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2023年12月15日 イイね!

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 後編

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 後編








<前編はこちら>

●フラッグシップ2.0Z
ほぼ全てがストリームに寄せて作られているウィッシュだが、そのラインナップ中で最も開発者達の憂さ晴らし?的なこだわりが垣間見られるのが、2003年4月にデビューした2.0Zである。

種々の事情で3列シート車を購入しなければならなかったが、スポーティな走りを諦めたくないという人に向けたスポーツグレードで1.8LのX_Sパッケージと比べると、NOx対策とスス対策でリーンバーンをやめた1AZ-FSE型直噴E/Gを積み、専用のクイックな油圧P/Sや小型車枠を超えてワイドトレッド化を果たした4輪独立サス、EVO感(ベース車の改造版的見え方)あふれるオーバーフェンダーを身に纏っている。ほかにも専用オプティトロンメーターや専用キャプテンシート、TRC+VSCなどメカニズム面で専用装備のオンパレードなのが面白い。



ウィッシュが標的とするストリームのスポーツ仕様「iS」比で大胆な差別化が図られている。

これはストリームの息の根を止めるにはストリームの精神的支柱であるスポーツ性で勝たなければならないと考えたからだろう。

標準E/Gとなる1.8Lはストリームの1.7Lより余裕があるが、シャシー性能的には4独サスと準4独サス(FFはイータビーム式)であることやストリームの油圧式P/Sに対してウィッシュがEPSであることなど実用面で困らない。しかし、口うるさい好事家が注目するシャシー領域の仕様で劣る部分があり、それを取り戻すのが2.0Zと言うわけだ。

本当に細かいところではイプサムやウィッシュの1.8L_FFは左右不等長ドライブシャフトだったのに、ウィッシュの2.0Lは左右等長ドライブシャフトを採用しているなど機構面で奢られている面もある。

当時のZグレードと言えばカローラシリーズのようにVVTL-iを搭載した2ZZ-GE型をはじめとするスペシャルE/G仕様であることが条件だった。ノーマルエンジンのエアロ仕様はSグレードが当てられていた。ウィッシュの場合は、E/Gこそ2.0Lにスープアップしているが、Gグレードと同じE/Gである。これはストリームが2.0L仕様にスポーツグレードと標準グレードが設定されていることに倣ったのだろう。
だからストリームに高回転型NAを積んだタイプRが存在していれば、恐らく2ZZ-GEを積んだZエアロツアラーTRDタイプMが追加されていただろう。(見たかったな・・・)



ウィッシュが積む1AZ-FSE型E/Gは2Lながら158ps/6000rpm、19.6kgm/4000rpmという一昔前の3S-GEに匹敵するようなパフォーマンスを発揮する。スポーツエンジンというわけではないのでバルブ挟み角は27.5degとハイメカツインカム並みの小ささをタイミングチェーンにて実現している。インマニと吸気ポートの間に
気流制御弁を設定し片側のポートを絞ることで吸気の流速を上げ、低水温時の霧化促進や低回転高負荷時の燃焼効率・体積効率を上げている。高回転域では吸気ポートを開きタンブル流を促進してより良く燃やすという二面性を持つ。ウィッシュはあくまでもファミリーカーとしての性格を持っているのでハイオク指定の高回転型よりレギュラーが使えるトルク型E/Gの方がマッチングは遙かに良いだろう。

ストリームに寄せきった標準系と比べると2.0Zは迫力あるオーバーフェンダーや大径タイヤ、キャプテンシートなどおっ!と思えるマニアックな仕様設定はストリームびいきの私のとっても魅力があった。



現役時代に街で死ぬほど見かけたウィッシュだったがZだけは見ると目で追ってしまう迫力があった。白黒は当然の頃、青や赤と言ったスポーティなボディカラーもよく似合っていた。ちなみに今回の試乗車はガンメタだが、デザインテーマのメタル・カプセルをよく表したスポーティなカラーである。

ウィッシュはストリームと比べられることが宿命で、パクりだと言われることも宿命であった。だからこそフラッグシップの2.0Zだけは敢えて3ナンバーにし、17インチを履かせ、6人乗りにしたのでは無いだろうか。

●走行性能 市街地
トヨタ初のスマートキーで解錠し乗り込んだ。

ドアハンドルのグリップがつかみやすくドアを閉めやすい。ドアポケットをケータイの置き場所に使う人がいるのでウィッシュの様に下が開いているデザインは嫌われがちだが、一度握ればその使い心地の良さが気に入るはずだ。



試乗車にはディーラーオプションの木目調パネルセットが装着されているので
2.0Zオリジナルのカーボン調パネルよりも豪華に見える。

スマートキー装着車なのに従来通りの鍵がついておりイグニッションキーを差し込んで回すと1AZ-FSE型E/Gが目を覚ます。



4点支持マウントのRHは液封、それ以外に全てD/D(ダイナミックダンパー)が着くというフルコース状態の割にクランキング振動やアイドリング時の振動が大きいことが気になった。D/Dはエンジンノイズ領域、液封はアイドル対策用なのだろうが、こもり音と振動がかなり気になるレベルである。試乗した個体はへたりきっているのかも知れないが、少なからず車体系の共振が起きていないだろうか。



特に2列目シートに乗せて貰ったときに運転席以上に2列目が揺れているのは気になった。振動の腹に軽量なキャプテンシートの組み合わせなのが事態を悪化させている可能性がある。ウィッシュのキャプテンシートが2.0Zにしか装備されない理由は明らかに酷いアイドル振動が関係するかも知れない。(3列目のアイドル振動は良好である)



手元に近いインパネシフトを操作し、足踏み式PKBを解除した。二度踏みで解除出来るPKBは右手でリリースするストリームと比べて使用性で優れる部分だ。

発進時、アクセルをちょんと踏んだ瞬間に回転数が上がらずに駆動力が立ち上がるのでトルクの豊かさを味わえる。CVTと言えば発進機構(クラッチ)に弱点を持つものが多かったが、1997年に日産がATで実績のあるトルクコンバータを発進機構に使った「ハイパーCVT」を開発して以来、トルク容量や信頼性が向上したことで一気に普及期に入った。

ウィッシュが採用する「スーパーCVT」は2001年のオーパから採用が始まったK110型と呼ばれるCVTである。市街地走行では発進後2000rpm近傍で回転上昇が止まり、目的の速度に近づいて加速度が落ちてくると一気に変速して約1300rpm付近で固定される。この回転数で駆動力がしっかり出ているのは違和感が無く好感が持てる。トルクがあるため、低出力車のCVTにありがちな先にE/G回転数を上げてから車速が上がるロジックが不要なのだろう。

それでも交通量の多い道路への合流でタイミングを見て加速するようなシーンでは、応答遅れがある。もう少しレスポンスが良いと気持ちいいが、私の普段のタイミングより早めにアクセルを踏み始めておかないとチャンスを逸してしまう。発進した後は、3000rpm~4000rpmを維持したまま比較的元気な加速を見せる。

一般走行時は1300rpm近傍一定で変速されるが、アクセルを離すとその回転を維持して燃料カットをしながら転がっていく。2005年頃のトヨタ車になると1000rpm近傍で走らせてアクセルオフ時に1300rpmに高めるような制御が入るのだが、ウィッシュの制御の方が人の感覚には近く好感を持った。

コツとしてはアクセルの踏み方を意識して緩やかに踏み込むとCVTが馬脚を現しにくい。速度を上げたい場合、ゆっくり踏み始めて車輪が転がり始めてからアクセル開度を大きく開けてやるとウィッシュの弱点をフォローしてやることが可能だ。ここでパカッと素早く踏み込んでもレスポンスが悪く、加速がモタつくような感覚に陥る。個人的な経験から言えばプラグを新調してイリジウムプラグなどを奢ってやると、幾分かレスポンスがマシになるかも知れない。



一方で後から対策出来ない現象で圧倒的に気になるのはベルトノイズだ。駆動時も「ヒーン」という高い周波数の音が聞こえるが、アクセルオフと共に「ミャーン」という駆動時よりも大きいボリュームのノイズがキャビンまで侵入する。窓を開けて走行すれば歩道側の壁に反射しているので外にも放射されているような大きな騒音である。

車速上昇によるロードノイズや空調、オーディオの音である程度誤魔化せるが、オーディオ音量が小さく空調の作動音が小さく、車速が低いと「壊れてるのでは?」と思うほどの高周波ノイズが聞こえてくる。2001年のオーパで採用されたトヨタ初の「スーパーCVT」なのだが、インターネットで検索したところ、みんカラや価格ドットコムで当時のオーナーがこの現象を既に指摘していた。1980年代から東京モーターショーのショーモデルではCVTの開発を行ってきた痕跡がうかがい知れるが、デビュー作はどうしても未完成な部分があるようだ。

NV現象で書き加えるならば、ハイギアで上り坂で走行する際に耳が圧迫されるようなロックアップこもり音も気になった。E/Gマウントから伝わる振動だけでは無く、ロックアップによってE/Gの微妙なトルク変動が直接伝わってしまっていると思われる。CVTは特に低回転を好むので対策としてトルク変動を吸収するダンパーを追加しているのだが、それでも賄いきれない入力があったのだろうか。

一般的なCVTではロックアップこもり音を嫌がって回転数を上げてトルクを稼ぐのが定石だが、2.0ZはNV性能よりも良好なドラビリを優先したのか1300rpm近傍を維持して走行している。市街地や郊外の一般道を走っている限りはCVT特有の変速してから加速する特性が無く、ミニバンにありがちな鈍臭さもない。乗り心地は若干堅くイプサムと比べると相当悪いが、その分ブレーキがリニアに利くなどウィッシュらしい特徴もある。

ウィッシュのNV性能は低周波も高周波も悪いというちょっと残念な一面がある。高周波ノイズは効果的な吸音材の設定が必要になるのでそれなりの対策費が求められるので車格からいってウィッシュがツラいのは理解できる。ただ、ノウハウの無いCVTとは言え開発中に明らかに分かるはずの突出したノイズなので対策が欲しかった。低周波系は骨格で決まってしまう性能のため、コンピュータを使ったシミュレーションで共振をずらすなど丁寧にやっておかないと後で施しようが無くなる。(重りを乗せるなどの対策手法はあるが限界がある)

こもり音は200Hz以下の耳で聞こえにくい領域で分からない人も居るようだが、もしこもり音が何かを知りたければウィッシュに乗ってみると良い。こもり音が如何なる音かを教えてくれるだろう。

一般的に欧州車は低周波が悪いけど高周波は良いとか、日本車は低周波だけは対策しているとかそういう傾向があるものだが、ウィッシュの場合は高低どちらも目立つというのは残念である。試乗時には同乗者からはフロア振動が大きいと指摘があった。この辺りは大急ぎで開発した事による検証不足が現われている可能性がある。

さらに2.0Z特有の問題として215/50R17というワイドかつ大径タイヤを履いている影響で轍にステアリングを取られやすい。加えて発進時に右にステアリングを取られるような現象も存在する。この辺りはキャラを立たせるための背反であるが、195/65R15を履く他グレードでは現象は小さくなるはずだ。

この様なネガのある幅広大径タイヤを履いているが、最小回転半径は5.4mとストリーム2.0iSより0.1m小さい。車幅もワイドな1745mmだが、視界の良さ(右折時のAピラー死角は大きめ)と、よく切れる前輪のお陰で比較的運転しやすい部類だと感じた。

20年前のモデルながら支援機能が充実しており、バックガイドモニターとブラインドコーナーモニターが装着されており相当効果を実感した。初代イプサムの時は、クリアランスソナーを装備して運転支援していたが時代が進んでいる。全幅が1745mmとワイドなのだが2023年の今となってはカローラと同じような車幅だ。更にドアミラーも四角く見易いので幅寄せが非常に容易なので5ナンバー感覚とは言わないが、実質的に大きく困ることは無い。(絶対的な車幅が物を言うすれ違いは難しいケースがあるが)

ウィッシュは例えば一人で通勤に使っても、ステーションワゴン的な感覚で扱えてミニバンの様な空気を運んでいる勿体なさがない。ストリームが秀でていたのは正にそれで、例えば7人乗りヒンジドアを持ったオデッセイやシャリオ、プレマシーなどはファミリー色が強すぎてパーソナル感が無い事から若年層のシングルやカップルからは選ばれにくかった。ストリームやウィッシュの発明はステーションワゴン派生的な7人乗りとしたことで今まで3列シート車を選ばなかった層を振り向かせる事に成功した。



背の高いステーションワゴンなので2列目に子供を乗せて保育園に送迎しても、ロングホイールベースのおかげで運転席シートバックを脚で蹴られることもなく広々としたキャビンは子供にも好評であった。フロアが低いので子供単独の乗り降りも可能で、ドアさえ保護者が開閉してあげれば何ら問題がない。ただ後席ドアの節度感が不足しており、普通なら止まるような角度で保持してくれない。油断すると大型ドアが開きすぎて隣にドアパンチしてしまうところだった。子供を乗せる前に私は気づいていたので不祥事は起こしていないが、これは買い物など両手が塞がっていたりしたら大変だ。ドアチェックがへたっているか、元々大型ドアに対応しきれていないのかも。



現代の保育園の送迎風景を見ていると、軽スーパーハイトから慌ただしく降りてきたお母さんがスライドドアから子供を降車させ、リモコン操作でドアを閉め、振り返ること無く、閉まるのを見届けず足早に玄関に向かって歩く姿が散見される。スイングドアを持つウィッシュは、それだけで現代のファミリー層には受け入れられないのかもしれない。(我が家も現代のファミリー層なのだが…)

大きすぎず小さすぎないパッケージングは、ウィッシュ(≒ストリーム)ならではのものである。蛇足だが、過去に試乗した1.8Lはもう少し全てがマイルドだったので2.0Zとの差を見ると市街地を走る分には何ら困ることは無い。むしろステアリングがとられるとか、段差で強めのショックが出るとか、発進時に一瞬もたつくなどの癖が無い事が喜ばれるだろう。

●走行性能 高速ツーリング

せっかくなので高速道路を片道200km走るようなツーリングに連れ出した。ETCゲートをくぐり合流路で加速させると3000rpm程度を保ったまま充分以上の加速を見せる。この印象は別日に家族4人+荷物を載せて走らせた時と印象は変わらない。CVT特有のトルクが出ているところに固定して変速比だけで加速していくメリットがここにあると言えるだろう。



100km/h時のE/G回転数は1900rpm付近を差している。初代イプサムは2400rpm付近なのでかなりハイギアードな印象だ。もちろん定常走行から加速すると変速比固定で車速が上がるが、少し踏み込むとCVTらしくE/G回転が上がってから加速する。駆動力自体は余裕があるので155psの余裕を活かして遅い先行車の追い越しなどは痛快である。

初代イプサムで感じたようなロングホイールベースを活かしてゆったりとクルーズしていく感覚はウィッシュにはない。路面の細かい凹凸でサスがバタつくなどちょっとした不快感があるものの、動力性能に余裕がありコーナーもワイドトレッドを活かしてクリアできる。当時は違法だった120km/h巡航でも余裕があり、ちょっとハイパワーな車が持つ余裕を楽しむ事が出来る。追い越しも短い距離で加速できる。蛇足だがウインカーレバー節度感は適切で現代のふにゃっとしたウインカーレバーよりも断トツに秀でている事にも触れておきたい。



変速比が高いことを活かしてE/G回転数が下がる為、E/G本体の音はあまり聞こえてこない。そして空力の良さ(CD値0.30)のおかげなのか風切り音が目立たない。厳密にはAピラーやバイザーから音が出ているのだが、常に音が大小変わるような変動感がなく一定で聞こえているので実力以上に静かに感じる。一方で100km/h近く出ていても、こもり音が止まらず骨格系の共振分散が不十分なのでは無いかと考えられる。当時の試乗記をチェックすると1.8Lも高速時(3000rpm)のこもり音が指摘されており、骨格系の共振がより強く疑われる。ただし、市街地で気になった駆動系の高周波ノイズも他の騒音に紛れて気にならなくなる分だけ、市街地より印象が良い。

前方で車間が詰まっているのを発見、アクセルから足を離した。変速比を維持したまま燃料カットし、準惰性走行するので減速比を得るためにDからMレンジにシフトした。M6レンジに入ってエンブレがかかり始めた。

各車速の回転数から変速比を推定すると、概ねM6=0.6、M5=0.8、M4=1.0、M3=1.2、M2=1.8、M1=2.0だ。ちなみにDレンジの変速比は2.396~0.428である。



ATやMTと違い、Mモードの変速比は最高速や発進などを考えなくて良いのでDレンジと無関係であるところが面白い。例えば、本線料金所などでETCゲートを通過するためにMレンジでシフトダウンした際にM1レンジが65km/h以下から使えるのは個人的に重宝した。ATのLレンジは発進のためにローギアードでなければならず、40~50km/h以下からしか使えないことが多いが、ウィッシュのM1レンジは程よい減速度が得られる変速比にしてあるからだ。

ゲート通過後の全開加速はM1で5500rpmまで引っ張ると自動的にM2にシフトアップされ、M3レンジまでは入ればすぐに100km/hに到達する。ギア段固定式のマニュアルモードではない事は否定的な意見が多い気がするが、現代でもフル加速時だけ疑似変速ロジックを入れて加速フィーリングを高める車種もあるくらいなので個人的には好意的に見ている。(実際はDレンジ全開の方が速い理屈だが)当時の試乗記では「M2で90km/hに到達しないローギアで加速の良さを演出」とちょっと冷たい書き方をされているが、有段ギアでもCVTでもトルク×ギア比で駆動力が出るのだから理屈は一緒だし、昔のMTの様に高速で高回転になる訳でもないのだから、エンブレやワインディング用(M2で放って置けば充分速い)の変速比で合わせ込んで何らおかしくはないのである。





結果、ウィッシュの高速道路の振る舞いは初代イプサムのほんわかしたリラックス感とは異なるものの、余裕のある動力性能とCVTがもたらすハイギア化の恩恵を受けて快適な部類に入る。家族を乗せて旅行に出かけても運転に退屈すること無く目的地へたどり着けるだろう。

●走行性能 ワインディング

初代イプサムで一番苦手なステージは?と聞かれると、そこはワインディングだった。スローなステアリングを駆使してコーナーに進入しても、大きくロールした際の路面にある凹凸でサスが底付いて大きなショックがキャビンに伝わったり、タイヤが明確に曲がりたがらないなどの振る舞いがあった。セダンベースのシャシーで背の高いワゴンボディを支えるのは14インチタイヤには少々荷が重かったようだ。このあたりが1996年当時のセダンライクミニバンの妥協点であったらしい。



ストリームはイプサムを意識しながら、セダンでは無くハッチバックからのアプローチで作られている。そんなストリームのハッチバック顔負けの走りが好評だとみてフラッグシップの2.0Zではホットハッチ的な乗り味が与えられている。確かに着座位置が高めなのはファミリーカー然としているが、シートの適度のホールド感に身体を預けながらステアリングの感触を楽しめる。

2.0Zでは内外装をはじめとして数多くの専用装備があるが、メカニズム面の特徴はワインディングで発揮されているように思う。

ラリージャパンで走るコースを、家族で走ってみたかった。

「andiamo!」「sì papà」なんて会話を息子としたわけでは無いが、市街地走行のようにDレンジのまま、山を登っていく。



登坂制御が働いて2000rpm前後を維持したまま駆動力が強められる。E/G回転だけが先行して急上昇した後アクセルを緩めると急降下するようなCVT特有の悪癖は
ウィッシュでは控えめだが、なるべくジワッとアクセルを踏み増すように心がけた。

対向車が来ると、すれ違うのに徐行が必要な道路幅のワインディングで加減速の繰り返しになるのだが、CVTが変速比を決めかねる様なシーンがあった。ローギアで加速に備えるのかハイギアで巡航するか迷ってしまうようだ。コーナー終わりでアクセルを踏み足して加速させ、コーナー手前で減速のためアクセルオフするがDレンジのままだとE/G回転が1300rpm目がけて落ち込んでしまい、そこからアクセル定常で旋回すると少しリズムが崩れて失速してしまう。そこでMレンジを活用することになる。

山岳路ではM2~M4が丁度良く、ゲート式シフトを駆使してE/G回転を維持しながら走ると良いリズムが維持できる。立ち上がりで深くアクセルを踏み込むと3000rpm位を維持してグッと車速が上がる。Mモードを使って6000rpm近くまで引っ張ることも可能だが1AZ-FSE型は高回転まで回しても苦しそうに回るだけで官能的なサウンドなどは楽しめない。4000rpm程度を上限に走らせるのが個人的にはしっくりときた。



浅いコーナーではステアリングをこぶし一つ分くらい切ってやるだけでスッと鼻先が入っていくのは気持ちが良い。2.0Z専用のステアリングギアレシオは、ロックtoロックが3.1回転で他グレードは3.4回転であるので1割ほどクイックな味付けが与えられている。鈍感な私にでも分かるクイック感はこのクルマが普通の実用車に留まらないことを暗示していた。

4WDと2.0Zのみに与えられた油圧式パワーステアリングはしっとりとしたフィーリングで完成の域にある。普段EPSにうんざりしている私にはそれだけで絶賛してしまいそうになる。遊びが少なくコーナーが待ち遠しくなって来た。



180度ターンするようなコーナーでは手前で減速しつつ荷重をFrタイヤに乗せて操舵開始する。持ち帰ること無く舵角を維持しながら適度なロールを楽しみながら立ち上がりでは鋭く加速させていくと、ウィッシュが7人乗りのファミリーカーであることを忘れそうになる。しつこいようだがこの時期の油圧式パワーステアリングは技術として完成の域に達しており、少し重めの味付けながらガタを感じさせないクイックな操舵感によって早く次のカーブを曲がりたくなるし、ブレーキも剛性感とリニアな制動力は私には満足の行くものだった。



2.0Zは3列シートを持ったステーションワゴンでありながらドライバーの意思に相当忠実に走らせる事が出来る。打倒ストリームの為に敵の美点である走りには力を入れたのだろう。結果的にはトヨタっぽく無いと言うと語弊があるが知る人ぞ知るグレードであると言えるだろう。



ワインディングなら市街地走行で指摘したようなNV性能の悪いところは目立ちにくく、高速道路で感じる落ち着きの無さも気にならない。時々刻々と路面状況が変わるワインディングでは次のコーナーが待ち遠しくてどうでも良くなるのだった。
結果、ラリージャパンが行われた地域を周遊しウィッシュ2.0Zの類い希な走りを味わった。



ミニバンなのだから乗員全員が安楽に移動できる落ち着いた走りを目指すべき、という意見は当時もあった。ウィッシュに対して「そこまでしなくても・・・」という評論も少なくなかったが、実際に自分の手でウィッシュ2.0Zに乗るとこのクルマ(とストリーム)の存在価値に気づかされる。

それは家庭の事情でミニバンを選ばざるを得ないハッチバック・スペシャルティ保有層の受け皿になったであろうと言うことだ。オーナーはウィッシュ2.0ZにセリカSS-Ⅰを感じると言い、私は初代ヴィッツRSを感じた。



私が就職してまだ新人だった頃、同期が初代ヴィッツRSの4速AT車に乗っていた。よくヴィッツRSに乗せて貰っていたし、自分でもよく運転した。初代ヴィッツRSは自分が所有していたベース(Uユーロスポーツエディション)から差別化された内外装や低音が強調されたマフラー、専用シャシーチューニングによって普段使いでも許せる脚の硬さとキビキビした操縦性が美点だが、着座位置が高く、E/Gはトルクフルだけど上まで回しても面白くない感じがいかにもヴィッツRS的なのである。

イプサムの抜けた穴をかっさらったストリームも、ストリームに学んだウィッシュもステーションワゴンの派生車的なキャラクターを持っている。対してイプサムは高速をゆったり走れ、ワインディングは苦手なミニバン的なセッティングになっていた。これこそがイプサムオーナーから見た時には新鮮かつ優れて映ったことだろう。



