
~モータースポーツのR34~
S耐シリーズでは他車が手をつけられないほど連戦連勝を誇った。しかしS耐シリーズではGT-Rの台数が減ってしまう。
最後にはポルシェに敗れてしまう事もあった。
JGTCシリーズではR34としては初年度チャンピオンを獲得したがその後トヨタやホンダに水を開けられてしまう。
JGTCシリーズは同じメーカーのエンジンなら流用できる為トヨタスープラはセリカで採用されている4気筒エンジンをベースに改良。エンジンの軽量化に成功していた。
ホンダNSXはターボなしの有利なレギュレーションを生かし、可変バルブタイミング機構V-TECを生かした。
日産はRB26エンジンのままだった。
世界的に直6エンジンが絶滅しつつあった。残っているのは、BMWとトヨタくらいなものだった。
直6エンジンはレースでは不向きであるという時代になってしまった。
やたら重く、マシンの重量配分に不向きとされ運動性能が劣っている。
それだけ周りは進化したのだ。
遂にV6ツインターボをマシンに搭載させる。
そして2003年、NISMOチームのGT-Rがチャンピオンとなった。
コレを期に第二世代GT-Rは姿を消すこととなった。
最終戦の鈴鹿ではスタッフもファンも赤いキャップを被っていた。
こう書かれていた。
「GT-R FOREVER」
ユーザーによる歴代GT-Rパレードも行われていた。
レースでは最後に勝利を納めたのは青い稲妻「カルソニックスカイライン」。第二世代GT-Rはドライバーこそ違えどカルソニックで始まりカルソニックで終った。
Posted at 2005/03/04 22:01:18 | |
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