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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2005年05月27日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その12

~モータースポーツの魅力~

販売店で貰ったポスターはFJマシンだった。日産チェリー静岡のスポンサーを受けていた。ドライバーにプロフィールが書いてあった。
星野一義・・・・静岡出身。
そう、あの星野さんの写真。当時は若手レーサーだったのだ。
N-JUNKIE少年は彼のファンになった。

オートスポーツという本を父親が買ってくれた。
当時富士スピードウェイで行われたF-1GPの特集だった。
F-1というモータースポーツを初めて知った。
雨の中、M・アンドレッティの駆るロータス77が優勝した。
日本人ドライバーもエントリーしていたが順位は下の方。
初めて日本のモータースポーツの実力を知った。

石油ショックで日本のモータースポーツでのワークス活動が休止されていた。世界ではポルシェ、BMW、などモータースポーツ活動が積極的に行われていた。N-JUNKIEは世界のサーキットで活躍している日産車を見たかった。しかし・・・・

ル・マン24時間レースを初めて知った。王者はポルシェ。
日本車の活躍が見たかった。

国内レースでは星野一義が何度も優勝している。
N-JUNJKIEは活躍する静岡県代表に心を奪われていた。

大好きな青いスカイライン。これに星野が乗ってチャンピオンを獲る。N-JUNKIEの夢のひとつだった。
これが十数年後現実となるなんて誰が予想しただろう。
Posted at 2005/05/27 20:34:22 | コメント(1) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年05月27日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その11

~大好きだった日産チェリー静岡販売店~

日産チェリー静岡藤枝店は小さな販売店だった。向かいのサニー店に比べてその差は笑っちゃうほど。
ショールームという名の事務所に展示車は1台がやっと。モルタルのプレハブのような小さなサービス工場があった。

チェリーがマイナーチェンジをした。展示会の招待状が我が家にやってきた。
父親に連れられて販売店に行った。
新しいチェリーを見た父親は「うーん、いっか別に。」と言っただけだった。
展示車はショールームに1台だけ。

サービス工場では金魚すくいや風船、わた菓子のプレゼントをやっていた。
招待状に付いたサービス券。風船にわた菓子を手にしたN-JUNKE。
さらに金魚すくいにもチャレンジ!
何度も穴を開けてしまい結局1匹もすくえなかった。

見かねたサービスのお兄さん。「内緒だよ。」と言ってペーパーを2重ねてくれた。とった金魚は12匹。
あのやさしいお兄さんは微笑んでいた。

帰りに我が家の担当営業マンがN-JUNKIEにこう言った。
「おーい、ボク~。これ持っていきな~。レーシングカーのポスターだよ。クルマ大好きでしょ~。」

このポスターがN-JUNKIEに大きな影響を与える事だなんて知る由も無かった。
Posted at 2005/05/27 20:17:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年05月26日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その10

~スーパーカー・ブーム~

小学三年生になると全国の少年達にスーパーカー・ブームが起こった。
ミニカー、プラモデル、ポスター、文房具が売れに売れていた。
TV番組でも特別番組を組まれるほどだった。

学校の休み時間は机にノートやペンケースでサーキットを作り、ボールペンのスプリングを利用してスーパーカー消しゴムのレースが行われた。当然、先生に見つかり怒られたのは言うまでもない。
学校の下敷きは白いプラパン、無地ノート、無地の筆箱が決まりとなった。

全国どこでもスーパーカーショーというのをやっていた。

N-JUNKIEの父親は三保文化ランドへ連れて行きスーパーカーショーへ連れて行ってくれた。
フェラーリBB,カウンタック、ランチァストラトス、ポルシェ930ターボなど運転席に座らせてもらえた。

子供の夢は大きい。大きくなったら○○に乗りたいと思わないほうが不思議なのだ。一番人気はランボルギーニ・カウンタック。

N-JUNKIEはレコードを父親に買ってもらった。サーキットの狼のアルバム。公道グランプリ実況中継や富士フレッシュマンレースの中継録音、サーキットの狼主題歌などが入っていた。
当時はビデオなんて無かったから音で楽しんでいた。

しかしスーパーカーブームが来たところでN-JUNKIEの気持ちは変わらない。彼にとってのスーパーカーはスカイラインGT-Rだった。
親に買ってもらった自転車には自分で「スカイラインGT-R」と名付けていたのだった。
Posted at 2005/05/26 23:48:53 | コメント(3) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年05月26日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その9

~少年ジャンプ~

小学館「小学二年生」。誰もが読む漫画だった。N-JUNKIEもその一人だった。

この頃になると床屋さんへ一人で行くようになった。
待っている間マンガを見る。少年ジャンプだった。

初めて読んだ少年マンガ。
一つの漫画に夢中になった。ご存知、「サーキットの狼」である。
言わずと知れたこの物語に夢中になったN-JUNKIE。

毎回床屋さんに行くのが楽しみでN-JUNKIEにとって床屋さんは図書館だった。
他にも少年サンデーがあって「赤いペガサス」にも夢中になって行った。

クルマのスペック、海外のスーパースポーツの車たち。F-1というレース。N-JUNKIEは一つ一つを自然に覚えていった。
このスーパースポーツは後にスーパーカーと呼ばれ一大センセーションを起すのだった。
Posted at 2005/05/26 23:33:59 | コメント(1) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年05月26日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その8

~N-JUNKIEのライバル?と彼女?~

N-JUNKIEに幼なじみの男の子Yがいた。
彼の家の愛車はケンメリのセダンだった。
羨ましかったが、2ドアハードトップではなかったので嫉妬はしなかった。

近所に転校生Aがやってきた。
ヤツはN-JUNKIEと同じくクルマ好きのヤツ。
彼が主張するのはセリカLB2000GT。

ここにスカイラインVSセリカのバトルが開始された。
ミニカーやプラモデルを持ち寄り一見仲がよさそうに見えるが、やってる遊びは今で言うバトルだった(笑)。しかもトミカでw
Yは独自にクルマ好きになり、彼の好みはフェアレディZ240ZG。
この小学2年生トリオは誰も止められなかった。

社会見学へ学年全員で歩いて藤枝消防署へ行った。
先生がこう言った。「男子と女子は一列になって手を繋ぎなさい。」
みんな「ええええええ?やだー!」って。
その一人だったN-JUNKIE。嫌とか言いながらも相手は大好きだったTちゃん。本当は嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
小学2年生で既に下心があったのかも知れない。
町をスカイラインが走る。
N「あ・・・スカイラインだ。オレ好きなんだよな~」
T「あたしの家のクルマ、ブルーバードだよ。」
N-JUNKIEはブルーバードも大好きになった。単純な男である。
N「あ・・・・スカイライン」「これもスカイライン!」
彼女にわかってもらいたくて一生懸命説明した。

T「あんた!スカイライン、スカイライン煩いわね~(激怒)!!!」

やんぬるかな・・・・「愛のスカイライン」なんてウソだった。
Posted at 2005/05/26 23:20:13 | コメント(0) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記

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「我が家のカーライフは… http://cvw.jp/b/116827/48794537/
何シテル?   11/30 20:11
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 ク...

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