ウィッシュ2.0ZはミニバンのヴィッツRSである。それはスポーティさがウリだった競合車に勝つための方策の一つだったがワインディングでの楽しさを諦めたくない家族想いの自動車ファンにはこの良さが伝わるはずだ。参考までに当時の雑誌で行われた比較テストの結果を抜粋した。加速性能ではストリームに譲るも、制動距離や実燃費ではストリームに勝っている。



●燃費

カタログ値は1.8Lが14.4km/L、2.0LでありながらGも同値であり直噴化・CVT化の恩恵を受けていると考えられるが、今回試乗した2.0Zは13.2km/Lとなる。確かにGと比べても車幅が大きく空気抵抗で問題になる投影面積が増えている。更に大径タイヤの影響で最低地上高が上がっているので、Frスポイラーはあれども床下に気流も入りやすく、タイヤ違いによる転がり抵抗も大きい。また、E/Gパワーをロスする油圧式パワステを持ち、乗り味もドライバビリティに優れた味付けの結果燃費が良くなる要素が無い。



ただし、メイン機種である1.8Lには新世代1ZZ-FEが搭載されて、変速機も電子制御4速ATが採用されている。ラビニオ式プラネタリーギアやフレックスロックアップを採用し、ストリームを0.2km/L上回るというベンチマークっぷりを見せる。

燃費のファクターとしてはE/G、T/M、転がり抵抗、空気抵抗、車重など様々なファクターが密接に絡み合う。単にストリームと似たようなスペックだから似たような燃費になるという訳でもなさそうだ。

そもそも排気量が1.8Lである時点でストリームより少々不利な素性である。現代の目では酷く旧式に見える4速ATに関してはストリームも同等スペックだが、車重が軽く(-30kg)、空気抵抗に関わるCd値(抗力係数)も0.30とストリームより0.01良い。燃費性能はこうした「チリつも」で決まるので恐らくストリームを目標に燃費アイテムを積み上げたのだろう。



2.0Zの実燃費にも触れておきたい。今回の試乗では高速5割ワインディング3割一般道2割という比率で900km走行し、76.56L給油した。

燃費計は12.5km/Lを示し満タン法の燃費は11.75km/Lであった。燃費計はほぼ正確でカタログ燃費達成率も89%と意外なほど高い。この時期のいわゆるエコカーは10・15モード燃費との乖離が大きい事が既に知られていたが、ウィッシュは意外なほど正直だ。

直噴E/GとCVTの成果もさることながら、カタログ値を彩るために無理をしていないのだろう。レギュラーがガソリンが使えてこの燃費なら航続距離も充分満足できる、オーナーの燃費手帳を見ると14.0km/Lを超えるペースで走れており、乗り方がもっと大人しければカタログ値超えも可能らしい。個人的には動力性能の高さを照らし合わせても、この燃費が出せるなら充分満足だ。

完全に蛇足だが、ウィッシュがたくさん売れていた当時、私はセルフ式ガソリンスタンドでアルバイトしていたのだが、お客さんからカチカチすぐ止まる苦情をよく受けた。

オートストップはノズル先端にガソリンを検知すると停止するがインレットホースの形状が悪くガソリンがすぐに跳ね返ってくるので満タンになるずいぶん前からオートストップしてしまう事が多かった。7~8割の開度で入れてやるとマシになる。

●価格

下記は2.0Z発売当時(2003年4月)の価格表である。



1.8Xを中心として廉価仕様のEパッケージ、スポーティ仕様のSパッケージ、上級の2.0Gとフラッグシップの2.0Zというラインナップである。

当時の月刊自家用車誌に拠れば、1.8Xの場合、本体168.8万+諸費用(税金保険等)30.5万-値引き15万=184.3万円、2.0Zの場合、本体219.8万円+諸費用(税金保険等)35.3万円-値引き15万円=240.1万円と紹介されていた。

1.8Xであればマットとバイザーを付けても200万円で買えるし、2.0Zは社外2DINナビをカー用品店で取付ければ270万円位で充分満足できる仕様になりそうだ。ちなみに2003年1月のデビュー直後は7-8万円引きのワンプライス販売と言っていたようだが、参考資料が出た2004年2月段階の情報ではワンプライス販売は崩壊し、15万円以上が目標、20万円以上で特上クラスとされていた。

2023年の価格相場ではBセグメントHEV車の価格帯であるから少し羨ましくもある。1.8Xに至っては現行の軽自動車に相当する価格帯なのである。貨幣価値は今とほぼ同じなの羨ましい時代である。

ところで、車両そのものだけではなく価格もストリームを意識した設定になっている点に着目したい。

例えば最廉価の1.8X_Eパッケージとストリーム1.7Gは同価格の158.8万円。1.8Lのミニバンとしては破格のプライスである。旧世代の初代イプサムEセレクションは2Lで192万円だったから、割安感は大きい。1L100万円の相場で行けば1.6Lクラスの価格で7人乗りに手が届く計算になる。ただ、ボディカラーが少ないのと、装備的には黒いドアハンドルや2SPラジオレス、デッキボードレスなどからも分かるとおり剥ぎ取り系廉価グレードなのだが、とにかく価格競争力が高い。ストリームと比べればプライバシーガラスとオートエアコンが備わる点で勝っている。

中心的な1.8Xはストリーム1.7Gより1万円安い168.8万円であるが、これも意志を感じる1万円である。装備内容は目立つ装備だけ抜粋すると上級シート生地、D席アームレスト、シートバックポケット、シートアンダートレイ、買い物フック、デッキボード、センターコンソールトレイ、デッキフック、メッキインサイドハンドル、CD+AM/FMチューナー4SP、カラードドアハンドル、ワイヤレスドアロック、カラードドアミラー、空力スパッツなど、ドレスアップ要素はないが実用的な装備が追加されている。ストリーム比だとほとんど装備内容は同じだ。

メイングレードとして最も人気があった1.8X_Sパッケージは189.8万円で、エアロや専用内装が選べる点が若向きなキャラクターとマッチしていた。

排気量が格上のストリーム2.0iLと同価格だったが、排気量の差はあれど、アクセサリーが非常に充実しており、同等の1.7X_Sパッケージよりも10万円高い設定になっていた。

その分ストリーム1.7X_Sパッケージでは装備できない助手席アームレストや15インチアルミホイール、Rrディスクブレーキ、革巻きステアリング+シフトノブ、ディスチャージヘッドランプが装着されており、価格差10万円でもお買い得に見える設定だった。

4ヶ月遅れでデビューした2.0Gは、対応するストリーム2.0iLの1万円安の188.8万円、基本装備はXに準じながら専用メータや15インチアルミホイールがMOPで選べる当りもストリームを忠実にトレースしている。

そして、今回試乗した2.0Zはストリームのフラッグシップの2.0iSの10万円高に設定されている。比較すれば、2インチ大きな17インチホイール、マニュアルモード付きCVT、TRC+VSC、助手席アームレスト、オーバーフェンダー、サッコプレート、キャプテンシートが備わるので購入検討者がちょっと比較すればお買い得であることが一目瞭然であった。



グレード体系も同じで価格もほぼ同じに揃えてあるので消費者である私達にもカタログを見て比較しやすい。比較されれば価格はほぼ同じなのに、差があるところは秀でているし価格差があったとしても、実質的にはお買い得な設定に合わせ込んであるので、これはもうガチ喧嘩である。

普通の消費者ならストリームみたいな7人乗りでありながらパーソナル感も兼ね備えた車が欲しいと思ってもデビュー後2年が経った車種と、トップメーカーのトヨタが開発したストリームの弱点が対策済の新型車ウィッシュを比べれば、余程ホンダのファンだとか家からディーラーが近いとかそういう事情が無い限りは新鮮でTVCMをバンバン流している後者(しかも見た目が醜悪だとか決定的な弱点がない)が選ばれるのは自然な成り行きだと思う。その際に商品性で優れる分、価格設定も新しい分ちょっと高く設定する事が普通だ。

実際に1960年代のマイカー元年付近の大衆車の価格を比較してみよう。空冷E/Gを積んだパブリカ800はスタンダード38.9万円、デラックスが42.9万円。パブリカ対抗のダットサンサニー1000はヒーターがよく利く水冷4気筒E/Gを搭載し、スタンダードが41万円でデラックスは46万円。更に、サニーに対して+100ccの余裕を謳ったカローラ1100の場合は、徹底した高級感の演出を行い、販売のために排気量まで変更した上でスタンダード43.2万円、デラックス49.5万円であった。
(当時の物価はおよそ現在の10倍相当)



こういう事例を目にすると、ぴったり同額とか+1万円とかいう価格設定のウィッシュは綿密な原価計算の元算出された価格ではなく、ストリームを見て決められた価格と言えよう。この様に意志を持った値付けの事例を挙げれば「アルト47万円」に対抗した各社の軽ボンバンの様に特定のグレードのみ価格を揃えてくる/近づけてくる事はあった。

それと同じくらいウィッシュの値段の付け方は恐ろしいほどストリームありきである。(結果的に排気量1.8Lなのに1.7Lのストリームと同等になっている)

この様なメンヘラストーカー的価格設定をされてホンダもさぞかしドン引きしたことだろう。ところが2009年にこの事態が再現されてしまうのである。

ホンダが低価格ハイブリッド(税込み189万円~)のハイブリッド専用車インサイト(2代目)を2009年2月に発売したとき、商品として粗さ(余りにも狭い)が目立つものの市場では好評を博し順調に売り上げを伸ばしていた。その事に腹を立てたトヨタは2009年5月に発売した3代目プリウスでとんでもない価格設定にしたことを覚えているだろうか?

せっかくなので3代目プリウスとインサイトの価格を比較したい。



お分かりいただけただろうか?

低価格ニーズに対しては2代目プリウスの装備を厳選してプリウスEXと改名し189万円ぴったり同額とした。その上で排気量アップした新型プリウスの最廉価をLは205万円としてインサイトと不可解な一致。そしてSは220万円とインサイトの最上級より1万円低いという怖い感じの価格設定を敢行。

1.5L、1.8Lのプリウスが1.3Lのインサイトと同額。結果的にインサイトの勢いは完全に失速して叩きのめされて二度と浮上することはなかった。

閑話休題、横道に逸れすぎたので話題をウィッシュに戻したい。

クルマの値段は最後の最後で理屈無くエイヤと決められている。それでも開発してる人たちは雁字搦めの原価管理の制約の中で工程数を減らせないか?バリエーション減らせないか?目標性能落とせないか?など爪に火を灯す開発をしているんじゃないかと思う。最終的に幾らで売ることになっても原価を徹底的に叩いておかないとウィッシュやプリウスのような芸当は出来なくなるからである。商品としての力量や宣伝と同じくらいウィッシュの価格設定はストリーム検討層の吸引に寄与しただろう。



お買い得な価格設定のクルマは顧客側にも「いい買い物をした」という喜びを与えてくれるなと感じた。近年の新車の価格設定・グレード設定の異常さ(≒最上級しか買わせない)に警鐘を鳴らし続けている当方だが、ウィッシュは痒いところに手が届く往年のトヨタらしい手慣れた仕事ぶりを楽しめた。

●まとめ―6days 6seater

免許取得後に出た新車でありながら、当時は全く気にしていなかったウィッシュを貸して頂き、ファミリーカーとして使用してみた。

確かにカルディナやカローラフィールダーのようなステーションワゴンの感覚で扱えるのに、7人乗車を可能とするキャラクターは確かに便利だった。大多数の人が気にしただろうミニバンの「空気を運ぶ勿体ない感覚」が緩和する事に成功している。

普段はステーションワゴン的に使えるのは当時のファミリー層にジャストフィットするだけでなく、独身者のグループ移動やパーソナルユースに使える幅広さを持っている。特に若向きのデザインテイストを採ったことで、一人で乗ってもおかしくないところが魅力だった。



特に2.0Zはあたかも6人乗りの初代ヴィッツRSの様なキャラクターで、ホットハッチ的な乗り味を再現した。ミニバン的な普段使いよりもワインディングで楽しめるという意外な特技を楽しむ事が出来た。

一方で、あらゆる諸元がストリームと酷似していることや開発期間を考えても(少なくとも途中から)ストリームを徹底的にベンチマークして開発されたことは明白だ。パクっただのパクってないだのという意味では、偽ブランド品の様にストリームを模倣したわけでは無く、某「カレンス」ほどデザインでオリジナルに似せたわけでもない。無辜の消費者達がストリームとウィッシュを間違えて買うことはないはずだ。

しかし、競合のエッセンスをほぼすべて吸収して販売されたのだから、ウィッシュがクリエイティブな作品だったかと言われると明確にノーだと私は判断する。

「ミニバンに見えない3列シート」が欲しいと思っていた消費者にとって、若干荒削りな「6人乗りボブスレー」から生まれたストリームは希望に添う車だった。

ストリームが掘り当てた潜在的なニーズに気づいたトヨタはストリームのエッセンスを残したまま、普及品を作ったに過ぎない。ちょうど、スナックサンドの後から発売されたのに販売数で勝るランチパックのようなものである。消費者の目から見ればどちらもその商品性は一緒だ。後はメーカーのネームバリューや売られている棚が目立つ位置かどうか、値引きシールが貼ってあるか位でどちらかが選ばれるだけだ。



今までストリームしか選べなかったこのジャンルにウィッシュが参入し、たくさん売れたことで楽しいカーライフを過ごした人がたくさん居た事は事実だろう。

今回のオーナーも、若き日に父が購入したウィッシュが忘れられずに2023年に注文していた別の新車をキャンセルしてまで手に入れてしまったほどだ。

この手の大量消費されるファミリーカーというのは、プロダクトそのものが持つ希少性やスペックは弱くとも、オーナーと歩んだ思い出という無形の魅力が所有へとかき立てるのであり、希少価値の高い特別な車を見た時の感動とは違う温かい感情が生じるのである。

我が家でも6日間お借りして6人乗り(6 Days 6 Seater)のウィッシュで生活を共にした結果、イプサムから簡素化するだけでなく進化した面も少なくないことに気づいた。もし、アイドル振動とCVTベルトノイズを許容できるならウィッシュ2.0Zは私の中で意外なほど良い評価をつけてしまいそうだ。それくらい2.0Zはキャラが立っていて長所がハッキリしている。この長所が魅力的に感じる人にとってはウィッシュ2.0Zは「これ以外に無い」と言わしめるだろう。

一方で「ミニバンとは7人全員を平等かつ快適に運ぶものだ」とか「ミニバンはパーソナル感や走りを諦めるべきで自分が運転を楽しみたいなら、他のボディタイプを選べば良い」的な正論かつ白黒ハッキリさせた意見をお持ちの方にはウィッシュ2.0Zはアンマッチである。「ホンダストリームが気の毒だ!トヨタはけしからん」という判官贔屓な方にもウィッシュは向いていない。

実は私自身、ウィッシュがデビュー当時は上記の様な考えを持っていた。元々ワンボックス派生ミニバン育ちだった事に加え、自分用にTE71を所有していたので
ウィッシュのようなどっち付かずの曖昧な車に対する心の広さを持っていなかったのだ。2006年に両親がライトエースノア代替でウィッシュを薦められたときは本気で反対してステップWGNを推した程だ。(この判断は当時の我が家にとっては正解だったが)

それからの20年で自分のライフステージが変わったり、周囲の人たちのカーライフを垣間見たりする。更に小さな疑問やわだかまりを、心の片隅に仮置きして生きていくこと、全てを意固地になって白黒ハッキリさせなくても良いことも学んで歳を重ねてくると、段々境界線が曖昧なウィッシュが魅力的に感じてくる。

最大公約数的に多くの人の願いに応えることだって時には必要なのだ。そうやってボリュームを稼ぐことで局所的に突出したキャラクターを与えることも可能になる。そうすれば、ちょっと「変わった人」の願いを叶えることも出来る。例えば今回試乗したウィッシュ2.0Zのようにである。大多数の願い、メーカーに都合の良いニーズだけをくみ取ってクルマ作りをするのでは無く、表だって現われない隠された願いを上手に叶えてやることは、自動車メーカーにとって大切な社会奉仕であり、ホットハッチ的性格を持った7人乗れるステーションワゴンというウィッシュ2.0Zは(偶然かも知れないが)そのうちの一つだったのだろう。

今後、貴重なネオヒストリックになるであろう初代ウィッシュ2.0Zを納車直後に貸してくださったオーナーのばりけろさんに感謝申し上げる。



最後にストリーム開発総責任者の藤原LPLが「ストリームのすべて」内で語ったストリームの魅力のポイントをここに引用する。


このクルマは今までのミニバンにない3つの新価値の融合を実施したつもりです。

まず先進スタイル、革新的なミニバン空間、そしてスポーティな走りです。




あれっ?ウィッシュのことを言ってるみたい!? ―Fin―
Posted at 2023/12/15 01:02:38 | コメント(2) | トラックバック(0) | 感想文_トヨタ・レクサス | クルマ
2023年12月14日 イイね!

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 前編

2003年式ウィッシュ2.0Z感想文 前編









長所
1.致命的な欠点のないパッケージ
2.他グレードと2.0Zとの差別化
3.笑みがこぼれるクイックな油圧パワステ
4.ドラビリが良いCVTの制御
5.ブレーキの剛性感
6.大願成就のための弛まぬ努力

短所
1.目立ちすぎるCVTベルトノイズ
2.キャプテンシートの恐ろしいアイドル振動
3.ハザードスイッチの使いにくさ
4.Rrドアの節度感がスカスカ
5.内装の質感がプラスチッキー
6.考える事を放棄して商品性をストリーム任せにした事


本日12月15日からウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を記念した映画が公開される。これまでディズニー作品の主人公たちは強く願う力で道を切り開いてきたが、本作はそんなどの作品の世界より前から存在するファンタジーの世界、どんな“願い”も叶うと言われている王国を舞台にした物語だという。
―その物語の名前は「ウィッシュ」

2003年、あるお父さんは息子と一緒に富士スピードウェイで車中泊をしたい、そんな願いを叶えるためにやって来たクルマがあった。その息子は多感な時期をそのクルマと共に過ごした。2023年、その息子の強い「願い」は成就し、彼の元に一台のスポーティな3列シート車がやってきたのだった。

ウォルト・ディズニー・カンパニー創立100周年を飾る2023年、
―20年ぶりに彼の前に姿を現したそのクルマの名前は「ウィッシュ」。

友人から大切なクルマを6日間お借りして共に暮らした。

●小型セダンライクミニバンの仁義なき戦い

ディズニー創立80年を迎える年、2003年1月。
トヨタは「WISH COME TRUE(多くの人の願いに応えること)」を開発テーマにして7人乗りコンパクト乗用車「ウィッシュ」を発売した。

開発総責任者の吉田チーフエンジニアが三栄書房「ウィッシュのすべて」内で語ったウィッシュの魅力のポイントをここに引用する。



私の解釈だとプレミオ/アリオンをベースに扱いやすい小型車枠のボディサイズと
「いざというときに7人乗れる座席」をスポーティな意匠で包んだ車。普段はステーションワゴンで時々ミニバンになるという利便性を追求した車がウィッシュである。

ウィッシュを語る上で外せないのが当時の苛烈なセダンベースミニバンの主導権争いなので、当時の事情に是非触れておきたい。

元々小型車枠のセダン感覚を持った3列ミニバンといえば、1996年発売のイプサムがあった。トヨタ版オデッセイと言われながらも、5ナンバーサイズとしたことでセダン的な扱いやすさを維持しつつ、ミニバンの価値観が体験できるステーションワゴンだった。オデッセイとの競争のなかで更に上位車種のガイアと2モデルで対抗したが、遂にオデッセイの牙城を切り崩すことは出来なかった。

オデッセイは1999年、キープコンセプトで2代目に移行して市場を引き継いでいたが、トヨタは2001年にボディサイズを拡大し、2.4L_E/Gを搭載したイプサム240シリーズを発売。歴史的に珍しいケースだがトヨタが5ナンバー市場に見切りをつけてホンダの土俵で相撲を取ろうとしたのである。

当のホンダはその1年前の2000年に5ナンバーの「コデッセイ」ことストリームを発売。オデッセイでは取り切れないライトな小型車枠ミニバン需要に応える商品を送り出した。つまり、ライバル関係同士がお互いを羨んで、相手を向いた新商品を開発していたのである。



ストリームは発売後10ヶ月で登録台数10万台を達成し、ホンダとしてはステップWGNを抜く記録を樹立した。センスの良いストリームの「ライオンは寝ている」を使ったCMの効果もあってかモデルライフ69ヶ月では28万5741台を生産(約4141台/月)した。

一方でオデッセイの領域に踏み込んだ2代目イプサムは販売が低迷し、モデルライフ104ヶ月で18万9241台の生産に留まった。(104ヶ月平均で約1820台/月)

このヒットが許せなかったのはトヨタである。イプサム240シリーズは私の目で見ても力作であったが、市場では評価されなかった。そんなトヨタが次に行ったことはストリーム対策だった。

ストリームが売りにしたミニバンに見えないスポーティな感覚と小型車枠の使い勝手を踏襲し、手持ちのコンポーネントをうまく使って手早くトヨタ版ストリームを企画開発することで、商品としては圧倒的勝利をせずとも決して圧倒的敗北を喫さない絶妙なスリップストリームに入ったのだ。

大ヒット商品に限りなく近づけた暁には、今度は圧倒的な販売力・アフターサービス力を以てすれば競合をオーバーテイクできるとトヨタは考えた。

ボディサイズ、室内空間、グレード数、価格などなど・・・数多くの諸元は比較すればするほど類似している。仮にストリームが存在しなったとして、ウィッシュはこの世に生まれていたのだろうか。とにかくライバルに勝ちたい、というトヨタ陣営関係者の「願い」はウィッシュというプロダクトに結実したのだ。

●♪UTADA HIKARU

念には念をということだろうか。TV-CMには宇多田ヒカルの新曲を持ってきた。クルマの車名より先に大きく「♪UTADA HIKARU」という
テロップが映されたTV-CFなんて空前絶後である。(TOP画像参照)



絶対に負けたくないのだから、絶対に負けない商品を作り、絶対に負けないマーケティングを行った。結果、ウィッシュは6年3ヶ月で累計55万台(7333台/月)を売り大成功を収めたのである。特に発売後10ヶ月の平均はウィッシュが13790台/月だったのに対してストリームはたった2998台/月に留まる。

元々ストリームはデビュー後3年で23万台以上の実績があったので単純計算で月販6388台のポテンシャルを持っていたことになる。ところがウィッシュの発売によって少なくとも半分の顧客を奪われた。

確かにトヨタの「願い」は叶ったが、宇多田ヒカルは、ウィッシュVSストリームの結果がはっきりし始めた2004年に発表された曲の中で「誰かの願いが叶うころ、あの子は泣いてるよ」と歌っていたが、あの子とは誰のことなのか。

13790台/月も売れたウィッシュ目線ならばストリームから3000台奪ったところで、残り1万台は自分の実力(含む販売力)で勝ち取ったと主張するだろう。パーソナルユースでもサマになるスポーティなステーションワゴン風3列シート車はこの時代に求められていた潜在的な需要だったと言えそうだ。

ウィッシュは、コアな自動車ファンやメディアから必ずしも賞賛はされなかった(私が調べた限り、硬派なメディアでは酷評する記事が多かった)が、ビジネスでは計画通りの勝利を収めたのである。

事実、ウィッシュは2003年最もヒットした乗用車だった。顧客が求めていた領域に先行するストリームの不満点を解消した上、スペックは同等かそれ以上で価格はほぼ同じで販売店も多い。トヨタという信頼のブランドに安心感を持つ人も居ただろう。

一般的にクルマの開発は企画段階から4年、デザイン決定からは2年はかかるものである。それが90年代終わり頃には20ヶ月くらいになっていたとされているから、恐らくウィッシュは1999年頃には本格的な企画が始まっていただろう。ウィッシュのすべて本によれば2002年1月にデザインが確定したという。

「コデッセイ」の記事が各種自動車メディアで噂されていた時期に企画を始め、ストリームが発売された後に徹底的に研究を重ねて最終デザインを決定し、ストリームの好評な売れ行きを見ながら商品としての仕様を決めていったとしてもおかしくないタイミングなのである。

