命を分けたザイル』 予告編
運命を分けたザイル 予告編 -Touching The Void-


・・・

サイモンがザイルを切らなければジョーと共にクレバスの奥深くに閉じ込められてしまっただろう
そして、今回助かった方、ザイルが雪崩の力で千切られなければ
そしてクレバスに流されなければ生還は出来なかったんだろうと思う

ザイルをナイフで切ったサイモンは帰国したら登山界から強い非難を浴びた
そして、ジョーはサイモンを擁護するためにこの映画の原作となった「死のクレバス」を書いた

・・・

今回のマッキンリーに遭難
クレバスへの落下、ザイルの切断、この二つの出来事が「運命を分けたザイル」を想起させた
ジョーとは逆にクレバスの中を20m登り自力脱出、仲間を思うと無念だと思うけど最善の結果と思う

・・・

左は国立公園局のレンジャーが発見したザイル
右は井上靖氏の小説「氷壁」のもとになった岩角で切断したザイル


ザイルの切断というと真っ先に屏風岩前穂東壁でおきた「ナイロンザイル切断事件」を思い出す
思い出すと言っても、この事件が発生した時点ではまだ物心がやっとついた頃
なんで、知識はその後に聞き及んだ事、昔、日テレでやっていたテレビドラマで見てた

麻のザイルの3倍の強度があるといわれたナイロンザイルがわずか50cm程度のスリップで切断
石岡繁雄氏は実験を繰り返し
ナイロンザイルが鋭角な岩角に弱いことを突き止め、メーカーに突きつける
メーカーと、日本山岳会関西支部長で、かつ工学博士である篠田軍治氏の手で公開実験

しかし、ザイルは切れなかった、岩稜会側には事故をザイルのせいにしたとパッシング
だが、メーカーと篠田氏側はダミーに丸みをつけていた、このことは石岡氏と岩稜会側は知らない
メーカーの若い技術者は「おかしい、我々の実験では切れていた」と、そして内部告発

石岡氏と岩稜会の執念が始まる
切断された岩角を捜索し、ナイロンの糸がわずかに付着していた箇所を捜し当てる
その箇所を石膏でかたどり、再現実験に臨む

ザイルは切れる、いわれの無い非難を浴びた石岡氏側は名誉毀損で訴える
しかし棄却、「特定の条件下で行った実験なので正当であり、名誉毀損には当たらない」と
篠田氏は「あの実験は登山用のザイルの実験ではなく、船舶用ロープの引っ張り試験」と言う

モラル無き企業と御用学者の協奏曲
その間にもザイル切断で何人もの命が失われていた
1975年、やっとザイルの安全基準が制定、日本山岳会と山渓も登山者の安全への軌道修正

日本山岳会はナイロンザイルの弱点(鋭角で切れる、氷塊でも、これは現在も全く同じ)
を世にしらせしる事を阻害した(山渓も同罪)
張本人である篠田氏はその後「日本山岳会名誉会員」
なんだかやりきれない

