
10日ほど前、インドネシアのデディさんから
「Nihon ikimasu. Aeru desuka?」
と連絡がありました。
彼と知り合ったのは、国際交流の一環でホームステイの受け入れをしたことがキッカケ。
ホームステイと言っても、ホストはウチじゃなくて他のお宅。
ただ、なぜだかウチにも何度か遊びに来てくれました。
もう30年も昔の話です。
そんな縁で、インドネシアに遊びにおいでと誘われて、ホイホイ行ったのが1999年の12月。
2000年の新年は、だだっ広い ングラ・ライ国際空港で迎えました。
実に楽しい時間でしたね。
イブ(お母さん)は87歳ながらご健在とのこと。
また会いたいな。
イブが話せるのはインドネシア語だけ。
ぼくはまるっきりだったから、会話などできようはずもなかったけど、ご飯の用意をしてくれたりするたびに、
「ありがとう」
とお礼を言うと、必ず
「Sama sama~」
と返事をくれました。
帰国して知ったのは、「どういたしまして」という意味だそう。
英語のsame(同じ)と似ていて、「同じ、同じ」⇒「おたがいさま」⇒「どういたしまして」
それが、自分の理解。
とても優しく心地よく響いたのを覚えてます。
みんカラでのハンドルネームは、お母さんの「サマサマ」からもらったので、ある意味 名付け親かな。
デディは奥さんと、いとこ夫婦の4人で来日するとのことで、どこか観光したいところはあるか?と聞いてみるのだけど、特に希望があるわけでもなさそう。
「Oku-san Nihon hajimete. Wtashi Samasama-san to au, OK ne.」
何の計画もないまま、名古屋で宿泊するホテルで会いましょう、ということになりました。
家内は午前中 ボランティア活動の予定があるので、あとで合流。
9時頃、中部国際空港から名古屋に向かうと連絡があったので、こちらに着く頃を見計らって家を出ます。

名古屋市の中心街、栄にあるホテル。
10:10
宿泊客とここで待ち合わせますとフロントに告げて、ロビーで待つことにします。
30分経過
1時間経過
まぁ、アバウトな時間だから、これぐらい Tidak apa apa. (な~んの問題もない)
1時間半経過
2時間…
さすがにおかしい。
デディに連絡すると、
「Hotel robi de aimasu.」
え?もう来てたの?
でも、なかなか姿が見えず。
「Ima watashi robi ni imasu.」
もしかして…
調べてみると、すぐ近くに同じ系列のホテルがありました。(汗)

てくてく西へ歩いて、旧テレビ塔を過ぎ、

ここだ、、
何はともあれ、無事に再会できました。
ホテルのロビーでハグしちゃいましたよ。
いとこのご主人は?
空港でビザの不備が見つかって、搭乗できなかったんだって。
あらら、それは残念な。

12:30
ホテルのチェックイン時間前なので荷物だけ預け、名古屋城でも行きますか?
タクシー使います?
ジャランジャランでOK。
Nihon kirei.
広い通りより良いと思って歩き始めた裏通りは ゴミが散乱して小汚く、来客を連れて歩くのは気が引けるので、表通りに移動します。

公衆電話なんて、めずらしいのかな?
あの頃 滞在したボゴールでは、携帯はもちろん家庭にも電話がなくて、街に1台公衆電話があるぐらいでした。
あれから時代も変わって、ずいぶん変わっただろうな。

いい天気。
ちょっと暑いぐらい。

静かで木陰の多い県庁などが集まる一角を抜け、名古屋城に到着。
13:05

奥さんたちは、説明が書かれたプレートを一枚つづ丁寧に読んでます。

名古屋城の建て直し、ほんとにやるのかなぁ。
このままでエェんでない?

抹茶ソフトが食べたかったそう。
世界的にブームみたいだね。

用事を済ませて追ってきた家内と、
本丸御殿で合流。

GWには2時間待ちだったとか。
今日は、待ち時間なし。

なかなか見応えがあります。

まだ、天井が未完成の所もあるそうです。

デディの奥さんといとこは、畳の部屋を知らないようで、今も使われているのか?と質問されました。
まぁ、日本でも畳は減ってきてるね。
町内にも畳表を張り替えてくれる、昔から続く店はあるけど、お世話になったのは20年も前。

建屋の造形も、細かな彫刻・彫金の技も、だんだん後を継ぐ人が減っているんだろうな。

名古屋城も見たし、本丸御殿も見ることができたし。
昼ご飯抜きだったから、ちょっと早めの夕飯にしようか。
15:30
名古屋城の南側には、飲食店がならぶ
金シャチ横丁があります。
観光名所の店って、内容の割には…という偏見があって、一度も利用したことはないのです。
一通りショーウィンドウを見て、ピンとこなけりゃ栄地下街へ…と考えていたんだけど、御一行、エビフラリャーの前から動きません。w
イスラム教徒なので、ハラームとか気をつけなくちゃいけないけど、ここならいいか。

申し訳ない。
偏見でした。
美味しいし、高いわけでもない。

エビが大きいと、びっくりしてました。
食べていると、突然雷の音。
あっと言う間に土砂降り。
入るか地下街に行くか迷ってたら、ずぶ濡れになるところでした。
みんな心がけイイね。
ちょうど食べ終わる頃、雨が上がりました。
運が良い。
このあと、デディのホストだった瀬戸市のKさん御夫婦と、旧テレビ塔下で待ち合わせ。
16:45
ぼくはKさん御夫婦とは初対面。
家内と奥さんは顔見知りだけど、それも30年ぶり。

カタコトの日本語とインドネシア語で、昔の懐かしい話が尽きません。
話すと言っても、知ってる言葉は限られるけど、滞在中に覚えた言葉を口にすると
「Sore Jawa no kotoba ne.」
なんて笑われたり。
正しい言葉で話すことは大事だけど、話そうとすることの方が大切だよね。
また雨が降り始め、テーブルにも吹き込むのですが、おかまいなし。
1時間半も話したでしょうか、そろそろお別れする時間です。
明日 デディたちは、刈谷市に住む親戚に会って、明後日は大阪へ行くのだそう。
何を見に行くのかと聞いたら、特に何も予定がなくて、tako-yaki 食べたいそうです。
ほんとにジャランジャランしにきたんだね。
半分は あきらめかけていたけれど、インドネシアやタイの家族に会いに行ってみようか。
18:35

楽しい時間をありがとう。
Mari kita bertemu lagi.
