●ダイハツ・アプローズ
Light my fire
Lady GaGaの新曲「アプローズ」がヒットチャートをにぎわしている中、
親愛なるイカさんの愛車
ダイハツ・アプローズに乗ることが出来た。
アプローズは1989年にデビューしたダイハツのフラッグシップセダンである。
軽自動車を得意とするダイハツは、リッターカーシャレードをヒットさせ、
フラッグシップに自主開発モデルを据える事とした。
それまでのダイハツのフラッグシップはシャルマンというカローラを
豪華に仕立て直した小さな高級車を名乗るセダンであった。
カローラベースといっても、初代は70カローラが買えた頃に20カローラベース。
二代目は90カローラが買えた頃に70カローラベースであった。
現代なら二世代前の車といえど、さほどの進化は見せていないが、
当時は車の進化が早く、簡単に時代に取り残されてしまう弱さがあった。
もっとも、ダイハツが本気で当時の1500ccクラスセダンに
殴り込みをかけたところで、ジェミニにすら返り討ちにあったであろう・・・・。
そこでアプローズは排気量を日本国内では中途半端ともいえる1600cc一本とし、
車体形状も端正なセダンを思わせつつ、ルーフ端までを開口とするいわゆる
「スーパーリッド(和訳すると凄い蓋)」を持つのが特徴だ。
ライバル不在のカテゴリーを創出し、今までのセダンには無い価値を提供し、
ニッチ市場を切り開こうと言うダイハツの作戦がアプローズを生んだ。
ところが発売直後にリコールを出し、モーターショーへの出展の自粛要請、
更に、燃料タンクの設計の悪さから来る火災事故を
某「サンゴに傷つけちゃう新聞」から欠陥車としてセンセーショナルに取り上げられた結果、
消費者から「燃える車」として認知されてしまい、不幸なモデルライフを送ったモデルである。
アプローズという名前を聞くと、大抵のクルマ好きは火災による欠陥車騒ぎと
スーパーリッド(後述)を思い起こすはずで、かくいう私もその一人なのである。
先日、ホームセンターにて
アプローズという名前のバーベキューコンロを見かけた。
ここまで来るといじめだよ。やめたげて!
この歴史の溝に挟まったモデルを騒動から23年後の2013年に体験することが出来たのだ。
そう言えば、1982年式の私は小学校5年生の時に行った工場見学はダイハツ工業の竜王工場。
つまり、1993年ごろだと思うのだが、確かに見学コースにはアプローズが何台か
完成検査を受けていたのを思い出した。
●クリーンな外装デザイン
まず、外装からチェックしていこう。
メッキ装飾が当たり前だった1989年にアプローズはほとんどメッキモールが存在しない。
僅かにドアベルトラインモールとルーフサイドドリップモールのみメッキ加飾が存在する。
他はカラード部品+素地部品というごくシンプルなものだ。
ヘッドランプ周りは本当にシンプルなデザインで異国情緒あふれる。
大きく立派に見せることが当たり前だったラジエーターグリルは
冷却性能が心配になるほど開口が小さく、
周辺部品の見切りも無いためアプローズ独特のデザインと言える。
だが、驚くべきことにアプローズのラジエーターグリル開口周辺の部品は
板金で出来ている。「板金製ラジエーターグリル」となっている。
つまり、超大型板金製のラジエーターグリルを装着することで、
小さなラジエーターグリルが着いているかのごとく振舞っているのである。
現代なら、樹脂で作ってしまうであろう部分だが、当時はそれを板金でやるしかなかったのだろう。
サービス性悪化に対してはヒンジをつけて対処している。
現代の目から見ればコスト・質量もかかるし、
ヒンジからさび汁が発生することも考えられるし、
飛び石によるチッピングにも従来構造のクルマよりも不利だ。
