新しいクラウンについて、見ざる・聞かざる・言わざるを貫こうと思っていたが、ようやく少し冷静に見られるようになったので、ここで一席もちたいと思う。
まずディメンションについて。トヨタの従来のラインナップでは、MIRAI-クラウン-カムリ-プリウス-カローラというセダンタイプの陣容において、クラウンだけが日本専用モデルだった。(センチュリーは除く)
ゆえに、全幅1800㎜を超えられず、カムリ(1840㎜)との逆転現象が生じていた。
一方で、北米ではカムリの上級にアヴァロンという車種がある(かつて初代・2代が日本でも売られた)が、セダン不振で存廃の危機にあった。
ならばクラウンとアヴァロンを1つにしてしまおう。クラウンという名はトヨタ自動車創業社長の遺した夢であり、日本ではビッグネームだから簡単には消せない。
さりとてセダン市場も頭打ちの状況である。ならばSUV風味をまぶしたセダンというのはどうだろう。という筋書きだったか、そうでなかったかは想像である。
トヨタ社内でも新しいクラウンの登場は賛否が分かれたに違いない。
これまでの15世代を支えてきてくれた、少なくとも数万人はいるであろう上顧客は切ることにしたのが、トヨタの企業としての判断だ。
15代目のマイナーチェンジで延命を図る案(この型を見てみたかったのは私だけ?)を蹴ったのは豊田社長自らであったとか。
次に販売台数について。新しいクラウンは、グローバルで年間20万台販売する計画を立てているという。
アメリカ・中国・中近東を中心に40か国で10万台、残り10万台は日本で売る。
2021年の日本販売台数は22,000台。
日本で年10万台というのは3位のカローラ(124千台)と4位のノート(95千台)の間。
日本では、4車型を揃えたとしても、400~600万円の車を現状の5倍強売るのは至難の業ではなかろうか。
トヨタ第2の故郷とも言える北米と、第3の大市場中国でどのくらい台数を稼げるかが見ものである。
クラウンを北米で売りたいというのは長らくトヨタの宿願であったらしい。かつてのアリストがクラウンと同じ車系で開発されたのも偶然ではあるまい。
と言っても20万台は、グローバルで年間110万台売っているカローラの5分の1以下だ。
これまでクラウンはカローラの2%しか売れていなかったという事だ。いかにトヨタが「クラウンのお客様」をロイヤルカスタマーとしていたかが分かる数字ではある。
次に新しいクラウンが生を受けた背景について。
トヨタの誤算は、中国での販売台数がゼロクラウン以降尻すぼみになってしまった事であろう。
クラウンが、トヨタの目論見どおり中国での基幹モデルに育っていれば、新しいクラウンで大変貌を遂げることはなかったはずである。
200、210と型が変わる度に日本のクラウンと中国のクラウンでスタイリングに差異が見られるようになっていった。
一方で現行カムリ以降、これまでのアジア向け、北米向けと言った作り分けをやめ、グローバルで一本化するようになった。
新しいクラウンは、中国・一汽豊田でもおそらくこの形のまま生産されるはずである。
ビッグネームの変貌と言えば、思い出すのは11代目V35日産スカイラインである。10代目R34以降、スカイラインの開発は凍結され、当初は全く新しい車として構想が練られてきた車を急遽スカイラインと呼ぶことになり、その結果ブランドネームは延命された。
確かにセダン、後輪駆動、6気筒というのはスカイラインが大事にしてきたファクターだったが、出てきたモノはプレミアムスポーツセダンの再解釈だった。
この変貌を多くの日本人は残念がった(が、私は内心歓迎していた)。
北米ではインフィニティG35として売られ大ヒット、結果的には4代目ケンメリスカイラインと同等の台数を売りさばいたのだからすごい。
そのスカイラインとて、ハイブリッド仕様が停産に追い込まれるなど暗雲がたれこめている。
最後にクラウンという車に抱く期待について。
クラウンは、私が生まれる前からずっとある車種で、4、5代目くらいから記憶に残っている。
7代目でメーカー自ら「いつかはクラウンに」というキャッチコピーを打ち出し、この言葉が良くも悪くもその後のクラウンの歩みを運命づけていくこととなる。
思い出のクラウンと言えば、多くの人が7代目か8代目を推すであろうが、私は10代目のロイヤル、縦型テールのマジェスタ辺りが好みである。
直線的スタイリングと曲線的スタイリングが入れ替わるように世代交代していった最期の頃のモデルで、フレーム構造を止め全車モノコック構造となったが、それによるマイナス評価はついぞ聞かれなかった。
クラウンのクラウンたる由縁。外見でいえばそれはラジエターグリルではないか、と私は考える。かつてのクラウンは高級セダンとしての「顔」であり「門」でもある、立派なグリルが付いていた。新しいクラウンにはそれがない。
当初、クラウンにSUVというコンセプトは、高級車らしい品格を守りつつも、現代的なフォルムを加味した、カリナンやF-Pace、カイエンみたいなものを想像していた。
それは思いのほかカッコいいのではないか?と淡い期待を寄せていた。
ところが、新しいクラウンは、かのGRヤリスやランドクルーザーを生みだした日本の名門企業の商品には思えないような品格のない車だった。
パッケージングでは、いろんな人の意見を聞き過ぎたのか、またボディ色では、金黒や赤黒のツートーンや真っ黒なリアビューなど、スタンドプレーに走ってしまったのか判然としない点がある。
困ったときの原点回帰や、ヘリテージを重んじる天才デザイナーへの丸投げをしていれば、もっとまっとうな姿になったと思うと誠に残念である。その気持ちはデビューして1週間経っても変わらない。
受注が好調であれば何らかの情報が発信されるとは思うが、今のところそういう噂は聞かない。
続報を待ちたいと思う。