
インターネットが停止して276日。
ふた月ぶりに自分の自宅兼研究室兼の古い船に戻ったカールがまずやったのは、不機嫌な排水ポンプを動かし、バルジにたまった海水をかき出す事だった。実際この船をこんなに長期間放置したことはなく、ただでも機嫌の悪いエンジンが始動出来るかも危うい感じがする。
ネットが停止して半月あまりの時に、「ネットワークを流れるノイズを高速で再生すると、何かの音楽(のようなもの)に聞こえるのではないか?」というアイディアを持って以来、カールは鯨の歌の研究をすっかり放り出して、ネットワークを流れる歌(のようなもの)の分析にかかり切りになっていた。
今ではその研究で政府から給料を貰うようになっている。
あれほど嘆願しても鯨の歌の研究にはびた一文金を出さなかった政府は、ネットワークの歌(のようなもの)の研究には、湯水のように予算を使うことを許している・・・しかも、驚くべき事に研究チームが要求すると、即座に予算が承認される。いや、正確には研究に必要であれば予算が付く前に何でも物事が動く。
先月も、実際の「物理的な」ネットワークにバイパス回路を取り付け、その通信内容を盗み聞きしたい、という要求に、政府はたった26時間で対応した。バンクーバー市内の全てのネットワーク通信回路を盗み聞きするため、約56万回路全てにバイパス回路が取り付けられたのだ。
そして昨日、各回路で何が起きているかを、ビジュアルに表示するアプリケーションが完成した(このアプリの開発に政府は50万ドルをぽんと払った、らしい)。
眺めていると実に楽しい
アプリ開発エンジニアの提案で、各回路を流れるノイズの音程を色に置き換えビジュアル化したのだが、クモの巣状のネットワークの各枝の色が刻々と変化していく様は、生命感に溢れている・・・いや、もしかしたらこれは生命そのものなのではないか?という幻想さえ抱きそうになる。
もちろんそんなロマンチックな幻想を口に出来るほど、チームの雰囲気は甘くはない。時間に追われ、解決の糸口もつかめないまま半年以上を経過した今となっては、チームの中でのコミュニケーションは、皮肉と自嘲が基調となっている。
だから久しぶりに自分の城に戻ったのだ。
今夜は鯨たちの歌を肴に、バーボンで心の凝りをほぐすのだ。
ああ、ついでに、不在の間にたまったダイレクトメールや請求書の山も整理しなきゃいけないのだけど(笑)
ラベルを見ずに適当なテープをオープンリールにセットして再生ボタンを押す・・・
・・・これは? 確か一昨年にハワイ沖で採取したザトウクジラの歌だ。
そういえば、ハワイからの郵便が一通届いていたっけ。DMの束からそれを探し出して、カールは差出人を見た。
From HAL か。
ハワイのキュートな女の子からのラブレター?
まずは、これから読むことにしよう。
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Posted at
2011/01/18 23:21:15