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だいこん@ZC31Sのブログ一覧

2018年12月03日 イイね!

靴がない!!

靴がない!! 先日、友人数人と都内の居酒屋でお酒を飲んでいたときのことでした。
 我々は個室で飲んでいたのですが、その隣の部屋に、相当できあがったグループが入店してきました。
 そのうちの何人かは本当に酔い方がひどく、下駄箱の棚板はぶっ壊すし、仕切りの壁にはドカドカとぶつかってくるし、正直目に余るものでした。

 同席していた友人が怒りを露わにするのも当然のことでしたが、こちらも酒が入っているのでひとまずは店員さんに間に入ってもらい、そのできあがったグループに注意してもらうことで事なきを得ました・・・

 いや、事なきを得たように思えました、としておきます。

 どのグループにも辛うじて常識を持ち合わせている人はいるようで、店員さんの注意を真に受けてくれた人は、我々にひたすら平謝り。
 ただ、残念なことにこういう苦情の類は、聞いてほしい人の耳にはなかなか届きにくいんですよね(苦笑)
 平謝りしている同僚の気持ちはお構いなし、泥酔している人間の素行不良は最後まで相変わらすでした。
 あとから店員さんに聞いた話ですが、このグループ、ここに来たときは既に3ヶ所目のハシゴだったそうです(笑)
 酒の量も大概に摂取しているであろうそのグループは、我々より後に入店したものの、我々より先に退店していきました。

 私たちの酒会では久々に顔を合わせたメンバーもいたので、それなりに食べ物や酒類の注文を続けていたものの、時間も更けてきたのでその泥酔グループよりやや遅れて退店することになりました。



 そこで事件は起こりました。



 自分の靴が、そこにはありませんでした。
 買ってからまだ10日も経っていないのに!!!!!
 代わりに、見覚えのないスニーカーが一足・・・。
 泥酔グループの誰かが、自分の靴を間違えて履いて帰ってしまったようです。

 自分の靴のサイズが27.5~28.0cmなので、それより足が小さい人はなまじ履けてしまうから厄介です。
 しかも、酒の席で靴のサイズの話題になったばかりで「大きいから間違えられることはないでしょう」みたいなお喋りをしていた矢先に、これですよ(苦笑)

 店員さんにヘルプをしたところ、泥酔グループは幸いにもネット予約で入店したらしく、代表者の連絡先はわかるので連絡してみるとのことでした。
 しかし、案の定このとき電話には出ず。そりゃそうでしょう、あの酔っ払い方では。

 居酒屋には自分の連絡先を渡して、自分の靴を履いて帰ってしまった人から連絡があったら当方の連絡先を告げて構わない、と言い残して帰ることにしました。念のためということで、居酒屋の店長さんが名刺を渡してくれました。
 借りた履き物は、トイレに行くときに使うように用意されているクロックスもどきのサンダルです(笑)
 足元寒かったぜ!!

 それにしても・・・茶色のニューバランスと白のアディダスを間違えて履いてしまうって、どんだけ酔っ払ってるんだよ((((;゚Д゚)))))))



 その翌日。



 自分の靴を履いて帰ってしまった当事者から、電話がありました。
 人間というのはここまで申し訳ない気持ちを声にすることができるのかと思うくらい、きわめて恐縮した様子で電話していることが、十分伝わってきました。
 いい大人が恥ずかしいことをして、見知らぬ人に多大な迷惑をかけているのですから、当然でしょう。

 こちらから告げたのは、

 ・靴は無事か。著しく汚れていたり破けていたり、紐が切れていたりしていないか。

 訊いたところ無事だと判明したので、

 ・履くことに問題がない状態なら、クリーニングをした上で送ること。
 ・送り先の住所はSMSで知らせるので、送り主の氏名と住所もすぐに返信すること。また、発送したらその旨の連絡をすること。
 ・配達時間帯は最も遅い時間帯を指定すること。

