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Nジャン(N-JUNKIE)のブログ一覧

2006年08月29日 イイね!

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #8

~2002 シーズン~

JGTC GT-Rファンにとってこの02シーズンは悲しき年になった。
開幕から下位に重んじるスカイラインGT-R。
C・ゴーン氏の豪腕の元、イメージチェンジを図り現在の赤/銀カラーになった。
直6の限界。
時代は直6を追いやってしまった。
日産は第4戦セパンで試作車1台、第5戦富士で全車V6エンジン搭載を発表した。

第2戦富士。
Nジャンは複雑な思いだった。
最後に聞くRB26DETTのサウンド。

朝、準備を進める日産応援団。
Nジャンは田上君に言わなかったが心の中でこう思った。
「まぁた、隣だよ!!」
あまりにも愉快で笑えてきた。

だがレース結果・・・。
GT-R苦難の時だった。
Posted at 2006/08/29 20:42:02 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日産応援団 | 日記
2006年08月29日 イイね!

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #7

~2001シーズン~

JGTC第2戦富士。
日産応援団は完全にGTで活躍する方向に動いていた。
もちろんNジャンも登場する。

この時からだろうか・・・・
今でも覚えているのだが、何故かNジャンの隣は田上君。
日産応援団同級生同士(笑)は仲良く旗を振ることになっていた。

レースはIMPULがボディウムをGETする。
久しぶりの星野一義(敬称略)の活躍に大興奮のNジャン。
田上君も少々興奮気味だった気がする(間違えていたらゴメン)。

夏の富士。
Nジャンは、赤ん坊に灼熱地獄は酷だとNジャンは観戦を見送った。
TVでは日産応援団が映った。
「うぇ~!!行きたいよぉ!!」
見たことある姿が映った。あれは団長と田上君だった。

しかし、この年のGT。日産は苦戦する。チャンピオンゲットは夢となった。
実はこのとき、GT-Rに翳りが見えてきた。
囁かれる懸念。
そう、スカイライン伝統の直列6気筒レイアウト、名機RB26DETTの欠点が露になった。重量という致命的な欠点。
トヨタ・スープラは4気筒エンジンを搭載、ホンダはV6エンジンを搭載。
軽量化を図り、コーナリング性能、タイヤ性能の向上に貢献する。
だがGT-R・・・・・
翌年、GT-Rに運命の決断が下された。
Posted at 2006/08/29 20:32:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日産応援団 | 日記
2006年08月29日 イイね!

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #6

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #6~2000 ニスモフェスティバル~

長女は半年になった。
日産応援団で初めての子供。
みんなが可愛がってくれた。

久しぶりに日産旗を持つNジャン。
驚くことに義弟が旗を持った。
義弟は見事に仲間入り(笑)。

団長をはじめ応援団のメンバーに挨拶を交わした。
田上君にも挨拶を交わす。
笑顔で答えてくれた。

団長だって、田上君だって、Tさん、Mさん、Fさん、Aさんなど層々たるメンバーが旗を持った。

それもそのはず、ミスター・スカイラインこと長谷見昌弘(敬称略)の引退セレモニーも開催されたのだ。

模擬レースで旗を振る。
そして長谷見のラストランは、あのスカイライン・スーパーシルエットだった。

団長が声を上げて長谷見コールをかけると会場は長谷見コールに沸いた。

Posted at 2006/08/29 20:16:00 | コメント(2) | トラックバック(0) | 日産応援団 | 日記
2006年08月29日 イイね!

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #5

~2000 JGTC~

Nジャンの女房殿は出産間近だった。
女房殿は家において義弟をGTに連れて行った。
義弟はまだ若くNジャンにこう言ったコトがある。
「オレは、見るよりも走るほうが好きなんです。」

対しNジャン。
「まあ、1日付き合えや・・・・。」

決勝当日、富士の第一コーナーを陣取るNジャン。
レースではアクシデントもあったが、富士のパッシングポイント第一コーナー。
手に汗握るドッグファイトが見れた。
義弟はツボに来たらしく、GTの魅力にハマって行くことになる。
Nジャンウイルス感染者に嬉しく思った。

レース途中、スタンドに行った。
数本、日産旗が立っていた。
団長に挨拶を交わし、田上君にも「がんばって」と声をかけた。

レースは#22 CASTROL NISMO GT-Rが見事2位に入った。

日産はルマン参戦中止を発表。
大森でイベントが行われた。
田上君は展示されているR391を見つめていたという。
そのときのことを語ってくれた。

ルマン富士1000km優勝で翌年ルマン24時間レースの予備予選免除となったはずだったのですが、ルマン24時間からは撤退することになってしまって…
様々な事情があり、仕方ないことだとは思いつつも非常にショックでしたね…

余談ですが、翌2000年は日産のいないルマン24時間に耐えられず、ニスモ・大森ファクトリーでのイベントに行きました。どこか寂し気に展示されていたR391…
会場の大型モニターに映し出されるTV中継を見ながら、私は物言わぬR391に心の中で呟きました…
「オマエはあのルマンの地にいなきゃいけないんじゃないか?このままじゃ終われないだろ!夢の続きを見させてくれよ!またあの心地良いサウンドを響かせてくれよ!!」
大きな喜び・深い悲しみ、そして日産応援団との出会いを与えてくれたR391、私にとっては一生忘れることのできないクルマです。