・・・

氷壁の宿で有名になった「徳沢園」
あの草原(元は牧場)でテントを張ると、それはそれは気持ちいい
つめたい沢の水でさらしたオニオンスライス、うまっ

これをタイピングしてたら指がつった
誤字脱字はあとでそっと修正します

・・・

※以下、2012/9/1:追記

後日の報道で、不可解な行動が伝えられている

時事ドットコム
米大教授「救助要請できたのに」=扇さんらしき男性に遭遇-マッキンリー雪崩

引用ここから

米ノースダコタ州立大のベルリン・ネルソン教授が、雪崩発生現場近くで扇等さんとみられる男性
と言葉を交わし、標高約3000メートル地点でリュックの上に腰掛けている扇さんとみられる
アジア人男性に遭遇した。
 男性が雪山に必要なスノーシューズを履いていないことを不審に思い、「大丈夫ですか」と
繰り返し尋ねたが、「片言の英語で『大丈夫』という趣旨のことを言っただけだった」。
スノーシューズについての返答も要領を得ず、雪崩の話などは一切なかったと振り返る。
 教授は2900メートル付近まで男性と共に下山したが、気が付くと男性はかなり後方を
歩いており、そのままはぐれてしまったという。
教授は「われわれは衛星電話を持っていたし、C3には少なくとも20人以上がテントを張って
いた。そこで事情を伝えてくれていれば、すぐに捜索を始められた」と話す。
 同事務所の広報担当者は「扇さんがなぜ現場に最も近いC3で救助を求めなかったかは聞いて
いない」と説明。ネルソン教授は「仲間を失った精神的ショックに加え、言葉の問題で事情を
伝えられなかったのかもしれない。力になれず、非常に残念だ」と語った。

引用ここまで

そして、記事へのリンクは消失しているが、読売新聞の記事によると

引用ここから

自力下山した隊長の扇等さん(69)と山中で接触した大阪府の登山隊のリーダー、
林孝治さん(60)が18日、登山口のタルキートナで読売新聞の取材に応じ、当時の様子を語った。

林さんは3人のチームで6月11日からマッキンリーに入った。14日朝、標高約2400メートル
付近で扇さんとあいさつを交わした際に、扇さんから「雪崩に巻き込まれ、4人が行方不明に
なった」などと小声で告げられたという。その段階で林さんが救援を要請した。

扇さんは13日夕方の段階で、すでに大阪隊の近くにいて、林さん以外の大阪隊の2人と
あいさつしていたが、その時には遭難のことは出なかったという。

扇さんがその時点で話していれば、より早い段階で捜索が始まった可能性があるが、林さんは
「扇さんは放心状態だったし、これから登頂を目指すチームに、精神的負担をかけたくないと
考えたのでは」と語った。

引用ここまで

何故!
言葉を失う
Posted at 2012/06/19 17:55:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2012年05月08日 イイね!

続・今年の連休も山岳遭難事故

続・今年の連休も山岳遭難事故下のブログを是非読んで頂きたい
ぼちぼちいこか「夜間救助」
空白の後、下の方にコメントもありますので・・・

涸沢岳で遭難された方々
残念ながらお一人亡くなられてしまった
遭難した場所は穂高岳山荘とは至近

彼ら、全員山岳会に所属し、亡くなられた方は
ヒマラヤまで行かれた方
他の方も経験豊富な方々、装備に手抜かりはない

加藤文太郎氏は冬の北鎌尾根で消息を絶ち
植村直己氏はマッキンリーに抱かれてしまった
ベテランとて自然の魔力の前には無力な時がある

「夜間救助」
淡々と書かれてはいるが、「人」としてすべき事を
過酷な状況の中で達しようとする事にただただ敬服するしかない

   力を尽くしたにも関わらず、結果としては残念ながらひとりの方が命を落とされてしまった。
   その方を背負ってきた若い救助隊員は悔しさでぼろぼろと泣いていたが、
   僕はむしろ、あの状況下で6名すべてを山荘へ収容できたことが奇跡的だとも感じた。

深い感銘以外のなにものでもない
映画「クライマーズ・ハイ」で、「若い自衛官が」という台詞

   若い自衛官は仁王立ちしていた
   両手でしっかりと、小さな女の子を抱きかかえていた
   鳥はさえずり、風は悠々と尾根を渡っていくというのに
   自衛官は地獄に目を落とした
   そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならなかった

と言うシーンがある、その映画の中の台詞とこの若い救助隊員の方が重なる
しかし現実の重みの前には、何物も説得力を持ち得ない

このブログから何を感ずるかは、それぞれの方々によって異なると思う
人間って本当に有難いもんです
美しい人達と美しい風景

重ねて、合掌

・・・

上のブログを書かれた方が運営されているハチプロデクションの映像

#110621 涸沢讃歌 予告編


穂高#101204「冬月夜」"a moonlit night in winter"


穂高 #100514 「春の夜空」 "View from Mt.Karasawa"


You Tubeハチプロダクション動画集

穂高岳山荘のHPに ブログ「ぼちぼちいこか」 がリンクされてます。
Posted at 2012/05/08 20:38:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2012年05月06日 イイね!

