
1976(昭和51)年5月に発売されたギャランΣは、2代目「ニューギャラン」の不振をはねのける躍進を果たします。
しかし、2ドアHTは、そのまま「ニューギャラン」が売られ続けてました ・・・ リアルに、親父の会社の方が乗られてました ・・・ 「なんか地味やなぁ~」って思ってました。
で、その年の11月に華々しくデビューするのが、ギャランΛ(画像)です。
これも売れました。
デザインの決定に時間がかかったようです。
でも、これはカリーナ&セリカ方式ですね。
前年にランサーベースのハッチバッククーペ「セレステ」が出ていたので、Λは2HTボディを纏います。
エンジンラインナップは、Σに準じて、1600・1850・2000となり、ランサーセレステより「格上」に位置しました。
Λって、昨年もブログった記憶ですが(確か、奥多摩の会で目撃したので)、
これも格好良かったですね~、「斬新」でした。
で、Σが「スーパーサルーン」なら、Λは「スーパーツーリング」でしたね、トップグレード。
ただ、皆さんご存じのロールバーガーニッシュは、翌年1977年モデルからでした。
となると、画像のように「ニセンGSR」に目が行きますよね ・・・ 当時、見たことなかったけど(あはは)。
特徴的なシートに、シトロエンばりの1本スポークステアリング、
スペシャリティカーとして個性あふれるデザイン。
Λは、いかしてました(私感です)。
小学校の同級生が、このガーニッシュ纏ったスーパーツーリングに乗ってました。
築地口の交差点で、親父のマイロードの助手席から挨拶しましたね。
あちらは左折のようで、あのCピラーに輝くウィンカー、カッコ良かったなぁ ・・・ 18から働いていた彼は、3年で新車のΛを購入したようです。
夜のΛって、妙に艶っぽくてね、特に、後ろ姿。
なので、1980(昭和55)年3月の、私のマイカー選びの際に、
やはり、見に行きました、ギャラン店。
もうモデル末期でしたが、1600SLスーパーがショールームに鎮座してました(遠い目)。
やはり、この時も、「ニセンは無理無理」で ・・・ 汗。
で、1976(昭和51)年は、「どっこい三菱ここにあり」を示した年だったと思い、中川四川の来年のイラストはこのようにまとめてみました。
三菱自動車は、このヒットで、第三勢力の筆頭に躍り出ましたよね、確か(汗)。
Posted at 2025/02/18 00:00:57 | |
トラックバック(0) |
旧車ネタ | クルマ