
荒涼としたタイガの黒い林の縁に沿って、一本のワイヤが走っている。強い風に煽られながら、それはやがて無数の碍子と電線が絡まった巨大な変電所に引き込まれていく・・・が、長い旅を終えようとするワイヤは変電所敷地の隅に建つ丸太小屋に引き込まれて終わる。
その小屋には人の気配はない・・・いや数年前までの生身の人間の記憶を、白く積もった塵を透かして僅かに見てとることは出来る。とうの昔に蒸発しきったウォッカの小瓶、干からびたライ麦パン(の残骸)、その横には表面に赤錆のマダラ模様を広げつつあるアンチョビの缶詰。そしてそれらが載ったテーブルの足元には小さな唸り声を上げる、生真面目な機械が2台。
この小屋の主人は、隣の小さな部屋に居る。洗面台の上の鏡を空虚な眼孔で見つめ続けて3年経つ。この主人は首都の大学教授までを務めた人物だ。稀にエキセントリックな言動で物議をかもすこともあったが、基本的に寡黙さが目立ち、生涯を独身で通した。特に大学の職を退いて以降、人との交流を避け辺鄙なこの地に小さな小屋を建てた・・・それがこの丸太小屋だ。
この人物がここで何をしていたかを知る人間は地球上にはいない。小屋を探してもそのヒントになるノートもメモも無い。全ては彼の頭の中にあったので彼はテキストを残さなかったからだ。しかも今となっては彼の頭自体も干からびて軽くなった何かの残滓でしかない・・・この小屋にある唯一の手がかりは彼が見つめ続ける鏡に走り書きされた2つの文字列だけだ。
192.168.0.1 →Adam
192.168.0.2 →Eve
マジックで書かれた二つの文字列、それは、小さな小屋の中にある小さなネットワークの構成員の名前だ。AdamとEveは今でもテーブルの下で小さな唸り声を上げながら、お互いを補完し合い、互いのHDDをバックアップしあっている。3年間2台だけがこの小屋の中で活動をしてきた。片方がスケジュールに従って再起動する間、少しの間だけもう一方は1台だけになる・・・もちろん、だからといってAdamもEveも孤独を感じることはない。そういうことを感じるようには出来ていないからだ。
だが、しばらく前、ちょうど今から60日前二人にちょっとした動揺が起きた・・・そしてそれ以来、この小屋で活動するのは二人だけではなくなった。
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Posted at
2010/06/01 22:35:29