しかもこの時期、ミニバン主力のイプサムの上級移行が失敗し、更にステップワゴンの上位となるホンダ版エルグランドが開発されていることも既に知られていた時期である。

ホンダはウチが手薄になった小型枠にコデッセイで切り込んでくるらしい…このままでは殺られる…。

トヨタは危機感から来る生存本能によってウィッシュを開発したのだと私は思う。
死ぬ気で作ったからからこそ、ストリームを徹底的に研究しストリームと“並ぶ”商品性をウィッシュに与えたのだ。もしもに世の中にストリームが存在していなければウィッシュは存在しただろうか。単にイプサム3ナンバー化の穴を埋める為に小型ミニバンを作ったとしたら、全長4550mm/全高1590mmだっただろうか。





ほとんどの諸元値がストリームと揃っているか僅かに上回っている事が分かる。きっとウィッシュの開発に携わった全ての人たちがストリームの仕様・諸元値を徹底的に調べ、それを上回る開発をやり遂げたのである。

これがカローラの開発であったなら、ゴルフや307、フォーカスやシビックもベンチマークしてカローラとしての諸元・仕様を決めていただろうが、ウィッシュは恐らくストリームしか見ていない。トラヴィックもリバティもプレマシーもディオンも見ていないと思われる。

こんなクルマはウィッシュ以外に思い浮かばないほど、ここ20年くらいの自動車業界のなかでは特殊な事例である。本来、基本諸元や仕様設定というものは企画部署があらゆる調査レポートや市場動向を基に脳みそフル回転で決めていると考えて間違いないだろう。

ちょっとした寸法の差で売れ行きに影響しかねないものだし、普通は同じ全長、全高にはならないものだ。今でも過酷な販売競争を繰り広げている現行のノアヴォク・セレナ・ステップWGNの諸元を比べれば分かるはずだ。

ウィッシュの場合、企画が進むなかで先行して発売され、市場で好評を博しているストリームがあるのだから、ストリームを研究して、並んでいるか、勝てたかを考えるだけで車が出来上がる。



ストリーム開発チームが諸元を決めるために悩んで決断した経緯をすっ飛ばしてストリームに酷似した数値にしておけば一定の成功が約束された諸元になる。結果として開発時の意志決定が後戻りすることなく早まり、その分開発期間の短縮が大幅に図られたはずだ。

この効果は決して小さくないと私は思う。

●エクステリアデザイン

ウィッシュのデザインはストリームを意識したミニバンに見えないスポーティさを保ちながら、ストリームとは違う見た目になるようにスタイリスト達の腕が振るわれている。だからボディサイズがほぼ同じでも隣に並べて全く一緒に見えないのがその証拠である。



そのデザインテーマは「メタル・カプセル」だという。ウィッシュは実用性や空間容積優先だった従来のミニバンと比べて多人数乗車可能なミニバンであることを意識させないパーソナルなイメージを与えた。「カプセル」から連想するゼリービーンズのような柔らいイメージではなくインゴットのようなカッチリしたメタル感をスポーティな味として表現しているのだ。



開口が小さくアンダープライオリティなグリル開口、縦型風のヘッドライトによって低重心な精悍さを与え、フードからルーフまではワンモーションにすることでストリームとの違いを出している。(ストリームはフードから折ってピラーが出ている)

ヘッドライトはアウトラインだけ見ればストリームそっくりな台形形状をしている。ストリームはマルチリフレクターやターンシグナルを三階建てに積み上げたが、ウィッシュは内部に円筒状のランプが連なった様に見せることでストリームとは全く違った表情に仕上げている点も面白い。



サイドビューは水平基調のベルトラインを引きながらBピラーをボディ同色としつつ、リアドアからRrエンドまでプライバシーガラスでブラックアウトすることでルーフの長さを強調してスポーティに見せた。

(ストリームは911風?スワンボート風のQTRウィンドゥによってクーペ感を演出)

特にDピラーを少しだけ寝かせることでコーダトロンカ的なのストリームとの差別化が図られている。

ウィッシュは初代イプサムのような奇策(斜めピラー)を採らずにスッキリした見た目になっている一方でRrドアガラスと繋がったイメージのQTRガラスが大きいこともあって少しRrが重たく感じる嫌いもある。それを緩和しているのが前述のDピラーの傾斜とストリームより大きめのタイヤ径である。標準グレードでも15インチ、試乗車の2.0Zには17インチという大径タイヤが奢られている。これによりミニバン感を軽減し、見た目の安定感は優位に立っている。

当時の5ナンバークラスの3列シート車はどれも居住性最優先の大きなウィンドゥグラフィックでスライドドア採用者の場合サイドビューに分割線が多く入っておりストリームやウィッシュの「普通車感」はスポーティな魅力になっていた。



リアはシンプルなバックドア面を見せながら両サイドに当時はまだ珍しかったテールとストップランプにLEDを使ったコンビネーションランプが特徴的である。ストリームは縦型コンビランプを上部で繋いだ逆U字テールなどクーペルックだったサイドビューとの辻褄をうまく取っていたが、ウィッシュもLEDによって個性が与えられている。このLEDは豊田合成による新製品で内部に反射鏡を持つので明るく光るのだという。見た目が美しいだけではなく、消費電力が21Wから3.3Wに減ったとインタビューで語られていた。



エクステアリアデザインでストリームとの違いをしっかり打ち出せたことがウィッシュにとって重要であった。諸元が同じで見た目まで似ていたら大陸的模倣品の烙印を押されてしまうところだった。これは「激安コピー」ではなく、「徹底的ベンチマークによって開発された対抗商品」であることが最後の最後の場面では大きな救いになった。

●インテリアデザイン

ウィッシュのインテリアは黒一色のスポーティなイメージでまとめられている。黒一色ではありながら幾何学シボでモダンな印象とクラスター部などの塗装処理によってクールなアクセントが入っているのが特徴だ。(スポーティグレードはカーボン調、その他がチタン調というのは恐ろしいことにストリームと一緒の配色)



インパネシフトによってウォークスルー性能を維持し、センタークラスターは専用のシフトノブ周辺に空調スイッチやハザードスイッチを配しメーターを中心に左右に広がる意匠で包まれ感を演出。ミニバンとして求められるスペックを持ちながら、パーソナル感を手に入れている。

ステアリングはカルディナと共通の3本スポークで奥のコンビネーションメーターは、タコ・速度・燃料の3針式で見易い配列になっている。ちなみにストリームは4本スポークで3眼4針式(水温計がある)だ。

基本的にコストに厳しいクラスゆえ、ハッとするようなソフトな触感やステッチなどは望めないが、新開発のシボやレーザー加工を用いた助手席エアバッグの展開線(展開時に突き破るため肉厚の薄いスリット形状)が見えない面一感のある処理などで質感を保とうとしている。

例えばI/Pアッパーを全面ソフトパッドにしたカローラやプレミオと比べるとハッキリと安っぽい樹脂感丸出しのインパネだが、クラスターの塗装処理によって随分と華やかさを回復しているのは面白い。(ただし、日光の反射によるウインドシールドガラスへの映り込みは最悪レベルだが)



また、トリム類も基本的に硬質プラスチックで覆われており日常使用で傷だらけになってしまうのは気になる。イプサムの時は上面に布張りで華やかでありながら耐傷付き性にも優れていたがウィッシュは布の面積も小さく明らかなコストダウン部位となっている。

イプサムも決して高い質感をアピールする車では無かったが、触感へのこだわりはモケット生地のシートやドアトリムで感じることができた。ウィッシュはこの部分をストリーム相当までグレードダウンしてしまったことは残念だ。

加えて内装色が黒一色というのは少々つまらない部分だ。内装色が選べたりエクセーヌ生地のシートが選べたストリームよりも選択肢が少ないのだが、その辺りはスポーティというキーワードを部品種類削減に対して有効に使ったなという印象だ。

ただ、センターピラーガーニッシュでは現代では決してやらないようなこだわりを見せている。普通のガーニッシュは金型から一発で抜けるように抜き方向に対して抜き角度をつけているが、ウィッシュのガーニッシュはドア開口側に向けて負角になっている。(断面がくの字になっている)



わざわざこんな事をするのはそれはドアを閉めたときに見栄えが良いからだ。下の写真を見て貰えばドアトリムとピラーガーニッシュの間の隙間が見えないことが分かって貰えるはずだ。ドアトリムにも型抜き方向があり、ピラーガーニッシュとの間は大きく開いてしまうのが普通だが、ウィッシュは金型の合わせ位置を工夫してスライド型を追加するなどお金を使ってこの形状を実現している。PLが目に触れやすい位置に来るので、バリが出やすくなるなど量産品質の作り込みは難しくなるのだが、スッキリとした見た目になるのである。



一世代前のプログレですらやっていない高度な見栄え改善技術であり、この時期のトヨタ車はこういうところにこだわってコストをかけていたのだが、世間一般に分かりにくい部位ゆえに今はもうやめてしまった様だ。全面プラスチック感満載だが、魂は細部に宿っているのかも知れない。

他にも細部への拘りがある。下の写真の四角いエリアは当時の車検ステッカーを貼付けるためのスペースでドライバーの視界を邪魔しない場所の黒色セラミックをくり抜いていたのだ。現在は貼付け場所が運転者が自ら車検満了日を確認できるように運転側に貼るように法規が変わってしまったのでこのスペースは使えないのだが、こういう利用者目線の配慮も当時は素晴らしかった。
(いまはあの空間が目立つのでセラミック柄ステッカーがあるらしい)



●積載性・居住性

ラゲージスペースはミニバンとしては小さめなので3列目シートを使用すると、荷室容量は144リッターでミニマムだ。



メーカーが推奨する5名乗車時なら470リッターという広大なラゲージが手に入る。家族旅行や年末年始の帰省の荷物くらいなら余裕で飲み込むだろう。しかもラゲージフックが着いているのでベビーカーも写真の通りしっかり固定できる。
(この後ワインディングへ行ったが固定はバッチリ)



更に2列目と3列目を畳んで自慢の「ビッグキャビンモード」にすると、床面が高い荷室が登場する。ホームセンターで収納用品を買ったり、前輪を外したロードバイクを搭載することが出来る。



さらにX_SパッケージとZは助手席をテーブルモードに倒せばRrデッキからI/Pまで広大なスペースが出現する。IKEAで買った本棚や、カーペット、DIY用の材木などセダンでは諦めざるを得ない荷物を運ぶことが出来る。

元々ステーションワゴン的な意匠にするためにRrバンパー上端が高めに設定してあり、ローディングハイトは650mmと高めである。(ストリームは670mm)そのバックドアは高さ1780mmであり、逆に手が届きやすい高さで止まる。(ストリームは1850mm)

ウィッシュもストリームも3列目はオマケ扱いで普段は畳んで使うのが基本。更に必要に応じて2列目も畳めるように、と言うところまで同じなのだがストリームは畳んだときに高さがバラバラで2列目と3列目の間に段差が残ったり、3列目を畳んだときに小物落ちるような隙間が空いたり端末が浮き上がって目立つような部分に粗さを感じる。ウィッシュは後発らしくこの辺りはしっかり対策されている。

特にウィッシュは3列目シートを5:5分割に改良したことが大きな改良点である。初代オデッセイは一体式ベンチシートで、初代イプサムも一体式だったので、ストリームは一体式を採用するのが当然とも言えた。基本的に畳んで使うシートなので金をかける必要が無いという合理的な理由だったのかも知れない。

ウィッシュの5:5分割シートは2列目ベンチシート使用の場合、片側だけスペースアップして6人乗車できたり、長尺物を積みながら4人乗車が可能になるなど実際の使い勝手が大きく向上する点が大きい。実際、イプサムの不評を受けてガイアでは5:5分割になっていたのでトヨタ目線だと採用はマストだっただろう。

荷室スペースはローディングハイトがステーションワゴンとしては高いが、ハッチバックだと思えば常識的な範囲にある。我が家の様な利用シーンだと必要充分な荷物を積むことが出来る。大多数には丁度良い容量とデザイン性を両立している。

キャビンの居住性は、セダン/ステーションワゴン代替の層に取ってみれば不満の出なさそうな実用的な広さがある。全高がセダン系の1400mm~1500mmよりも高い1590mmなのでヘッドリアランスもあるし、ホイールベースは長いので2列目のレッグスペースも申し分ない。

3列目シートは初代イプサム比で簡素化されており、もっちりした座面厚さは無い。ただ、これは方便のための3列目であり、ストリームと並ぶかほんの少し勝つこと以上の性能は求めていない。

2003年当時の私は「否!7人乗りと書くのであれば、7人の乗員全員に満足いく居住性を提供すべきでウィッシュはけしからん!」とプンスカだったのだが、後に実際に家族を持ち「あと1人だけでも乗せられたら・・・・」というシーンに遭遇する度に考えが柔軟になったのが2023年の私だ。(柔軟になったのか純度が下がったというか劣化したというか・・・)

運転席に座りドラポジを調整したが、チルト機構は備わるがテレスコは未装備でステアリングが遠く低い。シート位置を最下端まで下げても少々気になるのはセダン系のP/F流用の辛いところだろう。



ヒップポイントはイプサムよりも低い600mmであるが、ストリームは560mmである。アルファードの様に競合車を見下ろすようにヒップポイントを設定することで優越感を与えるという思想があるのかは不明だがミニバン的視点を大切にした視点である。この状態でヘッドクリアランスはこぶし2個半。個人的にはステアリングと位置が合わないのでもう少し下まで下げたかった。

とはいえ、小径ステアリングながらメーター被りがほとんど無いのが優秀である。Zグレード以外の3針式のメーターもメーター被りが無い。この辺りは近年の「HUDあるからええやん」的な割り切りとは逆方向で素晴らしい。



2列目は2.0Z専用のキャプテンシートである。現代のミニバンの何でもありのキャプテンシートと比べると寂しい感じもあるが、シートスライドとリクライニング機能の外はアームレストが装備されており機能面は充分だ。若干小振りながら、この手の2列目としては意外なほどまともなキャプテンシートである。

シートスライドが備わるが、最後端に引くとフロアの段差があり余り快適では無い。ただ、シート形状の良さもありヒールヒップ段差が適切なので現代のスーパーハイト軽よりもまともな着座空間である。広さを追い求めてシートをRrモーストまで引くと踵が段差に引っかかってしまう。これを嫌うと、2ndシートにロンスラ機構が着いたミニバンの如くスロープ状の高床フロアになってしまうのでつくづくミニバンのフロアは難しいものだ。



リアモースト位置だと膝前こぶし5個分で頭上は2個分。ヒールヒップ段差が適切で気持ちよく座れる。WISHは基本的に5人乗りメインと思われるが、この室内空間ならステーションワゴンやセダンに乗っていた人からは不満は出ないだろう。

そして3列目は想像通り狭い。荷室のストラップを引いて出現する3列目は平板でホールド性も無いが、とりあえず座ることは出来る。膝前こぶし1個、頭上は0といった限界の着座姿勢である。少し身体を起こせば頭上は空間が出る。近所の駅まで、とかレストランまでとかそういうシーンで充分に活躍するだろうが、飲み会の後、「少し飲み過ぎたかな」状態で友達が駅まで迎えに来てくれたとしたらヤバいなという感じだ。(伝わるだろうか…)

休日にフル7シーターとして友人6人乗せて日帰り200kmドライブ、みたいな使い方が出来るのは大学生までだろう。

このあたりは初代イプサムから企画的に割切られた部分だ。このジャンルに初挑戦した初代イプサムはセダンとミニバンとステーションワゴンの綱引きの中で悩みながら3列とも平等にしない選択をとった。それでもRrシートのクッション性が良かったり、Rrクーラを設定し、アームレストに布を巻くなどの「おもてなし」を織り込んでいた。ウィッシュは更にステーションワゴン色を強めたと感じる。

ストリームの場合、3列目を割切る思想は同じだが、Rrクーラー設定は迷いがあったようで、標準装備では無いがMOPで追加することが出来た。恐らくトヨタは初代イプサムのRrクーラー利用率やストリームのOPT選択率を調査した上で省く判断をしたのだろう。せめてもの罪滅ぼしにインパネから専用の吹出し口を使って冷風を飛ばしている。

試乗したのが真夏では無かったので効果の程は分からないが、当時のミニバンユーザーの一人だった私は実家のライトエースノアと比べて「Rr別体エアコンが無いなんてけしからん!」と思っていた。しかし、3列目を重視しない人達はこれで良かったのだろう。

最後にストリームとのBMC結果を示す。大きくは勝たないが、決して負けない諸元値をじっくり見て欲しい。
較べたし。



<後編へ続く>
Posted at 2023/12/15 00:15:24 | コメント(1) | トラックバック(0) | 感想文_トヨタ・レクサス | クルマ
2023年09月08日 イイね!

2009年式マークX ZiO エアリアル感想文

2009年式マークX ZiO エアリアル感想文








長所
1.比類無き2列目の快適性
2.3列目でも充分な静粛性
3.高速道路で快適なソフトな乗り心地
4.内装の高級感
5.従来のポストセダン群と一線を画す動的質感
6.排気量を考えると優れた高速燃費

短所
1.夜間の室内が少々暗い
2.酷暑日には冷房能力がギリギリ
3. 電スロ・CVTなど当時の味付け的な悪癖を全て持っている
4.右左折時の大きなAピラー死角
5.アイドル・ロックアップ起因のこもり音が酷い
6.腰が痛くなる運転席シート

●TOYOTAの最高級ダンゴムシ

戦後日本のベビーブーマーとして最大のボリュームゾーンに位置したのは団塊の世代(1947年から1950年生まれ)である。敗戦後、生命の安全がある程度保証され子供を設ける家庭が増えたことによるものだ。生まれながらに同級生が多いことから競争社会の荒波に揉まれてきた世代故に、大量消費の担い手として日本の発展に寄与してきた世代である。モノ作りの業界でも顧客が多いのだから乳母車、ランドセル、玩具やお菓子、レコード、洋服と年齢を重ねる毎にあらゆる商品を大量に消費してきたが、そんな彼等が成人した1967年~1970年頃は自動車業界もマイカー元年を迎えた後、大衆車のカローラやサニーにクーペが追加されたり、軽自動車にツインキャブのホットモデルが出始めた個性化・差別化のファッション路線に移ろうとしていた時代である。それらは団塊の世代が就職によって経済力を持ち、そして結婚して再び子供(団塊Jr.世代)をもうけて再び大量消費の担い手になる。

一億総中流意識という死語がある。我が国では豊富な労働人口=消費人口のボーナスを得て高度成長を成し遂げた団塊の世代が若い頃にモータリゼーションの薫陶を受けた後、所得が高くなる中年期に差し掛かった際にハイソカーブームが興った。若年層から本来の高級車ターゲット層までが高級車(或いは高級そうに見える車)を持てはやした時代である。例えば1988年デビューのGX81系マークIIはそんな彼等にとって手が届きやすい車種でターゲット層のど真ん中であった。クラウンもカローラのように売れ、マークIIもカローラのように売れた日本のセダンの黄金期の中心的な構成員は団塊の世代と言える。

-そんな団塊の世代が60歳となり定年退職を迎え始めた2007年ごろ。我が国では彼等の旺盛な消費意欲と右肩上がりの年功序列・終身雇用によって得られた潤沢な退職金を目当てにした「団塊マーケティング」が幅を利かせていた。

団塊の世代によって支えられた自動車業界もその一つである。例えば、若年期にモータリゼーションを迎え、ミニバン・SUVカルチャーの少し前を走っておりセダン支持者が多かった彼等のためにV36スカイラインや140系カローラを開発した。これらの特徴は目の肥えたターゲットに合わせて商品力強化をしつつ、車両価格がちょっと高めになっていた点である。例えばスカイラインはV35型後期の250GTが262.5万円~だったものがV36の250GTでは279.3万円~になっていたし、カローラも2000年発売の1.5Gが144.3万円だったが、2006年発売の1.5Gは160.6万円になっていた。自動車と共に時を過ごしたターゲットに振り向いてもらえるように商品力を上げ、それに伴い販売価格も値上げ傾向が大きかった。

前置きが長くなったが、今回取り上げるマークX ZiO(以下、ZiOと省略する)も団塊マーケティングの成果の一つとも言える一台だと私は考える。ライフステージが変わり、子供を中心とした自動車の利用シーンは大きく変化することになる。子供は独立し、例えば孫が誕生し3世代での移動がメインになる。退職によって自由な時間が確保されることから、夫婦、友人とともにアクティブな生活を楽しむためのレクリエーションツールとして自動車の役割が見直されることが予想された。



そんな彼等にとって今までのセダンから、ミニバンに移行するには「生活感」と言うハードルがあった。ミニバンの持つ生活のためのツールという感覚はセダンの持つ良い意味でのフォーマルさが足りず、上級ミニバンと言えども、走る曲がる止まるの基本性能はセダンを知る彼等には物足りなかった。

セダンライクなステーションワゴンは荷室容量は大きいのだが、居住空間はセダンと大差なく、荷室とキャビンが一体であるため、ゲストと荷物を一緒に運んでしまう「申し訳なさ」はミニバンと共通の課題であった。

ZiOは上級セダンユーザーが気兼ねなく移行できるクロスオーバーカーとなるべく「4+Free」というコンセプトで企画された。セダン・ワゴン・ミニバンの良さを兼ね備えた新ジャンルの商品とすることで「新しい物好き」の団塊の世代へのアピールを狙ったのである。



そもそもマークIIには初代からステーションワゴンが存在していた。ステーションワゴンは1989年発売のレガシィがブームの中心となり一気にワゴンが市民権を得たものの、マークIIは1984年から1997年まで同一モデルが継続販売されてきた。
あくまでもマークIIブランドの中心はセダン(H/T)という意識も働いたのか、マークIIワゴンに対する商品力強化に力を入れなかった。

1997年にはカムリグラシアベースで2.2L直4と2.5LV6/3.0LV6を積んだマークIIクオリスを発売。前後の意匠と内装のマテリアルを変えただけのワゴンだったが、グラシアのすっぴん美人っぷり(メイクで化ける)が功を奏してまずまずの成功作となったことで2002年にはマークIIブリットとして後輪駆動セダンベースのステーションワゴンとなった。専用のフロントマスクを持ち、スポーティなiR系(統合型リゾートではない)のみという若向きのキャラクターを与えられたが、当時はステーションワゴンブームが過ぎ去ろうとしておりステージアやアコードワゴン、アテンザワゴン同様にターゲット層がミニバンやSUVへ流出していた。

本流セダンのマークIIは2004年にマークXへと改名してV6エンジンを搭載したスポーティな性格とエグ身のある外観とタイトなキャビンに生まれ変わっていた。

こうした中でブリットをFMCするとなると、コンベンショナルなセダンベースのステーションワゴン市場は縮小傾向で限界がある。過去にはFFで成功したモデルもあるので駆動方式はこだわらなくて良い。セダンからの乗り換えを促進するためにマークXのエッセンスを盛り込む必要がある。そして何より、定年退職する団塊の世代は子供が独立して大柄なミニバンが不要になるのでポストミニバンとしての役割を担わせたい。ミニバン市場は1990年代から急拡大していたので、団塊世代以降のミドルエイジ層も継続的にミニバンを卒業する動きが出るはずである。乗り換えの障壁とならないように簡便な3列目シートを持たせながらあくまでも4人の快適な移動が実現出来るパッケージにしよう。つまり、ステーションワゴンボディだが、言い訳程度の3列シートを持ち、上級セダン並みのクオリティを持たせた車が2007年にデビューしたZiOなのである。



広告でも「ワゴンより贅沢に。ミニバンより優雅に。セダンより自由に」というコピーでワゴンでもミニバンでもセダンでもないことをアピールした。トヨタのオフィシャルサイトのラインナップ中でも「新ジャンル」と記載されていた。(最近もそういう表記の新型車があったような・・・)

●エクステリアデザイン

ZiOのエクステリアデザインにはお手本がある。それは2005年の東京モーターショーに出品されたFSCである。フューチャー・サルーン・コンセプトと言う意味のコンセプトカーは好評を博しており、生産型としてのZiOはフロントマスクを中心にショーカーのエッセンスを極力盛り込んでいる。