といったことを要望し、その条件を全てのんでくれました(まぁ、当然ですよね)。

 幸い、素面のときには十分常識を持ち合わせている方らしく、クリーニングを出したときにも中間報告をしてくれたり、上記要望に対しては一切の不備もなく、完璧な状態で返送してくれました。
 届いた小包にはお詫びの旨をしたためた便箋が同封されていて、靴を取り出そうとすると・・・あらあら、お気遣いの菓子折りまで入っているではありませんか。

 すぐに靴が無事に到着した旨と、お気遣いの菓子折りの御礼を電話で告げました。
 先方は最後まで礼儀正しい方で、それが不幸中の幸いだったと思います。
 居酒屋にも御礼の連絡をしたのですが、今日は定休日のようで電話に出ませんでした。明日にでもかけ直そうと思います。



 年末となると、忘年会でハメを外す、酒のトラブルに巻き込まれるなど、どうしてもあると思います。
 昨年の今頃は、居酒屋のねーちゃんが酒をひっくり返したときにダウンコートに酒をぶっかけられ、クリーニング代を弁償してもらいました。
 二年連続で酒絡みのトラブルかよ、トホホ・・・(´・ω・`)

 自他とも認める幹事肌(←こんな表現あるか?)なので、毎年忘年会のシーズンには忙しかったりします(笑)
 今年も一肌脱いで仕切らなければならない時期です。
 少なくとも、人様に迷惑をかけるような忘年会にしてはならないと、あらためて心に誓う平成最後の冬です。



 皆様、良い忘年会を!!
 くれぐれも、「忘れられない」忘年会にはしないように・・・。
 「酒は飲んでも飲まれるな」ですね。
Posted at 2018/12/03 21:58:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | その他 | 日記
2018年11月28日 イイね!

ぎょうざ倶楽部2019

ぎょうざ倶楽部2019 「餃子の王将」のスタンプカード。
 来年分の「ぎょうざ倶楽部」の権利を獲得するためのラリーが、今年は例年より少し早めの6月下旬にゴング(http://contents.xj-storage.jp/xcontents/AS00845/8d8ef220/0f98/4d6e/ae51/b18c5bb2cd05/140120180619467012.pdf )。
 当然今回も参戦したものの、随分時間をかけて、のんびりとスタンプを集めてしまったことが反省点。
 もう少し余裕を持って終わらせたかったな(笑)

 スタンプ50個でもらえる賞品は「ペアマグカップ」「目覚まし時計」「餃子返し」のいずれか1つ。
 コンプリートでの達成を目前に、まぁもらうなら「ペアマグカップ」かなと思っていた。
 10月後半と11月後半の「スタンプ2倍押しキャンペーン」という名のカンフル剤を活用しながら、本日めでたくスタンプ50個に到達!!
 だいこんさんが入店するとよく焼きのコーテルが爆速で出てくる(笑)新松戸店で、嬉嬉として賞品と500円の割引券を手にするのであった(*´▽`*)

 今回の押印戦歴は以下の通り。

  1~ 3 セブンパークアリオ柏店
  4   京阪守口市店
  5~12 新松戸店
 13~14 印西牧の原店
 15~19 新松戸店
 20~26 鶴見店
 27   新松戸店
 28   新橋店
 29~38 牛久栄町店
 39~41 新松戸店
 42~46 つくば赤塚店
 47~50 新松戸店



 股にかけたのは僅か8店舗という省エネラリー。これも反省点の一つと言えよう(ちなみに昨年は11店舗)。

 今年は年明け早々に「ぎょうざ倶楽部」のグレードアップスタンプラリーが始まってしまい、終わってみれば年がら年中「王将=スタラリ」という状況である。
 来年も、年明け早々にスタラリが待っていることも予想される(「ぎょうざ倶楽部2019」の割引率も今のところ5%止まりだし)。
 しかし、それでも・・・スタンプ集めるんだろうなぁ(汗)

 手元に収めたマグカップを眺めては喜びを噛みしめるのであった。
 ちなみに、今夜の晩ご飯は王将の自宅コーテル(=買い置きしておいた生餃子を家で焼く)!!(*´▽`*)
Posted at 2018/11/28 22:05:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | 餃子の王将 | グルメ/料理
2018年11月11日 イイね!

