
幼なじみのコウヘイとは、町田という東京の片田舎に越してきた小学校5年生の時からの付き合いだ。
当時チビだった僕と、コウヘイの身長差は20センチ以上あったと思う。
コウヘイは、背丈も性格もひょろひょろした感じの男で、つかみどころのない感じがあった。
勉強も出来たため、みんなから敬語を使われるような存在だった。
対して僕は、好きなことしかしてこなかったので、ある分野においては非常に専門的ではあるけれど、学校の勉強は全然できないようなクズだった。
そんな正反対の二人にも共通点があった。
二人とも絵を書くのが好きで、当時にしてみてもびっくりするような画力があったと思う。
よくリアルで緻密な漫画をノートに書き込んできては、クラスメートを驚かしていた。
漫画の交換日記みたいなことをよくやっていた。
それがひょんなことから、初めてたった二人で釣りに行くことになった。
4人くらいで行くはずの釣りだったが、お互いの相棒がドタキャンで、じゃあ仕方ないかって感じだった。
コウヘイは、学年でも上から数えたほうが早いような秀才だったが、
動物や植物、自然にまつわることにとても疎かった。
誘われてきただけの釣りだったので、道具を揃えただけで何も知らなかった。
釣りのやり方とか、魚の種類とか、持って帰った魚の飼い方なんかも教えてあげたりした。
コイツは何も知らないんだなぁ・・・なんて思ったのを覚えている。
疎かったけど、とても興味を持っているようだった。
それが、一緒に山登りをするようになり、キャンプを張るようになり、
全国津々浦々を旅するようになり、
25年も先まで、放浪の旅を共にする相棒の関係を築いていくことになる。
結局彼は、優秀な頭脳を持ちながらも、そのまま学歴だけで量られるレールに乗ることをやめ、
高校を卒業して劇団員になってしまった。
それが結果として良かったか悪かったかは、評価する必要はないけれど、
打算しない人生。
マジョリティーに乗らずに、自分の生き方を自分で決めるという正しさを、行使する強い意思。
そういうものを持つ数少ない友人のひとりだろう。
前置きは長くなったが、そんな彼と桜を追う旅を始めて、早5年。
興行で他県に行っていた彼が帰ってきた頃には、関東ではかなり早かった桜が散り始めていた。
「だ い 、飯田方面へ行こうか。」
行きたいスポットはだいたい決まっているようだった。
最近は忙しすぎて、ぼんやりと考え事をする時間さえ持てなかった僕は、
今回は任せてしまおうと思った。

早朝3時より出発して中央道、駒ヶ根方面へ。
コウヘイの愛機ヴィッツRSで踏んでいきます。
高速だと自分のGCより飛ばせるな・・・。
○80キロ巡航余裕だもんな。

最初のポイントには朝日が出る前に着いてしまったので、少し時間を潰すことになったのだけど・・・
寒い!((((;゚Д゚))))
下生えがまだ凍ってるよ。
これは外で待てない・・・クルマでヒーターかけて寝ながら待つことにしました。
「おーい、陽が出たぞ。」
コウヘイに起こされて急いでレンズの準備をする。

吉瀬の桜
いいね、若干散り始めだけど、間に合った感じ。
バックに残雪の駒ケ岳を配せる貴重なロケーション。
他にも多くのカメラマンが、朝陽狙いでカメラをセットしていました。

移動中も、あちこちで立派な桜が目にとまる。
伊那や飯田は、街全体で桜まつりだ何だと大騒ぎしない割に、隠れた老桜が多い。
密集率は国内トップクラスと言える。
ただ、南信、木曽谷方面は、よほど縁がない限りなかなか訪れることはない地域だね・・・。
初めて来たよ。

それにしてもいい時期に来たな・・・。
色々回ると、大概ベストが3割、あとは惜しい!みたいな感じになるんだけど、今回はハズレがない。
樹種がほぼ枝垂れ桜で統一しているからだろうか・・・。
ちょっと感動が止まらない。