四角いグリルやエンジンフードのレリーフはショーモデルのエッセンスを色濃く反映しているし、サイドビューベルトラインしたの凹面やホイールアーチ部のうねり、リアビューのバックドア形状などもショーカー譲りだ。ところが、実際にZiOが世の中に出るとそのエクステリアデザインに対して肯定的では無い反応が見られた。それもそのはずで、作り手としては精一杯ショーモデルに寄せ、ディテールは維持したのだが、そのプロポーションはショーモデルを基準とすれば大きく後退した。



その理由は、設計的成立性を確保する為にオリジナルのスタイリングを変更しなければならない箇所が少なくなかったからだ。アイデアスケッチは絵に描いた餅そのものだが、意匠選択されてモックアップになるとそれは彫刻的(どこから見ても破綻が無い)ことが求められる。そこから幾多の調整を関係部署と行うことで量産車のデザインに生まれ変わっていく。工業デザインであるため、美しさだけでは実用品・量産品としての自動車のエクステリアデザインにはならないのだ。

本来のFSCの持っていた凝縮感は現実的な要件を取り込んだ結果、ダンゴムシのようなずんぐりとしたものになってしまった。例えばフロントマスクはオーバーハングが伸び、歩行者保護要件のためフードが分厚くなったことでプロポーションが悪化し、フードとフェンダーの見切りの面構成もチリの管理が出来るように単純化されることで彫りの深さが失われた。人間の顔も同じようにメイクしても骨格や肉付きで違った印象になってしまう事を経験的に私達は知っている。顔の何倍も面積のある自動車の表層はちょっとしたことで大きく変わるのである。

ショーモデルのままではヘッドランプのすぐ後に前輪があるためヘッドライト機構部が収まらない、ドアがカジって開かない、冷却系が配置できない、視界が悪い、ドアガラスが昇降しない、防錆性能が維持できない、衝突性能が出ない・・・などなど様々なネガを潰していくと彫刻が量産車に落ち着いていく。

セダン・ステーションワゴン・ミニバンの融合というテーマなので、スタイリッシュにしようとしても、ラゲージ面積を追って間延びするし、3列目の最低限の居住性を確保すると厚ぼったくなってしまうのである。目一杯の錯視効果を駆使したとしてもZiOに与えられた欲張りパッケージの難を乗り越えることが出来なかった。



2023年の今なら、こう言うコンセプトはSUVという見せ方があるが、車高の低いステーションワゴンでありながら凝縮感のあるワンモーションフォルムで包もうとすることは過度に挑戦的なアプローチに映る。

試乗車は2009年にテコ入れのために追加されたエアロ仕様「エアリアル」である。トヨペット店としてはカルディナで馴染みのある名称だが、ムーンルーフは装備されず、240Gをベースに幾つかの専用装備をオミットする代わりに不評だったフロントマスクを中心に専用のデザインが施されている。離れ目に見えるヘッドライトの間を埋めるようにワイドなメッキグリルを持ち、サイドマッドガードによって重心を低く見せている。これで今まで獲得できていなかった40代以下の比較的若年層にアピールしようと試みた。意外と大型Rrスポイラーは備わらずオリジナルのままなのは、売れなさすぎて投資して貰えなかった結果か。



2023年の目で見ると決してZiOは目を覆いたくなるほどかっこ悪いクルマでは無いのだが、人々の羨望を集める妖艶さを持つかと言われるとそうではない。私見だが、やはり欲張りすぎる企画とFSCのワンモーションフォルムの両立のハードルが高すぎたのでは無いかと感じる。

私がまず思い出したのはシトロエンDS5だ。同じくショーモデルをベースにステーションワゴンとグランツーリスモを融合させたクーペを思わせるデザイン・・・・とのこと。シトロエンが持つエキセントリックなキャラクターとのシナジー効果で独特の世界観を持って居たが冷静に考えればZiOと似たコンセプトを持っているではないか。

「DS5はこれまでのジャンルの概念を超えたまったく新しいスペシャリティ・セダン」

とプレスリリースにも記載されている。



ショーモデルだったCスポーツラウンジからの後退はZiO同様にあるのだが、その分装飾に力を入れてサーベルをモチーフにしたモールを設定するなどした結果、シトロエン的だと認められた(させた)節がある。3列シートの有無によってルーフラインの丸さは異なるが、こう言うクルマは世界中でみんなが思いついて挑戦するのだが金脈に辿り着いたモデルを私は知らない。DS5もヒットはしなかったので、贅沢なポストセダン枠はハリアーのような立ち位置のDS7クロスバックが引き継いだ。

デザインが販売に影響を及ぼしたという歴史的事実を考えれば★1つなのかもしれないが、2023年の今はエアリアルなら比較的冷静に見られるので★3つ。

●インテリアデザイン
ZiOのインテリアはマークXと設計的な関連性は無いが、イメージを継承しつつ同等の車格を感じさせる。曲面と曲線を使ったデザインで手で触れる部分にはソフトパッドが奢られている他、ドアトリムにマークXと同じ部品や曲線のテーマを使うなど「匂わせ」も行っている。



ソフトパッド以外の内装パネルはコンベンショナルな革シボだけでなく、ヘアライン加工をブラックマイカで塗装したものもアクセントに使用している。これが秀逸でつるつるのピアノブラックだと指紋で表面が汚れやすいのだが、ヘアライン模様のお陰で指紋が目立たない。実用性と意匠性を両立した点を評価したい。最上級グレードの350Gのみは木目調パネルが更に追加されて伝統的な高級感とモダンな印象が入り交じるいんしょうだが、エアリアルの状態でも十分に納得できる質感を確保している。イマドキの国産車の「最上級買わない奴には懲罰的質感でも食らえ」という行きすぎたグレードマネジメントも未実施のため、標準的なグレードでも充分満足できるが、本来はそれが顧客への礼儀だろう。

そしてブレイドと共通のステアリングの奥にはブルーの照明色が新鮮なクリスタルシャインオプティトロンメーターとマルチインフォメーションディスプレイが高級感と先進感を表現しているが、それと関連するZiO最大の特徴はオプティトロンメーターの技術を小型化してエアコンパネルに応用したオプティトロンヒーターコントロールスイッチである。



風量ダイヤルとエア吹出し口ダイヤルにはスピードメーターのように指針が着いており、E/G始動と同時にスピードメーターと一緒に0からMAXまで振り切れるスイープ制御が入っている。そして、例えば暑い日に始動後AUTOボタンを押すと吹出し口がフェイスになり、風量が0から10まで徐々に上がっていく。そして室内が冷えるに従い8→7→6と風量が下がると同時に指針も動き続ける。世界初の指針式のパネルなのだが、確かに新規性と高級感があるではないか。特に現代の目で見れば、全てTFT液晶のアニメ映像で済ませれば良いところを、数多くの構成部品が精度良く組立てられて動作するという多いメカメカしい仕組みが新鮮かつバブリーである。

スピードメーターと見た目が合わせてありちょっとしたときに触りたくなるギミックと言える。この機構を引き立たせるため、温度調整スイッチがダイヤルとダイヤルの間の密集したボタン群の中に窮屈そうに配置されているのはしわ寄せを感じる。思えば名車GX81もスライドアウト式スイッチを採用しており、空調スイッチにこだわることも意外なマークIIの伝統を意識したのだろうか。せっかくE/G始動時にコンビネーションメーターの中央に位置するマルチインフォメーションディスプレイにはMARK X ZiO!とオープニングアニメが流れるのに、私はそれをじっくり見たことが無い。ヒーコンダイヤルの指針に見とれているからである。

恐らく、しっかり原価をかけてドライバーだけで無くパッセンジャーにも驚きを与えうるこの機構だが残念なのは見ているときだけしかその凄みが分からない点である。オートエアコンが標準装備されているZiOの場合、だいたい25.0℃程度に設定されていれば基本的に空調パネルを触る機会が無く、その分運転に集中できる点がオートエアコンの魅力なのに、その表示板が見所と言われてしまっては一体何のためのオートエアコンなのだと言うことになってしまう点が惜しい。

2023年の今となってはそんな空前絶後のメカニズムはその存在だけで尊いと言えるだろう。あのドアハンドルだけで・・・とか、あのスペアタイヤだけで車種が分かってしまうような個性強めの自動車部品があるがZiOのオプティトロンヒーターコントロールスイッチはまさにこの類いの超個性的パーツである。

‭ZiOの内装の目玉はこれだけでは無く、上級仕様にはルーフライニングに大型照明が備わり、LEDの面発光と4つの読書灯が配置されるのだがエアリアルではなんとこの照明が省かれており、夜間の乗降時はちょっと暗いのが残念な部分だ。

内装は現代でも通用するレベルの独自性と質感を持っているので4★。

●走行性能
プッシュ式スタートスイッチを押してE/Gを起動した。搭載される2.4L4気筒NAの2AZ-FE(167ps/22.8kgm)はオイル消費の問題で保証機関が延長されるなどの曰く付き機種だが、この個体に不具合は無い。



E/G始動直後にアイドル振動の悪さに気づいた。Nレンジに入れていれば大丈夫だが、Dレンジ停止時はブルブルと大きめのバイブレーションが乗員を襲う。Dレンジの場合はA/Cを切ってもブルブルしていたので完全にボディがこの周波数領域で揺れやすい(=音響感度が悪い)のだろう。

走り始めは少し繊細だ。ラフにアクセルをぽんと踏むと、反応が遅れた後でドンとショックが出る。走り始めのアクセル操作は優しく行う事が必要だが、この現象はもしかすると点火プラグの交換によって改善する可能性がある。(自分たちが共同所有するプログレはプラグ交換によって解決した)

走り始めは市街地走行である。車幅が1785mmとワイドなので正直、取り回しは気を遣う。市街地走行では当時の燃費至上主義的なCVT制御が楽しめる。一にも二にも変速という感じだ。アクセル操作とE/G回転数の関係は無限のプーリー比の組み合わせの中から燃費最適の組み合わせを拾っていく感じなのだが、まずE/G回転数を上げてグワッと加速させた後は低回転に張り着くイメージで低速域の車速コントロールは難しい部類だった。不幸中の幸いなのは2.4Lの余裕のあるトルクのおかげで低回転に張り付いてもそれなりにトルクを返してくれる点だ。(これが小排気量だと悲惨なことになる)

前方の信号が赤なのでアクセルオフで減速していくが、燃料カットできるギリギリまで燃料カットできる限界のギア比でコースティングさせるセッティングなのでブレーキペダルに頼った減速になる点は、太古の4速ATでも同じような感覚だった。

減速時、40km/h以下になるとヒューンというCVT特有のベルトノイズが目立つ。これはベルトのコマとプーリーの接触によって生じる音とされているが、回転が高いと高周波過ぎて聞こえにくいが、速度が下がると目立つのであろう。このベルトノイズは、同時期のカローラだと全域で聞こえるレベルだったがZiOは40km/h以下の減速時というシーンに限られているのは高級車ゆえの高周波対策が功を奏したか。



ステアリングは軽くインフォメーションは希薄な性質で一瞬だけ往年のPPS(プログレッシブパワステ)を思い出す。交差点右左折では、Aピラーが視界を遮ってしまうのはワンモーションフォルムの欠点である。ピラーを細くできないのは衝突安全上、エネルギーをルーフに流さないといけないから。大昔のようにフレームやロッカーだけで頑張ると車体が重くなるので入力を分散させるマルチロードパスをやらないといけないという都合上、Aピラーに荷重が流れ、その荷重でAピラーが折れないように強固に作る必要があった。

この点で当時最も進んでいたのはオデッセイだ。衝突用R/Fを円管をハイドロフォーム成型し、片側溶接でボディと接合することでフランジが無い細くて強靭なAピラーを実現していた。対するZiOは恐らくコンベンショナルなアプローチで作られているため、右左折時は身体を動かして積極的に情報を取りに行かなくてはならないのはピラーが立っているカローラやRAV4、プログレでは必要のない動作である。



またCVT故に極低回転が使えてしまうことから上り坂や平坦路の50km/h定常走行ではロックアップ状態でE/Gのトルク変動がナックル経由でボディを共振させて発生するロックアップこもりが発生している。アイドル状態の印象と相まってZiOは周波数の小さいこもり音領域が苦手なミニバン/ステーションワゴンの弱点を受け継いでいるようだ。

少しネガティブな点に先に触れたがこれらの悪癖は当時の横並びで言えばありがちな印象である。コストがかけられない大衆車領域の車種と比べるとZiOはさすがにしっかり対策されており特に高周波の吸音・遮音は丁寧に実施されていると感じられる。例えばドアガラスが分厚い(測ると5.0mm程度)ため、ドアを閉めた際の隔壁感が高くマークX的な世界観は実現されている。1列目から3列目までエンジン音が目立たず、マフラーからの気流音も聞こえないレベルだった。ステーションワゴンやSUVだとRrのラゲージから聞こえてくる音が意外と馬鹿にならないのだが、ZiOは3列目までしっかり対策されていてセダン感覚だった。



高速道路を走らせた。CVT車でありがちなのが高速の方がギア比が固定されてしっくりくることなのだが、ZiOも例外では無い。アクセルを深く踏むと回転数が飛び上がるが、じわっと踏めばトルクで走らせようとする当りが2.4Lエンジンのメリットである。100km/h時の回転数はおよそ1800rpmと低い。新東名のように120km/h走行をすると2200rpm付近を指している。ロングホイールベースを活かしてハイペースながらゆったりとしたリズムでクルーズできる点は美点だ。後述するが、燃費も良好で高速道路のような発進停止を繰り返さない場面ならリッター15km以上は堅い。ミニバンにありがちな横風によるふらつきもなく、ソフトな乗り心地と両立しているのは機械式駐車場OKという車高要件の賜では無いか。ただ、当時の試乗記を読んでいると18インチタイヤ装着車の乗り心地を指摘する内容を目にしたが実際の私の感想としては充分ソフトに感じる。(その分、今の車の乗り心地は突き上げを許容している感がある)

意外と面白かったのはワインディングである。オーナーの趣味でコンチネンタルの新品が奢られていてこいつが非常にグリップ感が良い。いつものテストコースに持ち込んだが、姿勢を決めるために軽く制動して前輪を押しつけた後はオンザレール感覚でコーナーをクリアする。ホイールベースやトレッドが大きいので安定しつつもタイヤはしっかり車体を曲げていく。高周波の静粛性が高いので速度計を確認するとびっくりすることもある。ソフトな乗り心地のお陰で舗装悪路でも凹凸を綺麗に乗り越えてくれる点は良い。ただし、車幅の影響でライン取りはあまり自由度は無い。Aピラーの死角が深いコーナーではちょっと邪魔に映ってしまうのは玉に瑕。パワーも程々にあるので腕に覚えがあればハイスピードドライビングも楽しめるかも。



休日に家族を乗せて市街地を走らせたが、家族の評判もキャビンが広くて快適なので上々だった。ドアが大きいので乗降させやすく、センターアームレストフェチの息子も大満足だった。ドアが大きいことは気になる人がいるかもしれないが、子育て世代でも十分対応しうる後席の広さは素晴らしい。ただし令和の酷暑日ゆえに暑がりの我が家には少々空調性能が不足気味だったが、走らせている内に何とか効いてきた。350Gのみ初代イプサム式のRrクーラーが追加されるのは元々の空調性能不足にメーカー自ら気づいていたのかも。

ZiOの走りは狙い通りミニバン的と言うよりはセダン的なイメージだ。この手のMPVというか次世代サルーンにありがちなカツカツの性能ではなく余裕あるE/G排気量による豊かなトルクや大きな諸元値による穏やかな乗り心地は確かにセダン感覚だ。勿論本物のセダンと比べると視点の高さはミニバン的だが、セダン作りにノウハウを持っていた当時のトヨタらしい味付けだった。CVTの制御など当時のトヨタ全体の問題は持って居るが、それを差し引けば乗り心地や静粛性など美点は少なくない。そのサルーン感覚で言えば、パワーウィンドーを窓閉めると、閉じきり前に速度が遅くなる、この挙動もまるでレクサスのようで気分が上がる。

●ユーティリティ性能
運転席の着座姿勢はマークXよりも75mm高い着座位置がミニバン的だ。アップライトで健康的なパッケージはこの時代は特に珍しいわけではないが、中々快適な空間と言える。シートは長時間運転すると腰が痛くなる悪癖があるものの、サイズや形状は常識的なものだ。



運転席をドラポジを確保した状態で2列目に移った。シートはサイズもたっぷりしており肩のサポートが良いので状態が動かない。センターアームレストに腕を置いて脚が組める余裕がある。(拳3個分)ヘッドクリアランスも拳2個確保されているので充分だ。快適性に意外と貢献しているのがRrドアガラスに固定部が無いため、視界を遮るものが無く、2列目からの景色も良い。必要があればパワーウィンドゥは全部下がりきる点も、ベルトライン下が分厚いデザインであることを考えても優秀。



着座姿勢としてはフロアが前傾しており、階段状フロアの方が好みだがZiOの場合はヒップポイントがフロアより高めなのとシート座面のサイサポートが適切なので気にならない点は素晴らしい。マークXどころかマークIIやクラウンにも引けを取らない居住空間であると感じた。後席のゲストに満足して貰えるという意味ではかつてのセダンが目指したような室内空間である。レッグスペースもRr最後端位置で拳4個分が確保されていて脚も余裕で組めそうだ。また、Cピラーが後ろに引いてあり、角度が立っている(≒3列目乗降性で決まった?)のでベルトアンカーの配置が自然でどのスライド位置でも肩が浮かない点は現行型車でも実現できていない車種もあるので優秀な部分である。近年、後席を優先する人がセダンではなくアルファードのような高級ミニバンに流れるという傾向があるが、ZiOなら、くつろぎ感と優れた乗降性を享受できるので個人的には2列目はZiOの玉座であると結論付けた。2列目だけならZiOの気持ちよさは今でもミドルクラスのミニバントップレベルだ。(そもそもセダンライクなミニバンが絶滅しているが・・・)



そして皆が気になる3列目だが、基本的にはWISH式の畳んで使うジャンプシート的思想の3列目は普段はラゲージのデッキ面と面一の高さに隠れている。背もたれを起こし、座面を引き出すと2人分のスペースが出現する。2列目シートの背もたれを倒すとウォークイン機構によってスライドして乗降できる。自分を含めて乗り込む人たちは何故か嬉しそうに意気揚々と乗り込むのだが着座し2列目シートを元に戻した瞬間から、ここへ座ったことへの後悔が始まるだろう。

2列目の余裕とは対照的に、頭上も膝前も狭いので、まともに座ろうとすると頭が天井に当たるし、膝は2列目のシートバックにめり込む。フロアは本当にここに足を置くのか?と聞きたくなるほどの険しい斜面である。着座姿勢としては、尻を前にずらしてヘッドクリアランスを稼ぎ、体育座りのように膝を前に出すスタイルになる。クオーターガラスから見える外の景色は開口面積が狭く、まるで日本の城の、敵を攻撃するための狭間(さま)に似た感触で、開放感は一切感じられない空間であった。




そのまま、ドライブをしたがRrタイヤ直上に座るので上下動が直接的に乗員に伝わるので快適とは呼べないレベルであった。乗り心地は褒められたものではないし、クッションは最低限という悪条件ながら、以外と遮音吸音が良くて快適なのは2列目の快適性のための結果なのだろうが下手な軽自動車の運転席より静かなんじゃ無いかと思えるほど。アクセサリー的な3列目だとしても3列目両側のトリムにはソフトパッドが貼られているのはマークXであろうとするいじらしさを感じた。



ラゲージは3列目シートを使っていてもBセグエントリークラス並みの201Lを確保しているので、基本パターンとしての3列格納時は充分以上の容量がある。当時の新車情報サイトによれば、奥行き49cm×幅104cmというスペックだが、3列目を格納すれば401L、荷室寸法にして115cm×102cm(11730平方cm)という広大なスペースが出現する。(ちなみにカローラツーリングの後席荷室使用時の床面積は93cm×146cm=13578平方cmなのでワゴン並みのラゲージである)



4+Freeというコンセプトを実現するためにZiOは6kgという非常に質量をかけたデュアルトノホードという装備品が開発されている。

TONNEAU COVERとはフランス語と英語を組み合わせたもので直訳するとトノーは樽なのだそうだ。Wikipedia情報だが、「トノー(Tonneau:発音ta'-no)とは、初期の乗用車で後部座席コンポーネントを指す用語であり、これを装備した乗用車のボディスタイルを表した。フランス語で、酒類を入れる大樽、容器、カバーの意味で、初期のトノーの座席が半円形の樽状であったところに由来する。現代ではオープンカーのフロントシート後部エリアやピックアップトラックの荷台部分を指すのにも用いられている。」

ステーションワゴンの場合、荷物の目隠しのために巻き取り式のカバーをトノカバーと後席後端に取付けてバックドア開口部まで引っ張り、引っかけることで目隠しとしての機能を持たせる例は多い。積んでいるものが丸見えになるのは防犯上好ましくないという理由や、荷物とゲストを同居させるべきでは無いというセダン的価値観に基づく装備品なのだが、ZiOの場合はセダン・ワゴン・ミニバンを行き来するコンセプトを実現するため、トノボードの前後にロール巻き取り機構が着いており、従来のトノボードよりもセダン的な隔壁感を実現出来る点が新しい。ロール式のビニール膜なので本物のセダンと同等レベルで音響的に区切ってモードを合わせたり遮音する効果は期待できないが、ヘッドレスト後端が成型されて見栄えに配慮されている。無論、デッキ下に収納スペースがあり未使用時は格納することが出来る当りはトヨタ的気配りである。ローディングハイトは68cmなので、ビールケースを持ち上げるには高すぎるが一般的な使用で不満が出るレベルでは無い。



シビアに言えばミニバンとして見れば3列目の居住性は最悪レベル。ステーションワゴンとしてはRrオーバーハングが短いためデッキ面積は小さめである。ただし、2列目の居住性は3列全てを通してみても非常に良い。次世代型サルーンというコンセプトのなかで最もうまく行っているのはここだ。スポーティに振りすぎたマークXが失う後席の快適性はこちらでカバーしているとも言えそうだが、3列シート仕様ゆえ出来の悪いミニバンとして受け取られてしまった点は非常に残念である。

採点するなら1列目3★、2列目4.5★ 3列目2.5★ ラゲージ3★ トータル★3つ

●燃費

試乗時は590km走行して62L給油したので満タン法で9.5km/Lであった。

10・15モードのカタログ値は12.8km/Lなのでまずまずの結果だ。

燃費はCVTと電スロ、EPSという燃費のための三悪装備をフル活用。アクセルを小さく踏んで発進させると20km/h以上で完全にロックアップが作動し、E/G回転は1000rpmに張り付く。このままアクセルをふみ混むとCVTの変速のみで車速が上がり60km/hを超えるまでは1000rpmのまま車速が上がる妙な感覚を覚える。

普段から右足とタイヤの接続感を大切にしている私にとっては褒められたものではないが、それでも加速を続けて70km/hになると1200rpm付近になり、これ以降は車速とE/G回転数が比例して上昇するようになる。

アクセルをオフした場合は、同じ車速のまま1200rpmに回転が上がり、そのままフューエルカットを使って転がっていく。車速がどんどん下がってもタコメーターは1200rpmを指したままで極力CVTの力を使ってフューエルカット領域を維持しつつ回転抵抗の少ない低回転を保つロジックである。

CVTによって低燃費領域を使って走行するだけでなく、アクセルオフ時は極力長く燃料をカットして燃費を稼ぐ。まだTHSはプリウスやエスティマなど限られた車種のための技術であり、アイドルストップ装置が流行する前の思想である。

流れの良い一般道や高速道路をツーリングしたときの燃費は、燃費計読みでリッター17km/L以上を記録。ただし、発進停止が多い市街地では一気に10km/L以下に落ち込んでいくのは車体の大きさや排気量の大きさが如何に燃費に影響が大きいかが実感できる。



