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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2005年05月25日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その2

~鉄道少年~

鉄道に魅せられたN-JUNKIE。

父親の実家は山形県の鳥海山が見える平野と山々が映える場所。
東海道本線はもちろん、新幹線、在来特急(当時東日本には新幹線は開通していませんでした)、夜行列車、国鉄現役のSLなどを乗り継ぎ父親の実家に帰省した。
リクライニング座席、ベニヤ板の座席、食堂車、何もかもが新鮮でN-JUNKIEを魅了した。

山形へ付くと緑の夏、真っ白い冬、静岡にはない光景がN-JUNKIEを包む。
夏は緑の中を走り回るN-JUNKIE。魚を捕まえたり、おたまじゃくしを見ていたりしていた。
冬はソリを持ち出して雪の中をはしゃいでいた。
その度、優しい祖母が出向かえた。

藤枝の家は線路まで距離があった。父親はスーパーカブに即席のシートを後部座席に仕立てN-JUNKIEを乗せていた。そんな喉かな時代だった。線路横にN-JUNKIEを大好きな電車を見せに連れて行く優しい父親だった。
Posted at 2005/05/26 00:07:45 | コメント(1) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年05月25日 イイね!

N-JUNKIEのクルマ好き物語 その1

またプロジェクトX風に書き下ろしますw

~幼少期~

昭和42年、第45回全国高校サッカー選手権大会優勝をもたらした藤枝東高校。商店街をパレードをした大会イレブン。
サッカーの町として全国に名が知れた静岡県藤枝市。後に名波浩、中山雅史、渡邊毅といった名選手を輩出することになる。

その藤枝東高校に割と近い場所に一人の男の子が生まれた。「N-JUNKIE」←アタリマエだけど偽名ですw
工場勤めの父と母に待望の長男だった。
父と母は同じ会社務めで毎朝、母親の駄菓子屋を営む実家に預けられていた。
物心を付いた時は祖母になついていた。

静岡地方の駄菓子屋さんには「おでん」を販売しているところが多かった。
学校帰りの学生達がこの店で「おでん」をほおばっていた。

毎朝祖母は釜戸に灯を入れる。
練炭を並べ豆炭を少々バラまいて新聞紙に火をつける。
ウチワで火を煽る。
火が落ち着くまでしばしの時間、祖母はタバコを咥えていた。

付足しの出し汁に合わせ味噌。彼女の工程を毎朝見ていたN-JUNKIEはこの工程を覚えてしまっていた。

週末になると家族のお出かけが楽しみだった。
妹が生まれると父親と二人で出かけたこともある。

父親は電車通勤。定期券があるから電車で静岡市へ彼を連れて行った。
お出かけに行くのは電車。
スピード、色、音。N-JUNKIEは、たちまち虜になった。
Posted at 2005/05/25 23:49:24 | コメント(2) | トラックバック(0) | N-JUNKIEのクルマ好き物語 | 日記
2005年05月24日 イイね!

私のバイブル

私のバイブル青春時代・・・・。
高校のときから社会人になるまでこのコミックに夢中。
少年サンデーに連載されていた「TO-Y」。

実際、私の趣味も音楽である事もあって夢中に読んだのを覚えています。

登場人物は実在モデルがベースですねw
Posted at 2005/05/24 23:29:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | コレクション | 日記
2005年05月24日 イイね!

宝物~A伝説~

宝物~A伝説~Gr.Aレースが終焉を迎えた1993年。
スカイラインGT-Rがサーキットへ帰ってきた1990年、GTS-Rでチャンピオンになった1989年。
スカイラインRSで苦戦を強いられた時代。
トヨタスープラがデビューウィン。
セリカXXやセリカまでもが活躍。
ホンダシビックが総合優勝してしまう。
AE86レビンが旋風を巻き起こした時代。
ボルボやジャグヮー、フォードシエラ、BMWに手を焼いた国産勢。
三菱スタリオンやシルビア、RX-7やジェミニまで参戦していた時代。

そんな写真が詰まったこの本を買った1993年。何も思わずに買ったけど今見るとなぜか新鮮な残像が蘇ってきます。
Posted at 2005/05/24 23:25:55 | コメント(1) | トラックバック(0) | コレクション | 日記
2005年05月24日 イイね!

私が感激したバトル ~土屋圭市 VS 福山英朗~

1992年、Gr.Aシリーズ菅生。
既にスカイラインGT-Rが王者となりデヴィジョン1カテゴリーはGT-Rの事実上ワンメイクとなっていた。

菅生のこのレースは天候に左右されていた。先頭は王者カルソニックスカイラインの星野一義(敬称略)、続いてニスモワークスの共石スカイラインのA・オロフソン、強敵ユニシアジェックススカイライン長谷見昌弘が続く。
しかし天候不順によりタイヤチョイスをミスした長谷見昌弘のユニシアジェックススカイラインのペースが上がらない。背後からSTPタイサンGT-Rの高橋国光が迫る。

ニスモワークス共石、カルソニック、ユニシアジェックスが常勝と言うシーズン、STPタイサンGT-Rをはじめとするプライベートチームは苦戦を強いられていた。
あの高橋国光がハコスカ以来のGT-Rをドライブする、往年の見せたドリフト走行の国さん。国さんを憧れて始めた平成のドリフトキング土屋圭市のコンビはファンの期待をよそに苦戦を強いられていた。
しかしこのレースはチャンスだった。

ピットインを待つ土屋圭市。彼の脳裏に20年前ハコスカで圧倒的な走りを見せ王者になった高橋国光がいた。
「新しいGT-Rの時代は星野、長谷見の時代だ。高橋は今はもう昔だ。」と言われていたことが悔しかった。
「絶対に、あの国さんを表彰台に立たせてやる!!」

ピットイン作業開始、土屋圭市は高橋国光にこう言った。
「絶対にオレが国さんを表彰台に立たせるから!!!」

アグレッシブに攻める土屋圭市。3位を走るユニシアジェックスの福山英朗に追いつくとバトルが始まった。

サイドバイサイド、イン、アウト両者は譲らずクリーンなバトルを展開!
接触もあった。ユニシアジェックスのターンレンズがコード1本でぶら下がっていた。
何度も果敢に両者はアタック。土屋圭市も福山英朗もお互いを弾き飛ばしたりしない。相手のラインを残す素晴らしいバトルをやっていた。
馬の背コーナーで、ストレートで、あらゆる場所でのサイドバイサイド!
何週も何週もこの2台はバトルを展開していた。

このバトルを制したのは土屋圭市だった。
3位でゴールすると大騒ぎのタイサンチーム。やった!表彰台だ!!
土屋圭市がピットに戻ると高橋国光は大笑いだった。
土屋圭市が高橋国光に抱きつくと二人は溢れるモノを押さえきれずに抱き合って泣いていた。
Posted at 2005/05/24 22:14:17 | コメント(1) | トラックバック(0) | モータースポーツ | 日記

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何シテル?   11/30 20:11
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 ク...

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