2008年05月30日
それは彼自身が彼女に期待していたことなのかもしれない。
「 俺は…… 」
彼の言葉を遮るように、彼女は話し始めた。
「 あたし、自分を試してみたいんです。
自分の中の人を好きになる気持ちみたいなものを。
人を好きになるって、打算とか見返りじゃないってこと
頭ではわかってるんですけど、
今まで自信がなくて……。
どこか冷めたように自分を見ているところがあって…… 」
彼は何を言って良いのかわからず、ただ黙って彼女の顔を見つめた。
「 自信がないっていうか、本気になるのが怖いっていうか……
だから、思い出もないんです。
自分がいけないから仕方ないことだけど…… 」
なんとなくわかってあげられるような気がして、彼は一つ頷いた。
「 ごめんなさい、あたし、自分のことばっかり…… 」
彼女は我にかえったように慌てて彼に謝りうつむいてしまった。
「 いいんだ、もっと君の話が聞きたい 」
彼は今まで以上に彼女のことが気になり始めていた。
「 もっと、君のことを知りたい 」
彼女とだったら、未来の思い出を一緒に作っていける気がして、彼女を見つめた。
その先には、太陽の光の中で眩しく輝く彼女の笑顔があった。
軽井澤物語 完
Posted at 2008/05/30 07:53:54 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年05月29日
「 思い出がたくさんあるって、嬉しいことなんだね 」
そう言いながら彼は思い出したようにコンビニで買ってきた飲み物を袋から出した。
「 はい、お茶 」
彼は彼女の買ったペットボトルのキャップを緩めてから彼女に渡した。
彼女がキャップを外し、ペットボトルを口に運ぶのを、彼はホットコーヒーを別の袋から出しながら確認するとプルトップの音を立てた。
「 あたし、車に乗せてもらって、酔わなかったのは初めてだったんです 」
美味しそうにお茶を一口飲んでから、彼女は笑顔で彼を向いた。
「 えっ?あぁ、この前の軽井澤? 」
「 はい、今日も心配してたんですけど大丈夫でした 」
彼はまだ暖かいコーヒーを飲み込むと彼女に聞いてみた。
「 そう、それは喜んでいいのかな? 」
「 そうですよ。あたしにとっては大問題なんですから 」
彼女はキャップをもう一度外し、嬉しそうに冷えているお茶を喉に流し込んだ。
「 美味しい 」
彼は大きく頷き、いつか聞いたオットセイのようなサーファー達に目をやった。
・・・オットセイか……それも懐かしい思い出だ・・・
太陽の眩しかったのか、昔のことを思い出したせいか、彼は目を閉じて潮の香りを胸一杯に吸い込んだ。
「 あたしの今は、思い出の代わりになりませんか 」
彼女の言葉は突然だった。
Posted at 2008/05/29 08:17:07 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年05月28日
「 さっき車から海が見えた時、海だ、って言ったよね。昔を思い出した 」
「 ごめんなさい、あたし… 」
「 君が謝ることじゃない 」
彼は心配そうにする彼女から視線を外した。
「 思い出すことばかりだ 」
彼が独り言のようにつぶやくと、彼女は彼に向かってこう言った。
「 思い出がたくさんあるって、嬉しいですよね 」
彼は彼女の顔を見た。彼女の目がまっすぐ彼を見ている。
・・・そんな風に考えたことはなかった・・・
「 思い出が辛いんじゃなくて、その時と違う今が辛いんですよね 」
・・・彼女の言う通りだ・・・
彼は昔のことばかり思い出している自分が好きではなかった。
思い出を口にすることさえ、今の自分を否定するようで嫌だった。
「 思い出と一緒に生きていくのだって、素敵な生き方だと思います 」
そう言うと海を向いた彼女は眩しそうに瞼を閉じた。
彼女の顔から微笑みは消えてしまっている。
「 あたしには、思いだせるような思い出はありません 」
波の輝きが、海を見る彼女の目に一粒光った。
Posted at 2008/05/28 08:18:09 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年05月27日
「 今日、ここに来たのには訳があるんだ 」
「 はい 」
彼に向けられた彼女の笑顔は、彼の予期しないものだった。
「 5年前、俺はここでプロポーズをした 」
彼女の笑顔に戸惑い、やっとの思いで彼は絞り出すように言葉を口にした。
彼女は黙ったまま、彼を見つめ返した。
「 結局一緒には生きられなかったけど、俺は俺なりにまっすぐ生きてきた 」
彼の言葉に彼女は静かに一つ頷いた。
「 宙ぶらりんになった気持ちは、今もそのままのような気がする 」
彼女は何か言葉を探しているようだったが、彼にかける言葉が見つからずに一つ息を吐いた。
「 今でも昔のことを思い出す 」
彼女の視線が痛いほどに感じて、彼は目を閉じた。
「 愛していたんですね 」
彼女の言葉には妬ましさではなく羨ましさがあった。
「 あぁ、愛していた 」
彼女の優しさに、彼は想いを素直に言葉にした。
Posted at 2008/05/27 08:36:17 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記
2008年05月22日
コンビニで、彼女はペットボトルのお茶、彼はブラックコーヒーのホットをカゴに入れた。
「 いつもコーヒーはホットですか? 」
「 そういうわけじゃないけど、今日はホット、って気分だったから 」
そんな風に聞かれたことはなかった。自分のことを気にかけてくれる言葉に心地よさを感じる。
「 いつもお茶? 」
「 そうですね。コーヒーはちょっと苦手で…… 」
そういえば彼女はいつも緑茶か紅茶だ。コーヒーを飲んでいるのを見た記憶はない。
店内を一回りする。新製品と書かれたタグが目立つように並べられている。
「 何か食べるものも買って行こうか? 」
「 これ、美味しいんですよ 」
「 コンビニとか、よく使うの? 」
「 これは友達が美味しいって。
あたしはあんまりコンビニには寄らないです 」
いくつかのスナック菓子がカゴに入った。飲み物も追加する。
彼にはどんなものを選んでいいのかわからなかった。彼女も遠慮しているのがわかる。
お互いに相手のことを知らないのだから仕方ないことだったが、彼にはそれが新鮮に感じた。
・・・こうやって少しずつ、分かっていくことなんだ・・・
彼にとってこういう感覚はずいぶん昔のことのようで、まるで初めて味わうような気さえする。
・・・最初から作り上げていくことが、
今の俺にできるだろうか・・・
支払いを済ませ店を出た。彼女は割り勘を申し出たが、次のところの支払いをお願いするから、という彼の言葉に微笑み、お願いします、とだけつぶやいた。
積み重ねた想いが崩れさる怖さは覚えているはずだったが、今は不思議と他人事のように感じる。
太陽がずいぶん高く輝いている。きっと海は奇麗だろう。
Posted at 2008/05/22 07:41:13 | |
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軽井澤物語 (08/2/19~08/5/30) | 日記