最速の座を射止めるのは、誰か?
決着をつけるべく開催された、原付公道グランプリです。
このバトル、コース概要からパワー勝負になるのは必至。
スタート前から、粗方の結果は見えています。
そんな公平とは言えない状況にもかかわらず、参戦を決めた猛者は以下の4台でした。
エントリー№ 1 ヤマハ パッソル
2.3ps 45kg 19.57kg/ps
1970年代後半、ホンダ ロードパルと共に、原付バイクブームを牽引した立役者です。
ロードパルはバーステップだったのに対して、こちらはステップスルー。
スカートで乗る女性には、こちらの方が向いていました。
現代スクーターの礎とも言えますね。
私達の頃になると、あまりにも非力なエンジンに喝!を入れるべく。
JOGエンジンを換装した「パッジョグ」、アクティブのエンジンを換装した「パクティブ」なんて言うのもありました。
今回のエントリー車両は、完全フルノーマル仕様。
オーナーの彼は、地元で有名なお稲荷さん横の急坂を、アクセル全開に加えて自らの脚力も使ったハイブリッド走法で攻略したという強者です。
今回もスタートダッシュでハイブリッド発動し、軽量ボディを生かした走りが出来るのか?
エントリー№2 スズキ ジェンマ
3.5ps 65kg 18.57kg/ps
それまでの「ミニバイク=女性」のイメージからは脱却。
スズキが新たにターゲットとしたのは、大人の男性でした。
CMキャラクターは、ジュリア―ノ ジェンマ。
車名の由来にもなっています。
駆動系は、一般的なスクーターがCVTだったのに対して、ジェンマは3速AT。
発進時、いきなり「ミ~ン」と高音を発しながら、音と車速が合わない加速をするCVT車とは、一線を画いています。
ジェンマは1速から発進し、エンジンが回転を高めると共に2速へ。
クルマの様な加速をします。
しかも、そこは大人のスクーター。
高回転を多用し絶叫する様な事を、良しとしません。
シフトチェンジは、そのジェントルなキャラクターを反映してか、早めにアップ。
素早いシフトアップでトップギヤに入れ、そこから最高速の伸びで勝機はあるのか?
エントリー№3 ホンダ DJ・1
5.2ps 52kg 10.00kg/ps
ますます過熱化する原付バイクブーム。
ヤマハはスポーツスクーターJOGを発売し、市場を席巻します。
それを迎え撃つべく誕生したのが、ホンダ DJ・1です。
その気概は、車名にも表れています。
DJ・1、公式では「Dolphin Jump No1」とされていますが・・・
裏の意味は「打倒 Jog」だという噂が。
今回のエントリー車両は、特別仕様のウィングスペシャルエディション。
パステルカラーが、勝利を導くのか?
エントリー№4 ホンダ ディオ
6.4ps 59kg 9.22kg/ps
これ、私が今も乗っている、平成元年1月登録の初期型です。
ブランドが今も残る、名車ディオの初代モデル。
パワーウエイトレシオも、パッソルの半分以下です。
当時の2ストモデルは、ダッシュ命!
現在の4ストモデル相手でも、負ける気がしません。
今回のバトル、ディオに強烈なアドバンテージがあります。
負ける理由が、見当たりません。
私が考える、勝利の方程式。
ライバルは事実上1台のみ、DJ・1です。
マックスパワーで1.2psの差は、DJ・1にとっては致命的でしょう。
当時のスクーターには、もう60km/hリミッターがありました。
なので、DJ・1もディオも、最高速は同じです。
つまり加速時、先に最高速に達すれば、もう逆転は不可能なのです。
このバトル、私にとってみれば勝利へのツーリングみたいなものです。
そして迎えた、バトル当日。
4台のマシンはスタート地点で、その時を待っていました。
コースは、見える限りオールクリア。
楽勝ムードの私ですが、油断は禁物です。
勝負は下駄を履くまで、わかりませんから。
そして、カウントダウンが始まり・・・遂にスタート!
