うわ、かなりお久しぶりになってしまいました
m(_ _)m。
今回はイタリィで行きますか、お久しぶりのアルファロメオからです。
【Alfa Romeo Montreal】
「アルファロメオ モントリオール」です。
1970年のデビューですが、実はその前「人類の進歩と調和」・・・
いや、それ、大阪万博(1970)のテーマだから。岡本太郎が芸術は爆発だ!していますな♪こんにちは~こんにちは~。
そういえば、2025年にまた大阪で万博が開催されますね。名称は「大阪関西万博」になるそうですが。
ちなみにテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」だそうで。ロゴマークも発表されましたが・・・
何ですかこの「パターン青」はwww最初このマークを見たときにいや、これ絶対使徒だよね、エ(ピー)ァンゲ(ピー)オンに殲滅されるヤツだよねとしか・・・w。
さておき。
「人類とその世界」というテーマを掲げ、1967年4月28日~10月27日まで、カナダ・モントリオールで開催された万国博覧会Expo ‘67が、カナダの建国100周年記念と合わせて開催されました。
このモントリオール万博におけるイタリア館にこの車のプロトタイプが展示され、人気を博していたのです。
こちらがその万博時に展示されていたプロトタイプ、ロングノーズ、ショートデッキな典型的な2ドアFRクーペスポーツですが、とても流麗かつスマートなスタイルで人気があったそうです。
となると、アルファロメオとしては市販へ向けて本気になるわけで・・・それに向けた開発が加速していきます。車名もこの万博にちなんでモントリオールとなりました。
市販型のスペック
水冷V型8気筒DOHC、排気量 2,593cc、最高出力200馬力です。
こちらが市販型、ボンネット上にNASAダクトが追加されたり、ヘッドライト周りのデザインが若干変更されていますが、できるだけプロトタイプのデザインのままで出そうとした努力を感じる事ができますね。
プロトタイプの段階では市販型より若干小型で、エンジンも水冷直列4気筒のDOHC、1600ccの排気量でした。
というのもベースになったのが
こちらのアルファロメオ ジュリア(スプリントGT系)だったからなんですが、エンジンや脚周りなどを共用していたのです。
しかし、当時のアルファロメオのスペチアーレである。
ティーポ33/2ストラダーレのV8エンジン、市販型ではこれを使用することが決定。
実はこのエンジンになった経緯は、その当時のアルファロメオの台所事情とかこのストラダーレの開発費回収のためとか色々な事情があったりするんですが・・・まあ、未来を語るべき車のエンジンが、ジュリア系DOHC2リッター(最大)直4では役不足だとされたからというのが定説なんですけど。
ストラダーレの240馬力に対して、モントリオールは200馬力へとデチューンされてはいますが、実用域のトルクが強化されていて扱いやすくなっております。
プロトタイプの薄いフロント~ボンネット周りを再現するために、エンジンの潤滑をドライサンプ式にしてオイルパンを低くしたりとかなり涙ぐましい努力が施されています。
本来はキャブレターで燃料供給を・・・となるところですが、薄いボンネット周りを実現するために当時としては珍しくインジェクション方式(スピカ・メカニカルインジェクション)を採用しています。キャブレターを装着すると薄いボンネット周りを実現できないからというのが最大の理由ですが。
ジュリアベースのシャシーもエンジンの大型化に対応するために補強が施されたりと本当に努力の結晶がモントリオールなのです。
さて、モントリオールの最大の特徴であるヘッドライトなんですが。
エンジンオフ~始動の段階ではまつ毛があります。樹脂製のクリアカバーなんですよこれ、ちょっと眠そうな感じもしますね。
エンジンオンからヘッドライトを作動させると、ヘッドライトの上のまつ毛の部分が下へ移動します。
