彼の書「だから日本はズレている」を遅まきながら読んだ。
背表紙の著者名を見ると条件反射的に手が遠ざかるけど、たまたま取って立ち読みをしたら、冒頭『「リーダー」なんていらない』と言う章でジョブスが俎上にのせられていたので買った。
「宗教家、信者」と彼は言う、表層を見れば確かにそういう一面はあるかもしれない。彼はジョブスがいなっくとも素晴らしい世界が出来た可能性がると言うけど、・・・・・そうかもしれない?????
自分が得たい結論に合わせて切り取る、確かにその個々の事例は間違ってはいない。しかし、事例が起きた要因には知識が無いのか、はたまた故意にか理由はわからないけど記さない。そういう学問をするのが社会学者なの?
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リーダー論は別として、面白い事を書いていたので・・・「だからあなたはズレている」と言いたくなるけど。
以下、太字部分は引用部分。
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・・・引用ここから
だけど、ちょっと冷静に考えてみて欲しい。ジョブスがいなかったら、僕たちの生活はどこまで変わっていたのだろうか。確かにiPhoneはなかったかもしれない。しかし、ちょっと使い勝手の悪くて、ださいスマートフォンなら、普及はせずとも登場くらいはしていたのではないか。
・・・引用ここまで
確かに彼がいなかったら今のパソコンは無かったし、人々はそれなりの生活をしていたんだろうと思う。
ゼロックスはアップルの株主の一人だった。そのゼロックスのパロアルト研究所、私達の生活を支える革新を行った、誰もが不思議もなく使っているインターフェース、それを作り上げた、マウスやイーサネットも一緒に。
ジョブス、株主である関係のパルアルトを見学に行った。そこで彼はアルトをみた。今何気なく使っているカット・コピー・ペーストがそこで実現されていた。ビットマップグラフィックス、ベクトルフォント、彼が見た物は革新だった。
ゼロックスはそれを商品化する気はなかった。アップルは買いたかったがゼロックスは「NO」。アップルはゼロックスの開発者をヘッドハントしLisaを商品化した。しかしLisaは一万ドル(日本では200万円だった)、売れません。
ジョブスはジェフ・ラスキンが進めていたマッキントッシュを見つけた。騒動がありその結果ジョブスはラスキンからマックを手に入れ、ブラッシュアップに傾注。5インチのFDDをSONY新発売の3.5インチにし、2495$。1984年の1月24日に発売し、同年5月30日までに72,000台を売った。あの時代、脅威の台数だった。
マイクロソフトのビル・ゲイツもパロアルトに行った。ジョブスと同じように取り入れようとしたが1983年に発表したWindows 1.0、タイルウィンドウでしかもシステムでリソースを使いきりアプリが動かなかった。
古市氏の言う「生活」は変わらなかったのだろうか?「冷静に考えて、普及せずと登場していたのではないか」と言うが、そんな例えが意味をもつんですか?
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・・・引用ここから
むしろジョブスがいない世界には、いまよりも素晴らしい技術が溢れていた可能性だってある。iPhoneの爆発的な普及のため、革新的で誰も想像しなかったような携帯電話の登場が拒まれてしまったのかも知れないのだ。
・・・引用ここまで
ここでも「可能性・・・かも知れない」ですか。
爆発的な普及と言うけど、データを知らないし調べようともしなかったんですよね。日本ではアンドロイドと拮抗しているけど、世界ではiPhoneは15%、それに対してアンドロイドは80%。これが爆発的ですか?
「今より素晴らしい技術」と言うけど、だれがその技術を開発するのですか?マイクロソフト、良く知られるように新たな観点を武器に萌芽したソフトハウスをゲイツは全て買収し閉じ込めた、Windowsを革新から守る為に。
アップルもマイクロソフトのその洗礼を受けた。雑誌に連載されハンドブックも発売され正式なリリースを待つばかりだったMacintosh BASIC、ゲイツから強硬な抗議があった、発売するなと。アップルはやむなく発売中止、ソフトはアップル黙認で希望者に無償で配布された。
IBM-PC用として売り込んだMS-DOS、ゲーリー・キンドールが作ったDOSの丸々パクリだった。キンドールはあまり気にしなかった、ゲイツはバレる前に金で解決した。MS-DOS互換のキンドールのDR-DOSは無償で使えましたよね。
エクセルの前身のマルチプラン、ビジカルクのコピーだった。ビジカルクの開発者は特許化しなかった。それを知ったゲイツはマルチプランとして移植、大儲け。あなたの言う「素晴らしい技術」、だれが阻害していたんですかね?
