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だいこん@F39のブログ一覧

2011年03月14日 イイね!

続く余震と募る不安

続く余震と募る不安 東北関東大震災。

 NHKでは13日から、一連の災害をこう呼び始めました。

 だいこんの仕事場は、今日から営業を再開しました。
 開店前、仕事仲間の会話は「風呂に入れたか?」「停電終わったか?」というものでした。
 幸いにもだいこんの家はライフラインのダメージがありませんでしたが、仕事仲間には家の水道と電気が止まっている人もいますので。

 開店直前、少なからず精神的疲労を感じていただいこんは、「今日も休みにしてしまえばいいのに・・・」と愚痴をこぼしました。
 この言葉を聞いたとある先輩社員が、「そうは言っても俺たちだってライフラインの一端を担っている立場だから、無責任に休むことはできないよ。社会貢献の一環だからね。」と諭してくれました。



 そうだ。
 開店すれば乾電池や懐中電灯を求めて、多くのお客様が来る。
 そのことで多くのお客様が救われるのだから、頑張ろう。



 先輩がだいこんに放った言葉は、当人にとっては何の気なしに口にしたことかもしれませんが、だいこんを奮い立たせるきっかけとなった、有り難い言葉となりました。

 売場のテレビの半数以上に電源を入れない、節電営業での開店を迎えました。
 予想以上に多くのお客様が乾電池売場や懐中電灯売場などに殺到し、店内でパニックを起こさないよう誘導しました。
 やがて、オープンセールでも早々見られないほどの長蛇の列が、レジの前にできました。「音速のレジ師」を密かに自負しているだいこんは、中央レジにて全力で会計業務に入りました。

 次第にテレビ売場が混雑し始めたため、だいこんは持ち場に戻りました。
 殆ど、いや、全てのお客様が、「地震で壊れたテレビを買い換えたい」という商談でした。
 皮肉な相乗効果ですがテレビに使う耐震マットも売り切れ、やがて単1乾電池と懐中電灯、ラジオ、ガスコンロ(ボンベ含む)も売り切れてしまいました。
 この仕事を凡そ8年やっていますが、特定の規格と言えども乾電池が売り切れた経験は過去にありません。

 節電営業の一環として、今日は定時より1時間早い21時に閉店(だいこんは少し早めに退社しました)。
 帰宅後、携帯電話に仕事場から着信がありました。
 14日の営業時間は11時~16時とのこと。起こるであろう「輪番停電」がその理由であることは、容易に想像できました。

 やがて、テレビやラジオから「輪番停電」「計画停電」という言葉が頻繁に聞こえるようになってきました。
 Twitterをはじめとしたインターネット上で、あらゆる情報が錯綜しているようです。東京電力のサイトが繋がらないのだから、仕方ありません。
 Yahoo!やGoogleはダウンしていないのに、東京電力や自治体のサイトはダウン。インターネットのインフラが脆弱なのは、如何なものかと思います。是非とも今後の課題にしていただきたいものです。

 輪番停電に備えた買い出しは、順調に終えました。
 14日も仕事なので、ご来店されたお客様に安心していただけるよう、地域貢献に努めたいと思います。
Posted at 2011/03/14 01:06:05 | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災 | 日記
2011年03月12日 イイね!

地震発生から一夜明けて

地震発生から一夜明けて 昨日遭遇した大地震から、一夜明けました。
 夜中に何度となく襲い掛かってきた強い余震とは裏腹に、穏やかで静かな、天気の良い朝を迎えました。

 昨日は、地震のあとは臨時休業。簡単な片付けを済ませてすぐに退社することになりました。
 仕事場の守谷から自宅のある我孫子まで、クルマで凡そ2時間かけて帰宅しました。
 柏で仕事をしている母親は、鉄道が麻痺したため徒歩で帰宅することになりました。
 それならだいこんはクルマで柏方面に向かい、途中で合流して母親を乗せて帰ろう・・・ということになったのですが、結果的にはR6の渋滞が相当酷く、想定していた以上に母親を自宅寄りに歩かせることになってしまいました。

