
普段は自宅のある埼玉近辺のお出かけ(特に非観光地)をUPしている「近場で発見の旅」というカテゴリーですが、昨日は名古屋市の某所を散歩してきました。そこは私の祖父母の家があり、物心ついた時から20年以上に渡って犬を散歩させていた市街地の外れの丘陵地帯です。
←25年ほど前、散歩の途中での「
さち」

名古屋近辺の方なら市内の東山動物園と平和公園をご存じかと思いますが、この散歩道はその2つの中間にあります。かつては市街地の東の端でしたが、後にはもっと東まで住宅が広がり、今では市街地の中に取り残された丘陵になっています。10年以上ぶりに歩くと、公園として整備されNPO団体なども積極的に参加している感じもあり、これからもここが多くの人にとっての散歩道で有り続けそうで、ホッとして嬉しくなりました。

今回の出張は9/22に名古屋に入りましたが、どう調整しても、1件だけ打ち合わせが23日の夜に残ってしまい、一泊して暇な時間がとれました・・・それが偶然「お彼岸」だったので、平和公園にあるお墓を参って来ました。(先祖が画策した、というのが本当かも知れませんね)。
←全体の案内図です。

この一帯は馬蹄形の丘とその谷間が開発されず残っていました。獣道か、細い踏分か、という小道が丘の上と谷間に何本も通っていました。祖父母の家からお墓に行くのも、この丘を越えて行く道もありました・・・そこで昨日は墓参りのあと微かな記憶を頼りに登り口を探すと、ありました。
昔とは違って道も案内板もしっかり整備されて、木漏れ日も気持ちの良い散歩道になっていました。

丘を越え谷間に入る所には「芝生広場」として整備された広場がありました。ここはかつて(私が物心つく前)にクレー射撃場だった所です。当時は分厚くクレーの破片や散弾の薬莢が散らばっていました。散弾の鉛の影響がまだ残っている事にはちょっと驚きます・・・子供の頃はこの谷間の湧き水も飲んでいたし、ワラビやツクシも採っていたし・・・ああ、私が最近物忘れが激しくなっているのはそのせいか?(笑)
↑一番上の写真はこの広場で撮ったものです。20年で周囲の樹木が大きくなっているのが分かりますね。

射撃場以降も、昭和40~50年代にはこの谷間には、産廃処理や車のスクラップ置き場などありました。ゴミの不法投棄も多く、数年ごとに山火事も起きていました・・・そのたびに植生はダメージを受け、いつも赤茶けた礫岩と砂の地肌が見えていました。
←それでも当時から水は湧き出していたし、それが今では実に良い雰囲気の小川になっています。(この小川はこの手前500m以内から湧き出ているはずです。)

暑さ寒さも彼岸まで、の言葉通り、昨日は日差しは強いものの、風はさわやかに秋を目前にした草を揺らしていました。
たまたま調整に失敗した仕事の都合で、墓参りも出来たし、懐かしい場所で散歩も出来ました。まだ鉛の影響が残っていることが残念ですが、この丘陵の散歩道は・・・もう祖父母の家も無いし、ここに来ることはなかなか無いのですが、私の中では一番思い出深いMyBest散歩道です。
昔の荒廃も知る身としては「平和公園くらしの森」というネーミングはややくすぐったいのですが、これからも公園として身近な自然が守られていく事を考えると、とても嬉しく思えます。
Posted at 2011/09/24 22:21:30 | |
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