それでも採用したというのは、デザイナーの描いた線を実現しようとする設計の努力、
或いは意匠に原価をかけて「プレーンな小型車」を作ろうとしたダイハツの意気込みに他ならない。
全体的に清潔感のあるシンプルなデザインをまとっている事が分かる。
当時のカローラやカリーナ、サニーやブルーバードなどは全体的にメッキが多く、
キャッチーなプレスラインを数本入れて軽快感を出したりするのが普通だったので、
アプローズはずいぶんとそっけないクルマにも感じられる。
このそっけなさが、日本車らしくなく敢えてダイハツが狙いに行った方向性なのだと感じられる。
少し離れたところからアプローズを見ると、本当に端正なセダンに見える。
フロントマスクもつるんとしているが、リアビューも同じイメージでつるんとしている。
普通ならリアコンビランプを左右でつなげたり、
ガーニッシュで装飾するところをアプローズは軽くスルー。
プレスライン1本と社名ロゴのみ。なんたるプレーンさ。
恐らく、アプローズは日本国内では従来のセダンの俗っぽさを
良しとしない人が振り向くよう入念にデザインが行われているように感じられ、
一方で欧州への輸出もかなり意識しているように感じられる。
ドイツやフランスでは売れないだろうが
自動車産業を持たないベネルクス三国などをターゲットにすれば
価格しだいでは競争力があったのかもしれない。
●実は必然性の無いスーパーリッド、だが美しい。
アプローズといえば「スーパーリッド」と言われるほど有名なスーパーリッド。
側面から見れば端正な4ドアセダンにしか見えないのだが、
実はトランクリッドはルーフ後端まで大きく開く。
つまり、4ドアセダンに見える5ドアハッチバックなのだ。
一般的なセダンと比べれば、開口が大きいので荷物の積み下ろしが楽で
トランクスルー機構を使えば長尺物も積み込むことが出来る。
更にリアシートのリクライニングも可能となりユーティリティは高い。
ただし、ラゲッジスペースは一般的なセダンに毛が生えた程度のものに留まる。
しかも、少し荷物を積み降ろすだけで後席のゲストは外界に晒されてしまうし、
開け閉めの度に不快感がある。(頭の周りをバックドアが閉まるのは意外と不快)
それに積載性だけを考えれば、当時のコロナSFやエテルナのように
バックドアガラスを傾斜させてやれば嵩張るものが積めたのだが、
アプローズは敢えてそれをやらなかった。
ネームバリューの無いダイハツが日本でセダンを出すのは確かにリスキーだ。
しかし、欧州調の本格ハッチバックはシャレードもあり、参入する意味も無い。
(特にシャレードより大きい2BOXハッチバックは全く市場がなかった)
もしかしてそうやって悩んだ末にダイハツ開発陣は
フィアットクロマを見たのではないだろうか。
これなら、ハッチバックが売れない日本でも受け入れられるかもしれないし、
ハッチバックゆえに欧州でも売れるかもしれないと。
なぜスーパーリッドなのか、という点は恐らくダイハツ社内でも相当議論されたのだろうと思う。
どのような結論が出たのか分からないが、ダイハツはセダンのように見えるハッチバックを選んだ。
積載性は諦め、むしろリアシートのリクライニングが出来る居住性を重視したように思える。
だが、私は諦めきれない気持ちがあった。
アプローズは本格的なハッチバック(というかリフトバック)に
した方が合理的だし、販売増が見込めたのではないかと。
そこで私は白変仕込みのペイント技能を駆使してアプローズを本格5ドアリフトバックに魔改造してみた。
・・・・どうだろうか。
確かに積載性はグッと向上するし、スプリンターシエロやコンチェルトの様に
グッと欧州ライクなスタイリングになったと思わないだろうか?
