2008年03月15日
彼女は彼に声をかけて洗面所に向かった。
たしかに前の職場の人から電話やメールが来ていた。
その人は彼女に好意を持ってくれていた。
好感の持てる人だったが、何となく違うと彼女は感じていた。
彼女は彼の言葉を期待していた。
前のことは忘れろ、と。前を向いて歩いていけ、と。
彼のことを好きでいていいのかどうか、彼の気持ちを知りたかった。
たぶん、大丈夫…
彼女は彼が自分のことを嫌っていないことを感じていた。
不安はあったが、どこか、大丈夫じゃないかという自信もあった。
でも、きっともう…
彼女は彼に謝ろうと思った。
彼の気持ちを試すようなことを言ったこと。
せっかくの彼の大切な時間なのに、嫌な思いをさせてしまったこと。
謝って、謝って、たとえ許してもらえなくても本当の気持ちを話して、
彼に対する気彼女の持ちを伝えようと思った。
じっと目を閉じ、心を落ち着かせ洗面所を出た。
カウンターには彼の笑顔があった。
「 あの、あたし… 」
「 今日は楽しかったよ。送るよ。 」
彼はマスターに向かってうなずくと、彼女の前を階段に向かった。
店の前には1台のタクシーがドアを開けて止まっている。
彼は彼女を後ろのシートに座らせ、車の外から運転手に声をかけた。
ドアが閉まり、彼を残したまま車は走り出す。
彼女は何も言えず振り返って、店に戻る彼を目で追うことしかできなかった。
彼は一人で階段を下りた。
Posted at 2008/03/15 19:01:22 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年03月14日
「 ・・・ 」
「 何かあった? 」
「 前の職場の人が、連絡してきて… 」
「 彼氏? 」
「 ・・・ 」
彼は彼女に彼氏がいるということを忘れていたわけではなかった。
むしろ忘れてしまいたいことだったのかもしれない。
「好きなの?」
「 ・・・ 」
「嫌いなの?」
「そうじゃないけど…」
しばらくの静寂は彼の心の中に、あきらめにも似た落ち着きを取り戻させていた。
「 結局…、人と人とのスタンスはお互いの気持ち次第なんだと思う。
特に男と女の場合は、その二人にしかわからない距離感みたいのがあるでしょ?
それは他人の俺が口を挟めるようなもんじゃないし、
最後はやっぱり君自身が決めなきゃならないことなんじゃないかな? 」
彼女は思った。話してはいけないことだったのかもしれない。
あたしは何を期待していたんだろう。
彼との今までの関係がなくなっていくような気がして、彼女は目をつぶった。
「 相談してくれたのはうれしいけど、俺には何もしてあげられない。 」
彼はグラスの中のモスコミュールを飲み干した。
Posted at 2008/03/14 11:03:40 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年03月13日
食事は美味しかった。そして楽しかった。
「 いかがでしたか? 」
食事が終わるのを見計らって、マスターが食器を片付けにきた。
「 はい、ほんとに美味しかったです 」
「 ありがとうございます 」
「 それに、ワインも。あたしワインをちゃんと飲んだのが初めてで 」
「 アルゼンチンのワインだったのですが。良かったです、喜んでいただけて 」
「 ごちそうさまでした 」
「 食後の飲み物は何にしましょうか? 」
マスターは彼の方に向き直って尋ねた。うれしそうに二人の会話を聞いていた彼が答える。
「 俺はモスコミュール。何にする? 」
「 あたし、よくわからなくて… 」
「 それじゃ、彼女にはアレキサンダー 」
「 かしこまりました 」
マスターは丁寧にお辞儀すると、彼に微笑んだ。
テーブルの上が片付くと、そこにあるキャンドルの灯りは少し寂しげに見える。
飲み物が運ばれてくる間、彼女は今日彼と逢う目的のことを思い出していた。
話さなきゃ…
店の席はほとんどが埋まり、カウンターも満席のようだ。マスターも忙しく動いている。
二人の飲み物はその店で働く女の子が運んでくれた。
話さなきゃ…
彼女は目の前にあるアレキサンダーのグラスを見つめた。
Posted at 2008/03/13 08:09:07 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年03月12日
「 パスタ、美味しいでしょ? 」
「 美味しいです。ほんとに! 」
「 で、これが魔法をかけたワイン。飲んでみて 」
彼女は彼からグラスを受け取るとワインを口に運んだ。
「 えっ? これ、さっきの… 」
ワインの味が変わった!
「 どう? 魔法みたいでしょ? 」
彼は自分のワイングラスを回しながら彼女に微笑んだ。全く彼には驚かされることばかりだ。
彼女は彼の知らなかった部分を見つけるたびに、彼を近くに感じることができるようでうれしかった。
「 アルゼンチンのワインも、なかなかだナ 」
彼は美味しそうに食事をする。軽井澤の時もそう感じた。
彼女はいつのまにか彼のことを目で追うことが多くなった自分にも驚いている。
それはアルコールが入ったせいばかりではないことも彼女自身わかっている。
「 ワイン、飲んでみて。パスタと一緒に 」
ワインだけじゃなく、パスタまで味が変わったような気がする。
ワインの苦みがチーズの美味しさを一層際立たせていた。
ワインって美味しい。
「 ワインって、料理の最高のパートナーだと思うんだ 」
「 はい、美味しいです。料理の味も引き立ててる感じで 」
「 そうなんだよね。ワイン、好きになれそう? 」
「 はい、美味しいです。とっても 」
「 良かった 」
彼はうれしそうに、ワインの香りを味わった。
Posted at 2008/03/12 07:39:03 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年03月11日
「 意地悪だな、マスター。言葉のあやだよ。
訂正するよ。最高にうまいパスタだ。 」
彼はマスターと彼女を交互に見ながらこう言うと、マスターは彼女に微笑んで席を離れた。
新鮮な野菜のシーザーサラダとチーズのたっぷりかかったパスタと一緒に、一杯ずつの赤ワインがテーブルの上におかれている。
「 さあ、食事にしよう。ワインで良かった? 」
「 ワイン、あんまり飲んだことがなくて… 」
「 そう?大丈夫だよ。ちょっと飲んでみて。 」
彼はサラダとパスタをそれぞれの皿に取り分けると彼女にワインを勧めた。
彼女は勧められるままにワインを口に運んでみた。
やっぱりちょっと苦い。
「 これから俺が、そのワインをもっとまろやかにしてあげる。 」
そう言うと彼女のグラスを手に取って、クロスの上でまわし始めた。
「 それは? 」
「 ワインを美味しくするおまじないさ。 」
サラダは彼が選んだ。
シーザーサラダ、あたしの一番好きなサラダ。
彼も好きなのかな…
彼が取り分けてくれたパスタを食べてみる。
美味しい!
チーズがからんだフィットチーネの味は格別だ。
料理を運んで他のテーブルから戻る時、横を通ったマスターが、
今日はアルゼンチンのワインだよ、と小声で教えてくれた。
Posted at 2008/03/11 07:32:31 | |
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