あちこちに、樹齢300年とか400年とかが点在する。
こういうものをただ写真を撮りながら巡るだけ、という旅そのものがオッサン臭いが、
オッサンになってしまったから、ではなく、昔から・・・
極端な話、小学生くらいからこんな事ばかりしてきたので、別に何も変わってはいないのだ。

多分40年位畑に放置の車両。
M39CZ75殿の通報により、マツダのボンゴだと判ったよ。

趣があって思わず撮りたくなるようなバスの停留所。
屋号には「南海重工」とある。

栗林地区というところまで来ました。
特に名も無い桜でも、樹齢のありそうなものには必ず祠が付いていて、お賽銭なんかが置いてあったりする。枝垂れ桜の場合、神様というよりも、妖しといった雰囲気が強い。
何だか意識が吸い取られてしまうような、幽幻ないでたちである。

「西丸尾の桜」個人宅の庭先の桜だが、かなり有名らしく、数十名が遠巻きに三脚で狙い、ツアーバスが停車していく程の人気ぶり。
ここも立派な桜だったなぁ。
でも、あれが自分ちだったら落ち着かないなぁ・・・。

この風景を見たときは、思わず二人で
「あっ!」と声を出してしまった。
なんだこの絵葉書のような風景は・・・
日本の原風景に、真っ青な空、残雪の南アルプス、満開の庭桜。
全部乗せじゃないですか。。。

割と満足してしまった我々は、弁当を買ってきて昼飯にすることに。
昼飯のシチュエーションにもこだわる僕たちは、境内が美しいという「瑠璃寺」へ。
コウヘイが呟く。
「ああ、これはもうあれだな。」
「まさか?」
「そのまさかだな。」
「ベスト更新か。」
「もう間違いないな。」

青い空とのギャップで白飛びしそうな程の真っ白な花房。
これより美しいと言える日本の美が、存在するのかどうか疑わしい程の境内。
めまぐるしく降り注ぐような満開のエドヒガン。

この数年色々まわったが、何だかんだ、
初回の山梨の旅がベストバウトだった。
それ以降は微妙に時期を外したり、
天気がイマイチだったりと、全てがそろう事がなかった。
しかし、今回は、初めてそれを超えたという実感があったんだ。

「松源寺のエドヒガン」
行く先々の桜が尽く最高の状態だった。
神々が宿る名桜、老桜の数々。
本当に数日であろう、それぞれの真の満開の瞬間がきれいに揃い、それに立ち会えた。
本当は週末で行く予定を、変更して平日の中日に早めた。
あと一日でも遅らせたらダメな気がして、急遽有給を取ってこの日に合わせたんだ。
今回はそれが幸いした形だった。

「麻績(おみ)の里舞台桜」
ここも満開。
もう外す気がしなかった。

満開に、青空に、西日に、花吹雪に・・・
各スポットでの最高の演出が待っていた。
精神が満ち足りていく。
忙殺される日々に蝕まれ不安定になっていく情緒が、安定する。
その場しのぎでなく、きちんとリセットされるような、ハンドブレーキのノッチ感に似たしっかりした手応えを得た気がした。
ああ、やはり・・・僕の心が要求しているのはこういうものなんだな。

これだけ深い情緒で感じ取る美というものは、他にない気がする。
桜というものは一体何なのであろうか。
ただ綺麗というだけでは説明ができないような、心に訴えかけるような染み込むような風景。
淡い恋に似た、優しく切ないような薄紅色の記憶。
そんな8ミリのフィルム映画のよう。

最後は、実際に映画の舞台になった「杵原学校の桜」で締めくくり。
吉永小百合さん主演 「母べえ」の撮影に使われた学校の桜です。
茜さす校舎と、風になびく枝垂れ桜。
これ以上の演出が他にあったかしら。
移動しっぱなしの15時間、あっという間だったけど濃ゆい時間であった。
これだから、桜の旅はやめられないな。
俗塵にまみれた心を、きちんとリセットする旅。
自分には定期的に必要な時間です。
もう一回くらい行きたいけど・・・