 どうにか母親と合流して、帰りがけにコンビニへ立ち寄りました。
 しかし、食べ物は全て売り切れ。弁当売場にも、おにぎり売場にも、惣菜売場にも、パン売場にも、商品は何一つとして並んでいませんでした。

 家に帰って最初にやったことは、部屋の片付け・・・。
 デスクトップパソコンやプリンタは机から落下(奇跡的に壊れていませんでした)、山積みし放題だった本やCDは床にぶちまかれ、足の踏み場もない状態でしたorz

 大きな余震が続いていたため、晩酌は控えることに。
 いざというときはクルマを出して避難できるようにしておかなければ、と思いました。
 寝床を確保できる程度まで部屋を片付けたので、非常時に持ち出す荷物を準備して、床に就きました。

 昨晩は少なからずの不安と恐怖感があったため、枕元ではラジオを付けたまま、部屋の電気も半分付けたままにしていました。
 そんな中でも容赦なく余震は続き、NHK第1では絶え間なく余震の状況を伝えていました。緊急地震速報のチャイムは何度も放送され、新潟県で震度6の地震を観測した速報では緊急速報のチャイムが放送されたりと、緊張感のある一晩となりました。

 夜が明けて今日、仕事場のショッピングモールは臨時休業となりました。
 だいこんは仕事場へ向かい、昨日完了できなかった業務や、修理等の出張依頼の電話対応に追われました。
 売場のテレビも1台は常に視聴できる状態にしておき、依然として油断できない一日でした。

 さて、この度だいこんは具体的に災害の被害を受けました。被害内容は「デマ」です。
 幸いにも周囲の忠告があり、根拠のない噂話であることがわかりましたが、当初はその忠告さえも信じなかったくらいです。
 デマには気をつけよう、冷静でいようと思っていたのですが、こうもあっさりデマにはまってしまうとは、我ながら愕然としました。
 デマの一件に関してはご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げますと共に、ご指摘いただいた方には御礼申し上げます。

 http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/17439/(←コスモ石油の火災の影響で、雨に有害物質が含まれる・・・というのはデマであるという公式文)
Posted at 2011/03/12 23:57:52 | コメント(1) | トラックバック(0) | 東日本大震災 | 日記
2011年03月11日 イイね!

無事です

無事です。

大地震発生時、だいこんは茨城県守谷市のショッピングモールにある家電量販店で、いつものように仕事をしていました。

ちょうど昼休みで、ご飯を食べている頃でした。

やや長い余震。
安全確保のため、売場へ戻った直後でした。

容赦なく続く、長くて次第に激しさを増す揺れ。

やがて店内の照明が消え、それでも揺れ続ける、容赦ない地震。

揺れが落ち着き、すぐに全員が建物から避難するようにアナウンスがありました。

その後も何度となく襲いかかるひじょうに強い余震。

大地震が起こったとき、正直言って生きた心地がしませんでした。
ダメかと思った…。

モールは今日の営業をストップ。
仕事場も、片付けを早々に済ませて、日没前には全員退社となりました。

守谷市や取手市は、街頭や信号機が機能していない場所もあり、一部は停電しているみたいです。

通信インフラの中でも、電話による通話は壊滅状態。
しかし、携帯電話でのウェブ接続はまあまあ繋がる具合。

取り急ぎ、だいこんの無事をこの場にて報告いたします。
Posted at 2011/03/11 19:03:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 東日本大震災 | モブログ
2011年03月11日 イイね!

