2016年07月08日
難波・・・・・ この町で 15年間 修行した。
米国との 関税障壁問題で 就業ビザを 発給してもらえず 修学ビザで 訪米しようとすると 米専門学校からの 驚愕の授業料前払いを 請求され 渡米を 諦めた結果であった。
この街で 仕事に 恋愛に 辛く 悲しく 甘く 楽しく 良い事も 悪い事も 覚えて 人間として 社会人として 男として 成長させてもらった。
この街は 何もかもが 雑多に融合しており、 金さえあれば 何でも手に入るし 油断をすれば 何もかも 失くす 場所でもある。
この街で出会った 沢山の人々に 可愛がって頂けたおかげで 今がある。
カリスマ的であったムラ○先輩、 ホテル日航ジェットストリームのマダム、 クラブホステスの お姉様方 多くの方々に 支えられ 愛され 持ち上げて頂いて この街で ちょいと知れるまでに していただけた。
しかし 私はこの街が 好きではない。
いや 大阪という町そのものが 肌に合わない気がしてならない。
理由はよく解らないし 解りたくもない。 只ただ 馴染まないのである^^
この難波の土地の殆どが シナ、半島人のものであるそうだ。
祖父の話しでは 戦後のドサクサに 空襲で焼け野原になった 跡地に棲み付いた彼等が 死亡したり 疎開地から戻ってくるのが 遅れた 元持ち主の日本人に替わって 戦後法規を盾に 所有権、居住権を主張して 略奪したからだそうだ。
今や彼等は 大金持ちで 街の支配者だ。 この街で 生きることは 彼等に従属し 彼等の為に 生きることになる。 大袈裟に言えばだけど・・・・^^;
私には 耐え難い。
若人よ・・・ バングラディシュの為に生きようとして 現地人の為に 夢砕かれた聖人達も、 まずは 日本の為に 生きようではないか。
誇り高き 大和の民として!
Posted at 2016/07/09 00:31:26 | |
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