
←ドナルド・キーン:「日本人の戦争」
先日、クローズアップ現代で「ドナルド・キーン89歳の決断」という
番組を見た。日本国籍を取得する決断をしたという事の対談と、
その、至った経緯についてでしたね。
新聞等の報道でご存知のように、氏が日本国籍取得の決断を
決意されたのは、東日本大震災での日本人の立ち居振る舞いに
心を動かされ、日本人になりたいとの欲求が高まったとの事。
日本名:鬼怒鳴門 (鬼:キー、怒鳴門:ドナルド)
氏が最大に心を動かされたのは、新聞報道等にも書かれているが、
高見順氏の日記の中の一節であったという。
そして、その一節と同じ事が時代を超えて目の前に起きた事だと言う。
東京大空襲を知った高見氏は、鎌倉の安全性に危惧を持ち、母親を田舎に疎開させるために
上野駅に向かった。そこで高見が眼にしたものは「おとなしく健気で、我慢強く、謙虚で
沈着な日本人に深い感銘を受けた」と言う。
そして、その姿を見た高見氏は、
「私の眼に、いつか涙が沸いていた。いとしさ、愛情で胸がいっぱいだった。私はこうした
人々と共に行き、共に死にたいと思った。否、私も、--私は今は罹災民ではないが、
こうした人々の内のひとりなのだ。怒声を発し得る権力を与えられていない、何の頼るべき
権力もそうした財力も持たない、黙々と我慢している、そして心から日本を愛し信じている
庶民の私もひとりだった」
と言われる。
ここに、キーン氏は東日本大震災で見せた日本人の行動に高見氏の書いた日記が
目の前の現実世界に展開された事に感動を覚え、上の高見氏と同じ感慨を感じ、
日本人にいままでの感謝の気持ちを伝えたいと言う。
・・・
東日本大震災での日本人の節度ある行動に対して、「略奪も起こらず、冷静に行動する
姿に打たれた」との多くの声が世界から寄せられました。
自国や、報道等で見聞きする災害時に発生する略奪や暴動を「比較対象」として見ているからで、
比較対照あっての上での「略奪が無く整然としている」という世界からの賞賛の声。
ドナルド・キーン氏帰化の新聞報道等では高見順氏の言う、「整然と順番を守る」とか上記の
「謙虚で沈着な日本人」という表現にとどまり、それのみをドナルド・キーン氏の受けた感銘と
報道等では表現している。
では、高見氏は何と比較してその感銘を受け、日記に記述したのか、これが書かれていない。
高見氏は日記にこう書いている。
「私は、ふと支那のことを思い出した。支那のこういう場合の民衆の騒々しさを――。
こんな多数でなくても、支那では人が集まるとワイワイと大声でわめき立てて、大変な喧騒さだ・・・」
高見氏がこう書いている個所が全く記述されず、唐突に「冷静に順番を待つ姿・・・」と書く。
・・・
アメリカでの災害等の報道で略奪シーンが放映されるが、何故隣国の場合は腰が引けるのか。
前官房長官仙谷由人は、はっきりと「中国様」と発言していた。
そして汚沢は国費を使って、胡錦濤との撮影会に140名の民主党議員団を引き連れて行った。
このような態度が、厚顔無恥な中国による新幹線車両技術の特許出願に繋がっている。
映画「JFK」の冒頭に、
”抗議すべき時に沈黙するのは卑怯者である” エラ W・ウィルコックス
という一文が示される。
物を言わなければ、黙認と同じ。
相手の良心に期待するのは、相手の「・・・国柄・・・」による。
※
中国に技術供与した川崎重工業、国鉄の努力の賜物をいとも簡単に渡しちゃったんだね。
見返りはなんだったのかい?
なにやら「造船所」の話が昔あったよね。
「JFK」、ギャリソン検事(ケビン・コスナー)の最後の陪審員にたいする陳述の中での言葉に
「愛国者は自分の国を政府から守るべきだ」
という台詞がある、この台詞の前後のシーンは圧巻、好きな人多いんじゃないだろうか。
2038年9月、見たい、非公開報告書が全て開示される。
JFK (7/7) Movie CLIP - The Truth (1991) HD
※2312/12/21:動画消失のため入れ替え
Posted at 2011/07/02 21:23:32 | |
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東日本大震災 | 日記