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2011年04月18日 イイね!

1978年5月下旬の至仏山

1978年5月下旬の至仏山←鳩待峠と至仏山の中間位の所
 鳩待峠って言ってもハトポッポとは無関係。

この間、燧ケ岳だったので、お向かいの至仏山を。

鳩待峠は一般車侵入禁止になって久しいが、
当時は上高地などと同じく通行規制はなかった。
しかし悪路、走行していると頻繁に底に岩が
ゴツンと当たる。
この時は車2台に分乗して行ったけど、車の所有者かわいそうでした。

鳩待峠からは写真のようにずっと雪の上。山頂付近と尾瀬ヶ原は雪なし。
上の写真の頭上右上から左上に伸びている枝。
左に立っている木と交差するあたりに赤いものが見えるが、これは冬季の目印の赤布。
厳冬期はこの赤布を結べる位置まで雪があったんですね。

そう言えば、この写真を撮った1978年、まだ生まれてなかった方いらっしゃるんですよね。
この当時は車には全く興味がなく、誰かが「山に連れてって」って言うと「はいよ」って答えるが、
いつも間にか車が準備され、同行者も「あれれっ」と言うくらい増えてた。

この時は、鳩待峠から小至仏山を通って至仏山に上り、山ノ鼻に降り、そこから鳩待峠という
コースだったが、山からの下り、スキーがあればと思いながら「あ~あ」でしたね。
でも、残雪豊富なのにだれも滑ってませんでした。下の方、雪ないからかな。

そう言えば、この頃関越まだありませんでした。沼田まではずっと国道17号線。
ドライブイン華やかしき頃です。
この時は、鳩待峠に早朝に着くように、夜中に走っていましたが、どのドライブインも明かり煌々。
深夜っていうのにどこもにぎわってましたね。

夜中に寝ないで走って、早朝に着いて、そのまま歩き始める。
スキーも同じ事してましたけど、元気印。

鳩待峠 まだまだ元気


至仏山 山頂 証拠写真
Posted at 2011/04/18 22:23:51 | コメント(1) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2011年04月16日 イイね!

昔々、5月の連休は燧ケ岳でスキーだった

昔々、5月の連休は燧ケ岳でスキーだった←○○年前の5月の尾瀬沼と燧ケ岳
 あたしゃカメラマンで写ってない。
 三平峠から降りた所。(の、はず)
 
昔々、今頃の時期は「尾瀬でスキー」で、
うきうきしてましたね。

5月の連休はスキー担いでの尾瀬が定番だった。
この写真の時も板、背負って行った。
雪の上はテントじゃ寒いんで、いつも長蔵小屋泊まり。

この時は、スキーは私だけなんで、
小屋で皆とお別れだった記憶がある。

写真に見える山が燧ケ岳で、右端のピークまで登ってエイヤッと降りてくる。
板担いで上り2時間、下り10分。効率悪っ。自分の足が頼り、あたりまえか。
なんで、一本滑った後は登り返して、上で遊んでから降りてくる。
池みたいに写っているところが尾瀬沼で、まだ雪が融けてない、

5月でも雪が降る事があり、これが大変。
降った直後はいいんだが、太陽に新雪があぶられると、解けてじとじとになる。
そして、そうなった所に滑り込むと急ブレーキがかかってつんのめる。

あと、下のYoutubeの映像の中にもありますが、樹木の周りから先に雪が融けるので、
木の根元に向かう穴が出現する。気をつけないとここに落ちる。
私の友人は落っこちた。彼はいたがっていたが、こっちは笑うしかなかった。

当時は尾瀬でスキーと言うと至仏山が一般的で、燧ケ岳に来る人はいなかった。
なので連休中ずっと燧ケ岳のスキーは私一人で、シュプールも私のだけだった。
Youtubeにあった燧ケ岳のスキーの映像を見ると隔世って言う感。
当時、登山してる人はいたが、シュープールが一杯なんて考えられなかった。

Youtubeの映像を見ると、御池から登って、御池に降りる方が多いみたいですね。
確かにこっちからのほうが楽。
私のように大清水からだと三平峠を越さなくてはいけないんで一寸疲れるコース。
あと、こちら側は日帰りにはきついコースだから皆さん御池なのかな?