東京メトロ6000系を振り返る

 営団・東京メトロ6000系が引退した(https://blogs.yahoo.co.jp/daikon_1980/43803585.html )。

 自身が幼い頃から地元を走っていた長老。
 その引退は、寂しいものがある。

 ざっと手元の写真を探したところ幾つか6000系の写真が出てきたので、回顧録として・・・。
 (過去にブログ等の記事に掲載したものもあります)


 祖師ヶ谷大蔵で撮影した6113F。フレーミングに難ありだけど(^^;
 「多摩急行我孫子87S」。前面LEDには、隙間なく行き先と運番が表示されている。
 40年選手が現代仕様に対応するための、目一杯の措置であることがうかがえる。
 120112撮影。


 我孫子で撮影した6102F。
 まさかこの編成が6000系現役最後まで残るとは・・・。
 夏場だから光線が粘ってくれた。
 120710撮影。


 綾瀬で撮影した6000系ハイフン車。
 脚光を浴びぬまま、しれっと05系に置き換えられてしまった・・・。
 今でもハイフン車は、人知れず活躍しているとのことですが。
 140115撮影。


 南柏で撮影した6108F。
 10連最後の田窓車として注目された編成。
 そのくせ側面が薄い記録だorz
 この頃から6000系の記録を真剣にしてきたが・・・玉数は思ったより少ないままだった。
 160111撮影。


 南柏~北小金で撮影した6119F。
 個人的に地味な編成だったが、マト110ラッピング編成狙いの合間にしっかり記録していたようだ。
 161221撮影。


 我孫子で撮影した6102F。
 6000系にとって最後の大ネタではなかろうか。
 行き先は「湯島」、そして運番は本来JR車で走る「11K」。
 突発的な運用変更のため、同業者はゼロだった。
 常時携帯しているコンデジで撮ったが、欲を言えば一眼レフで撮りたかった。
 180417撮影。
Posted at 2018/11/11 23:52:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道 | 趣味
2018年11月11日 イイね!

営団地下鉄6000系、引退

 実を言うと、幼少の頃は営団6000系という車両が好きではなかった。
 ドアの窓が小さく、背の低い子供の頃の自分にとっては、外を見ることができない車両という認識があった。
 おまけに運転席真後ろにある窓もとびきり小さく、とにかく乗ってもつまらない車両、という認識だった。
 あの、列車が動くときに変な音のする千代田線には、乗りたくなかった。

 6000系のドア窓から景色が見られるようになるくらい成長した頃、自分の脳味噌もそれなりに成長し、鉄道好きとしても頭角を現していただろう頃だった。

 子供なりに何となく新しい技術が導入されているだろう、という認識があった。
 ブレーキの音も静かだ(終点の我孫子駅で「ピシャーン!!」って言わない)し、列車が止まっているときに車体が大きく揺れていることから、車体が軽いであろうということも何となく理解していた。
 後に「チョッパ制御」という言葉を覚え、やがてこの車両が日本の鉄道のパイオニアといえる存在だったことを知り、それから6000系に対する見方が変わった。



 ・・・ちなみにこの時点で小4(笑)



 地元路線で当たり前のように走っていた6000系だが、時が経つと共に変化が見られるようになり、それらもずっと記憶にある(とはいえ自分の世代だと非冷房の6000系はあまり記憶になく、それ以降の話になるが)。
 緑地の方向幕がローマ字入りの紺地のものになり、編成によってはLED化された。
 地味に帯も板からフィルムになったんだっけ。
 チョッパ制御からVVVFインバータ制御になったのは、驚きと共に何とも言えない寂しさを感じた。独特の音が聞けなくなり、独特の焦げ臭さもなくなった。
 田窓は1段下降窓へ改造され、やがて窓が大きいドアに交換される編成も出てきて・・・。