完全にまつ毛が下りた点灯状態、つまりカバーがクルリと下へ回転して、ヘッドライトの下に収納されるというギミックなのです。まあ、一種のリトラクタブルヘッドライトということになりますかね。
お目目全開、ライト点灯状態がこちら、かなり顔のイメージか変わりますね。
このように、当時としてはかなり凝ったギミックが採用されております。
尚、デザイナーは当時ランボルギーニでも辣腕を振るったマルチェロ・ガンディーニ氏です。
モントリオールのボディーサイドには「b」のエンブレムが・・・はい、ベルトーネ・デザイン社謹製の証であります。
後ろ姿、一応、後席もある2by2クーペですが、正直後席はとりあえず付いているだけ状態、実質2シーターと割りきるべきです。
リヤウインドーの部分は開閉可能で、ここから荷物を積むことも可能、意外と使い勝手は良いとのことです。
運転席、5MTが基本でセミバケ風の本革シートを装備、リヤシートもチラリズムしていますが、お世辞にも居住性なんて求めてはいけませんレベルです。
さて、万博でのいわゆるコンセプトカーだった車が、ほぼそのままの姿で市販にこぎ着けたというわりと稀有な車であるわけですが。つまり前評判は良かったわけですからさぞかしモントリオールは売れたのか?・・・ん~、微妙っ!というのが実態です。
まず、当時のアルファロメオは大衆車寄りのメーカーであったこと。
そりゃ上記のストラダーレみたいなロードゴーイングレーサーみたいな高額なスペチアーレ(スペシャリティーといった意味合い)もありましたけど、フィアットよりかは上、しかし、同じイタリアのマゼラーティやフェラーリを越えてはいけないという不文律は今現在も案外生きていたりしますし。
ですからモントリオールは同時代のジャガーEタイプやポルシェ911よりかは少しだけ高額で、フェラーリやマゼラーティよりはかなりリーズナブルな価格設定がなされていたんですよ。
しかし、当時のアルファロメオとしてはかなりの高額な車両でした・・・じゃあお金持ちの皆様は同じ国のフェラーリやマゼラーティを買うよね?、こうなったわけです。何が悲しくて大衆車(当時は)メーカーの車にジャグヮー(徳大寺風)やポルシェより高い金出さなきゃならんのよ?と。
1977年までとかなり長めの生産期間でしたが、総生産台数は3925台(諸説アリ)と生産期間7年を考えたら少なめな台数、全く売れなかった訳ではありませんが・・・微妙~な感じですね。
日本にも発売開始から10台が国内に入って来ており、生産期間的に当時の日本でのいわゆるスーパーカーブームの期間にも販売されていた訳で、当時のスーパーカーの展示会では、一部の会場でこのモントリオールもスーパーカーとして展示されていたり・・・う~んスーパーカーとはちょっと違うような気がしますが・・・。
ちなみに、大卒サラリーマンの平均月収が4万円だった頃に、日本で販売された10台のモントリオールの1台あたりのお値段は「770万円」だったそうですよ。
今の感覚だと・・・1台1500万円ぐらいになるのかな?。
さて、中古市場ですが。
国内市場では3台ほと発見、1台は1970年代に10台輸入されたうちの1台という希少な1台、走行距離は1万~5万キロあたりでお値段は3台全部ASK(応談)、おいくら万円なんでしょうか?。
ここは海外へ目を移して、海外でも1台発見!、プライスタグがついていました!。さて、そのお値段は・・・・
13,950,000円! ゚ ゚ ( Д )
いや、思っていた以上に高額でしたわ。
当初は万博に展示するためのいわゆるコンセプトカーだったわけですが、市販へ向けて3年間を費やして開発、夢の車は現実になったわけですが、アルファロメオの立ち位置の関係でイマイチ不遇に終わったアルファロメオのスペチアーレ、それがアルファロメオ モントリオールです。
購入・・・無理っwww。
まあ、所有するならネジ1本に至るまでオリジナルクオリティーに拘るべき車でしょうね。
走らせると、機械式とはいえ安定したインジェクションシステムによる燃料供給と、豊かなトルクのおかげで旧車にしては案外運転はしやすい車だそうですよ。
まずは、実物を見てみたい1台です。日本でも数台登録はされているそうですし。