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・・・引用ここから
さらに、世界中のアップルストアには無数の献花や追悼のリンゴが寄せられたという。急遽発売が早まった自伝も、まるで聖書のように信者たちが買い求めていた(分厚くて誰も最後まで読み通せない感じも聖書っぽい)
・・・引用ここまで
信者ですか、開いた口がふさがらない。
「聖書」、聖書を冒涜するんですね。その本、私は買いませんでしたけどね。
アップルが勃興した頃の時代、カウンターカルチャーとしてアップルは存在した。ジョブスもインドを旅し通過儀礼を受けたヒッピー文化、そしてウッドストック。それが体制に反抗する若者達の反体制文化のカウンターカルチャー。それを土壌として生まれてきたのがアップルだったんですよね。
当時、回りを見渡しても民衆が使える今で言うパソコンなんてなかった。IBMの大型計算機だけの時代に、その存在を知った人々は自分達の手に欲しかった。それを叶えたのが二人のスティーブが作ったアップルでしたよね。
その意味での献花。
信者?聖書?御冗談を!
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・・・引用ここから
世界中をこれからも救ってくれるはずだった偉大な教祖の死を、アップルという巨大宗教に入信していた人々が追悼したいたのだ。その光景を見て、僕は『20世紀少年』というマンガに登場した宗教家「ともだち」の死を思い出さずにはいられなかった。
・・・引用ここまで
従軍慰安婦と違わぬ論理ですね、勝手な仮定を作り無理やり捻じ曲げる。アップル以降、世界がどうなったかについてはあまり喧伝されていない。出版、音楽、映像、一般に人々が知らぬ領域で塗り替わったんですよね。
DTPと言われる電子出版、イラスト、画像編集、この世界は大きく変わりましたよね。街の隅々の印刷屋までマックとQuarkXPressとレーザープリンターの普及。現在はInDesignがシェアを握っているようですが印刷業界はマックで変わった。
音楽、1980年にXeroxはAltoとSmalltalkを使ってMockinbirdという楽譜作成ソフトのデモ版を作りましたよね。これはジョブスも見ているはずだと思う。
1985年、MIDIシーケンサーのPerformerが発売、そして1989年、譜面作成ソフトFinaleが発売された。そして現在ではレコーディング・スタジオでも多用されるデジタル・オーディオ・ワークステーションのProToolsの前身であるSound Toolsが1989年に発売された。これらのソフトは全てマックをホストとしたソフトウェア、業界は変わった。
映像関連は使った事がないので割愛します。
でもマックが無いと苦労するのが現実のようですね。
プロフェッショナルの世界はマック以降に大きく変わったんですよ古市さん。普通の人には目に触れないし聞きもしないでしょうが「救われた」んですよ。自宅にいながらH-2Aの打ち上げの生中継を見ることが出来る、この世界を誰が・・・
世界で初めてブラウザとWebサーバを作ったのはティム・バーナーズ=リー。彼はNeXT Computerを使って世界初のプログラムを作成した。それが今我々が普通に使っている。NeXT、言わずながですがNeXTはジョブスが作ったんですよね。
昔々MacIIが余っていたのでウェブサーバを立ち上げた。だんだんとアクセスが増え、そのログを見ていたらユーザーエージェントが全てmosaic。マイクロソフトもエンジンはmosaicを使っていたのをこの時知った。
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How Steve Jobs got the ideas of GUI from XEROX
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↑冒頭に出てくるBOB TAYLOR(Robert William Taylor)彼がPARCに集めた人材はすごいと思う。
Xerox Mockingbird (1980)
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↑ALTOでケイらが開発したSmalltalkでプログラミングされた。
Xerox Alto Computer
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↑ウィンドウズのようにと言うが、初めてのWindowsはタイルウィンドウ、マックが初めから実現していたのはALTOと同じフローティングウィンドウ。ウィンドウズと同じと言うが、時系列はウィンドウズは遥かに後!
Guys who developed multimedia (ニューメディアを生んだ男たち) March 21 1989
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↑アラン・ケイに「iPhoneの画面を4倍に」と言われたジョブス、iPadを作った。
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↑2022/8/26、動画のリンクがすべて切れていたので修正。