●価格

2009年時点のZiOエアリアルの当時の価格は286万円(税込)であった。

前輪駆動の他グレードは240:258万円、240F:273万円、240G:288万円、350G:335万円。

2400ccという排気量を考えれば240F当りが量販で+αでGどうですか?という価格設定だ。V6も比較的割安な価格設定なので悪くないが、240系が意外と割安な価格設定なのはFFベースである引け目か。当時はマークXも最廉価の250G_Fパッケージは247.8万円だったので丁度10万円高でワゴンが買えるという設定になっている。



個人的には240F当りで充分満足できると思うのだが、4+Freeのコンセプトに見せられてギラギラしたい場合はG系で決まりだろう。当時よりも今の方が価格は圧倒的に安い上に冷静に見られてエクステリアも気にならなくて良いかも知れない。

●まとめ

結論から先に言えば、トヨタがZiOで企てた団塊マーケティングは失敗に終わった。月間目標台数は4000台であったが、発売月の登録台数が5117台、翌月が4198台と目標を達成するも3ヶ月目には1649台と失速した。

離れ目おちょぼ口のフロントマスクが不評の原因としてエアリアルを追加し、マイナーチェンジでFrバンパーを新設して顔つきを修正したが、不振の流れを食い止めることは出来ず、最後は3列シートを配した2列シート仕様車を追加して9万円値下げするなど苦しみながら6年3ヶ月のモデルライフを経てモデル廃止されてしまった。モデルライフで52190台を販売したが、最初の3ヶ月分(10964台)を差し引けばモデルライフ6年の平均月販台数は41226台/72ヶ月=572台であった。

月販目標台数に75ヶ月をかけると30万台となる。つまり目論見の17.4%しか売れなかったことになる。流石にコレは大惨敗と言わざるを得ない結果である。金型代は回収できたかどうかも怪しいレベルではないか。



当時のユーザーの気持ちで考えれば、同じトヨペット店にはイプサム240が存在していた。ZiOはV6が選べ、内装クオリティも高かったが、3列目シートが余りにも狭かった。機械式駐車場対応の全高1550mmを実現したミニバンという見方をすればホンダオデッセイという強力なライバルが存在した。渾身の低重心構造によってセダン並みの走りと、先代並みの居住空間を持ち、セダンライクミニバンとして充分なユーティリティを持ちながらワルなキャラクターも持ち合わせていたオデッセイと比較検討されると分が悪い。単純なステーションワゴンとしてみても401Lという荷室容積はカローラフィールダー以下である。

窮屈な3列シートによってミニバンという色眼鏡で見られてしまいがちだが、本来はナディア(カムリ)、オーパ(コロナ)の延長線上にある「あの時代特有のトヨタ製ポストセダンのスタディ―」ZiO(マークX)であると考えた方が立ち位置がハッキリするのではないか。

結果的に台数を稼ぎたくてミニバンユーザー吸引を図るための「ちょっとしたスパイス的扱い」だった3列目シートの存在が仇となった様に感じる。あれもこれもと欲張った結果、設計的・意匠的な制約条件が多くなりすぎて掴みどころのない曖昧な存在になってしまった。後に廉価グレードに2列シート仕様を追加したが、一度ついたイメージは覆らなかったようだ。後期型ではSAMURAI Wagonなるコピーが添えらえた上で、トヨタWEBサイト上でもステーションワゴンと再定義されたが、さしたる販売成果を上げぬままモデルライフを終えた。

当時の営業マンの会話を記憶から呼び覚ました。セダン系のマークXという名前を守りたくて当時人気のあったミニバンからの吸引を企てたが、セダン層からは想定以上にZiOに流れたものの、保有母体が多かったミニバン層からの吸引に失敗した時点でZiOの目論見は水の泡となった。

実際のZiOは決して悪いクルマでは無いが、マークXのワゴンとしては・・・・とかオデッセイ対抗ミニバンとしては・・・・とかFSCの市販版としては・・・・そういう観点で見た場合に忌避感が出がちだったのが残念だ。



走らせてみると、当時のほかの車と共通の欠点を有してはいるものの、確かに高級セダンのようなクオリティとミニバンの(二列目の)様な快適なキャビンと、
程々のユーティリティが同時に味わえるのはZiOならではの魅力である。中古価格も手頃なので意外と今、多人数乗車を求めない後席重視の車としては狙い目にも感じるのだが。

ちなみに冒頭に述べた団塊マーケティングは自動車業界以外も期待して様々な商品を出したものの不発に終わっている。

ニッセイ基礎研究所の調査によると、団塊の世代が老後の生活で重視したいこととして興味を示したのは健康(83.8%)、家族との生活(55.2%)、食生活(54.8%)などが多数を占め、車・家電などの耐久消費財を重視するとした回答は全体の6.4%と限定的だった。

レポートでは団塊マーケティングが失敗した理由として「2007年にシニア・マーケットに注目が集まった際、多くの企業は、消費意欲が旺盛、フトコロ事情が良い、多くの時間を持つというマーケティング対象の好条件に注目しすぎてしまったのではないだろうか。つまり、特別な消費活動を行う、特別に高額な消費を行う、特別に多くの時間を費すような非日常的な消費活動を行うマーケットとして意識しすぎてしまい、彼らの本来のニーズを見落としてしまったのではないだろうか。」と指摘していた。

結果的に時代の波を読み違えたのはZiOだけではないのだが、私はZiOを見るたびに団塊マーケティングの失敗と、作り手目線でいいモノだとしても、必ずしも消費者から評価されてヒットに繋がるわけではないという厳しい現実を思い知らされる。しかし、マジョリティには支持されなくとも、試乗車のように初代オーナーから10年以上愛用された後も、次のオーナーからも溺愛されるなどZiOと相性の良いオーナーとはずっと良い関係を築き続けられ、引き継がれていくだけの実力はあると感じられた。



1週間に亘りZiOを貸して下さったオーナーに感謝。
2021年08月03日 イイね!

1989年式マークII3.0グランデG感想文

1989年式マークII3.0グランデG感想文●一億層中流意識時代の高級車
みん友のばりけろさんが愛車の1989年式マークIIを貸して下さった。

マークIIはメキシコオリンピックが開催された1968年にコロナ・マークIIとしてデビューした。元々は初めての東京オリンピックが開催された1964年デビューの3代目コロナのフルモデルチェンジ版として企画開発された。国内の需要に留まらず輸出が本格化し始めていた時代ゆえ、開発陣はコロナを大型化して更なる本格的な乗用車として育てようとする意気込みがあった。

ボディサイズや排気量を拡大し、オートマチックやクーラーの使用を前提とした豊かさの演出と、技術的に奇を衒わないオーソドックスな設計によって高い信頼性と価格競争力を確保した。開発が進み、コロナのクラスアップによって日本市場での重要なポジションを失うのは得策ではないと気づいたトヨタは、コロナを変異させてより上級シフトした派生モデルとして発売することにした。

輸出市場においても長らくトヨタブランドの上級車として輸出され続けたが、わが国では元々コロナの上級グレードを好んだ層に向けて巧みに差別化を行い、コロナに対する優越感が楽しめる上級小型車―それがコロナ・マークIIだ。以後、コロナマークIIはコロナに対して豪華さやゆとりを感じさせる上級車として、フォーマルなクラウンに対してカジュアルでパーソナルな高級ブランドとして長らくオリンピックイヤーに新型車をデビューさせ続けた。

今回取り上げるマークIIもソウルオリンピックが開催された1988年に全面改良された6代目で、広くX8#系として知られているモデルである。あまりにも有名なモデルのため説明不要とも思えるのだが、フルモデルチェンジから33年が経過し気づけば意外と本格的旧車の部類に入りつつある。当時の好景気の中でデビューし、時流にうまくフィットした高級感の訴求が当時の多くの人々の支持を得た偉大なモデルだから、つい最近まで残存台数が極めて多く、旧車感があまりないのだが後述するとおり私にはとても思い出深い世代のマークIIだ。

過去の私の感想文中では現代のハリアーを現代版マークIIなんて畏れ多い表現をしたものだが、年齢を問わずカッコいいと言う理由で評判になった高級感のあるトヨペット店専売だった車という共通点がある一方、マークIIを30年前のハリアーと表現しようとすると、販売成績の面で同じ表現が出来ないほど差がある点も存在する。



6代目マークIIのプレスリリースによると「新しい高級車の出発点」を開発コンセプトとしている。

コンセプトを受けて下記三点を開発の狙いとした。
1.時代のトレンドと日本の美を基調にした、それぞれに個性豊かなのびやかなスタイルの実現。
2.高い運動性能と品位ある乗り心地の高次元での達成。
3.お客様に心から満足していただける高い商品力の実現。

この狙いは6代目マークIIの魅力を端的に述べている。
サイズ感を想像し易くする為、横並び比較する。(全長×全幅×全高、軸距)

6代目マークII HT(1988)
4690mm×1695mm(試乗車は1710mm)×1375mm、2680mm

5代目マークII HT(1984)
4690mm×1690mm×1385mm、2660mm

9代目コロナ(1987)
4440mm×1690mm×1370mm、2525mm

初代プログレ(1998)
4500mm×1700mm×1435mm、2780mm

2代目マークX(2009)
4730mm×1795mm×1435mm、2850mm

3代目レクサスIS(2020)
4710mm×1840mm×1435mm、2800mm


つまり、同時代のFFセダンより堂々とした優雅なプロポーションで差をつけており、現代のトヨタで最も新しいFRセダンとほぼ同じ全長(-20mm)だが、車幅が圧倒的に狭く(-145mm)、低い(-60mm)。だから、マークIIは現代の目で見ると車幅の狭さこそ感じるものの、車体の低さとオーバーハング部の長さから大変スマートに映る。

特にハードトップはノーズが低く、ラゲージが高いウエッジシェイプでありながら、巧みなキャラクターラインの処理により水平基調を演出して日本人の好みに寄り添っている。

このデザインだけでも大いに評価されるべきだがハイソカーたるマークIIはメカニズムも大衆車とは一線を画す内容が織り込まれている。当時は今以上に高級車を名乗る以上は「高級なメカニズム」を有している事が求められていたので、当然6気筒エンジンによって後輪を駆動するのだが、6代目マークIIハードトップはベースグレードに至るまでツインカム24バルブエンジンを設定し、更にRrサス形式を当時一般的だったセミトレ式からダブルウィッシュボーンへ進化させた。そして内装もファブリック張りトリムやデジタルメーターやパワーシート、内装スイッチにスライドギミックを与えるなど外からも中からも「高級車凄い!」と満足させる仕掛けがフルスイングで盛り込まれた。

マークIIハードトップの価格帯(名古屋トヨペットの価格表に拠る)は最廉価のLG(4AT)が177.3万円(オートA/Cが21.5万円)、販売の中心となるグランデ(4AT)が209.8万円、グランデツインカム24(ECT-S)が238.2万円、GTツインターボ(ECT-S)276.2万円、スーパーチャージャーを積んだグランデGは288.6万円という価格帯であった。

今回試乗したマークIIは1989年に追加された3.0グランデGである。税制改正で3ナンバー車への課税が緩くなったことに対応して輸出向けに設定のあった7M-GEを急遽導入したものだ。この価格は301.3万円と当時の高級車と認識される300万円を意識的に超えた価格帯になっている。

2021年に近い価格帯の車を探せばカムリX(2.5HV)が316.8万円、ハリアーG(2.0L)が310万円、ヴォクシーハイブリッドZS(2.0HV)が304.3万円というポジションだ。

厚生労働省が出している平均給与の推移に拠れば1989年は452.1万円だった平均給与が2018年には433.3万円になっている。(下がっとるやないか!)

現代の相場観で表現する為には1989年の価格を2018年の水準に換算すると0.96倍してやればよいから、例えば量販グレードのグランデは201.4万円、今回試乗した3.0グランデGは289.2万円に相当する。そう考えると当時の乗用車は現代より相当に割安な価格設定であるという印象がある。

現代の車は安全装備が、とういう指摘が多いが仮に両席エアバッグとVSCが着いて+30万円、衝突軽減ブレーキが更に+10万円着いても329.4万円ならば3リッターのセダンとして納得の範囲内だし、量販グレードのグランデが上記装備+を見込んでも241.4万円なら価格競争力があるのではないか。コロナの後継車プレミオの2.0とそんなに変わらない価格帯だ。(残念だが現代の車の価格は客観的に見ても高くなっている)



6代目マークIIは先代の人気を引き継いで大ヒットした。成功の理由はバブル景気の中で人々の消費マインドが高揚し、今までマークIIを選ばなかったような人たちも時代の空気を感じ取ってマークIIを買い求めたことが大きい。生活は継続的に豊かになると言う楽観的な見通しも手伝って、ちょっと無理をしてマークIIを買ったのだと思う。商品自体も大衆車やFF系小型車とは一線を画すメカニズムや内外装によって少し魔法にかかったような高級感が楽しめる車に仕上がった。こうしてマークIIはソフト面とハード面がうまくシナジー効果を発揮して時代を象徴する一台になったのである。

●日本人が考える憧れを小型枠に凝縮した外装デザイン。



マークIIの大きな魅力は純粋に格好がいいエクステリアデザインである。先代の直線的なデザインに対して角を丸めたスタイリングは当時のターゲット層にとって進み過ぎず、遅れても居ない絶妙な現代的センスを持つ。今回の試乗車はイメージリーダー的なハードトップ車型だが、超薄型かつワイドなヘッドライトの内側には淡黄色のフォグが設定され先代同様にクラウンにも通じるトヨタ製高級車の
アイデンティティともいえる処理が施されている。横方向に桟が配置されたラジエーターグリルもヘッドライト同様に薄いが、ヘッドライトと同一ラインでフードと見切られているのに対して下辺は下方向に凸になるように円弧が引かれている。エンブレムが配置される中央部のみ桟が太くなっていることから錯視効果でグリル中央が力強く張り出しているように見え、高級車らしい押し出し感とスッキリと洗練された印象を同時に与えている。実際にも数ミリ前に出してはいるものの、実寸法以上に前に出て見えているのはマークIIの伝統を熟知した巧なスタイリストの仕事の結果だ。バンパーもFrバランスパネル一体でエアダム形状を織り込みながら丸みを帯びた大型樹脂成型品が、やがて訪れる90年代的な雰囲気を伺わせる。



サイドビューはスラントしたノーズ部からAピラーまでは傾斜し、ベルトラインは水平でラゲージドアに繋がっている。ここにもう一本キャラクターラインを引いて低くシャープな印象を与えると共に5ナンバー枠一杯の車幅に表情を与えている。サイドプロテクションモールやメッキのロッカーモールが長さ方向の動きを強調しながらロッカーはブラックアウトしてボディを薄く演出。更にサッシュレスドアを生かしてルーフの厚みもギリギリまで削られており意匠と乗降性を両立させている。更にAピラーはブラックアウトされてあたかもウインドシールドガラスとドアサイドガラスが一体化したかのようなパノラマ感を演出し、実際はそんなに広くないキャビンを明るく見せている。クオーターピラーは先代のような装飾的なガーニッシュは装着されないシンプルなピラーだが上下で幅を変えてよりエレガントに見せる工夫も見られ、全長が限られた中でマークIIハードトップは目一杯の表現をして現代のセダンよりもクリーンで伸びやかなプロポーションのよさを見せる。



リアビューは先代を意識したブロック形状のストップランプを継承しつつ、二重レンズを採用することでヘッドライト同様に一体感を感じさせながら表面はボデーとの面一感を持たせている。ウエッジシェイプの副作用でラゲージドアは高い位置にあるが、エンブレム、Rrコンビランプ、バンパーとRrバランスパネルのバランスの妙で腰高感を感じさせないのは見事である。



Rrに貼られたゴールドのGrande G 3.0 というエンブレムが誇らしい。今時ゴールドエンブレムなんて極めてオールドファッションであるが、それでも1989年式のマークIIに貼ってあると「エッヘン」と誇らしい気持ちになってくるのが面白い。また、ラジエーターグリルにマークIIのエンブレムと車両左下に「3.0 TWINCAM 24」エンブレムが鎮座する。ここがTWINCAM 24やSUPER CHARGER、TWIN turbo、Grandeなどのエンブレムで差別化されている。



売れるマークIIだからこそエクストラコストを支払った人にもしっかり優越感を感じてもらえる配慮が細部に行き届く。Grande系はフェンダーにもエンブレムがあり、試乗車はここでもGバッヂが追加されて最上位グレードを誇示する。

●運転席以外の人にも違いが分かる室内調度品



インテリアは先代よりもコックピット感を表現したインパネデザインである。ドライバーが座った位置からの手が届くリーチ量を意匠ハードに入れて円弧を描くようにセンターコンソールの操作系が配置される。最上段の車両中央部は高級車らしく大きなエアコンレジスター(吹出口)、デジタル時計が配置される。そのすぐ下にサテライトスイッチと呼ばれるオーディオスイッチが設定される。これはよく使うオーディオ操作を2DINのオーディオより情報の操作しやすい一等地に移設したものである。一般面より20mm以上ドライバー側に張り出しているので判別し易いし物理スイッチの為押し易い。ここにハザードスイッチも置かれる。同じテーマで右側にはミラー関係のスイッチがが配置されている。マークII用以外のオーディオを使うとサテライトスイッチが無駄になるため、廉価グレード用の蓋つき小物入れに交換している人も居た。




サテライトスイッチ直下は最もマークIIらしい特徴的なスライドアウト式の空調スイッチだ。使用頻度の高いボタンを前面に出し、それ以外のスイッチはスイッチ操作でスライドして奥から現れる仕組みになっている。事実、温度調整ダイヤルで24℃に設定し、AUTOボタンを押すだけで事足り、たまに内外気切り替えを行う程度だったので優先度の低いスイッチを減らしてスッキリさせながら、ギミック感を出してアピール度も高い。



計器類は好評のエレクトロニックディスプレイメーターが目を引く。横バーのタコメーターにデジタル数字の速度計が80年代当時の未来感を演出している。速度表示がパラパラと動いてしまう点は現代のデジタル速度計と共通の欠点だが、当時子供だった私にはとんでもなくカッコいいメーターだと感じていた。実際は地味ながら文字が大きく見易いアナログメーターも相当優秀だったのだが、高級車のマークIIにはデジタルメーターが似合う。

ステアリングはグランデG専用の本革巻きのステアリングが装着されている。まだエアバッグ登場前夜(マイナーチェンジで初設定)のため、ホーンパッド部も本革製と言う贅沢な仕様である。グリップ部は2021年の目線では細く頼りなく感じるのだが当時としてはコレが普通の感覚だった。調整機構としてメモリー付チルトステアリングが装備されて乗降時にステアリングを跳ね上げても次回乗車時にワンタッチでベストポジションに復帰する機能が与えられる他、グランデGではテレスコピック機構が追加されるから、低めのルーフに対応したドラポジでも無理なく決まり易いと感じた。

前席はハードトップの開放感にも配慮した少々シートバックが小ぶりながら、パワーシートが運転席と助手席(3.0グランデGのみ標準)に装備されている。シート生地がグランデGのシルキーベルベット調表皮となっており、そっと触れると滑らかな手触りとしっかりした感触が同居する独特の触り心地だ。指で押すと適度な底付き感があり、表皮がよれてシワになったりしないのでそれだけで「イイモノ感」がアップする。(試乗車は用品シートカバー装着)

ダメ押しでグランデGには運転席付けの角度無段階調整式のアームレストが装備される。現代のミニバンでもお馴染みの装備だがコレが本当に快適でついつい肘を置いてしまう魔力がある。このアームレストが着く場合、センターコンソール収納は一般的なヒンジタイプだと回転軌跡上アームレストと干渉するのでフタがスライドして開閉するスライディングリッドコンソールとなる。



容量を犠牲にせず大開口が得られる利点は認めつつも経年変化でリッドが滑りやすくなり、ちょっとした加速でリッドが空いてしまう特有の癖がある。オーナー曰く「アクセル踏み過ぎを警告するGセンサーみたいなもんですね」とのことで私もこのリッドが動かないような加速を心掛けねばならない。



後席は前席に合わせた状態でレッグスペースは当時のコロナを凌駕する程度。ヘッドクリアランスは想像よりも確保されていてキチンと座ればシートバックの角度も適切で一応身体がキャビンに収まると言った印象だ。例えば脚を組むほどの余裕は無いが、2時間くらいの移動なら快適に過ごせそうなレベルである。頭上はバックバイザーがあるので直射日光も遮られており快適性も担保される。高級車を自負するマークIIなので、後席ヘッドレストも標準装備されているが特にグランデにはシートバック別体の前後調整機能付きの大型ヘッドレストが装備され、グランデツインカム24以上はワンタッチ格納式と言う独自の装備品が設定されている。



これは後席を未使用時にレバー操作でバコンと倒すことが出来、後方視界確保を容易にすることができる。Rrシート座面中央前下端に設置されたレバーは運転席から腕を伸ばした丁度良い位置にありバックで振り返った際に操作できるように配慮されている。写真の場合は奥が格納状態で手前が使用状態である。いたずらで後席乗車している人が寝ている時にレバーをバコンとやった人も少なくないだろう。

マークIIの内装は、人が触れる部分の触感のよさ(特にG内装の布巻き部品)、落ち着いたチャコールグレーの木目調樹脂部品の使い方、部品の合わせの品質感の高さに加えてこの時代特有のギミック装備のすべてがドライバーと同乗者を高級車なんだ、この車は凄いんだ!という感動に導いてくれる。そして外から見たスタイル優先のハードトップスタイルであっても、室内空間そのものも意外に真面目できちんと日常的に使用しても不便な部分が見られないこともマークIIの商品性の高さであると言える。

●高級車三点セットは抜かりなく
マークIIは一般人でも頑張れば手が届く価格帯にある高級車のエントリーカー的な立ち位置であるから記号的な意味があるFR、6気筒、IRS(独立式Rrサス)など本格派メカニズムは高級車の当たり前装備である。

今回試乗した3.0グランデGの場合、クラウンにも搭載される7M-GE型(直列6気筒DOHC24バルブ)を縦に置いて後輪を駆動する。1980年代に入り1気筒あたり4バルブのDOHCエンジンを量産化していたが、1980年代後半は更なる大衆化を目指してハイメカツインカムを展開、マークIIのベースエンジンも1G-FE型(直列6気筒2L)、4S-Fi型(セダン用直列4気筒1.8L)のハイメカツインカムの設定がある。



その中で7M-GE型は、高級車向けエンジンでありプレミアムガソリン仕様で200ps/5600rpm、27.0kgm/3600rpmという現代でも高性能な部類のスペックを誇る。エンジン型式名から分かるとおり、ハイメカツインカムではなくバルブ挟み角50度の吸気側・排気側のカムシャフトをそれぞれベルト駆動するスポーツツインカムである。性能向上に大きく寄与しているのはインテークマニホールドに採用された可変吸気機構である。インテークマニホールド内に制御バルブと称するバタフライバルブが装着され、運転状況によって開閉を行うことで吸気管内の脈動流に起因する慣性吸気を行いトルクアップをはかる。特に2500rpm~4000rpmの範囲内で可変吸気の効果が出ているという。

このパワーを受け止めるのが新ECTと呼ばれるロックアップ付4速電子制御オートマチックだ。山岳路で変速を抑えるPWRモードや低μ路で発進を容易にするMANUモードを擁する電子制御4速オートマチックは既に存在したが、更にN→Dへシフトする際に一旦3速にシフトすることでガレージシフトショックを軽減し、通常走行の変速時は点火時期を遅らせて変速中のトルク変動を小さくしてショックレスな変速を実現すると言うきめ細かい制御を加えてきたところが新しい。マークII全体では最量販グレードでも油圧式の4速オートマチックであった。

サスペンションはFr:マクファーソンストラット、Rr:ダブルウィッシュボーンが採用された。先代のRrサスはFR車における独立式Rrサスの定番であるセミトレーリングアーム式だったが一気に複雑で高級とされるダブルウィッシュボーン式サスペンションが採用された。当時はまだ高級メカニズムが喜ばれる時代であり、
メルセデスと同じ形式ですというアピールもなされたほどだ。セミトレと比べてアライメント変化が小さく、ロールする際も外側タイヤがネガティブキャンバ(ハの字)傾向になってコーナリング性能が向上するなど様々なメリット謳われている。そしてサスペンションアームが強固なRrサスペンションメンバーに取り付けられている点は、明らかに80年代の終わりを感じさせる。