8月の富士。
NジャンはTV観戦。
初めての子供に手を焼く女房殿。
とても行けるような状況じゃなかった。

最終戦、鈴鹿。
#23 PENNZOIL GT-Rが日産勢としてチャンピオン候補の筆頭だった。
やむなしにTV観戦。

このとき、団長と田上君は鈴鹿にいた。
だが・・・・・レースは日産ファンとしてため息が出る結果だった。
田上君は語る。

この年の最終戦鈴鹿、GT-Rはあと一歩のところでチャンピオンに届かなかったんです。

#16NSXのチャンピオンが決定した瞬間、私はうなだれたまま顔をあげることができませんでした…
その時、少し眼を潤ませた黒澤団長が「田上君…」って肩をポン!としてくれたんです… それまで押さえていた感情が一気に溢れてしまいました。




Posted at 2006/08/29 19:58:52 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日産応援団 | 日記
2006年08月28日 イイね!

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #4

日産応援団「田上君」とN-JUNKIE #4~GT日産応援団の仕掛け人~

それは2000年のJGTC開幕戦だった。
サーキットは「ツインリンクもてぎ」。
Nジャンはスカパーの生中継を見ていた。
映し出される#1 ロックタイト・ゼクセルGT-R。
見事優勝を飾った。

心なしか日産応援団を探すNジャン。
「いるわけないか・・・・。」
それまで日産応援団といえばルマンだけの限定応援団だったのだから。

日産はこの年ルマン参戦を休止(休止という表現は妥当かわかりませんが)、現在に至る。

日産応援団がGTでやったらどんなにイイだろうか・・・

しかし後から知ったのだがTVに映らない所でこんなことがあった。
それについて田上君は語る。

2000年の3月、ルマンを諦め切れずにいた私。
でも聞くところによるとニスモのスタッフも非常に残念がっているとのこと。
そんなニスモの皆さんに少しでも力を与えることは出来ないか?
少しでも無念を晴らすことはできないか?
なんてことを考えてしまったんです…

ニスモには愛称「ヒゲジニアさん」で知られる小河原エンジニアさんや97~98年にR390のメカとして渡英していて、今でもタイヤ交換最速と言われている(?)「ナカジーさん」こと(中島チーフメカニック)のような熱い現場スタッフの方々がいらっしゃるじゃないですか?

私達の応援にスタッフの方々が熱いハートで応えてくれる。私達はさらに力を入れて応援する。そういうのってありますよね。
そこで「いつの日か、またルマンに行こう!オレ達がついてるぜ!」みたいな意味も込めてGT選手権で日産旗を振ろうと思いたったんです。
ダメでモトモトで黒澤団長の名刺に書いてあったアドレスにメールしたんです。

要約すると「GTで日産旗を振りたいので旗を貸して下さい」みたいなメールを(笑)。
今思うと、私は何て失礼なことをしたんでしょう…

そしたら何と「いいですよ!」との返信が!
後日、黒澤団長に直接会い、トリコロールの日産旗を託されました。
皆の色んな色んな色んな、沢山の大切な思いが詰まったトリコロールの日産旗を、たかだか1・2回会っただけ・旗振っただけの私に託してくれたんです。それだけでもう感動でした(涙)。

私はその旗と共に、2000年4月にGT開幕戦ツインリンクもてぎに予選・決勝と乗り込みました。
今でこそ旗が配られ毎戦盛り上がる日産応援席ですが、そのレースは私一人で日産旗を振ってたんです。

日産旗が初めてGT選手権で振られたのです。

予選は風の強い日でした。
私は託された日産旗をニスモピット前でひたすら振っていましたよ。
なぜかオーバルコース上で… 今思えばグランドスタンドから振れば良かったのに…
少しでもニスモピットの近くで振りたいという気持ちからだったのですが…(汗)

決勝はグランドスタンドから旗を振ってました。
予選でNSXが圧倒的に速く、辛いレースになりそうだったのですが、相手のトラブルもあり#1ロックタイトゼクセルGT-Rが見事に優勝したんです!

チェッカーの瞬間はまたオーバルコースに降りて旗を振ってました。チームとより近くで喜びを分かち合いたくて(笑)。
もう嬉しくて嬉しくてクールダウンラップを終えて、表彰台横に停められたGT-Rに「うわぁぁ!!やったよぉ~!GTーRが勝ったよぉぉ(半泣)」とか、もう訳の解らないことを言いながら日産旗をバタバタさせて駆け寄って行きましたよ。
コマス選手と影山正美選手が私に手を振りガッツポーズをしてくれて…(少なくともその時は私にしてくれたように見えてしまいました…) そりゃもう感動しましたよ。

表彰式のときには安達元社長を始め、ニスモスタッフの皆さんが「ありがとう!」って私に握手を求めてきてくれたんです。
「あぁ、一生懸命応援して良かった」と嬉しく思うと共に、私なんかに大切な旗を快く貸して下さった黒澤団長に感謝の気持ちでいっぱいでした。
Posted at 2006/08/28 23:37:42 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日産応援団 | 日記

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「ガソリン減税廃案 http://cvw.jp/b/116827/48500073/
何シテル?   06/22 09:28
「治療不可能な日産中毒患者」、「N-JUNKIE」を略して『Nジャン』と申します。 少年時代、スカイラインに魅了された事にはじまり日産ファンに。 ク...

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