
※長文かつ多少オカルトチックな内容の為、お急ぎの方及び空想科学の苦手な方はご遠慮下さい。
皆さんはフェニキアという言葉を聞いた事はありますか?
紀元前1,100年頃から紀元前200年頃まで、現代のレバノンやチュジニアがある地中海東沿岸部を支配していた海洋国家がフェニキアです。
フェニキア人は優れた造船技術を持ち、レバノン杉の交易で次々と沿岸都市を築き、複数の都市国家を形成していたそうです(現在のレバノンの国旗には杉の木が描かれています)
彼らの使っていた象形文字フェニキア文字は22文字からなり、右から左に書いていました。また後のアルファベットのルーツとされ、それ以外にもヘブライ語、アラビア語、ギリシャ語など多様な文化の文字へ派生しました。
現地ではフェニキア文字が刻まれたペトログリフと言われる粘土板が数多く発見されており、文字の解読とともにフェニキア文化の解明が進んでます。
ところが、栄華を誇ったフェニキアも紀元前800年頃から徐々に衰退してゆき、紀元前146年のローマによる都市カルタゴ(世界遺産)陥落をもって終焉を迎えてしまいました。
さて、今日の本題。
画像は正真正銘本物のペトログリフです。本日私が撮影してきました。もちろん日本で。
…フェニキア展をやっている博物館にでも行ったんでしょうか?
いいえ違います。
実はコレ、静岡県浜松市水窪で発見されたフェニキア文字が刻まれたペトログリフと見られる石なのです!!
何やら石の表面に刻まれてますよね。丸だっり四角だったりと、明らかに人の手によるものです。
しかも、ただ適当に刻んであるわけではなく実際にフェニキア文字として解読できるそうで、読み解くと自分たちの治める平地から悪霊を追い払うための言葉が刻まれているらしいです。
なぜこんなものが日本の、しかも浜松市の山中(北端は長野県境という山地)にあるのか??
発見場所が寺院の参道に敷かれた敷石のひとつだったことから正確な製作年代は不明であるものの、発見された場所一体では縄文期の遺跡が数多く発掘されており、また当地が山地の中の平地である事から、この石が何処から持ち込まれた物ではなくココで作られた物だと判ります。
石に刻まれたフェニキアの文字。。。どうしてココに?と考えるのではなく、逆転の発想をしたらどうでしょう??
例えば、日本の縄文時代は紀元前15,000年から紀元前300年くらいとかなり長いのが特徴です。
この間、ずっと狩猟だけで暮らしていたとは到底思えません。各グループ間の意思の疎通や交易において共通の言葉が使われていたとしても不思議ではない程の期間です。
また狩猟も山野だけではなく、海に出て漁で生活をしていたグループも沢山あった事でしょう。
そして、フェニキア文字を刻んだ?とされるペトログリフは日本各地で300点ほど見つかっています…
つまり、「彼らが来たのではなく、我らが行った」のだとしたら!?
古代日本と海洋民族フェニキアの繋がり…なにやら浪漫を感じませんか??
こちらの通称「水窪石」は浜松市水窪民俗資料館にて常設展示されています。
興味のある方はぜひご覧下さい(入館料無料)
Posted at 2024/06/30 19:14:42 | |
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