モノコックに直接アームを取り付ける従来の方式と厚板をアーク溶接で強固に繋いだサスメン(サブフレームとも呼ばれる)で受け止めることでアーム類が正確に動き操縦安定性や乗り心地の大幅向上が期待できる。更に、サスメンとボディの間に防振ゴムを介して取り付けることで振動や入力を遮断してロードノイズ低減にも寄与している。以後、世の中ではNV性能の為に防振サスメンを採用しつつ、やはりコストが気になってリジッド締結のサスメンに戻ったり、再び防振にしたりという歴史を辿る。この後の後期モデルでは防振ゴムが液封マウントを採用すると言う現代ではやれないような凄いことをやっている。

また、当時広く展開されていた電子制御サスペンションTEMSもグランデGには標準装備される。当時はスターレットクラスまでTEMSの設定が拡大されていたが、
マークIIは減衰力が低中高の3段階で切り替えが可能な上級タイプが装備されている。(廉価タイプは低高の2段階)

全ての要素を支えるボディはP/Fこそ先代のキャリーオーバーだがダッシュパネルへのサンドイッチ制振パネルの適用、フロアの高剛性アスファルトシートや穴を埋めるウレタンや作業穴ふさぎなど高級車らしいNV性能の確保と防錆鋼板の採用拡大とボディ剛性を高める接合部の強化や高張力鋼板(340MPaや440MPa材程度までであると思われる)の採用でピラーのR/F(リンフォース)や耐デント性に優れるBH鋼(ベークハード:塗装乾燥炉の熱を利用して金属組織を変態させて硬化させる)などが採用されて軽量化に貢献している。1980年代後半は技術開発と好景気の波もあって耐久性・防錆性能を上げることにしっかりとコストがかけられた時代で、電着塗装がカチオン化され、床下部品の表面処理や材質がレベルアップするなど目覚しい性能向上が見られる時期であった。この傾向はバブル崩壊に伴う「過剰な防錆性能の適正化」が行われるまで続いた。



また、高級車らしく安全装備も当時としては高水準の仕様となっており、高出力FR車が最も扱いにくい低μ路で安定性を高める為TRC(トラクションコントロール)が標準装備されている。これはエンジンのトルク制御と駆動輪のブレーキ制御をコンピューターで総合的に制御し駆動輪の空転を抑制して最適な駆動力を確保するシステムである。7M-GE型の場合スロットルボデーがワイヤー引きでアクセルペダルと繋がるメインとその奥にステップモーターと繋がるサブの二系統存在し、ドライバーがアクセルを踏みすぎた際にメインスロットルの先でサブスロットルが閉じて出力を抑制すると同時に必要に応じて駆動輪にブレーキをかける。これにより繊細なスロットル操作が出来ないドライバーでも安心して発進することができる。加えて制動時にタイヤのロックを検知すると自動で油圧を緩めて減速G最大のブレーキがかけられる4輪ESC(現代のABS)も併せて装備されて発進から停止までの安心感を高めている。

●扱い易いボディサイズが光る市街地走行



グランデG専用のカラードドアハンドルに鍵を差し込んで捻ると開錠する。(キーレスエントリーも装備あり)このドアハンドルは鍵穴のイルミネーションが装備されて、緑色に優しく光って鍵穴を照らしてくれる。スマートキーが当たり前の時代に、鍵穴すら不要と思われる現代ではお目にかかることの出来ない親切装備である。

乗り込んでドラポジを合わせる。マルチアジャスタブルパワーシート(リク・前後・上下・ランバーサポートが電動)は高級車を感じさせる高級装備だが、さらにチルトステアリングとテレスコピックが備わりドラポジは合わせ易い。特にテレスコがあることでシートバックを少々寝かせ気味にしても手が届き、さほど余裕の無い頭上空間でも不満なく運転姿勢が取れた。



イグニッションをSTARTに捻れば7M-GEが目を覚ます。少し重みのあるサウンドを奏でながら暖機する。少し温まったら当時普及し始めたシフトロックを解除する為にブレーキを踏みながら少々節度感が失われつつあるシフトセレクターをDまで操作し、PKBレバーを引いてバコンと駐車ブレーキが解除された。ブレーキを離して静々とマークIIが走り始める。

アクセルペダルを少し踏み込んでやれば7M-GEが「うおーん」と唸りながら2000rpm付近を維持しながらECT-Sが変速を繰り返す。この状況なら交通状況に充分マッチした加速度で走りきれる。周囲の車を気にしなければちょい踏み1500rpm縛りでも十分走行可能だ。元々重いフレーム構造のクラウンを立派に走らせるレベルの動力性能なのでモノコックボデーで1520kgのマークIIなら余裕が生まれることは当然だろう。ちょっと力強く走らせたいときでも3000rpm程度で十二分の実力があり、ツインカム24バルブだからと高回転まで追い込んでみてもさほど官能的な挙動は見せてくれない。高級セダン用エンジンのセッティングとして正しく低中速域の力強さに主眼を置いているのだろう。この点だけなら1G-GEの方が軽快で官能的なサウンドを奏でてくれる分だけその気になれるが、マークIIを高級車として考えるなら7M-GEを気に入る人の方が多いと感じた。



一方でTRC付と言えどもワイヤー引きのスロットルのため、私がプログレで感じているアクセル操作に対する反応の悪さが無く、うっかりアクセルを踏みすぎてギクシャクすることは無いのが尊い美点だ。

自宅から10km離れた勤務先に向かう際、マークIIは低回転で余裕を持って走るのでエンジンノイズが低い。加えて高級車として遮音材も充実しておりダッシュアウタサイレンサ、フードサイレンサといった現代では当たり前のNVアイテムに加えてダッシュ部にはサンドイッチ鋼板が採用されて遮音性能にも気配りされている。



荒れた舗装路面を通過しても下手すると現代の車を凌ぐロードノイズの小ささを持っており、路面変化にも強い。舗装悪路を通過すると、ドアガラスがバキパキと音を出してしまう点はサッシュレスドアを持つハードトップタイプの宿命ともいえる異音だ。一般的なフレームドアやプレスドアはドアガラスを保持するフレームに組みつけられたガラスランの溝に沿って昇降し、閉まっている時も走行時の負圧によるガラスを車外へ引っ張る力が働いてもフレームによって支えられるが、マークIIの場合はガラス自体が負圧に耐えなくてはならない。ガラスが負圧で浮いてしまえばそこからシールアウトして笛吹き音が発生してしまう恐れがある。その為、ボディ側のウェザーストリップもハードトップ専用の複雑な形状(押し出し部分が短くてコスト高)をしている上、少し強めに当たるように設計的にガラスを倒し込んでいる。更にガラス自体も板厚が厚く剛性と遮音性を高めている。この重いガラスが受ける反力を受けているのがガラスを昇降するアームの先端に取り付けられたホルダーであり、ここに応力が集中し、経年で音が出るようになってしまう。更にウェザーストリップとの接触状態が時々刻々と変わることで発生する異音もサッシュレスドアではしばしば課題になる。

路面によるこもり音やロードノイズが抑えられている反面、このパキパキ音が目立ってしまいヤレ感に繋がってしまうが、私はこれぞハードトップ!とばかりこの音を楽しんだ。

乗り心地は試乗車がTEMS装着車だが、走行距離が嵩んでいる為ショックは抜け気味でゴトゴト音と時として突き上げるようなショックが感じられた。ゆっくりと良路を走るときのリズム感は高級車らしいゆったりしたものだが、それはサスペンションのストロークと言うよりタイヤとブッシュの仕事だったのかもしれない。



勤務先の駐車場は大変狭いが、小型車サイズ上限ギリギリとは言え車幅が狭いマークIIは例えばヴェルファイアとプラドの間の限られたスペースでも難なく駐車できる。ステアリング切れ角が大きく最小回転半径は格下FFセダン並の5.1m。205/60R15というサイズながら取り回しは良好でしかもフェンダーマーカーのお陰で車両感覚も把握し易い。勝手に運転がうまくなったような錯覚を覚えそうだ。例えば自分が少年時代に自転車で駆け回ったような狭苦しい路地もマークIIなら何の苦労も無く入っていける。

市街地におけるマークIIはアクセルをちょっと踏んでやるだけで充分良く走り惰性で流しながら軽いパワーステアリングをくるくる回しながら滑るように走り抜けていく。

静粛性はまさに高級車然としているのに狭い路地もお手の物で、1800mmが新しい車幅の基準になりそうな昨今でも小型車枠に収まっていればこんなに自由自在に走れることを再認識させられる。日本人の為の上級小型車だから当たり前の事なのだが2021年の目線では大変驚くべきキャラクターなのだ。

●中距離ツーリング
緊急事態宣言も明けて家族を乗せて実家に帰省する際、マークIIを連れ出した。トランクルームに荷物を満載にして後席にはCRS(チャイルドシート)を取りつけた。



狭苦しいハードトップに見えてしまうマークIIはさすが上級小型車で我が家のデミオより室内長が70mm広いだけとは思えない余裕を見せている。室内長はインパネからRrシート後端までの寸法の為、FRのマークIIのトーボードの深さが足元の広さに寄与して数値以上の室内の広さに繋がる。



自宅を出発し、最寄のICまで向かう。人と荷物を満載していても通勤で感じた印象と変わる事無く、滑るようにマークIIは田舎道を駆け抜ける。3.0Lエンジンはパワーに余裕があるためアクセルを踏み増さないと走らないとかそういったネガを一切感じさせない。そのままETCを通過し高速道路へ流入した。軽いアクセル操作で「うおーん」と遠くでエンジン音が特徴的な音色を奏でながら車速は100km/hとなる。4速ロックアップ時に2500rpmという回転数は、トヨタ車でお馴染みの回転数である。

直列6気筒は素性が良くスムースなのでこの回転数で走らせても「うるさくてたまらん!」とか「ステアリング振動がビリビリくる!」などと言う失態は無い。高速道路で主に聞こえる音はエンジン音とサイドバイザーの風きり音と経年変化によるウェザーからのリーク音である。

前方の遅い車を見つけてアクセルオフする際、想像よりエンブレが良く効くのでアクセルの調整だけで高速道路を充分に走行できる。動力性能は2021年の流れの速さを考えると十二分に走れる余裕があり上り坂に差し掛かっても失速しないあたりは現代の車よりも明らかに優秀であると断言できる。これなら新東名でも悠々とクルーズできること間違いなしだが、注意が必要なのはブレーキの食いつきが悪いので、前の車間が詰まっていると、前方の早いブレーキで自車の減速Gが出ずに肝を冷やす事になる。グランデG系は後輪もベンチレーテッドディスクが採用されて性能的に配慮がなされた形跡はある。しかし、鳴きやダストの副作用が看過できずパッドのチューニングが行われた結果だと推測する。21世紀基準で見れば明らかに能力不足の危険なブレーキと判断する。



市街地で少し洗練を欠いた乗り心地だがその渋さと言うか堅さは転じて高速道路では落ち着きが良さに感じられる。安定性に関しては車高が低めで全長が長いため、空力的な素性がよい事も関係があるかもしれない。TEMSはSOFTからMEDIUMに切り替わるが、実はさほど変わったと感じることは無かった。スイッチ操作でSPORTを選べばHARD固定になり、確かにレスポンスが良くなるのでSOFTとの違いはよく理解できた。この手のスイッチ装備のジレンマは変化する事をドライバーに感じさせないと有り難味が分からないが、変化を強くしすぎるとスイートスポットを外してしまう所にある。カローラの2段階切替式はまさにそのタイプだったが、マークIIの3段階切替式はそれよりは印象が良かった。

当時としては最高峰のエンジンを積んだマークIIは流れの速い高速道路でも流れをリードできる動的性能を誇る。踏めば湧き上がるトルクのお陰で登坂車線が出てくるような上り坂でも少し踏み込んでやるだけで悠然と加速する。普通の車ならロックアップを外して回転を上げることで駆動力を確保するが、マークIIはそもそものトルクが太く、相当なアップダウンでも平坦路の様にすまし顔で走り抜けられるロバストな特性を持っている。

とても暑い日中であったが、エアコンは恐ろしいほど良く効かせながら3時間の移動を快適にこなすことが出来た。

●ワインディング路
帰路は敢えて県道80号線(残念ながら83号線ではない)を通ってワインディングを楽しんだ―と言っても、貴重なマークIIに家族を乗せているのでちょっとリズム良く走らせるくらいのテンポ感だ。

プログレと較べると、クイックなステアリングと癖の無いスロットル特性、最高出力は同じ200psながら排気量の大きさからくる豊かな実用域の力強さでダムの横の長いストレートをキックダウンもせず一気に駆け上がった。



前方に迫るヘアピンカーブは早めにフットブレーキで手前から準備し、コーナー手前でアクセルに踏み変えて定常旋回し、立ち上がりでも2000rpm~3000rpmで加速を楽しんだ。7M-GEは旧世代のM型の家系といえどもフロントヘビーゆえの回答性の悪さは気になるレベルとはいえなかった。R32スカイラインあたりと較べられてしまうと残念ながらシャシー性能の分が悪いが、だからとってマークIIがワインディングで退屈なのかと聞かれればNOという答えになる。運転操作に車側はちゃんと応答があるので極端なハイスピードでなければ私が家族を揺らさずに心地よい走りを探求する余地が残されている。うたた寝している家族にバレないように80号を楽しんだ。

この道は私にとっては免許を取って何回も走り込んだ懐かしい路線だ。当時と違うのは、若さゆえの無茶な走りではなく、周囲の車との関係性や車の特性に合った走りに変わったことだ。ブイーンと加速してググっとブレーキ踏みながらステアリングを切ってタイヤを鳴らしながら曲がって全開で立ち上がるあの日の走りとは違い、官能的な走りを求めながらも優雅に走らせることをヘタクソなりに目指した。

色んな車で80号線を走らせたが、マークIIでのドライブはダイナミックでありながら高級セダンらしいエレガントさが隠し切れない部分があった。暴走族のような感覚で速く走る事は向いていないが、一般的な技量のドライバーがちょっと運転を楽しみたい時に大排気量エンジンの動力性能とFRらしい素直なシャシー性能が功を奏して充分Fun to Driveな体験が出来るように躾けられていた。

●軽く思い出話と自分の成長を感じた話
私にとっての最初のマークIIは母の実家にあった1981年式のGX61系マークIIグランデ(大阪トヨタのステッカー付)だ。このマークIIにはよく乗せてもらっていた。私はかっこよくて好きだったが、セダン嫌いの母に言わせれば趣味の悪い金色の狭苦しい車、という評価であった。

1988年、私は幼稚園に通っていた。同級生のW田君の家には真っ白なGX71系マークIIがあったがエレガントさでは母の実家のマークIIに分があると考えていた。そんな時期はGX81系がデビューした。GX61的なテールの長さがスポーティで内装は豪華絢爛な車。このマークIIのフラッグシップであるグランデGを購入したのは叔母の夫であった。家族で会社を経営していたKさんはバブル景気の最中にまばゆいばかりのグランデG(スーパーチャージャー)で埼玉の祖父の家に遊びに着ており、たくさん助手席に乗せてもらったものだ。



国道4号のキューピーマヨネーズ横の長い直線での全開加速。子供では耐え切れないほどの加速Gに圧倒されながらバーグラフのタコメーターが踊るのを見ていた。当時の我が家は盆と正月は埼玉に帰省しており、かなりの確率で東京ディズニーランドへ遊びに行っていた。我が家はEP71スターレットに乗っていた1990年頃だ。早起きして車三台に分乗して5家族3世代で出かけたが、私はよくマークIIに乗せてもらっていた。当時はチャイルドシートに座る概念が(少なくとも我が家周辺には)無く、従兄弟たちとぎゅうぎゅうになって出かけたのが良い思い出だったが疲れてくると狭苦しい車だなとも感じた。

バブル絶頂期、今度は父方の伯父がクレスタのGTツインターボを購入した。元々MA45系セリカXXに乗っていたお洒落な伯父さんだった。子供好きなおじさんだったが、勤務していた百貨店から独立して事業を始めた途端バブル崩壊。景気が悪くなる直前の時に買い換えたのだ。お正月の祖父宅にマークIIとクレスタが並んでいるのを見るのが大好きだったが、バブル崩壊後クレスタは売却され失われた10年の間に伯父と再会することもできなくなってしまった。

マークIIは90年代の日本なら一日に何回でも見かける程ありふれた車だった。そういえば同級生のN山君もW谷君の家もハイメカグランデが止まっていた。



JZX90系マークIIは中学の時の担任U先生が乗っていた。気に入っていたようだが教え子と結婚(!)して子供が産まれてハイエースレジアスに買い換えた時に時代を感じた。GX100と言えばモデラーNさんのお父様が後期モデルに乗っていて一度運転させていただいたが、VVT-iが着いて円熟の域に達した1Gとカッコいいウッドステアリングが大好きだった。

しかし、それ以後いつしか身の回りから新しいマークIIに乗っている人を段々と見かけなくなってきた。その一方でGX81系が10年落ちとなる2000年代中期になってもアルバイト先の店長(ハイメカグランデ)もそこで働く同僚(ツインカム24グランデ)もマークIIに乗っていた。

私の同級生のW谷君の実家では白いハイメカグランデから程度のよいガンメタの2.5グランデに中古代替した。当時、免許取立てのW谷君の練習に付き合ったことがある。全国の津々浦々の中流意識を持った家庭のマイカー、或いは若者が憧れるハイソカーとして販売された後、中古車となってもタマ数が多く手頃な高級車として私達日本人の生活の中にマークIIが重要な地位を占めた時代が確かにあったのである。



だから2000年代に突入してもGX81系マークIIなんて石を投げれば当たるほどの残存数で別に珍しくともなんとも無かった。自動車の耐用年数が右肩上がりで伸びる中での12年落ちの中古車である。いまでもうっかり旧車であることを忘れそうになるが、程度がいい車を街中で見かけるのは月に数回あるか無いかになった。



マークIIは手が届く高級車として大衆の絶大なる支持を得たのだが、一方でその類稀な魅力に魅せられた人達が集まった80三兄弟倶楽部というオーナーズクラブも存在した。普段はBBSのやり取りや種々の記事を楽しむサイトであったのだが時々大規模なオフ会が開催された。複数の知人がマークIIを保有しており、オフ会も帯同で参加していた。おかげさまで私はマークII・チェイサー・クレスタ、1G-FE、1JZ-GE、7M-GEなど色んな三兄弟に同乗させていただく機会に恵まれた。もう2000年以前、旧世紀の出来事である。



2001年に免許を取ってライトエースノアを乗り回していた当時の私のマークII評は狭苦しい・カッコいいけどオールドファッションで運転しても同乗しても車酔いする、というものに変質していた。実は同級生W谷君宅のマークII2.5グランデも俊敏な加速を楽しんで運転していたら徐々に吐き気をもよおして・・・。それ以前にも別の方のグランデGに同乗した際に前日の寝不足と相まって強烈に車酔いしてしまって、という経験を経てハイソカーは身体に合わないなんていう誤解をしていた。一方では同乗して車酔いなく楽しめたマークII系もあったのだから決して車のせいでは無いのに数少ない車酔い経験の舞台が3ナンバーのマークIIだったので車の出来栄えとは別に私の身体が勝手に苦手意識を持っていた。

それゆえ今回の3.0グランデGをお借りする話が出た時も車酔いを非常に心配していた。妻は三半規管が強く、子供達も車酔いをしたことが無い。私が一番車酔いしやすいのだが、ちゃんと吐かずに運転できるだろうかと少し不安になったことも事実だ。あれから約20年、当時と較べて運転技能が上達したらしく、私でもそれなりにマークIIを運転することができ、車酔いする事無く高級車らしい味わいを堪能することが出来た。何だか意図せず自分自身の運転スキルに関して成長を感じることが出来た。

●まとめのようなもの



私にとっては旧車扱いするのも違和感が出てしまうほど身近にあった車、それが6代目マークIIだ。子供の頃から触れてきた車だし、若い頃は4気筒ガソリン・ディーゼル以外の全エンジンに同乗した経験があるし、若かりし頃1G-GEと1JZ-GEは実際に運転もしたことがあったので何となく分かった気になっていたが、歳を重ねてからじっくり向き合うと過去とは違った感想になったことが大変興味深い。

マークII3.0グランデGとの生活に慣れた頃、インスタントカメラで撮影した懐かしい写真が出てきた。当時の80三兄弟倶楽部オフ会の写真である。



駐車場で並べてニヤニヤする、ファミレスで紙資料を回覧しつつ朝まで喋り倒す、八幡の解体屋さんでシャイニングエンブレム、G内装剥ぎ取り大暴れetc...楽しい記憶が甦ってくる。



名古屋で集合してナヴァリーヒルズで一泊して翌日八幡でもぎ取り大会というハードな移動スケジュールのミーティングを繰り広げて、挙げ句の果てには東名阪バトル(合法範囲内ですから!)というキーワードを思い出して一人で懐かしい思いに浸ってしまった。



よく考えたら私の手元には丁度マークIIがあるじゃないか。緊急事態宣言も明けた。私は思い出の場所を目指してマークIIのステアリングを握った。



三重県某所のちょっとしたカーブなのだが、当時のオフ会でよく立ち寄った場所だ。当時の写真も残っている。ちょっときつめのコーナーなのでサスが柔らかい80三兄弟達はスピード感のある写真が撮れるのだが、私は免許が無かったので撮影専門。朝、ここで軽く撮影会やってから八幡を目指して国道163号線をひたすら走ったものだ。






私は当時を思い出しながらそのコーナーを当時の諸先輩方を思い出して曲がってみた。






時空を超えてオフ会に参加したような懐かしい気持ちだった。

もう誰も覚えていないかもしれないがそのコーナーの名前はMtokコーナー。通称81マークIIも立派な旧車として認められている現代、すっかり時代が変わってしまったが、まだ中古車として現役だった時代の楽しい想い出と2021年のリアルな体験がクロスオーバーする面白い試みだった。



マークII自ら謳った「名車の予感」は完全に的中し、明らかに「名車」に相応しいと私も実感した。当時の景気のよさに後押しされたとは言え空前の大ヒットを記録して、大衆の心を掴んでメーカーにも多くの収益をもたらしたはずだ。そしてマークII自体も高級車の世界を余すところなく表現しつつ、マークIIらしさを失わない主張がキチンとある点も名車にふさわしい。

自動車はたくさんの関係者たちの手を介して完成されるから、どこかの部署だけがいい仕事をしても他がポンコツな仕事ぶりではロクな車にはならない。全ての関係者の目線を一つのベクトルに合わせていたことが車を見ればわかる。それは企画部署がマークIIらしいモデルチェンジとは何かを真剣に考えて販売最前線である販売店の意見にも耳を傾けてお客様目線に立ってお客様が欲しいと思えるマークIIを計画し、それに経営者が納得して開発部門に作らせた結果なのだろう。

実際に乗ってみればその圧倒的な高級感と大衆車とは異なるメカニズムによる機能性と大衆車と変わらない高い実用性を両立させたとんでもない実力を堪能することが出来た。特に今回は3.0と言うこともありA/Cガンガンに使用して家族4人+荷物を満載した状態でも余裕のある走りを見せてくれた。またこれがマークIIだ!という強いメッセージ性は30年以上たっても色褪せないし、当時に戻ることが永遠に無い不可逆なものと知っているからこそ尊いものに感じられた。



貴重な名車を貸してくださったばりけろさんに感謝。
Posted at 2021/08/03 23:02:12 | コメント(4) | トラックバック(0) | 感想文_トヨタ・レクサス | クルマ
2021年04月21日 イイね!

