
1964(昭和39)年5月3日の鈴鹿ですね。
この年、日本人を奮い起こさせたのは ・・・
東京オリンピック・新幹線、それに画像ですね(笑)。
第2回日本グランプリでの、
7周目のヘアピンで生沢選手のスカイラインGTが、式場選手のポルシェ904GTSをとらえ、
8周目までリードを奪ったというシーンですね。
鈴鹿のメインスタンド、総立ちでしたね。
あのポルシェを抜いたってね。
スカG、この時1100㎏、ポルシェは650㎏。
そう、昔のポルシェは軽かった(しみじみ~)。
誰が考えたって、ポルシェの楽勝(結局、勝ったのはポルシェ)
バリバリのスポーツカーに、四角のセダンが食い下がったんです。
だから、4枚なんですよね~、SUVじゃぁないんだ。
当然、この四角いセダン、「売ってくれ」ってことになりますよね。
トリプルウェーバーが品不足になるほど売れたんです。
で、それの品不足もあって、シングルキャブの青バッジ・GTAが出てきたんです。
どさくさまぎれに赤バッジ ・・・ あ、やめときますね。
で、日産になってからは、「GTB」が「GTR」になるわけで、
当初も、4枚でした、PGC10。
赤バッジを受け継ぎます。
で、性能向上のために、2HTボディ・KPGC10に引き継がれます。
その後は、ほぼ、2枚ですね。
この物語にしびれた方、多いと思います。
はたして、今の ・・・ あ、やめときますね。
何を出そうが、メーカーの勝手です、それが「新しい資本主義」です。
早く免許返納しないかな~って、日産は思ってるでしょうね。
Posted at 2023/09/23 00:01:59 | |
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