 16000系が登場してから、6000系のカウントダウンが始まったのは言うまでもない。
 廃車、そして第二の人生で海外に渡る編成が出てきた。
 5年前から毎日電車で通勤しているが、常磐線内で6000系の姿を見ずに終える一日も、ちらほら出てきた。
 6000系にとっての救いは、後継者の16000系が先輩と同じようにローレル賞を授かったことだろう。

 さて、6000系の活躍の場がいよいよ縮小されてきた。
 小田急線内への乗り入れができなくなり、常磐緩行線への乗り入れも朝方にちょろっと松戸まで来る程度になってしまった。
 厳密に言うと、自身の地元では6000系が見られなくなった。
 その合間に209系1000番代が引退することが決まり、常磐緩行線が俄に騒がしくなってきた。



 地元を走っていた6000系、やはり営業運行最終日には行かねばならない。



 そう決心するのは当然のことだった。

 人が多く集まると、色々とお騒がせする輩がいるのはわかっていた。
 それでも自分なりに、最後の6000系の活躍を見届けたかった。
 写真撮影は期待していない。どうせ人がいっぱいで、まともなものは撮れないだろう。
 そして、やっぱりまともには撮れなかった(汗)



 6000系1次量産車の6102F、多くのファンに見守られ綾瀬駅に入線。


 撮影もそこそこに、車内へ移動する。
 新製時には非冷房車だった名残の扇風機が、元気に動いていた。もう、これだけで感動。
 7人掛けだけど実質6人掛け(苦笑)のフカフカの椅子に、幸い西日暮里から座ることができた。


 今どき、こういう形の吊革もなかなか見られなくなった。


 個性的な袖仕切り。
 ちょっとの間6000系を見なかっただけなのに、妙に懐かしく感じた。


 子供の頃、憎たらしくてしょうがなかった窓の小さいドア。
 これが6000系の個性のひとつなんだけどね。

 いよいよ霞ヶ関から綾瀬まで、最後の運用に就く。
 営団ロゴの復活は、感涙に値する。
 何を誤ったか、最も混雑する先頭車両に乗車してしまった。
 それでも大手町で座ることができて、開き直って最後の6000系で居眠りでもしてやろうかと思ったが・・・まぁ、これだけ興奮している状況だったらできるわけない(笑)

 霞ヶ関から綾瀬へのファイナルランはあっという間。
 撮影地が限られている中、荒川の河川敷には多数のファンが三脚を据えて撮影に勤しんでる、そんな様子が車窓から見られた。
 ホームの狭い綾瀬駅、一気に6102Fの乗客が吐き出される。
 多くのファンに見守られ、6000系は北綾瀬まで回送されていった。



 当たり前のように見ることができた6000系。
 地元を走っていた定期運用の旅客車両で、遂に自分より年上の車がいなくなった。
 中には既に自分より年下の車も引退しているわけで、いよいよ地元路線の刷新が終わってしまったように感じる。
 寂しさを感じるのは、鉄道ファンの性とも言えよう。



 有り難う、6000系。
 いつかインドネシアに会いに行けるように頑張るからね。
Posted at 2018/11/11 22:48:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | 鉄道 | 趣味
2018年11月08日 イイね!

最終学歴は誰のもの

最終学歴は誰のもの 不肖、実を言うと18歳にして、巨額の借金をすることになりました。
 その金額、240万円。
 当時18歳の身ですから、想像できないくらいの金額。
 到底すぐに用意できる金額ではありません。



 しかし、高校生だった自分が、自分なりに考えて、返済の日が霞んで見えるような金額のお金を借りる決心をしました。



 貸し主が提示した条件は、社会人になってから毎月13333円ずつ返済するように、とのこと。
 回数にすると180回払い。15年ローンということですね。
 幸いにも無利息でいい、とのことでした。



