『大学』(三十六)

(安岡正篤－「人物を創る」より)





「賢（けん）を見て挙（あ）ぐる能わず、挙げて先だつ能わざるは命なり。不善を見て退（しりぞ）くる能わず、退けて遠ざくる能わざるは、過（あやま）ちなり。人の悪む所を好み、人の好む所を悪む、是を人の性に拂（もと）ると謂う。菑（わざわい）必ず夫の身に逮（およ）ぶ。」

見賢而不能拳、拳而不能先、命也。見不善而不能退、退而不能遠、過也。好人之所悪、悪人之所好、是謂拂人之性。菑必逮夫身。



賢者と見てもこれを挙げ用いることができない。また挙用しても、自ら率先して委任することができない。これは怠慢である。不善人を見てこれを退けることができない、退けても僻地に追放できないのは過失である。
自分が率先してその人を引っ張ってゆく、ということができないのは命なり。この「命」は多くの学者が考証して、命ではないということに一致しておる。そうしてあるいは「怠」とか「慢」という字を当てている。挙げても挙げっぱなしで、自分が先に立っていっしょにやってゆけないというのは怠慢である。意味はよく分かる。

およそ善を好み悪を悪むのは人の天性である。しかるに君主たる者が、人の悪むところを好み、人の好むところを悪めば、これは人間の天性に背くもので、禍害が身に及ぶことを免れないであろう。
こういう天の邪鬼のような人はいるものである。





前頁「大学」(三十五)

次頁「大学」(三十七)