
※一部画像をお借り致しました。
~帰ってきたお祭り男~
10月2日(日)。
実家で衣装に着替える。
12年ぶりに袖を通した。
家を出るとき、両親はクールだった。
キチっと見送ってはくれない(笑)。
素直じゃない性格は連中に似たのかな(苦笑)?
ま、照れ屋ってのも知っているけれども。
ご近所の皆さんがオイラを発見。
「祭りに出るんだね。」
期待と不安。
複雑に思いながら集合場所へ向かった。
「お!待ってたぞ!」
「来たじゃん!」
ありがたく出迎えてくれたのは、かつて共にした精鋭たち。
今でいうレジェンドか。
岡村さんが面倒を見てくれた。
梃子の福原君をご紹介。
福原君はウチの母親の友人、福原さんの息子さん。
挨拶を交わす。
前回、福原君のお子さんが来ていた衣装、実はウチの娘がかつて着ていた衣装。
ウチのオフクロのルートで福原さんトコへ行ったワケで。
遠藤君をご紹介。
オヤジさんの遠藤さんは元々梃子のリーダー格。
オレも一緒に梃子を持たせてもらったこともある。
当時、遠藤君は確か小学生。
あまりにも立派になっていたので驚いた。
出発時間が迫った。
オレは綱を持って引っ張っていた。
特に何かしようとしていたワケじゃない。
ただ、参加しているだけ。
それだけでよかったのに、何故か力が入っていた。
藤枝名店街から茶町方面へ。
最初の休憩場所で、ベテラン女性が気づいた。
「Nジャン(実際は本名で呼ばれました)じゃん!」
ったく年上捕まえての呼び捨て、更にタメ口、説教でもしてやろうかと思った。
しかし彼女はこう言った。
「みんなに言ってくる。Nジャン参加してる!!」
親しみを込めたタメ口ってあるモンだな。
今でも仲間でいてくれたワケでもあり…
「ありがとうな。」
聞こえるワケないか。
ありがたいことに某SNSを通じて「イイね!」と「コメント」があった。
下伝馬の皆さんのみならず、友人、勤務先の知人、日産応援団のメンバー、ライバルである筈の豊田(レクサス・トヨタ)私設応援団さん、そしてなんとプロのレーシングドライバーさんからもエールが。
曇り空から遂に雨が降ってきた。
とはいえ霧雨状態。
逆に温度は下がりどこか気持ちいい。
だが…
梃子棒の若い衆が四苦八苦しているように見えた。
木車が水を含んで勝手が違うことくらいわかる。
しかしもう一歩といったところにも思える。
梃子は、あるピンポントのタイミングで力を合わせれば山車は簡単に向きを変える。
大事なのは呼吸。
気のせいなら良いのだが。
福原君が盛り上げようとマイク握る。
気持ちはわかるのだが…。
その根本的な原因はギャラリーの数かな?
天気も天気で人影もまばら。
「沿道、人がいっぱい居てくれたならもっと違う感じになっていたのではないか?」というのは、¨ ただ の思い過ごし ¨ か。
休憩、食事を挟みながら下伝馬区は原、音羽町、木町を行った。
他地区の知人もオレを見つけてくれた。
「なんだよ、Nジャン参加していたのか?」
「お!昨日は参加していなかったのに今日は参加かよ!」
「昨日今日で参加しているオマエも凄いが、対応できちゃう下伝馬も凄いナァ。」
下伝馬でも知っている顔に声をかけるとオレを覚えていてくれている。
コミュニケーションで何気ない話を。
このところ、普段でも何かと引っかかっていたオレ。
超久々に腹の底から笑った。
この時確信した。
仲間としてオレを待っていてくれたのだと。
口にはしなかったけど、自分の中で燻っていた思いが爆発。
「オレが、お祭り男、Nジャンだぁ!」
商店街へ出ると、ウチの女房と次女、そして義理の妹、姪、甥。
連中を煽るオレ。
「ノッてくれよ。オレの舞台だぜ。」と…
永ちゃんかいw
更に沿道では知っている顔。
長女が幼稚園児だった頃の園長先生(現在退職)に遭遇。
Nジャン、ゲリラライブと幼稚園夏祭りの和太鼓演奏とオレの事を覚えていてくれた。
「祭りに出ているの?」
「うん。応援してよ!」
やがて下伝馬の山車は小休止。
自然発生したノリ。
梃子棒に和田君が乗る。
下伝馬きっての盛り上げ屋、和田君。
オレが参加しない事を一番寂しい目で見ていたのは和田君のような気がした。
その和田君が梃子棒に立っている。
居ても立っても居られず、彼のもとへ駆け寄った。
ただ踊狂うオレが居た。
posted by (C)Nジャン
~つづく~
Posted at 2016/10/06 20:17:11 | |
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