 借りたお金を何に使ったか。
 それは、学費・・・いわゆる「奨学金」です。
 無利息、つまり幸いにも「第一種奨学金」で借りることができました。



 ところで・・・
 社会人になってから、クルマを買うのにローンを組みました。
 5年ローンを組んでクルマを買ったら「自分のクルマになるのは5年後だね」なんて、冗談半分で言ったりするじゃないですか。
 で、ローンの支払いを終えると「これでようやく『自分のクルマ』になったよ」なんて言ったりして。

 この理論に当てはめると、奨学金で大学に通い、奨学金で大学を卒業した身としては、さしずめ「大卒が自分の学歴になるのは15年後だね」といったところでしょうか。
 きっと日本には「自分の学歴」を手にするまでに、卒業してから時間を要する人が少なからずいると思います。 



 2018年10月27日。
 奨学金の最後の口座振替を終えました。
 それから数日後、自宅に一通のはがきが届きました。
 「日本育英会」改め「独立行政法人日本学生支援機構」から届いた隠蔽はがき。
 開けてみるとそこに「返還完了証」という文字がありました。



 15年間、当たり前のように毎月27日に引き落とされていた13333円。
 翌月からは、その引き落としがありません。
 何だかまだ実感が沸かないですね、と思えてしまうくらい、長い年月支払いを続けていたことは確かなようです。
 借りたものを返しただけのことではありますが、「返還完了証」を手にして、あらためて「最終学歴は自分のもの」になったことを感じました。



 最終学歴は国立大学や六大学のような秀でた大学もなければ、知名度も決して高くない大学です。
 当時そういうものには参加しませんでしたが、合コンではさぞかし振り向かれもしない大学でしょう(笑)



 しかし、あることには名実共に突出している学部・学科であり、そこに属している身として熱心に勉強したことは今でも自負しています。



 そもそも、18歳のはな垂れ小僧が240万円の借金を決意した理由のひとつに、「『4年間』という時間を買う」というものがありました。
 元来、親父からは「大学は楽しいところだ」という教えがあり、憧れもありました。
 楽観的な性格なので、自分ならきっとその場で楽しく過ごせるだろう、という根拠のない自信もありました。
 結果的には思っていた以上に貴重なキャンパスライフを過ごすことができ、それは今でも密かに誇りに思っています。



 日本人は、何事にも「借りる」という行為に抵抗を感じるものだと思います。
 しかし、借りなければ実現できないこともあります。
 いつでもクルマをキャッシュで買える人なんてなかなかいないでしょうし、ましてやマイホーム購入なんて、だいたいの人は途方もない年月の住宅ローンで手にするわけです。中には借金をしてまで起業する人だっているのですから。
 そして、そこでだいたいのケースで発生するのは「利息」。
 個人的に、この利息というものは「金で時間を買う行為の対価」だと思っています。



 たとえば、高卒で就職して毎月13333円を貯金して、15年後に大学受験をして、大学に入る。
 これが現実的でしょうか。
 社会人を経験した33歳が、その立場をかなぐり捨てて大学受験をして、学生になることが、果たして現実的かつ理想的なのでしょうか(人によっては結婚もしている年齢でしょう)。



 ・・・何だか、自分で面倒くさい方向の話にしてしまっていますね(汗)



 話を戻しますが、これまで自分は、学歴というか、学生時代に経験したあらゆることに、些かの誇りを持っていて、その思いを胸に秘めていました。
 その思いをようやく、自力で、自分のものにした、という思いです。



 これで、ようやく最終学歴は自分のものになりました。



 大学に進学したことに、言うまでもなく後悔はありません。
 その経験が、経済的な意味でも完全に自分のものになったことは、この上ない喜びです。
 38歳になりますが、自分の中ではここで一度卒業式、という気持ちです(^^;
 今は学閥社会とは縁遠い仕事をしていますが、それでも密かに誇りに思っている自身のキャンパスライフ。
 ようやく自分のものになった、と噛みしめている今日この頃です。
Posted at 2018/11/08 21:57:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | その他 | 日記

プロフィール

「青ヶ島に行ってきました。Instagramで報告しています。 https://www.instagram.com/daikongram/
何シテル?   01/21 16:27
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