「よし、行こう。」
決然立ったのは日曜の正午。
「え?どこか行くの??」
「ちょっと桜見てくるわ。」
「え・・・どこまで???」
「ちょっと・・福島まで・・・。」
「・・・はぁ?」
急遽カメラバッグと三脚を持って、クラッチの怪しいイプ太郎を駆り出します。
本当は、旅の相棒といつか行く予定だった福島県三春町。
日本の三大桜の一つ「三春の滝桜」を擁する、町中桜色の農村です。
農村なのに町中っておかしいかなぁ。
静かな農村には違いがないよ。
でもね、桜が咲くこの時期だけは
全国から沢山の観光客が訪れるんです。
いつかと言わず、今年にでもと言っていたんだ。
でも、相方の都合が合わず、5月連休まで予定が延びてしまった・・・。
流石にそれだと時期が遅すぎる。
相方との股旅は別の候補地に自動的に切り替わるのだけど・・・
そもそも僕には漠然とした懸念があった。
三春町は、大震災の被災地である事もさることながら、
国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価がレベル7に達したという福島第一原発より、
西に48キロという距離。
町のホームページでは、毎日の放射線測定値を公開しているという状況。
でも自分が心配しているのは、放射線による被曝の事じゃない。
こんな心配はしたくないしけれど、、
来年以降があるのか・・・という事なんだ。
何時収束するかも・・正直判らない事故現場。
放射能による土地への影響評価は、空間線量ではなくて、放射性物質の堆積量だものね・・・
今のままだって、どんどん悪くなる一方なのに、更なる爆発事故でも起きたら・・・
警戒区域や、立入規制半径が大きくなる可能性だってある。
もしかしたら、向こう何十年と・・あの桜にお目にかかれなくなったら・・・。
そんな不謹慎な危惧を、抱かざるを得ない自分を許してください。
福島の第一原発の事故は、政府や東電が公表している以上にシリアスだというのが、
海外の専門家や、有識者の統一意見です。
24日の環境放射能測定値は0.40μSv/h
数値だけ見るとごくごく小さな値だ。
でも、郡山の学校じゃ、校庭の土をとっかえる騒ぎになっている。
決して気にならないといえば嘘だ。
でもね、今日もここで、自分の土地で、暮らしている人が居る。
政府や東電の欺瞞やお為ごかしの犠牲になっているって可能性だってゼロじゃない。
気にしだせばキリがないし、真実がつかみきれないけれど、
自分の命の何万分の一かが犠牲になってたとしても、
「僕は三春の桜を見に行ったんだ。」そう言える自分でいることの方が大事な気がしたんだ。
愚かだろうか?
行きの東北道は、那須を過ぎたあたりから波打ったり陥没の痕が凄かった。
橋のつなぎ目はいちいちジャンプ台のように盛り上がり、路肩は窪んでパイロンが置いてある。
緊急的に応急処置をしただけで、やっと走れるようにしたって感じです。
津波の被害が比類なき悲劇を生みましたが、
揺れによる損壊被害も計上しきれないほど甚大なようです。
災害派遣の自衛隊のトラック。
沢山行き来していました。
郡山から、磐越道・船引三春ICまでは直ぐでしたが、高速を降りても、
道路はあちこち崩れたり地割れのようになっていました。
道路の他にも、家の屋根瓦が殆ど落っこちてしまっている家、
塀や石垣が崩れたり倒れたり・・・
あらためて、福島も、深刻な被災地なんだなぁと実感しました。
天気の悪かった土曜日の前情報だと、桜の時期にこんなにガラガラの三春町は初めてだ・・・
くらいのハナシだったんですが・・・
被災地の桜って事で、結構TVなどで取り沙汰されたらしく、渋滞が復活していました。
あまりクルマが進んでないようなので、
田圃の畦の脇にクルマを停めて歩くことにします。
それでも、例年通りなら高速のインターまで繋がる渋滞の筈が、
頑張れば歩ける距離で済んでいる訳だから、ヨシとしますか。
歩く事約20分・・・
「わぁ・・・」
爆発するような巨大なベニシダレが迎えてくれました。
「三春滝桜」
●エドヒガン系ベニシダレザクラ
●推定樹齢1000年以上
●国指定天然記念物
午前中は晴れていたのに、福島に着いたら雨に降られてしまったけど・・・
日没の刹那に、ほんの少し撮影の時間をもらえたよ。
こんなあいにくの天気なのに、沢山の人がこの桜に逢いに来てる。
三春藩のお殿様の桜だった時代から、ずっとみんなに愛され支えられてきたんだね。
1000年を超えてなおこの樹勢。
人の世話によるものだよ。
もし原発事故が身勝手な利権や、無責任な怠慢の果てに辿り着いた答えなら、
こんなに愚かな事はない。
悠久の時代から連綿と受け継がれてきたこの伝統と想いを、
こんなことで終わらせてはいけないんだよ。
絶対に。