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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2005年02月17日 イイね!

私の考える国産メーカー ~ホンダ技研工業~

私の考える国産メーカー ~ホンダ技研工業~この名前を知らずにしてホンダを語れず…。本田宗一郎氏、通称オヤジ。決してデスクで仕事をせず、社長でありながら経営は部下任せ、自分は現場の最前線にいました。

4輪車の歴史は意外と浅く60年代。S500、S600、S800、N360、Z、ライフと言った小型車から現在まで生産をしています。

私に言わせて見ればホンダのクルマは「ヘンテコ」なのです。そのヘンテコが大好きなのです。これはホンダのお家芸でしょう。いつもホームランが三振なのです。

モータースポーツ活動も意欲的。F-1は国産メーカーでその名を知らない者はいないと言っても過言ではないでしょう。

しかし、その裏ではCVTTの開発。地球環境を真剣に考える素晴らしいメーカーなのです。

ホンダも凄い発想をしてきます。シビックしかり、シティしかり、ビートしかり、S2000などなど。

こんな偉大なるヘンテコを作れるのはホンダだけです!
そんなホンダに乾杯!

宗一郎さんは晩年、こう言ったそうです。
「F-1ネ。あんなものはトヨタや日産がやればいいんですよ。しかし彼らはやらない。だからウチがやるんです。」

♪シャララ~ラ シャラララ~ラ シャララ~ラ シャラララ~ラ シャララ~ラ シャラララ~ラ シャララ~ラ シャララ~ シャララララ~♪
Posted at 2005/02/17 22:44:20 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ | 日記
2005年02月17日 イイね!

私の考える国産メーカー ~日産自動車~

私の考える国産メーカー ~日産自動車~戸畑鋳物自動車部を創設した鮎川義介氏。その後、自動車製造株式会社へ改め、日産自動車株式会社へと社名変更。その鮎川義介氏がもう一つの社長をしていた日本産業と合併。日産自動車が設立されました。

トヨタ自動車と並び、日産自動車は意欲的に自動車生産をしました。

戦後、技術力で群を抜いていたプリンス自動車と60年代後半に合併。「技術の日産」となりました。

プリンス自動車から技術。それ以前の日産オリジナルの技術を用いて「技術の日産」とされました。

フェアレディZ、スカイライン、ブルーバードSSSと言ったスポーツ路線が得意なメーカーでした。

しかしながら技術に執着するあまり(他にも要因がありますが…)、トヨタ自動車に一歩、二歩と水をあけられてしまいました。
実際自己満足の技術も多かったですからね。

そこでルノーと手を結び、あのカルロスゴーン氏を迎え入れました。日産が幸福だったのは彼が根っからのクルマ好きということ。

一時は消滅のウワサの立ったスカイライン、フェアレディZの名前を残してくれたのです。サニーは消滅してしまいましたがゴーン氏は残すよう指示したらしいのですが…。

日産は彼が来てから、ハードもソフトも変わったと言います。

昨今の日産デザイン、キャラクターは賛否両論(私は好きですけどね)。

しかし、工場閉鎖が相次ぎ(座間と村山ですね)、一部従業員が途方に暮れたのも事実です。それだけ日産自動車も深刻だったのではないでしょうか…。一部マニアを除いて魅力的車種が少ないのも辛いところでした。

残念な事に消えていった車種も多いのは日産です。パルサー、サニー、オースター、スタンザ、EXA、バイオレット、シルビア、セドリック、グロリア、ローレル、レパード、リバティ、プレーリー、ラルゴなどなど…。

モータースポーツは彼らの得意分野。しかしながら事情はあるにせよ、世界戦に挑戦するのがパリダカだけとは寂しい限りです。

ゴーン氏は現場の人達の汚れた手と握手をし、声を掛け、日本語を少しずつ覚え、本気で日産と向き合っていたそうです。

ルノーからやってきた、ゴーン氏とペラータ氏は日本へ来てすぐ、日産車を一通りテストコースでチェックした際、なかなかハンドルを離さなかった一台のクルマ…。彼らはスカイラインGT-Rの虜になってしまったそうです。

カルロスゴーン氏。気さくな人柄です。GTを見に来た彼は日産の小旗を手に持ちファンに答えていました。ファン一人一人に丁寧に握手なされていました。
Posted at 2005/02/17 22:04:29 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ | 日記
2005年02月17日 イイね!

私の考える国産メーカー ~トヨタ自動車~

私の考える国産メーカー ~トヨタ自動車~あらかじめ断っておきますが、あくまでも個人的な意見です。長所と短所を率直な意見でまとめました。批判をあびるかもしれませんが、気分を悪くされそうな方は、読むのをご遠慮ください。誤解を招く前に言っておきますが、トヨタ自動車はキライじゃないですよ。

トヨタ自動車は、あの豊田佐吉氏と喜一郎氏の親子が開発した自動織機の特許を買いました。それをもとに、自動車生産をはじめたのが最初です。

今、現在、日本国内のあらゆる意味でのNo.1企業です。

彼らの生産方式は「トヨタかんばん方式」と呼ばれるジャストインタイム。必要な時必要なものを必要なだけ揃えるという生産方式です。不具合個所を「カイゼン(改善)」に手を入れ、生産を高めてきました。今や日本のほとんどがジャストインタイムなのです(コンビニのお弁当などがそれですね)。

かつては「技術の日産、販売のトヨタ」と呼ばれていました。しかし今や、どう考えてもそれを呼べません。

さすがルーツが織物だけあって、センスがバツグンにいいのです。クオリティ(品質)については世界中どこを見てもトヨタにはかないません。

トヨタ自動車は一度培った技術を簡単に捨てません。その例がミッドシップMR-Sありき、セルシオ、クラウン、カローラなどなど…。あの一世風靡をしたデジタルメーターは、視認性を高め、お年寄りなどが見やすく重宝するようになりました。

痒いところに手が届く…。これはトヨタ自動車の特権でしょう。

販売能力、ハード面、ソフト面でも国産メーカーでトヨタにかないません。

しかしながら、スタイルは日本車の例に漏れず何かにそっくりさん。
そして、それよりちょっといいという「後だしジャンケン(徳大寺有恒氏 談)」作戦でユーザーを奪ってきました。

高級車はメルセデスの陰が見えます。スポーツカーもポルシェあたりの色が見えます。

ウィッシュはストリームの影が見えるし、BbはS-MX、アルファードはエルグランド。

古くは日産がサニーを出せばカローラ、ブルーバードを出せばコロナ、ブルーバードの高級版ローレルを出せばコロナマークⅡと言った具合です。

プリウスやオーパなど素晴らしいオリジナルデザインがあるのになあ…。

しかし、ハイブリッドで見せたトヨタの意欲には脱帽します。アメリカでセルシオが爆発的人気があったのは彼らの概念があったからでしょう。

また、世の中のグローバル化が進み、一昔前では考えられない現象がありました。ライバル会社、日産との提携です。ハイブリッドはトヨタが、CVTは日産が、お互いに手を組みました。

モータースポーツも盛んになりました。トヨタのスポーツ路線のイメージ脱却の為でしょう。

ガンバレ!トヨタ!!


Posted at 2005/02/17 21:32:48 | コメント(1) | トラックバック(0) | クルマ | 日記

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何シテル?   08/04 20:50
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 ク...

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