滑って、下の方に降りてくると森の中。
じっとして休憩してると雪が音を吸い込んでくれて無音の世界。
だんだんと耳がじーん鳴ってくる。

行っていたのは、平野長靖さんがご存命の頃だった。
亡くなられてからも行っていたが、当時の小屋の予約ははがきのやり取りで、
奥様の紀子さんから予約の返信を頂いた。

長靖さんは自然保護に熱心な方で、現在の尾瀬の自然は彼に負うところが多い。
私も何回か乗船したが、昔は沼尻から長蔵小屋に渡し舟が通っていたが、
汚染の問題でこれを廃止したのも長靖さんだ。

大清水から沼山峠への観光道路建設を中止させたのも彼だ。
そして初代環境庁長官大石武一氏の理解と尽力が結果を生んだ。
是非、大石武一氏のウィキペディアを読んで頂きたいと思います。

5月の尾瀬沼は、残雪で一面覆われている時もありるが、融け始めると小川には
小さなリュウキンカと水芭蕉がすぐに顔を出している。
上の写真でも、沼の手前だけが水面を覗かせていますが、後は一面残雪。

Youtubeから燧ケ岳スキーの映像を少々。

尾瀬御池~燧ケ岳山スキーウマウマ男女


20090510燧ケ岳山スキー
Posted at 2011/04/16 16:01:25 | コメント(0) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2011年04月05日 イイね!

山と天気図

山と天気図←私が好きな所
 左が前穂高、右が奥穂高。
 その間に湾曲した稜線が吊り尾根。
 真ん中の雪渓のある所が涸沢カール。
 そのカールの手前の山の稜線の一寸上に
 見えている小さい赤屋根が涸沢ヒュッテ。
 左下の岩肌が見えている所が、
 井上靖の小説「氷壁」で有名な屏風岩。


昨日、「宮古市」で思い出したので少し書いたが、昔、天気図の作図を一生懸命練習していた。
理由は簡単、山歩きのためだった。
登山の教則的な本には必ずといっていいほど、天気図を書こうと書いてあった。

NHKで観測点の気象情報を放送しているので、それを聞きながら天気図用紙に書き込んで行く。
マークを覚えていても、結構大変な作業だ。
天気図用紙は何処で買ったか忘れてしまっている。

今、書けといわれても、書けません。
山登りの初めの頃は脅迫観念的に、「これが書けないと危険」なんて思っていたが、
何回も行く内に自分で書く必要性が薄れてしまった。

山登りに行く季節は、テントを持ってゆくとは言っても山小屋が開設しているシーズンのみだ。
テント場の料金を支払いに行くと、ほとんどの場合、小屋には小屋の方が書いた天気図が
掲示してある。それを見れは用は足りてしまう。

それと、最大の理由は軽量化。
一人でテントを背負って行くんで、箸一本でも軽くしたい。
天気図用紙は必要枚数だけちぎって持ってゆけばいいが、ラジオを持って行くと、
予備の電池も必要になってしまう。

今のような便利な携帯電話なんて無い時代だ。

何回も山に行く内に、誰でも天気は肌で感じられるようになる。
下界では晴れていても、遠くに低気圧があると、稜線ではもろに影響がある。
雲は流れ、風が舞う。
こんな状況になる前に、雲の流れる方向なんかでその後の天気の行方が感じられるようになる。

ほとんどの人は自然に、動物的みたいな感覚が備わってくるようだ。
私の場合も、そういう時は迷わず下山してしまう。
行っちゃうと、風雨に叩かれて、夏でも疲労凍死する人がいる。
(雨風に叩かれて小屋に着いたら、テント張る前に純毛のセーターを肌に直接着てましたね。)


山登りしていた頃、休みの日はほとんど山の中。木曽路じゃありませんよ。
初めの頃は安月給だったので、アルプスには月に一回ほどしか行けなかった。
残りは、奥多摩や奥武蔵。

満月の日、徹夜で歩くと月の明るさがまぶしいくらいだった。
懐中電灯は一度も点灯せずに、月の明かりだけで歩ける。
日が昇る頃に最寄の駅に着くとどっと眠くなる。

雨の日に「訓練だっ」って歩くと、指先が水分でふやけて真っ白になったりする。
同じコースを何回歩いても、毎回違う風景があるのは不思議だ。
多分、この「風景」が山の楽しさなのかもしれない。
Posted at 2011/04/05 22:22:12 | コメント(1) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2011年01月27日 イイね!