各車一斉に飛び出します。
私も右手で力いっぱいアクセルを開け、フラットアウト。
前を見据えて、フル加速します。
バックミラーを見ると、写っているのは、パッソルとジェンマだけ。
DJ・1の姿がありません。
という事は、まだ彼は横にいる・・・
再び前を見据えながら、右手はまだまだフラットアウト。
視線を移したバックミラーには、2つの点とDJ・1。
これでバトルは決しました。
あとはゴールまでのソロツーリングです。
右手はフラットアウトを維持しつつも、緊張は解けて無駄な力も抜けてきました。
バックミラーに写る状況は、2つの点と、大きくも小さくもならないDJ・1。
あとはミラーでこのインターバルを維持したまま、ゴールまで走りきるまでです。
バトルは決したものの、常に後ろを注視しながら、右手はフラットアウトを維持。
バックミラーに写るのは、相変わらず2つ点とDJ・1です。
トップ独奏だったディオに、不穏な空気が漂い始めました。
バックミラーの映像が、同じではなくなっている・・・。
DJ・1が先頭なのは変わらず。
その後ろ、2つの点は1つになり、もう1つの点が赤いスクーターだと分かる程に大きくなっていたのです。
まさかDJ・1Rが失速したのか? なにかトラブルでも起こったのか?
しかしミラーを見る限り、DJ・1の大きさは変わっていない様に思えます。
それよりも、今はトップでゴールする方が先決です。
スピードメーターの針をスケール上限に張り付かせたまま、ディオを疾走させます。
暫し後、バックミラーに写ったもの。
そこには驚きの映像がありました。
DJ・1に襲い掛からんとするのは、赤いジェンマ。
やはり、DJ・1にトラブル発生なのか?
いや、そんな事はありません。
なぜなら、バックミラーに写るDJ・1の大きさは、変わっていないんです。
変わっているのは、ジェンマの方。
僅かながらに大きくなってきていたのです。
ジェンマが、DJ・1のそれを越えたのは、その直後の事でした。
嘘だろ? 3.5psのジェンマが、5.2psのDJ・1をオーバーテイク?
ジェンマの姿は、その後も歩みを止めることなく、バックミラーの中で大きくなっていきます。
ディオとの距離さえも、詰めてきているのです。
一体どうなってるんだ?
ディオのセカンダリータービンが、止まってんじゃねーのか?
(付いてないけど)
みるみる大きくなってくる、赤いジェンマ。
こちらがオーバーテイクされるのは、もはや時間の問題です。
遂に迫り来るその姿が、バックミラーから消えました。
ゆっくり横を向くと、そこにはが微速ながら近付いて来るジェンマが。
無駄な抵抗だと知りながらも、上体を伏せ空気抵抗の削減させますが・・・
エンジン全開のディオには、もうなにも効かないのです。
一体なにが起こっているんだ?
たった3.5psおジェンマに追い込まれるなんて、そんな事、ありえない!
ディオやDJ・1は、原付の60km/h規制後に販売されたモデル。
なので開発時から最高速が60km/hになる様に、エンジン、駆動系が設計されています。
対してジェンマは、規制前のモデル。
リミッターは装着されていません。
以前、このジェンマに乗せてもらった事があります。
CVTの様に高回転を多用せず、シフトアップタイミングも早いので、加速は緩慢。
なので、私は「遅い」と評価していました。
でもそれは、あくまで加速時の話。
最高速は、また別だったんです。
ジェンマは非力ながらもギア比の関係で、最高速が僅かに60km/hを上回っていました。
コースがもっと短ければ、スタートダッシュのマージンを生かして逃げ切れたのでしょう。
ですが今回は、それをゴール前で使い果たしてしまいました。
これが、ジェンマが大逆転出来た、勝利の方程式です。
ジェンマがゆっくりとディオに並び、そしてゆっくりと遠ざかっていきます。
手を伸ばせば、捕まえられるかの様な速度で。
フラットアウトのディオには、もう成す術がありません。
ただ茫然と見送るのみ。
この現実が、理解出来る心境ではありません。
参加メンバーで最強エンジンのディオが、まさか敗北するなんて・・・
どんなに勝算が高くとも100%という事はないと、思い知らされました。
それにしても、DJ・1でなくてまさかジェンマに破れるとは・・・
その後、トップでフィニッシュしたのは、ジェンマ。
2位以下は、ディオ、DJ・1、パッソルと・・・
スタート前では予想も出来なかった、大逆転劇。
オーバーテイクされたの光景が、今も強く残っています。
フルフェイス越しでもわかる、彼の満面の笑みが。