1994年8月11日、沖縄からは5ヶ月・佐多岬からは4ヶ月ちょっとかかって、最北端の宗谷岬に着きました。
前回の自転車日本縦断時のように1人でひっそりゴールするものだと思ってましたが、この時は大違いでした。
なんと・・自分の到着を待ってくれてる人達がいたんです。
その時の様子がこれです。
一緒に写ってる5人と撮影者の計6人が、自分の到着を歓迎してくれました。
皆、ライダーです。
6人の内4人は日本一周中でした。
さらにその4人の内3人とは下北半島で出会い、大沼まで一緒に旅しました。
「宗谷岬到着は8月中旬~下旬頃かな?」と言って別れたんだけど、まさかゴールに合わせて来てくれるとは・・・こんなに嬉しい事はなかったです。だって、まだ携帯を持った旅人がほとんどいなかった時代です、皆 自分の噂を聞いて駆けつけてきたとか・・・
そういえば当時の北海道は、面白い旅人がいると口コミで広まりました。
自分も自転車を押し歩く人として噂だったのかな?
他には、仮面ライダーとかサムライダーとか犬と一緒とかあって・・
仮面ライダーは、文字通りコスプレして旅してる人ですが、実際に遭遇したことないので詳しくはわかりません。
サムライダーは、北海道では旅人同士すれ違い時に挨拶するんですが、挨拶代りにおもちゃの剣を抜きます。一回だけ遭遇しましたが、これが結構格好良かったっけ・・・
犬と一緒とは、犬を原付に乗せて日本一周してる60歳くらいのおじさんで、上の宗谷岬の写真で一緒に写ってます。
今じゃネットですぐ拡散だろうけど・・・当時は、会えるか会えないかは時の運、そういう面白さもありました。
ちょっと話が逸れましたが・・・
宗谷岬で歓迎してくれた皆は今頃何してるのかな・・?
特に、下北で出会った3人は、一旦は就職したけど悩みを抱えて退職。バイクで日本一周を思いつき旅に出たと言っていました。
その後の人生で、旅の経験をちゃんと生かしてるんだろうか?
そう言う自分は、この旅の経験が今は生きる原動力・心の支えになってます。
下積み時代は辛い時もあったけど、何とか耐えました。だって、仕事を辞めてまた旅に出るなんて選択肢はもう無かったから・・・
で当時、宗谷岬の歓迎で、自分が泣くと皆思ってたけど泣きませんでした。
あの時は明日から歩かなくて良いって考えるとホッとしてて・・
その代わり、泣いたのは時間が経ってから。
今だって当時の事をよ~く思い出そうとするとちょっと涙が・・・
さて、遊んで良い約束の半年までは残り1ヶ月。
徒歩日本縦断はこれで終わりだけど、今度はチャリダーとして自宅へ帰る旅が続きましたので、昔話ももう少し続きます。
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Posted at
2014/12/14 20:29:45