
Nジャンがまだ高校生の頃、WECシリーズと呼ばれる世界選手権が
Gr.Cカテゴリーで争うことになった。
王者、ワークスのロスマンズ・ポルシェ956。
その後、ポルシェは962に進化してもルマン優勝の常連となる。
打倒ポルシェの最有力、ライバルのマルティーニ・ランチァLC2とてポルシェの牙城を崩すことが出来なかった。
WECは日本にもやってきた。
トヨタも日産もマツダも挑んだ。しかし世界の壁は厚かった。
ポルシェ・メルセデス・ジャグヮーの欧州勢がトップの常連だった。
しかし1989年、番狂わせが起きた。
日産R89Cがルマンで一時3位を走行。
慌てたライバルチームはスパイを送り込んだという。
だが、Gr.Cに革命が起きる。
速過ぎて危険との事でターボ禁止となった。
しかし91年。レギュレーション変更に間に合わないチームが続出。
FIAは特別な措置を行い、従来のターボエンジンのエントリーを認めた。
そこで我が日本のマツダ787Bが初の日本車ルマン制覇の偉業を成し遂げる。
日本国内のGr.Cカテゴリー、JSPCでは日産が黄金時代を築きあげた。
92年のデイトナ24時間レースで日本人トリオ初制覇を成し遂げた。
リスクが伴うことは分かっているが、Gr.Cカテゴリーは今でも最強だった気がする。
もちろん、現代のレースマシンに比べたら過去のものかもしれない。
でもGr.Cのインパクトを忘れることは出来ないだろう。
Posted at 2007/01/24 22:03:31 | |
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