
小学校1年生のとき、近所の子供達が言い出した。
「野球やらない?」
オレは「え~野球なんて知らないよ。」と。
「大丈夫、大丈夫!教えてあげるからさ。」
やってみるとその面白さにハマっていく。
当時、アニメ「巨人の星」の再放送をしていた。その影響もあって、「野球を、やろう」ということになったと思う。
リアルタイムで放送していた頃を幼いオレは見ていたそうだが、さすがに記憶が無い。
当時の静岡地方のTV放送局はNHKの総合・教育、フジテレビ系のテレビ静岡、TBS系のSBSの4局。
夜のなると野球中継とウラ番組。
ウラ番組がつまらないときは野球を見るしかない。
親父は割りと好きで野球を見ていた。
「巨人の星」に出てきた王・長嶋・堀内といった選手が実在することを知った。
残念ながら長嶋サンは現役を引退して監督になったばかりだが、巨人は低迷していた。
そのとき、ホームランを連発する選手がいた。
たちまち虜になるオレだった。
毎回、4番バッターを見るのを楽しみにしていた。
「ほら、打った!!」って言うのが大好きだった。
ジャイアンツのレプリカTシャツを買ってもらった。
もちろん背番号「1」。
やがて時は流れ、世界新記録を打つ瞬間。オレはTVから離れなかった。
756号はライト方向のスタンドに。
そして彼は868号までの記録を残し現役を退いた。
巨人軍の指揮をすることになった。
そんな彼がダイエーの監督になったのは1995年。
オレは耳を疑った。
「何で?」
残念ながら業績不振に初年度は終わる。
例の「生卵事件」もこの頃だ。
さすがにオレも悲しくなった。
「王さん、ガンバレ!日本一になって!!」
ただ、そう思っていた。
1999年、その瞬間が訪れた。
嬉しくなった。
戸惑ったのは2003年。
「長嶋 巨人」VS「王 ダイエー」の決戦。
さすがにどっちを応援していいのかわからなくなったオレ。
軍配は「長嶋 巨人」に上がった。
2006年「第1回 ワールド・ベースボール・クラシック世界大会」日本代表チーム監督となり世界一になった日本チームが誇らしかった。
やがて病に倒れ、復帰を果たす。
そして…
遂に王貞治氏までも勇退する時がやってきた。
本当に寂しい限りだ。
世界の王貞治さん。
ありがとうございました。
残りわずかですがグランドの姿を目に焼付けたいと思います。
Posted at 2008/09/25 21:17:51 | |
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