
1993年、WRCシーズン後半スバルはレガシィに変わってインプレッサを投入。このクルマのポテンシャルを見せつける事になって迎えた1994年、インプレッサがフル参戦。
遂に最終戦までチャンピオン候補に名を連ねた。しかし惜しくも丸太に接触、タイトルを逃してしまう。
1995年。前年度同様サインツ、マクレーの2台体制のスバル。
開幕戦のモンテカルロでは、フォードのデルクールと激しい接戦をした後、サインツがトップでゴール。そこから快進撃を続けたのである。
後半戦のニュージーランドではサインツは欠場したが、マクレーがニュージーを3連覇する。
サインツの地元カタロニアでは、サインツとマクレーの1-2フィニッシュを飾る。
このラリーでは圧倒的にマクレーのものだった。しかし、スバルとしてはどうしてもタイトルがほしい。マクレーは最後の最後に順位を譲った。最終レグ前、チームオーダーを出されたマクレー。がっかり肩を落としてしまう。
最終戦RAC。スバルはほぼタイトルを手中にできると判断した。レース前ではスバルチームがドライバーにこう告げた。「チームオーダーなし。二人ともチャンピオンに近いところにいる。正々堂々と戦うように。」
マクレー、サインツ、リチャード・バーンズの連続1-2-3 を達成する。マクレーがイギリス人初のWRCチャンピオンになる。
スバル/プロドライブも参戦6年目にしてメイクスタイトルを獲得して頂点に立った。
スバルが本格的にWRCに取り組んで15年。初チャンピオン完全制覇から10年。今現在でもスバルは何度も勝利に輝きチャンピオン候補に名を連ねている。
プロドライブの目に狂いはなかった。水平対抗+4WDはスバルの強力な武器である。
Posted at 2005/05/16 20:17:25 | |
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