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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2006年10月03日 イイね!

MEMORIES 増刊号 【少年時代】 #1

MEMORIES  増刊号 【少年時代】 #1~スカイラインと共に~

小学校1年生の頃だった。
親父殿がクルマを初めて購入した(マツダ カペラ・ロータリークーペ)。

最初は興味が無かったのだが、子供用の百科事典で調べると「自動車」という物が載っていた。
「ああ、このクルマ最近見るね・・・」
それはスカイラインであった。
C110型、ken&Merryのキャッチフレーズで大ヒットしていた頃だった。

プラモデルを初めて買ってもらった。
スカイラインを組み上げた。
出来は笑っちゃう程下手だったけど大事な宝物になった。
青いスカイラインGT-Xは机に飾られた。
「大人になったらスカイラインに乗りたい。」
青いスカイラインが大好きになった。

スカイラインが好きで好きでたまらなくなった。

やがて時が流れてGT-Rを知った。

レーシングモデルのケンメリを初めて見たとき・・・・・
胸が張り裂けそうになった小学生のオレ。

スカイラインGT-R。
それはオレが夢として何年も何年も抱きつづけるクルマである。

Posted at 2006/10/03 23:17:23 | コメント(1) | トラックバック(0) | シリーズ物 | 日記
2006年10月02日 イイね!

MEMORIES #9

MEMORIES #9~スカイラインGT-Rを手にした時~

26歳の3月だった。
まだ肌寒い日の夜だった。

遂に現在の愛車BNR32、スカイラインGT-Rが納車された。
キーを渡され、速攻でガソリンスタンドへ行き満タンにしようとした。

クラッチミートで滑り出し、2速にシフトアップ。
グーングーンと加速を続けるGT-R。
RB26DETTからは低音の重奏が奏でられる。

全身が震えた。

幼い頃からの夢、スカイラインGT-R。
18年も思いを寄せていた(当時)クルマだ。
カルソニックブルーのGT-Rが頭から離れない。
オレは星野一義と同じ気がした(厳密には違いますけどね)。

この日だけはラジオもカセットも使わなかった。

全身でスカイラインGT-Rを感じていたかった。
Posted at 2006/10/02 21:28:56 | コメント(3) | トラックバック(0) | シリーズ物 | 日記
2006年10月02日 イイね!

MEMORIES #7

MEMORIES #7~涙雨~

24歳の春。
その日は小雨が振る夜だった。

ある日、お袋の友人であるAさんを家まで送った。
Aさんの倅はオレの同級生だ。
Aさんはあの時オレにこう言った。
「スカイライン買ったんだね。ウチの小僧さんの友達もスカイラインが好きでね。鉄仮面だっけ?アレが欲しいらしくてね・・・。」
家に届けると同級生のヤツはオレを見た。
「バカだなぁ(笑)、出て来いよ!」

それがまさか数日後、あんなことが起きてしまうとは・・・・・。

オレは同級生Mを連れてヤツの家に行った。
滅多に会えない同級生が集まっていた。
女の子は泣きじゃくっていた。
Aさんも泣いていた。

Aさんはオレに言った。
「真ちゃん(Nジャンの本名)、見てやってよ。ウチのバカ息子。汚い顔してるよね・・・・・」

オレはその後同級生達に挨拶した後、Mを連れて現場に行った。
二人で自販機で買ったビールを開け、ぶちまけた・・・

「バカヤロウ!! そっちで走りやがれ!!!」
Posted at 2006/10/02 20:48:22 | コメント(1) | トラックバック(0) | シリーズ物 | 日記
2006年10月01日 イイね!

MEMORIES #5

MEMORIES #5~初のモータースポーツ観戦~

それは91年11月。
オレはツレと富士スピードウェイに向かった。
実はモータースポーツを観戦したことも無ければ富士スピードウェイにも行った事が無かった。
経験あるツレを頼りにしていた。

実はこの時のオレは失業保険暮らし。
次の就職は決まっていたが、金なんぞ無かった。
だから下道でFISCOまで向かった。

マシンの爆音、スピード。
オレは虜になってしまった。

90年、R32GT-Rが星野一義、鈴木利男コンビでチャンピオンになったのは知っていた。
無論、この91年も既に長谷見昌弘、A・オロフソンの手でチャンピオンを獲っていた。
だが、あのカルソニックブルーをどうしても見たかった。

リーボック、タイサン、アクシア、FET、NAPOLEX。
憧れのGT-Rはもちろん、星野、長谷見、ドリキン、ヨハンソンが目の前で走ってる。

今は亡き、高橋健二、小河等、R・ラッツェンバーガーも走っていた。

震えが止まらなかった。

オレは必死でビデオテープを回した。

そしてレースはカルソニックスカイラインが優勝した。

子供の頃からの憧れの青いスカイライン。
子供の頃から憧れの星野一義。

このコンビネーションがまさか目の前で勝利を収めるなんて信じらなかった。
夢が実現したんだ。

この喜びは誰にもわからないだろう。
この喜びは一生忘れないだろう。
Posted at 2006/10/01 21:10:12 | コメント(3) | トラックバック(0) | シリーズ物 | 日記
2006年10月01日 イイね!

MEMORIES #4

MEMORIES #4~オールナイトパーティ~

90年12月31日。
その夜、仲間はまたもオレん家に集まった。
例の3台で河口湖方面に向かった。
目的地は富士急ハイランド。
オールナイトのスケートで元旦を迎えようと計画を立てた。

21:00。藤枝を出て富士に向かった。
何せ貧乏性のオレ達はもちろん下道。
何度も休憩を繰り返し、国道1号線BPから国道139号線入り。

夜の輝く富士の街がとても綺麗だった。

河口湖が近づくと出ました、元旦暴走族。
だが、検問が厳しいようで大騒ぎになるほどでは無いように感じた。

富士急ハイランドに到着。
入場規制で暴走族は入れなかった。

そしてスケートを楽しみカウントダウン。
新年を迎えたのだった。

スケートでは、何故か男と女とグループに別れてた。
一緒に行った筈なのに・・・
シャイな男連中は何だか笑えた。
誰も積極的じゃないんだもん・・・

スケートを楽しんだ後、初日の出を見に三保へ向かった。
朝日が綺麗だった。

そして解散。

仲間はいつも誰が集合をかけるワケではなかった。
気付けばいつもオレん家が集合場所だった。
Posted at 2006/10/01 20:53:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | シリーズ物 | 日記

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何シテル?   11/20 20:24
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 ク...

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