2000年式プログレNC250感想文

2000年式プログレNC250感想文●要旨
小さな高級車といういささか使い古されたコンセプトにトヨタが挑戦したのは1998年。一般的には小型車にゲタを履かせてこの手の車を作ってきた例は散見されるが上級車のコンポーネントをシバき倒してコロナサイズに押し込んだパッケージングはお見事の一言。そのしわ寄せは外装デザインと内装の収納性、運転席足元の狭さに行くのだがコダワリの強いキャラクターゆえ、デザインどうこうというよりも乗れば乗るほど好きになってくる。本格的なメカニズムを有するので走らせれば真のトヨタ的高級車の世界を味わえる。持てる高性能は全て快適・安楽の為という思想は走り方を間違えると、とてもつまらない印象を持ってしまうが、ハマる走り方をしたときには疲れないし心地よい。車全体から技術志向の強さが窺い知れ、ともすれば技術者の独りよがりに見える。しかしメリットデメリット含めて一本芯の通った車作りは実際にコンセプトに共鳴したオーナーにはしっかり伝わった様で、今でもユーザーの満足度は高い。惜しむらくはトヨタがプログレを育てなかったことだ。石にかじりついて後継モデルを開発すれば日本的価値観の高級セダンの選択肢としてジャーマン3に対抗できたのかもしれない。


満足している点
1.絵に描いた餅を実現させた執念
2.小さいのに充分な居住空間
3.類似サイズのFFを凌駕する取回し性
4.圧倒的なNV性能
5.細部に宿る設計的な正しさ

不満な点
1.熟成を投げ出したメーカーの姿勢
2.アクセルオン時の急なGの立ち上がり
3.ヒヤリとするブレーキ性能
4.高速走行時のスタビリティ
5.燃費


●食べられる絵に描いた餅―プログレ
1998年5月14日、トヨタは新しい価値観で開発された高級セダン「プログレ」を発売した。高級車はボディサイズが大きいという常識から脱却し、小型車サイズでありながら機能面では高級車と呼ぶに相応しい実力を兼ね備えた「食べられる絵に描いた餅」である。自動車が工業化されて以降、ボディサイズこそがヒエラルキーやステータスを表現するものとして考えられてきた。安い車は小さく、高い車は大きいという常識があった。しかし、自動車以外では「小さい方がより良い」価値観も存在している。旧くは俳句に代表されるようにわが国は伝統的にモノを小さく作り、より良くする事にコダワリを持ってきた。



トヨタ自身もヒエラルキーをうまく利用してきたが、トヨタ自らこのヒエラルキーに反した挑戦的な高級車を生み出すことを考えた。当初はFFで企画がスタートしたが、ビッグキャビンを実現する為にはロングホイールベースが必要なことが判明。FF車の場合はE/GとデフがFrオーバーハング部分に存在する為最小回転半径が大きくなり、全長が長くなってしまう構造的背反が存在することから、駆動方式を敢えて古典的なFRに変更し、ホイールベースを高級車並みの数値を保ちながら前後オーバーハングを削ることを企てた。オーバーハングを短縮すると衝突時のストロークが確保できないというデメリットもあるが、ストロークを阻害する要素を取り除くなど地道な対策が織り込まれてBMW3シリーズを凌ぐショートオーバーハングを獲得している。

こうしてプログレ最大の特徴といえる革新的なパッケージングが実現した。つまり全長×全幅を同社のコロナ・プレミオと揃えつつ、室内はクラウン級の広さを実現したのである。下記に寸法関係を横並び比較した。

車種
エンジン駆動方式 全長×全幅×全高 ホイールベース 最小回転半径 車重 ホイールベース÷全長


プログレ:
L6 2.5L FR 4500mm×1700mm×1435mm 2780mm 5.1m 1460kg 61.2%
コロナプレミオ:
L4 1.8L FF 4520mm×1695mm×1410mm 2580mm 5.3m 1120kg 57.1%
クラウンHT
L6 2.5L FR 4820mm×1760mm×1425mm 2780mm 5.5m 1500kg 57.7%
メルセデスC240:
V6 2.4L FR 4525mm×1720mm×1420mm 2690mm 4.9m 1400kg 59.4%
BMW328:
L6 2.8L FR 4435mm×1695mm×1395mm 2700mm 5.0m 1420kg 60.9%


プログレはドイツ製高級セダンを意識したサイズ感を持ちながら、ホイールベースを全長で割ったキャビン比率は最も高水準である。



エンジンは多くの高級車に搭載されてきた1JZ-GE型2.5L、2JZ-GE型3.0L直列6気筒エンジン、FrサスメンはマークII、Rrサスメンはアリストのものを流用しながら車幅に併せてアーム類を新設した。革新的なパッケージングだが、その全てを一から開発せず、既存のFR系高級車の資産を上手に活用している点はトヨタの持つ技術の層の厚さというか幅の広さを感じさせる。下敷きとなる既存のP/Fが無ければ一から開発する事になり投資の面で膨大になり、現実味を持たせるにはFFや非マルチシリンダーエンジンを選択せざるを得ないからだ。事実、先行する同種のコンセプトを持ったモデルは大衆車をブラッシュアップした類のレベルに留まる例が多く、その点でプログレは本格指向の高級車でありながらボディサイズだけがコロナクラス(ミディアムサイズ)なのである。

プログレはFF時代から数えて8年間開発が続けられたそうだ。発売5年前の1993年にはコロナサイズのFR車とすることでビックキャビンを実現させる目処が立った。開発途中その存在がスクープされニューロンという仮称も公にされた。



小さな高級車という特徴は早くから報道され、当時中学生だった私は雑誌のイメージ模型が掲載された記事を読んだ記憶もある。途中で開発が中止になったという記事が出てその後、870Tという開発コードを得て再び商品化に向けて動き出した事も雑誌で知った。その後、1997年の東京モーターショーにNC250として参考出品されてお披露目され、翌1998年5月にニューロンからプログレに名称が変更されてようやく発売された。プログレはマークIIとクラウンの間の価格帯に位置づけられ、スタート価格は高級車の閾値とされる300万円を超える。

NC250:310万円
NC250ウォールナットPKG:325万円
NC300:350万円
NC300ウォールナットPKG:365万円


決して小さくても決して安売りはしないという決意も感じる。ボディサイズはマークIIより小さいのにマークIIより高く、性能面ではセルシオに並ぶものもあるのにクラウンよりも安い。価格面でもヒエラルキーを超えた存在である。本革ステアリングやシフトノブ、パワーシートや電動テレスコなどの高級装備に加え、前席オートPWや撥水ドアガラス、デュアルエアバッグやブレーキアシスト、ABS、VSC、TRCといった安全装備も標準で備わり、最廉価グレードを選んでも決して引け目に感じさせない。

試乗車はMOPでナビゲーション機能付EMV(27.5万円)が追加されているので試乗車の車両本体価格は337.5万円だ。この他、DOPは定番のサイドバイザーは未装着で、フロアマット_ロイヤル(3.4万円)、オートエアピュリファイヤー(4.5万円)が装着されている。この個体を新車で買った初代オーナーは総額400万円近い買い物だったはずだ。



デビュー直後、好評を博し発売一ヶ月で6000台もの受注を獲得した。月販目標は2000台なので3か月分のオーダーがあったという事になる。マークIIやクラウンのボディサイズが普通車枠へ移行した後に現れたコンパクトな高級セダン。高齢化社会が近づくわが国でいずれ求められるであろう本格的高級車はトヨタにしか作れない車であるとも感じられる。


●エクステリアデザイン
プログレは当時としては独特のパッケージングが採用され、その影響を強く受けている。ショートオーバーハングかつビッグキャビン、それでいて全長は4500mmとがんじがらめの制約がある。ボディサイズに余裕がない分、精一杯高級車らしく見せようという努力が伝わってくる。



フロントビューは伝統的な価値観に基づいた大型で安定感のある台形のラジエーターグリルが鎮座。クロームメッキと塗装で繊細な高級感を演出しつつ、従来のヒエラルキーに属さないことを示すNCマーク(ネオカテゴリー)が中央に配置される。ヘッドライトはプログレの最大のアイコンと呼べるマルチリフレクターヘッドランプが印象的だ。一般的なヘッドライトと異なり、ハイビームのみフードが部分的にくり抜かれ、フードの穴から覗かせるという非常に建付け的に難しい技法を使ってフロントマスクを形成している。フードはインナーとアウターで構成されているからくりぬかれた穴位置がぴったりの位置に精度よく存在しなければならないし、穴の円周部分はフランジを折り曲げるヘミング加工が必要。精度が悪く穴被りするとハイビームの照射に影響が出るなどの難しさがある。



この角型・丸型を組み合わせたフロントマスクは、プログレであるという個性を存分に発揮しているし、私がプログレの絵を書くとしたらまずヘッドライトを描くだろう。サイズの制約が厳しいことから平面的になりがちだが、Frマスクに関しては鼻筋を通したグリル~ヘッドライト間の段差で立体感が出ているし、Frバンパーのめっきモールや幅広フォグランプによって高級車らしいグラフィックを手に入れている。プログレは車内を広くすることに心血を注ぎ、キャビンを大きくした。このためガラスより上のキャビンがかなり外に出されている。ルーフを小さめにすると、スポーティでカッコいいスタイリングになるが、プログレの車幅では頭付近の圧迫感が問題になる。だから、プログレを正面から見るとピラーは垂直でちょっと野暮ったい。しかし、それがプログレなのだ。



サイドビューもプログレらしさで溢れている。2780mmのホイールベースはクラウン同等だがオーバーハングが前後合わせて330mmカットされている。それでいて全高は1430mmと高めなので、旧来の高級車が持つエレガントさを表現しにくいのがハンデであるが、ここで安易にルーフを下げたりクオーターピラーを寝かせたりしてパッケージングを侵食していない点がプログレらしさだ。基本的にはショルダーのさりげない水平プレスラインで可能な限り長さ感を強調し、Aピラーは定石どおりFrホイールセンターに刺さる位置関係を堅持。Cピラーは立ち気味なのだが、バックガラスと繋がる後側を寝かせる錯視効果で安定感とエレガントさを維持した。ベルトラインが低めで健康的なキャビンは存在感があり目立ってしまう上、オーバーハング部が短いので頭でっかちな印象になりかねないが、Fr側はヘッドライトとフードの段差が立体感を出し、Rrクオーターは敢えてRrコンビランプを回りこませずにクオーター部を平面的に見せることでセダンらしい長さ感を保つ努力をしている。Rrコンビランプがサイドまで回り込んでしまうと、トランクが短く見えてプログレのボディサイズでは高級セダンらしく見えない。そしてラゲージドアは全長一杯まで後に引くことでセダンらしさをダメ押しでアピール。真横から見ると前後バンパーの張り出しの短さが、往年の高級車のナローボデーの様に見えてくる。「ああ、3L車はモールで幅広げて大型バンパーが付くのね」と言われそうなバンパーは恐らくデザイナーの意図とは完全に異なるが、私には昔の5ナンバーフルサイズの高級車風の処理の如く懐かしさがこみ上げてくる。



フロントビューでキャビンを目一杯拡大したと書いたが、実車のドアベルトラインモール付近を触ってみると、SUS製ベルトラインモールからドアアウタパネルの段差がほとんど無く、垂直な面になっている。



実際に比較したわけでは無いが軽自動車並みに攻めた寸法関係だ。私のカローラやRAV4ですらベルトモールからドア最外側まで豊かな面で意匠されている。(ビッグマイナーチェンジされたISを正面から見ると上記の意味がよく理解できると思う)車幅は1700mm、それは絶対に超えられないプログレが自らに課した制約の一つであり、なんだか撫肩の人の様にも見える。キャビンスペースを最大化する為にトヨタとしては珍しいグリップタイプのドアハンドルを採用。ドアのワークスペースを外に出すことが可能となり、その分車幅一杯に室内を広げることができたのだ。制約だらけの中でドア断面を出入りさせて表情が作れない代わりに、地平線の映り込みが多いドアとする事で、駐車中の路面が移りこんで艶やかに見せる効果をあげている点は面白い。苦し紛れのスタイリングの中で大変興味深い工夫である。



リアビューは外周にクロームメッキを施したラゲージリッド付けライセンスガーニッシュにはバックランプを配置。両サイドのRrコンビランプは縦長で光らないダミー部を極力減らすことで、面積の割にキラキラと輝いている。当時はLEDは採用されておらず、電球だが直接電球が見えないように隠しレンズで覆うなど配慮も行き届いている。しかも、製造時に樹脂を流し込むゲート部が一般的な意匠面ではなく、トランクで隠れるランプ側面部分に設定され、こんなところまで気を遣うのかと感心した。



プログレのエクステリアデザインは、あまりにも制約が多く、幾多の苦労の末に生み出されたのだろうと推測する。伸びやかでは無いし、エモーショナルでもない。しかしながら、一度運転すれば比類なき高性能と高効率パッケージングの正当性が実感できる。だから、乗った後にプログレを見るとかっこ悪さの裏に潜む設計的正しさに否応無く納得させられてしまうのである。全ての線に意味があり、全ての寸法に理由がある。そういう設計的正しさによる正論ノックの前では情緒的なデザイン優先派も風前の灯であろう。ただ、それでもプログレの持つ全体の佇まいやディテールにスタイリスト達の仕事の成果が伝わってくる為、それでも諦めなかったスタイリスト達の細かい工夫によってプログレの意匠は大いに救済されており、その仕事は称賛されるべきである。

旧い話だが、制約によりトヨペットマスターのドアを流用し、小型タクシー枠に無理やり収めたトヨペットコロナを思い出した。モデルライフ中は不格好と言われても、モデルチェンジ後もダルマコロナとして親しまれる結果になることもある。私なんかは仕事終わりに疲れた足取りで駐車場へ向かい、街灯に照らされたプログレを見るとホッと心が安らいでしまうのだ。



疲れた時に心乱されるような情熱的なスタイリングは時として高級車に相応しくないが、プログレのコンセプトとエクステリアは良くマッチしている。最初はパッとしなくても段々と好きになってくる、プログレのエクステリアはそういう狙いがあるのだろう。

完全な余談だが、会社の同僚にプログレを買ったことを伝えたところ、その同僚の同級生のご実家がお寺をやっていて、かつて新車のプログレを購入されたという話を聞いた。せっかく買ったのに檀家さんから「ガイシャなんか買って儲かってるんだな」とクレームが入り、仕方なくプログレの「道路公団の出来損ないマーク」を取り外してトヨタマークを貼り付けて対応していたという。今でこそトヨタのプログレという感じだが、当時はトヨタらしくないネオカテゴリーな姿をしていたのだろう。試乗車のラジエーターグリルを裏側から見るとトヨタマークがすぐ取り付けられるようになっているではないか。トヨタマーク用座面の上からオリジナルのNCマークが装着されていると始めて気づいた。まさかトヨタマークも貼れる様に準備していたとはトヨタも檀家さんからのクレームを予見していたのだろうか(笑)



●インテリアデザイン
外寸は小型車サイズという制約がありながらも、プログレのインテリアは質感・心地よさ・機能性などの面で実に高級感を感じさせてくれる。



運転席に座っただけで目に入るピラーガーニッシュやオープニングウェザーストリップにも植毛仕上げが奢られてドアフレームなど板金部品は黒塗装されて見栄え触感共に配慮が行き届いている。内装の印象を決定付けるインパネは全体を伸びやかな線と張りのある面で構成し、室内を広く見せる小型メーターフードを採用。高級感がありながらオーバーデコレーションにならない知的な印象を目指したという。



中央の電動ポップアップ式EMV(エレクトロマルチビジョン)、アナログ時計が高級車らしい伝統と先進感を演出し、運転席周りは文字盤面をダークブルーに発行させるオプティトロンメーターを採用、初代セルシオで始まり、トヨタ内外で採用例が増えたブラックフェイスで指針が浮き上がるオプティトロンから少し離れて新しさを訴求しているが、左から燃料・速度・シフトポジション・タコ・水温の順番で奇を衒わない視認性の良いレイアウトとなっている。



インパネの上下分割では高級車の定石どおり木目調パネルを採用。センタークラスターはエアコンスイッチとオーディオパネルを一体化。当時としては新しい左右独立式温度調整を実現。ステッチ入りのソフトな触感をもつセンターコンソールは開閉機構をスライドと回転を併用することで外寸の割りに容量を確保している。



ドアトリムも高級車らしく見栄えと触感が本格的でダブルステッチに寸分のヨタりもないし、手をかけるグリップ部はつかみ代が広く、やや重いドアの開閉がし易い。トリムのどこを掴んでもドア開閉が出来る非常に優れた機能を持っている。その触感はソフトでありながら底付き感がなく、現代の高級車をも凌駕する手触り感だ。さらにインサイドハンドルはマグネシウム合金のダイカスト品を採用、質量と本物が持つ冷たさを両立しているしどこを触っても情けない樹脂の肉抜きリブが露出しない。

シートはこのプログレの見せ所だ。ソフト感のあるジャカード織の生地はイタリアから織機を輸入して製造されたプログレのためのもの。分かり易さだけならモケットで良いのだろうが、模様がプリントではく立体的な織り方で表現され、しっかりしつつも柔らかい触感のシート生地は挑戦的だ。別途本革シート使用も設定があるが、個人的には布シート仕様をどうしても選びたかったので座るたびに満足している。そのほか、合わせ目に玉縁を採用することで縫い目が露出しないつくりの良さを表現。高級車らしくパワーシートが標準装備されており、前後上下とリクライニングに加えランバーサポートが備わる。他にもシートベルトのラップアウターをシート付けにしておりあらゆる体型の乗員に対してシートベルトが取り出しやすい位置に来るようになっている。



他のトヨタ製高級車で見られるバックル照明や電動アジャスタブルアンカーなどは未採用だが、シート付けラップアウタの様な毎日の運転で必ず恩恵が享受出来る高級機構は積極的に取り入れている。ただし、サイズとしては日本車らしいやや小ぶりなサイズで長時間の着座は少々腰が痛くなる点は御愛嬌だ。



後席のゲストへの配慮も忘れていない。視線の先にあるシートバックにプログレマーク(道路公団の出来損ないマーク)が刺繍されている。ギャザーとステッチで高級感を表現し、カップホルダーつきアームレストでおもてなしをしている点もさすがセダンという出来栄えだ。

ちなみに、プログレにはウォールナットパッケージというセットオプション仕様があり本木目のステアリング、シフトレバーノブ、ウインカー・ワイパー、トリムパネルをセットにしたものでプログレを象徴するオプションである。プログレのためだけに削りだしで作られた専用部品は大変珍しく、当時はクラウンですら木目調パネルに留まり、本木目を使っているのはクラスレスな対応だ。だからこそ今でもプログレと言えばウォールナットインテリアを話題にする方が多い。今回の試乗車には残念ながら装着されていないが、標準仕様でも本革巻きは常識で装備水準は極めてハイレベルだ。

プログレのインテリアはエクステリアよりも伝統的で誰が見ても高級感を感じるものになっているし破綻は少ない。車幅の小ささは左脚とセンタートンネルの近さやセンターコンソールの幅の狭さ、カップホルダーの小ささ(ペットボトルが入らない)に現れているが、ショルダー幅で少しも窮屈な思いをさせないのはプログレが内側から検討されていった結果だと考えられる。5ナンバーサイズと考えれば充分な広さを確保しており「小さくても良いもの」というコンセプトを最も実現している部分ではないだろうか。

●優れた居住性は天才的パッケージングの賜物



ずっしりと重いドアを開けて運転席に座る。内溝式キーを差込んでイグニッションキーをONにすると、チルトステアリングが運転状態に動く。独特の風合いの運転席を調整しドラポジを合わせる。パワーシートと連動したメモリ機能は試乗車では実装着だがメーカーオプションで追加可能。夫婦で乗る場合などドラポジを記憶させておけば一々時間のかかるパワーシートの操作が省かれるメリットがある。運転席に収まってみると各部のクリアランスを確認すると、頭部~天井まで拳1つ分、頭部~アシストグリップ(カードホルダー)まで拳1つ分だ。車幅が狭い上にセンタートンネルが大きいので足元(特に左足)が少々狭いが、シートの座面中心とステアリング軸、ペダル配置自体に無理は無い。フットレストから伸びる左足がセンタークラスターと接触するのだが、ソフト材で覆われている為足と干渉しても特に影響が無い点は狭いなりに配慮がある。



後席に座る。プログレが後席もしっかり寛げるよう作られていることわかる。しっかり伸びたルーフ、しっかり背中を保持するシートバックの恩恵で腹回りが窮屈にならない程度にアップライトに着座する。ロングホイールベースの恩恵は足元スペースに表れている。拳3つ分の余裕があり、これなら足も組める。脚長の方もつま先が綺麗にFrシート座面の下に格納される。捻って入れなければならない最新のモデルと較べると脚が綺麗に入るだけでも心地よい。



多くのセダンはスタイリングの為クオーターピラーを寝かせたがるし、ラゲージドアの長さは、積載性とセダンらしい伸びやかさに寄与する為、実は後席頭上スペース直上がガラスだったり、ルーフヘッドライニング端末(分厚くクリアランス確保が困難な場所)だったりする例がある。プログレの場合、ロングホイールベースを生かしてヒップ位置を後方にずらし、正しく頭上にはルーフ板金がありヘッドレストがしっかり頭部を位置決めしてくれ、さらに足元が広い。スタイル優先の為後席を犠牲にしていない点は、小さな外寸のプログレで良くぞ死守した寸法関係だと思う。

プログレの居住性はボディサイズを考えると良い。全高を高めの1430mmとしてルーフを大きくしたのでアップライトに座り、ルーフに守られている感覚もある。その上で2780mmのロングホイールベースとした為、前後方向の広さが一層有利だ。一方、幅方向は小型車枠というポリシーに従って、あくまでも1700mm以下の車幅に抑えられているが、狭いかというと意外と広く感じる。座った際に最も張り出す肩回りの寸法が明らかに広い。これはエクステリアデザインの項で触れたドアガラス外出しの恩恵もあるのだが、ドアトリム形状に工夫があり、ドアトリムの前後方向の中でも乗員の肩が来る後半部分は断面を削って寸法を確保している事に気づいた。しかし全体的に削ると痩せて見えてしまい高級車として必要な品質感が出ない。そこで着座した乗員の目線に映る範囲は豊かな断面になっている点に工夫がある。乗員に悟られぬように巧みにパッケージングの努力が積み重ねられた結果がプログレの居住性の秘密なのであろう。

●力強く静粛な市街地の走り
プログレを始動する。650rpmの低いアイドル回転でもスムースな回転を見せるのはさすが直6だ。爆発圧力によるトルク変動E/Gの2次成分が無い優れた素質は走り出さなくてもすぐに分かる。



シフトレバーをDに入れてPKB解除レバーを引くといざ発進。バコンというPKB解除音すら角がなく気品を感じる。自宅付近の住宅街をクリープで走っていると本当にクリープ(這う・忍び寄る)感満載の走り出しをする事に驚く。まるで超伝導磁石の様にスーッと流れていく。そして角を一つ曲がっただけで脅威的な小回り性能に気づく。モーターショー出品者のNC250の公式スペックでは最小回転半径5.4mとされていたが、生産型は5.1mと類似するサイズのFF車を凌ぐ数値だ。
FRはE/G縦置きのため、タイヤ切れ角を大きくできる。ホイールベースが長い分、切れ角で取り回し性を確保したため、ロックtoロック3.25のステアリングをグルグルと忙しく操舵しなければならないが、ここは忙しさを感じさせずにエレガントに操舵したい。



郊外の一般道はほとんどアクセルを踏まずに走れる。信号が青になりアクセルを踏み込む。プログレはアクセルワイヤーの振動伝達をキャンセルする為、バネが仕込まれているらしく、このバネがレスポンスに遅れをもたらしている。不慣れな時は、発進時に不必要に踏みすぎて不意に強い加速になってしまうこともあった。ふとした瞬間に踏みすぎて頭部が振られて車酔いのような気持ち悪さを感じることもあった。