PashaPa2

PashaPa2 このタイトルを見て「懐かしい!」とすぐに思い出せた貴方は、抜群の瞬発性を持つ記憶力の持ち主に違いない。



 PashaPa2。
 auがかつて発売したカメラである。
 調べてみたところ、時代は2001年に遡る。
 いや~、そんなに経つのか(^^;
 今日は我が家からこんな懐かしいアイテムが発掘されたので、話題にしておく。



 当時の携帯電話事情はというと、J-PHONEの「カメラ付きケータイ」が大注目されていた時期であった。
 現在ではとても信じてもらえないような事実だが、天下のNTTドコモでさえも「カメラ付きケータイ」がなかった時代である。NTTドコモが「カメラ付きケータイ」最後発の事業者であることも、やはり信じられないような事実だ。

 最後発の事業者となってしまった理由として、NTTドコモのメール機能の脆弱性にあった。
 当時movaを主たるインフラにしていたNTTドコモの「i-modeメール(正確に言うと「Eメール」ではない)」は添付ファイルに対応しておらず、まあハッキリ言ってしまうとNTTドコモにとっては「とてもやりたくない」サービスであったに違いない。
 しかし、世の中「写メール」が押せ押せだったこともあり、仕方なく重い腰を持ち上げて「iショット」という謎めいた(添付ファイルができない代わりにURLリンクを設けて写真を見てもらう仕組みという)サービスを開始した、という背景がある。

 今となっては笑い話かもしれないが、auよりもTU-KAの方が早く「カメラ付きケータイ」を発売した。最後まで2G回線しか展開できなかった事業者の方が先に「カメラ付きケータイ」をリリースするだなんて、本当に不思議な時代だった。

 当時、唯一CDMA方式を主たるインフラとしていたauは、大容量の添付ファイル(当時は最強だった500KB!)に対応している「EZweb@mail」を展開していた。
 ところが、こちらの事業者は「カメラ付きケータイ」を発売していなかった。なんという携帯電話事情のちぐはぐ感。
 そんなauが提案したのが「PashaPa2」だった。



 PashaPa2。
 画素数、11万画素。
 記録画素数、120×120。
 記録方式、PNG形式。
 画像保存枚数、約20枚。
 そしてなぜか、フラッシュ搭載。
 撮った画像はcdmaOne端末に転送して、保存。
 http://www.kddi.com/corporate/news_release/kako/2001/0821-1/index2.html



 今となっては、もはや笑うしかないスペック。
 これでも当時は遊び道具としては十分な性能だったのだ。

 早速電池を入れて撮ってみて、ケータイに挿して画像を見てみよう・・・と思ったが、このカメラは「cdmaOne」端末にしか接続できないらしい。
 このカメラは携帯電話戦国時代の荒波に揉まれた結果、10年という歳月の間にパートナーを失っていた。撮った写真を何処にも転送することができない、悲しきガジェットになってしまった。
 ちなみに「PashaPa2」をウェブで検索したところ、Wikipediaにさえも掲載されていない。筋金入りの悲しきガジェットである。

 「十年一昔」という言葉があるけれど、IT家電の十年は、「一昔」どころではない。
 パソコンに保存してある「PashaPa2」の画像も、今見ればサイズが随分と可愛いものだが、当時は携帯電話で閲覧しては楽しんでいたものだ。

 「鏑木」が出てくるCMなんかも話題になったが、当時のauのCMは「愛が全てじゃない」「オモシロイ方のケータイ」とか、ライバル社に突っ掛かるCMが印象的だ。
 保存しておいたPashaPa2で残された画像を見ながら、懐かしい思いに耽るのであった・・・。

  *その他の画像はこちらをご参照下さいませ*
Posted at 2011/03/11 01:05:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | 家電 | パソコン/インターネット
2011年03月09日 イイね!

中華そば青葉柏店(柏市)

中華そば青葉柏店(柏市) 柏市にある「中華そば青葉柏店」で、つけ麺(700円)を食べる。

 言わずと知れた有名なラーメン屋さん、「中華そば青葉(http://aobai.jp/)」。
 これまでは中野本店と船橋店、北千住店で食べたことがある。
 要するに、結構好きなのだ(^^;

 「青葉」でつけ麺を食べたのは、このときが初めてだった。
 少しだけ酸味のあるつけだれ、麺はつけ麺の相場よりはやや細めだった。

 最後はスープ割りして、勿論『全つゆ』!!
 ごちそうさまでした!!
Posted at 2011/03/30 17:55:38 | コメント(0) | トラックバック(0) | ラーメン(千葉県・我孫子市除く) | グルメ/料理

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