唐突に 初すべり

唐突に 初すべり←狭山スキー場:Wikiより引用

何やら、スキーの事を書いていたら、
色々とフラッシュバック。

昔、初すべりというと狭山スキー場。
ベテランの方々は立山に行くが、我々素人は
狭山スキー場
立山は11月にはいってからだが、ここは
10月下旬には滑れる。

上の写真は現在の写真だと思うが、当初は
この写真を撮っている辺りは小高くなっていて、
初心者用の場所になっていた。
丁度、ジャンプのランディングバーンの奥が小高くなっているが、そんな感じだった。

ここは氷を細かく粉砕して散布しているんで、ザラメ雪のような感じで、雪質を云々する
場所じゃない。
新品のスキーを持って行くことはご法度。
山に雪が来る前に滑れる事を有難く思いながらすべる所。

やはり、早く感覚を取り戻したい皆さんが多いので、ナイター(翌朝までの)営業もあるんで、
私もそれを有難く利用してた。
深夜は人も少なくなるんで有難い。
でも朝の5時頃になるとさすがに眠い。




一足飛びに夏。
普通は5月の尾瀬・燧ケ岳(写真正面の一番右側のピークから滑走)がシーズンの
終わりだけど、たまに7月の乗鞍
そして8月のよみうりランド

ここには真夏でも滑れるスキー場があった。
雪じゃなくて、ブラシ。
丁度、玄関マットで靴底の泥を落とせるようなブラシ状のマットがありますが、
それが滑走バーン1面に貼ってある。

スキー板に、ワックスならぬ油をつけて滑走。
倒れると、、、痛いです、度々アザになりました。
倒れると、、、ウェア ギザギザ。
興味のある方は、「よみうりランド スキー場」で検索するとブラシ画像あります。

よみうりランドのスキー場、行った事のある人いますかね。
脇にはジャンプ台もあった。
Posted at 2011/01/27 20:33:50 | コメント(2) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記
2011年01月26日 イイね!

今日は何の日

今日は何の日←左から
 スティグ・ソランダー:スウェーデン
 トニー・ザイラー:オーストリア
 猪谷千春:日本

今日は何の日をみたら、猪谷千春氏が
コルティーナ・ダンペッツォで行われた
冬季オリンピックのスキー回転競技で
銀メダルを獲得した日と書いてあった。

金:トニー・ザイラー:3分14秒7
銀:猪谷千春:3分18秒7
銅:スティグ・ソランダー:3分20秒2

トニー・ザイラーは、回転、大回転、滑降の3冠王。
↓当時の映像があった。
Cortian 1956 Slalom men 

オリンピック当時のスキー用具はどんなものか知る由もないが、
私が初めてスキーをしたのは赤城山スキー場、由緒あるスキー場だ。
赤城レッドサンズの誕生遥か前、高橋涼介、多分生まれていない。
スキーのエッジはネジ止め、締め具はカンダハー、靴は皮製で紐締め、
ストックは竹のリング付きといういでたちだった。

上のオリンピックはこれより遥かに前だけどWebで見るとこのオリンピックの
前年にはMarkerが開放式の閉め具を開発、とあった。
エッジも埋め込み式のワンピース金属エッジがあったようだ。

あっ、上にも書いたようにストックは両手に一本ずつ持ってたんで、
一本ストックじゃないですからね。
Posted at 2011/01/26 20:50:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | 山とスキーだね | 日記

プロフィール

「ポッポ牛乳のソフトクリームと野辺山宇宙電波観測所へ。 http://cvw.jp/b/757405/47006940/
何シテル?   06/06 10:41
メカ屋です。 (でも車いじりは全くの不得意。ちっちゃいの専門)
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