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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2005年06月06日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その74

~難しい勝利~

01年。GT第2戦富士。
エッソウルトラフロースープラが圧巻。
NSXも頭角を露にした。
直6エンジンに限界が見えてきたスカイラインGT-R。
勝利は遠いものだったのかもしれない。

日産応援団の旗振りの数が増えてきていた。
例え負けレースでもチームと同じで最後まであきらめなかった。

第4戦は真夏の富士。ザナヴィヒロトGT-Rが勝利した。
N-JUNKIE一家は真夏の炎天下で1歳になったばかりの長女を思いこの日の参戦は断念した。

スカパーの中継で応援するN-JUNKIEだった。
Posted at 2005/06/06 22:07:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年06月06日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その73

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その73~00年ニスモフェスティバル~

日産応援団はフルメンバーで旗を振った。
それもそのはず長谷見昌弘(敬称略)の引退セレモニーだった。
ミスター・スカイライン。その名が相応しい。
ラストランは、あのスカイラインRSターボスーパーシルエット。

サーキットアナウンサー竹中さんがこう言った。
「長谷見さんはスーパーシルエットで『この富士を走った時、観客の皆さんが総立ちになったのが忘れられないんです。』と言っておられました。
皆さん、是非お立ちになって長谷見さんをお迎えください!!」
総立ちの観客席を長谷見昌弘が通過した。

日産応援旗が最高のシーンを演じた。

マシンから降りた長谷見は昨年引退をした同僚だった高橋国光に花束をもらい身を寄せた。

応援団長Kさんが声を上げた。
「ハ・セ・ミ!ハ・セ・ミ!ハ・セ・ミ!ハ・セ・ミ!」
いつしかスタンドがこの声でサーキット中にこだました。

大粒の涙をこらえきれない長谷見昌弘。
また一人のレーサーが走り去って行った。

Posted at 2005/06/06 20:49:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年06月06日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その72

~日産モータースポーツ親睦会の出来事~

日産がR391でルマンを走って1年。
日産はルマン参戦をとりやめた。
名手「長谷見昌弘(敬称略)」が引退を仄めかした。

ルマンが行われる時期、東京のホテルで日産モータースポーツ関係者の親睦会が行われた。
かつてルマンのツアーで一生懸命旗を振っていた人達が招待された。

N-JUNKIEにも招待状が来た。しかし断った。
まだ生まれたばかりの長女。初めての育児に手を焼く女房Y。
とても行けなかった。
その思いを一通の手紙に書いた。※正確には覚えておりません。

「今回は長女が生まれたばかりでまだ手が掛かる為参加を見送らせていただきました。すみません。ルマンのツアー楽しかったです。添乗員Oさん、ごめんなさい。本当はOさんがパレードに参加する予定だったんですよね。それで私が急遽参加することになって。Kさんとフランスの大観衆の中をパレードしたことは生涯忘れません。
星野さん。お会いできて嬉しかったです。子供の頃からずっと星野さん大好きでした。ルマンを走られなくなったことはとても寂しいです。国内レースは引退しませんよね。
長谷見さん、引退なさるんですか?勿体無い!!かつてスーパーシルエットで活躍なさったとき、スカGファンの私は星野さんのファンであることをついつい裏切ってしまいました。
98年、ルマンのTV中継で関谷さんが『星野さんのいないレースはクリープを入れないコーヒー』だと言っておられましたが、私に言わせれば長谷見さんは『マリームを入れないコーヒー』ですね。これからのご活躍期待させていただきます。」

これが会場で読まれてしまったらしく、星野、長谷見が大爆笑していたと聞いた。
数日後ビンゴゲームでTシャツを当てた長谷見昌弘はサインを書き入れN-JUNKIEにあげてくれと言ってくれたと後から聞いた。

数日後、Tシャツが我が家に届いた。感激して動けなかった。
Posted at 2005/06/06 20:21:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年06月06日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その71

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その71~キューブの活躍~

長女出産、お買い物、お出かけ。
キューブが我が家にとって必需品だった。

取り回しのイイこのクルマは女房殿のお気に入りだった。
当時会社通勤していた女房殿は保育園通いに重宝していたのだった。

スカイラインGT―Rは嫉妬してたに違いない。
数々のトラブルを起した。

アパート暮らしのキューブ時代。
このクルマは不満はあれど案外使えるクルマだった。
Posted at 2005/06/06 20:00:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年06月06日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その70

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その70~GTと日産応援団~

初めて富士の合同テストに行った。
比較的誰でもパドックに入れる。

星野一義(敬称略)に会った。
「覚えてるよ。藤枝の人でしょ? 奥さん、子供生まれるんだねぇ。」と言ってお腹を触った。

E・コマスに会った。
写真にサインを書いてもらった。「ルマン、アリガトウゴザイマシタ。」と不器用な日本語で言った。

M・クルムに会った。
「ルマンはありがとうね。ステキなbaby生んでください。」
コマスより遥かに流暢な日本語を話す。

本山哲に会った。
「ルマンありがとう。応援よろしく!」

N-JUNKIEは嬉しかった。

5月。恒例のGT富士ラウンド。
N-JUNKIEはお腹の大きいYと義理の弟Tを連れた。
N-JUNKIEには思惑があった。
Tはかつて若者らしい発言をした。
「オレは見るより走るほうが好きなんだ。」
N-JUNKIEは一発くれてやろうと思った(暴力的な意味ではありません)。

日産応援団が少人数ながらいた。
N-JUNKIEも加わった。
レースはNSXのモノだった。
日産応援団はそれでも旗振りは止めなかった。

レースを見たTは興奮していた。

応援団長Kさんはこう言っていたことがある。
「日産応援団は、日産が好きでたまらなく、熱意がある方なら誰でも参加できます。」
N-KINKIEは団長Kさんに男として惚れた。
Posted at 2005/06/06 19:52:30 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記

プロフィール

「わかっているんだけどナァ… ~Nジャンさんの独り言~ http://cvw.jp/b/116827/48490197/
何シテル?   06/16 21:14
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 ク...

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かつて所有していたスカイラインGTS-t TypeM。 初の新車購入でした。
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