確かに、実用性はグッと上がったのだが、どうにもこうにも後ろが重たく感じる。
スプリンターシエロはリアスポで軽快感を出しているが、
Rrドアオープニングを変えずに変更するには私のデザイン力ではこれが限界だった。
ちなみに、シャレードに敬意を表してこんなクオーターも考えて見たが
速攻でボツwww
結局のところ、アプローズは正規の形状が気品があって最も美しい。
だったらセダンで出せば良いじゃないか!と言いたくなるのだが、
ダイハツは敢えてスーパーリッドの形状にこだわった訳だ。
これもラジエーターグリル同様に意匠最優先だと言うわけだ。
●必要十分な走り。大開口ボデーの弱点
はやる気持ちを抑えられず、私はアプローズに乗り込んだ。
低く開放感のあるインパネは、ここでも国産車離れしており
コンサバカーの代表格である自分のカローラと比べると、
ボリューム感がない分だけ車格感では劣る。
一方マテリアルではフラッグシップらしく
植毛ピラーガーニッシュが奢られるなど、クラスを超えた車格感が特徴。
エンジンを始動し、試乗コースへ出る。
試乗コースは道幅が広くアップダウンも激しい。
かなり試乗コースとしては色々試せる道路である。
アプローズは新開発の4気筒SOHC16バルブエンジンを搭載している。
このエンジンは後のシャレードデトマソにも搭載され私は
こちらの方にずいぶんとお世話になったものである。
あれはトルクがあって山道で元気なクルマだった。
さて、そもそもの開発の発端となったアプローズは
街乗りでは十分なトルクを発生し、力が足りないと思わせる事はなかった。
静粛性もまずまずのレベルでさすが上級小型車だと言える。
一方で、操安性に関してはバックドア周りに大開口を持つが故の
ボデー剛性の不足を感じる場面があった。
コース中、コーナリングをしながら段差を超える路面があった。
この路面をクリアするとき、さすがにドシンという強い揺れと共に
若干進路がヨレる挙動を見せた。いかにもリアボデーがよじれている感覚があった。
この個体はFrにストラットタワーバーが装着されており、
ステアリング操作に対する応答はクイックなはずだが、
Rrに関しては手当てのしようが無い。
バンパー上からルーフ前までかなりの開口があり、更にリアシート後ろの
シェアパネルも無いので開口が変形することを止められない。
一般的なセダンボディのカローラで同じコースを走ると
ドシンと来るものの、よれる動きは少なめで
アッパーバック(一般的にリアスピーカーが乗ってる部分)が
有るのと無いのとではずいぶんと違うのだなと気付かされる。
このような挙動はずいぶん追い込まないと顔を見せないので、
アプローズのキャラクターと照らし合わせれば十分商品性を保っていると言えよう。
(特にオーナー氏いわく足が死んでいるそうで、
カローラも同じく足が死んでいるとは言えどもこれはアンフェアな感想かもしれない。)
ちなみに現代でもプレミオ/アリオンもリアシートのリクライングを実現するために
アッパーバックが無く、NV性能ではコンベンショナルなセダンに劣っている。
(彼らはトランクマットに高級車用の吸音素材を使っているのだとか。)
●まとめ
不運なクルマとして語られることが多いアプローズをこうして試乗してみると、
確かに、つかみどころの無い部分が多いクルマであった。
俺はとにかく経済効率を最優先するんや!と言っていたシャレード。
俺はとにかく死の香りがするほど早く走りたいねん!と言っていたミラ・ターボ。
俺はとにかく子育て層を取り込みたいねん!と言っていたタント・・・・などなど
ダイハツが開発してきた車の多くはこれだという主張を持って産まれてきている。
対してアプローズは、プレーンで軽快なスタイリング。
リラックスできる広々としたインテリアを持ちながら、
排気量は1600cc、5ドアでありながら積載性は高くなく、
セダンのようなスタイリングなのに、ボデー剛性は厳しい。
少しどこか狙いが定まらなかった商品という印象が強い。
先にあげたモデルの様に「絶対に欲しい!」という顧客を
引きつける武器を持たされず世に産まれてしまった。
それでも当時アプローズを買ったダイハツ関係者以外の人は
微かな「何か」を強烈に感じたのだろうと思う。
私のような一般人から見れば、「アベするとか流行語を捏造しちゃう新聞」に
叩かれなくとも、セールス的に成功するようには到底思えず、
カルトカーになるべくしてなったカルトカー界のエリートであると感じた。
ただ、こういうクルマを「不要だ」と切り捨てることは実にもったいない。
私は、失礼を承知で否定的とも取れるコメントを書いたものの、
乗り終わった後、もうちょっと乗って見たいな、と思ったのは事実だ。
特にスタイリングはダイハツの10ベストデザインに入る
オリジナリティあふれる美しさだと思う。
ダイハツがたくさんの工数・資金をかけてまでアプローズを世に問うたのは
きっとそれなりの理由があったのだろうと思う。
妄想を膨らませながらのんびりドライブをする事も実に楽しそうではないか。
今度、持ち主がダイハツのヒューモビリティワールド見学ツアーを
企画してくれるとサラッと仰っていた。
いつものメンバーでオーナー宅に集合し、
持ち主のダイハツ車コレクション数台で分乗して
池田に乗り込んで見ることも面白そうだ。(車中BGMはLady Gagaですねwww)
短期間の試乗では見えなかったアプローズの真の目的も見えてくるのかもしれない。