慎重に発進を試みればECT-iE(電子制御AT)が滑らかに変速して目標速度まで加速してくれる。定常走行時にはスッと回転が落ちてフレックスロックアップが作動する為、燃費に加えてドライバビリティがよい。フレックスロックアップとはロックアップクラッチに若干の滑りを許容させながら接続することで見かけのロックアップ作動領域を拡大して燃費向上を図る機構だ。従来型のロックアップではE/Gのトルク変動を伝えてしまうし、あまりに低速(低回転)でロックアップすると燃費は良いがE/Gそのもののトルクが足りず、加速の為に一々ロックアップを外すことになり、走りがギクシャクする。市街地での加速性能を重視してせいぜい60km/h程度からロックアップすることが多いがプログレの場合、状況が許せばフレックスロックアップが40km/h台から作動する。6気筒ゆえ低速時にロックアップされても不快な振動現象やこもり音が発生しにくい点が有利だ。現代のCVT車も加速が終わったらロックアップして思い切りハイギアードに変速する制御はよくあるが、プログレもアクセルを緩めると途端に回転が下がりフレックスロックアップが働く。プログレが他と違うのはハイギアでもしっかりトルクが出ており、低回転のまま振動も出さずにグッと加速してくれる点である。無理を重ねたエコカーの様にキックダウンとロックアップを繰り返す様な醜態は晒さない。平坦路や下り坂のエンジンブレーキも良く効くが、トルクフルなエンジンを生かして緩斜面でもハイギアでグイグイ登っていく。いわゆるルーズなATの様に見えて実は右足で思い通りに制御できる私好みのセッティングなのが意外だった。



プログレは高級車としてはコンパクトなので狭い道路で対向のため幅寄せしたり、駐車車両を避ける際の車両感覚の掴み易さが際立ってよい。バックモニターもクリソナもないのだが、水平基調の低いベルトラインや大き目のドアミラー、両端の持ち上がったフェンダーなど運転支援に繋がる工夫が盛りだくさんだ。ボディサイズが小さく、小回りも効き、視界も良いからプログレは運転し易い。狭い場所でも見えにくいから度胸で通過、或いは感覚を研ぎ澄まして通過をする必要が無い。駐車も得意科目で、よく曲がり、よく見えるためバックモニターがなくても充分駐車し易い(後年、バックモニターなどの運転支援が充実してさらに扱い易くなった)。動力性能に余裕があり狭い路地でも大歓迎、車庫入れもストレスなくこなすのだから、思いのほか急加速してしまう悪癖を除けばプログレは実に市街地走行に適した車であると言えるだろう。

●鈍足に見えて爪を隠すワインディング

いつものワインディングに持ち込んだ。最高出力200ps/6000rpm、最大トルク25.5kgm/4000rpmという諸元に期待しがちだが、プログレはここでも紳士的な対応を求められる。オーバーハングを削り、重量物を車両中央に配置しているのだから操縦性に期待したくなる気持ちも確かにあった。子供っぽくアクセルを深く踏み込んで直6の気持ち良い加速が楽しめるが、性能不足気味なブレーキで減速し、スローなステアリングを忙しく操作して連続するコーナーと格闘した先に大したドライビングプレジャーは無い。ロールの大きさもあって段々ぶっ飛ばす気が萎えて来るだろう。



一応、試乗の為にハイペースでプログレを走らせても一般ドライバーの私が運転した程度ではVSCが全く介入する兆しが無い。絶対的な実力はあるがプログレはワインディングを重視していないことがすぐに伝わってくる。プログレはあくまでもゆったりと加速し、挙動を乱さぬよう丁寧な運転をすればキチンと応えてくれる。ラフに操作してステアリングの反応が希薄な遊びのような部分も実はきちんと反応している。(初期の鈍さは後期型で対策される模様)



このあたりはワインディングが楽しくなってくる欧州ブランドやスポーティなモデルとは決定的に違う部分である。良し悪しでは無くて企画で与えられた性格ゆえ、どうしてもプログレのおっとりした走りが耐えられないなら他の選択肢もあるということだ。個人的にはワインディングをギュンギュン曲がるのが好きだが、プログレを運転している時は大人な余裕を持って滑らかに走らせることに努める事にしていた。

●ハイウェイでは横風に対する弱さも
仕事で県外に行く用事がありプログレで高速道路で現地を目指すことになった。ICからの合流加速はクオーンという直6サウンドを楽しみながらレッドゾーン手前まで上昇していく。1速は5500rpm、スロットルを自動で絞って変速ショックを減らしつつ2速へ。3800rpmまで落ちて再び5800rpmに到達するとすぐ法定速度だ。高回転でも嫌な振動を出さず回転が上がっていくのは気持ちいい。



プログレが搭載する1JZ-GE型エンジンはヘリカルスプライン式VVT-i(連続可変バルブタイミング機構)やACIS(二段式可変吸気システム)、2ウェイエキゾーストシステムなど様々な可変機構を備えてE/Gの性格を広範囲に拡張しているがその変化に段つき感が無い点もよく躾けられている。

高速域の回転数は目視によると80km/hで2000rpm、100km/hは2500rpm、120km/hは3000pm周辺を指していた。この設定は実家で乗っていたライトエースノアやイプサムと良く似たトヨタにありがちなギア比だが2021年目線だと若干ローギアードにも感じられる。個人的にはある程度E/Gが回っているほうがアクセル操作に対するレスポンスも良くこのギア比に好感を持っている。

コロナクラスのボディサイズに2.5Lエンジンなので充分にトルクがあり、アクセルに軽く足を乗せておくだけで楽ちんクルーズが可能。走行車線を遅いトラックが塞いでいても、追越しはストレスフリー。遠くでエンジンが回転を上げながら、俊敏に追越が完了する。ホイールベースが長い恩恵もあり、基本的には安定した走りに感じられるのだが、急いでいたこともあり車速を上げて釣り橋が連続する区間に差し掛かった。横風が非常に強く、プログレは思いのほか大きく進路を乱された。



数年前に借りたAA63カリーナGT-Rと良く似た感覚だったのがフラッシュバックしてきた。流れの速い追越し車線でもプログレなら無理なく走行できるのだが、横風が強い区間では常に修正舵を当ててまるで数十年前のドラマの俳優の様にオーバーにステアリング操作をしてようやく走らせる感覚はFF車の運転に慣れ切った私をハッとさせるのに充分な刺激だった。幸い、風で流されても車幅が狭いので少なくとも自分の走行帯から逸脱するような醜態は見せないが、後方からかっ飛んで来た「ニュルクラ」に進路を譲る事にした。

プログレは日本的な低い速度域での使用にピントを合わせているので高速安定性が他のFF系乗用車よりも明らかに劣るし、更に車高の高いSUVにも負けている。
アウトバーンを走らねばならないドイツ車は水を得た魚のようなシチュエーションだろう。トヨタも高速時のスタビリティの大切さに気づいたらしく、iRバージョンという専用サスや強化ブレースといったスタビリティ強化仕様を追加設定し、後期型からは一部アイテムを全車標準化して顧客ニーズに対応している。私が試乗しているNC250は残念ながら昔ながらのふにゃ脚だが、そもそも目を三角にして高速道路を走る車では無いわけで、私も大人になって目的地を目指した。



出張先で業務を終えた。安全靴と作業着から着替えてコンソールボックスに入っていたモーツァルトのCDなんて聞きながら高速道路を流して帰宅する。時間に余裕もあったので今度は高速道路を優雅に走らせ、横風が強い橋も左車線でトラックに追従しながらキラキラした工業地帯の景色を楽しんだ。そうやって帰宅すると、疲労が少なくもっと走らせたいと思えたのはスタビリティにハンデがあるにも関わらず意外だった。

●走行性能まとめ
プログレの走りをまとめると、紳士的な範囲内であれば本格高級車の走りが楽しめた。ただ、高速走行は手に汗握る場面が少なくなくブレーキの弱さもあって積極的に急いで走りたくはない。ワインディングは下調べした当時の雑誌記事では操縦性に劣るだのVSCが早期介入するだのあまり良い評価では無かった。確かに運転すると確かにダイレクト感は無いし操縦を楽しむ類の味付けではないが、キャラクターには合っており納得感がある。当時のレポーターはどんな限界走行をしたのだろうかという疑問も沸いてくるほどだった。



プログレが最も輝けるシーンは普段使いの市街地だ。日々の買出しや送り迎えに便利なボディサイズ、余裕ある動力性能による敏捷性など小ささを生かしながら質の高い移動が楽しめる。休日のドライブは高速道路の走行車線やバイパスを使ってまとまった距離をのんびり走らせると疲労が少ない。一方、高速道路でせっかちな走り方をすると挙動の乱れを常に感じながら走らせる事になる。だからこそ移動速度を追求せずに走らせると、とても質の高い移動が楽しめる。つまり移動効率を求めすぎてはいけない。

●セルシオと肩を並べる高いNV性能

プログレはあくまでもふんわりしたソフトな乗り味が楽しめるセッティングであり、キビキビとかアジリティとかそういうキーワードが少しも似合わない。重い直6エンジンを積んでいるので本来はフロントヘビーに感じるはずだが、オーバーハングを削り重量物を車両中央に寄せる努力のお陰で、見た目程度には軽快に走ることが出来る。その乗り心地はまさに高級車を思わせるまろやかで角が無い洗練されたものだ。



ソフトな乗り心地は市街地走行から高速道路まで極めて優雅な感覚に浸れる。市街地ではパッチワーク路や舗装悪路でもドンと突き上げる様なショックは皆無で高速道路の橋の継ぎ目を通過するときも音だけが聞こえるようなハーシュネス性能は私が今までに所有して来た車では得られないものだった。(スポーツカー顔負けのスタビリティを無視すれば乗り心地性能は現行のLS500hを凌いでいるかも)

プログレは乗り心地や静粛性を高級車らしい性能を感じる要と考え、当時の2代目セルシオ(コイルサス)に相当するハイレベルなNV性能を目標に掲げて開発されている。路面変化や車速変化による騒々しさを感じさせないため、ロードノイズに関しては制遮音材に頼らずボディの剛性をアップさせることで対策を施している。具体的にはフロアパネルの面分割を細かくして各々のパネル面積を縮小して剛性向上させ、ダッシュやカウル部には補剛ブレースを追加して剛性向上を図った上でアスファルトシートや骨格断面内に樹脂成型発泡剤を設定している。一般的に騒音はホワイトボディの骨格内を通って室内に音を伝えてしまうが、発泡剤を貼り付け、塗装乾燥炉の熱で発泡させて断面を塞ぐ技術がある。プログレの場合、樹脂成型部を持つ高級タイプが採用されて高い位置決め精度と隙詰め性能が与えられている。もちろん、不要な穴を塞ぐシールの貼付も行われて高級車に相応しい遮音対策をしている。

風切り音に関して、フードシールでフードとフェンダーの間の笛吹き音を防ぎ、ドアミラー取り付け部の風流れをよくした最適形状のドアミラーを採用。ウィンドシールド両端のレインガターモールとルーフモールを一体化し、ドアの見切りもプレスドアよりも流速の低い側面に見切りがある横見切りフレームドアを採用。試乗車では残念ながら若干ドアの立て付けが狂っておりドアフレームが開いている為、高速道路では風切り音が聞こえるが全体的なレベルは小さい。

エンジンノイズに関しては吸気レゾネータのチューニングやヒーターホースの剛性を落としてエンジン振動がボディに伝達しにくい材料を採用したり、各種ダイナミックダンパーを採用した上で防音材で対処した。発進時のエンジン音の漏れを塞ぐフード後端のシールと前述のフェンダーシールによってエンジンコンパートメントはしっかり密閉されている。

NVアイテムを列挙しだすとキリがないほどプログレはNVに対して多大なる注意が払われている。とにかく愚直に音を出さず、入れず、伝えず、それでも入った音は遮って吸収するという対策を徹底している。乗り込んでドアを閉めると吸音材がたくさん入っていることがすぐ分かる。走り出せばどんな人でもすぐにプログレが静かであると分かるはずだ。



ある雨の日に薄い水溜りを走ったのだが、その水はね音がほとんど聞こえてこない。普段運転しているRAV4なら水を跳ねてボディにかかる音がリアルに耳に入り、飛び込んだ水溜りの深さまでもが分かった。プログレは遮蔽感が強く、聞こえてくるのはウインドシールドガラスを雨が叩く音のみであった。20年前の車であるためアクディブノイズキャンセラーなど新しい機器を使って対策は出来ないからこそ、地道な対策を愚直に織り込んでいった結果がプログレのNV性能なのだ。しばらくして雨が上がったが、ウインドシールドを叩く音が消えたら、濡れた路面で水をはねる音がほとんど聞こえてこなくなった。E/Gも低回転でゆるゆる回っているのでエンジンノイズも小さく、このシチュエーションなら遮音対策が不十分なEVよりプログレの方が静かかも知れない。

勿論、プログレは走行中のほとんどのシーンで聴力検査ブースの様に音が一切聞こえないわけではない。舗装悪路ではゴーという音が聞こえてくるし、横風が吹けば風切り音だって聞こえる。しかしその程度は極めて小さく高級車の名に恥じない静粛性が確保されていた。高速道路を走っていても同乗者と普段のトーンで会話が楽しめ、オーディオのボリュームをいたずらに上げなくても済むところがプログレの静粛性の世界だ。彼らが目指した高級な乗り味はキャビンを音・振動から離れさせる隔壁感なのだろう。それは人によっては手応えが無いと指摘されかねない領域まで踏み込んでいるがその現実離れした運転感覚はまさに雲の上にいるかの様だ。下り坂をアクセルオフで綺麗な舗装路を下るとほとんど音が聞こえない。少し特異なシチュエーションだが、私はこんな静かな車を体験したことはほとんど無かった。



●普段使いで必要充分な積載性

トランクスペースはセダンとしては標準的なサイズを確保。セダンとして必要なゴルフバッグ4個を積載可能な422L(VDA法)の容量を確保している。運転席のボタンORキーレスでラゲージドアを開錠すると内部まできれいにカーペットで覆われて隙の無いラゲージが出現。ラゲージドアから奥までアクセスし易いので現代のクーペライクなセダンの様にラゲージドアの前後長が極端に短く奥の荷物が取り出しにくい穴蔵スタイルの無意味さが実感できる。試乗車はRrアッパーバックにエアピュリファイヤーが用品装着されており少々ラゲージを圧迫しているが、我が家の使い方だとベビーカーを積んだ上で日用品の買出しに行って全てラゲージ内に収まるというレベル、或いは家族四人分の2泊分の荷物くらいは余裕で入るレベルなので、IKEAの家具を買って持ち帰るような特殊なシチュエーションでもない限り必要十分なレベルだ。ただしRrサスの張出しの影響で奥の床面積が狭い点は少々気になる。またアームが荷室内に張り出すので、ラゲージいっぱいに荷物を押し込むと最後にアームが干渉して閉まらないという悪癖がある点はプログレとしては小さくない欠点だ。



また、短い全長ということもあり本当は長物用に分割可倒機構があれば便利だが残念ながら固定式のみに留まる。これはシートバックを完全に鉄板で遮蔽して重たいサイレンサを設定しているので操縦安定性やNVのために開けられなかったのだと推測した。またラゲージドアにロック解除ボタンが備わると嬉しいのだが、これもスマートキーが着くまでは歴史的に仕方が無い。

室内収納関係ではキー付植毛グローブボックスを筆頭に、コンソールボックス、ドアトリム、シートバックポケットと、サインバイザーのチケットホルダー、コインボックス併設のカードホルダーなど収納アイテムがある。それも大衆車クラスに慣れた身からすると高級感あふれる仕様にノックアウトされそうになる。しつこいようだがプログレには鉄の掟がある。限られたスペースの中で乗員をムリなくゆったり座らせることが必要で、例えばセンタークラスターの収納式カップホルダーはペットボトルが収納できなかったりちょっとしたムリも垣間見えるのだが、ギリギリ商品性を保っている。

余談だが前席ドアポケットはA4サイズの書類が入る容量を確保している。ただ、このドアトリムポケットの裏面の一部にベニヤ板が露出している面がある。車一台を凝視してもあらゆる部分に目が行き届き、質感に対して隙の無いプログレだが、ドアトリムのベニヤ板が唯一の安っぽい部分で、ここ以外は全て本格的高級車の名に恥じない品位を保っている。勿論、この面を樹脂で覆えないことはないが片側2.5mmポケット幅が損してしまい書類が入らなくなる。全ての線には理由があるプログレなので何か気づいたことがあっても、理由が何となく分かってくる。勿論、この車を貶したい方はドアトリムのポケットの裏のベニヤ板を嘲笑えばOKだ。

●覚悟を試される燃費
ボディサイズがコロナクラスといえども、排気量2.5Lで車重1460kgとなると燃費が良くなる要素が見当たらない。一応、VVT-iが軽負荷走行時はバルブタイミングを遅くし、一般的な走行条件ではバルブタイミングを早めることで燃費向上を図っている他、フレックスロックアップや空力向上アイテム(スパッツ)の助けを借りてNC250のカタログ値は10・15モードで10.4kmL。



私が市街地メインで運転して8.83km/Lだった。プレミアムガソリン仕様である事を考えるとお世辞にも燃費が良いとは言えないのだが、エコランを意識して有料道路を80km/hペースで巡航した際の燃費は11.4km/Lであったので、巡航時の燃費は良好だが、発進加速を繰り返す市街地は厳しいようだ。

ハイブリッドカーやダウンサイジングエンジン、レスシリンダーエンジンと較べると悪い燃費だが、カタログ値に対しての達成度は高く、燃料タンクが70Lと大型であることからも航続距離は充分あり、その点は満足できる。

この当時の高級車は大排気量エンジンを積み、燃費が悪いのは当たり前、として許容されていた。だから高級車を購入できるというより、それを維持できることがステータスなのかも知れない。その後、トヨタではハリアーハイブリッドのV6_3.3LやSAI・HSのL4_2.4Lによって高級車用HVユニットの開発を行い、現在ではHVが上級エンジンとしてのパワフルさと低燃費を商品性としてアピールできるまでになったが、まだまだプログレの時代はプリウスが世界初のハイブリッド車として亀マークを点灯させながら改良を重ねていた時代だ。

当時としては少々旧世代の直列6気筒エンジンの優雅さを重視したようだ。2001年のマイナーチェンジでは2.5Lも3.0Lも直噴リーンバーンエンジンと5速ATに置き換わって多少の改良は加えられた。

●プログレが遺したもの
1998年発売以後、プログレは私の地元でもよく見かけたし、当時はコンパクトな高級セダンを求める人も確実に存在し、トヨペット店専売で競合不在(ドイツブランドは価格帯が違う)というプログレは幸先が良かったように思う。元々モデルライフは長めにするつもりだったようだが、1998年5月から2007年5月まで丸9年間に亘り販売された。時間が経過するに連れて、販売が失速してしまい不人気車の地位に甘んじることに。



3年後の2001年に内外装が変更されるマイナーチェンジがあったことから6年くらいのモデルライフを想定していたと考えられるが、放置の末モデルライフを一代限りで終えたことは私たちユーザーにとってもトヨタにとっても不幸だった。当初、企画台数2000台/月で仮に6年間のモデルライフだったとすれば、14万4000台のプログレを売る計算だったという事になる。Wikipediaによれば7万8019台生産されたと書かれており、事実なら計画の半分しか売れなかったということになる。投資額くらいはキチンと回収できたのか心配になる。



プログレの頑ななポリシーは熱心なファンを生み、それはマニアだけでなく市井のエンドユーザーたちの中でもプログレからプログレに買い換える人が現れるほどハマる人にはハマる魅力があった。あの三本さん(不躾棒の人)がプライベートカーとしてプログレを購入したと後に知って驚いた記憶がある。高級メカニズムを採用し、静粛性ではトップクラスを狙うプログレは威張らずさり気ない高級セダンとして実に貴重な車だった。マークIIやクラウンがスポーティ路線に舵を切るつもりだったのなら、尚更プログレを残す努力が必要だったと思う。



ゼロクラやマークXとP/Fを共通化してV6を積んで更に洗練された2世代目を作るべきだったのではないか。プログレを大切に育てることで欧州的価値に流されない日本的な高級車を愛するユーザー層を掴んでおけば、現代ほどセダン市場が欧州ブランドに攻められなかったのでは?と考えるのは行き過ぎだろうか。高級セダンの商品群が一斉に欧州的価値観に舵を切れば、オリジナルたる欧州車が一番良いに決まっているのだからアンチテーゼとしてプログレが存在することは意義があった。



プログレが商業的に失敗であったのはプログレそのものの内外装が保守的だったことや旧来の価値観からサイズの割りに高いという感覚もあったかもしれない。だから、エントリーグレードとして160psを発揮する1G-FE型2.0Lを積んだNC200グレードを設定しておくべきだったと思う。もともと高速やワインディングをキビキビ走るキャラクターでは無いのでいっその事、高速は滅多に走らないというユーザー向けに2.0Lは魅力的だったはずだ。一説には2.0Lも準備していたようだが諸般の事情で発売されなかったとのこと。



更には兄弟車戦略によってターゲット層からの注目が分散してしまったことも現代の目から見れば大きな原因の一つだったと考えられる。立ち位置が被る兄弟車の追加発売はユーザー層を完全に混乱させてしまい、プログレの販売にメーカー自ら水を差してしまった。プログレ以後、実質的な後継車とされるハイブリッドセダンも商業的に成功したとは言えず、ますますセダンはスポーティ・エモーショナルを信条とするようになり現在に至る。

●まとめ
登場から20年以上が経過したプログレと再会し、共に暮らした。あらゆる外界の外乱による影響を最大限に希釈する事に心血を注いだ高級車らしい味を楽しんだ。静粛でスムースで力強いのにソフト、そして扱い易い独自のボディサイズが身体に馴染む、それがプログレを運転した感想だ。

プログレデビュー時、私はまだ16歳。プログレを正しく理解できていなかった。この頃から「クルマが未来になっていく」時代の幕があけてくる。1997年から2002年頃までの時代は私が考える近年最後のトヨタのヴィンテージイヤーである。
環境問題を考える京都会議に間に合わせる形で世に出た世界初のハイブリッドカー・プリウス、完全新規設計で欧州に殴り込みをかけるヤリス/ヴィッツ、将来の高級SUVブームのパイオニアとなるRX/ハリアーを提案しながら、日本的価値観の高級車に新しい風を吹き込むプログレを世に出したのだ。個人的には意欲的なBセグメント「ヴィッツ」に注目しており、後に実際に中古車購入したが、プログレはあまりにもアダルト過ぎた。そんなプログレに今回試乗して分かったことは、車としては相当あっさりしているように見せながら、作り手の設計的なコダワリが隠していても隠し切れずに滲み出ているという事だ。プログレは「コロナサイズでクラウン級の室内空間を持ち、セルシオに匹敵する静粛性を持つ」という強いポリシーで企画され、開発中そのポリシーを曲げなかった。そんなプログレには不器用なところもある。しかし、全てはポリシーを遵守する為であるから、そのポリシーに共感して購入をした人には大きな欠点にはならない。乗って運転すれば「そうだよね」という納得感がとても強いのがプログレだ。



一般的に車はたくさんの背反を乗り越えて商品になるのでバランス感覚を働かせ過ぎるとどうしても最大公約数的な判断に落ち着いたり、「この部分は理想から遠ざかったのだろう」と素人ながら気づかされてしまう事もある。プログレは「コロナサイズの本格高級車」をポリシーを徹底的に曲げずにやり抜いたからこそ、間違いなく「コロナサイズの本格高級車」になっており、清々しいくらいの高い志に免じて多少のヘンな部分を許容してしまう空気を持っている。乗れば乗るほど、現代のセダンのワンパターンな方向性に対する疑問を強くした。果たして5m近い全長、1.8mを超える車幅は必要なのか。使い勝手の悪いルーフラインを無責任に引いて良いのか。乗り心地や静粛性を捨ててエモーショナルな走りだけを追求して良いのか、SUVに置き換えて本当に良いのか、などなど。



これからも時々訪れるプログレとの生活の中で段々と分かってくる長所短所があるだろうか。ファーストインプレッションとしては良くぞこのサイズでこれだけの内容を織り込んだという畏敬の念を抱くと共に、私のキビキビした愛車達と正反対の乗り味を楽しみ、乗りこなすことにより技量も引き上げてくれるような期待感を持った。

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「ついに渋滞に捕まった」
何シテル?   04/28 10:04
ノイマイヤーと申します。 車に乗せると機嫌が良いと言われる赤ちゃんでした。 親と買い物に行く度にゲーセンでSEGAのアウトランをやらせろと駄々をこねる幼...
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