今年の連休も山岳遭難事故

今年の連休も山岳遭難事故今年も多くの方々が遭難されてしましました
合掌

5月の山、冬山です
今回、遭難された方の内、白馬で遭難された
グループの方々、あまりにも装備が悪い
3,000メートルの稜線はハイキングじゃないですよね

5月の降雪は普通の出来事、決して異常じゃありません
スキーをやられる方も良くご存知なはず
氷雨の時もあります

夏でも3,000メートルの稜線の気温は夜間5℃程度になります
小屋泊まりしか経験がなくとも、夜の気温はご存知なはず
夕方の温度変化は急激ですよね

昼は汗を流しながら歩いていても、太陽が傾くと同時に温度低下
ここに夕立が来て濡れると疲労凍死につながります
私は夏でもウールのセーターを装備に必ず入れてました
汗をかいたあとに急に気温が低下した時、体温低下を防ぐために肌の上にセーターを着るため
何度もセーターの世話になった経験があります

夏でさえ、それが現実
体力があればと考える方もいらっしゃると思いますが
あるなしではなくて、維持する方法を最優先にすることだと思うんですよね
もしもの時のリスクを少しでも小さくする事、これが肝要

彼ら、登山経験あったんだろうか?
あちこちの記事を読むと、私にはそんな装備で3,000メートルの稜線を歩く勇気はない
でも、勇気ってそんなことじゃないのはわかってる

天気予報の天気図みたんだろうか?
低気圧が遠くにあっても3,000の稜線では下界と違うんです
そして、上は下と全く違う事は経験がないと理解できないと思う
稜線で吹かれ、雨に叩かれても、下に下りるとお日様なんてしょっちゅうです

麓から稜線を見ると雲がかかっていても、その雲の中がどうなっているかは
その中にいたことがないと理解できないでしょうね

8月でもある疲労凍死
ましては吹雪さえあることもある5月
酷な言い方ですが「自己責任」です

必要な装備、必要な量(多けりゃいいってもんじゃないです)、自身の体力の限界
それがわかっていても事故は起こる、でもこれは遭難じゃないですよ
山から遠ざかっていた頃に北アルプスに行った時、全部小屋泊まり、おまけに一日の行程は半分
経験もあてにしませんでしたよ

くどいですが「自己責任」の世界です

長野県の北アルプス白馬岳で60070代男性6人が遭難 全員死亡(12/05/05)
Posted at 2012/05/06 14:27:30 | コメント(2) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記

プロフィール

「ポッポ牛乳のソフトクリームと野辺山宇宙電波観測所へ。 http://cvw.jp/b/757405/47006940/
何シテル?   06/06 10:41
メカ屋です。 (でも車いじりは全くの不得意。ちっちゃいの専門)
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2025/8 >>

     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      

リンク・クリップ

118dで車中泊、一日目は道の駅「こぶちざわ」へ。 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2025/06/12 13:34:06
ドビュッシー 「もう家のない子のクリスマス」、ロシアにクリスマスが来ぬように。 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2023/05/20 21:57:37
韓国人:日本とドイツが戦ったら日本はボロ負け。 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2023/01/22 17:53:07

愛車一覧

BMW 1シリーズ ハッチバック BMW 1シリーズ ハッチバック
ACC付きに・・・
BMW 1シリーズ ハッチバック BMW 1シリーズ ハッチバック
プリメーラUK、BMW 316tiとハッチバックに乗り続け、小型でハッチバックという条件 ...
BMW 3シリーズ ハッチバック BMW 3シリーズ ハッチバック
FHP11は2台続けて乗ったけどディーラーに部品在庫がなくなったので・・・ 撮影場所は ...
日産 プリメーラUK 日産 プリメーラUK
P10からUKに乗り換え(写真は苗場スキー場)。 写真のUKは1台目.のUK。 現在は2 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation