●要旨
小さな高級車といういささか使い古されたコンセプトにトヨタが挑戦したのは1998年。一般的には小型車にゲタを履かせてこの手の車を作ってきた例は散見されるが上級車のコンポーネントをシバき倒してコロナサイズに押し込んだパッケージングはお見事の一言。そのしわ寄せは外装デザインと内装の収納性、運転席足元の狭さに行くのだがコダワリの強いキャラクターゆえ、デザインどうこうというよりも乗れば乗るほど好きになってくる。本格的なメカニズムを有するので走らせれば真のトヨタ的高級車の世界を味わえる。持てる高性能は全て快適・安楽の為という思想は走り方を間違えると、とてもつまらない印象を持ってしまうが、ハマる走り方をしたときには疲れないし心地よい。車全体から技術志向の強さが窺い知れ、ともすれば技術者の独りよがりに見える。しかしメリットデメリット含めて一本芯の通った車作りは実際にコンセプトに共鳴したオーナーにはしっかり伝わった様で、今でもユーザーの満足度は高い。惜しむらくはトヨタがプログレを育てなかったことだ。石にかじりついて後継モデルを開発すれば日本的価値観の高級セダンの選択肢としてジャーマン3に対抗できたのかもしれない。
満足している点
1.絵に描いた餅を実現させた執念
2.小さいのに充分な居住空間
3.類似サイズのFFを凌駕する取回し性
4.圧倒的なNV性能
5.細部に宿る設計的な正しさ
不満な点
1.熟成を投げ出したメーカーの姿勢
2.アクセルオン時の急なGの立ち上がり
3.ヒヤリとするブレーキ性能
4.高速走行時のスタビリティ
5.燃費
●食べられる絵に描いた餅―プログレ
1998年5月14日、トヨタは新しい価値観で開発された高級セダン「プログレ」を発売した。高級車はボディサイズが大きいという常識から脱却し、小型車サイズでありながら機能面では高級車と呼ぶに相応しい実力を兼ね備えた「食べられる絵に描いた餅」である。自動車が工業化されて以降、ボディサイズこそがヒエラルキーやステータスを表現するものとして考えられてきた。安い車は小さく、高い車は大きいという常識があった。しかし、自動車以外では「小さい方がより良い」価値観も存在している。旧くは俳句に代表されるようにわが国は伝統的にモノを小さく作り、より良くする事にコダワリを持ってきた。
トヨタ自身もヒエラルキーをうまく利用してきたが、トヨタ自らこのヒエラルキーに反した挑戦的な高級車を生み出すことを考えた。当初はFFで企画がスタートしたが、ビッグキャビンを実現する為にはロングホイールベースが必要なことが判明。FF車の場合はE/GとデフがFrオーバーハング部分に存在する為最小回転半径が大きくなり、全長が長くなってしまう構造的背反が存在することから、駆動方式を敢えて古典的なFRに変更し、ホイールベースを高級車並みの数値を保ちながら前後オーバーハングを削ることを企てた。オーバーハングを短縮すると衝突時のストロークが確保できないというデメリットもあるが、ストロークを阻害する要素を取り除くなど地道な対策が織り込まれてBMW3シリーズを凌ぐショートオーバーハングを獲得している。
こうしてプログレ最大の特徴といえる革新的なパッケージングが実現した。つまり全長×全幅を同社のコロナ・プレミオと揃えつつ、室内はクラウン級の広さを実現したのである。下記に寸法関係を横並び比較した。
車種
エンジン駆動方式 全長×全幅×全高 ホイールベース 最小回転半径 車重 ホイールベース÷全長
プログレ:
L6 2.5L FR 4500mm×1700mm×1435mm 2780mm 5.1m 1460kg 61.2%
コロナプレミオ:
L4 1.8L FF 4520mm×1695mm×1410mm 2580mm 5.3m 1120kg 57.1%
クラウンHT
L6 2.5L FR 4820mm×1760mm×1425mm 2780mm 5.5m 1500kg 57.7%
メルセデスC240:
V6 2.4L FR 4525mm×1720mm×1420mm 2690mm 4.9m 1400kg 59.4%
BMW328:
L6 2.8L FR 4435mm×1695mm×1395mm 2700mm 5.0m 1420kg 60.9%
プログレはドイツ製高級セダンを意識したサイズ感を持ちながら、ホイールベースを全長で割ったキャビン比率は最も高水準である。
エンジンは多くの高級車に搭載されてきた1JZ-GE型2.5L、2JZ-GE型3.0L直列6気筒エンジン、FrサスメンはマークII、Rrサスメンはアリストのものを流用しながら車幅に併せてアーム類を新設した。革新的なパッケージングだが、その全てを一から開発せず、既存のFR系高級車の資産を上手に活用している点はトヨタの持つ技術の層の厚さというか幅の広さを感じさせる。下敷きとなる既存のP/Fが無ければ一から開発する事になり投資の面で膨大になり、現実味を持たせるにはFFや非マルチシリンダーエンジンを選択せざるを得ないからだ。事実、先行する同種のコンセプトを持ったモデルは大衆車をブラッシュアップした類のレベルに留まる例が多く、その点でプログレは本格指向の高級車でありながらボディサイズだけがコロナクラス(ミディアムサイズ)なのである。
プログレはFF時代から数えて8年間開発が続けられたそうだ。発売5年前の1993年にはコロナサイズのFR車とすることでビックキャビンを実現させる目処が立った。開発途中その存在がスクープされニューロンという仮称も公にされた。
小さな高級車という特徴は早くから報道され、当時中学生だった私は雑誌のイメージ模型が掲載された記事を読んだ記憶もある。途中で開発が中止になったという記事が出てその後、870Tという開発コードを得て再び商品化に向けて動き出した事も雑誌で知った。その後、1997年の東京モーターショーにNC250として参考出品されてお披露目され、翌1998年5月にニューロンからプログレに名称が変更されてようやく発売された。プログレはマークIIとクラウンの間の価格帯に位置づけられ、スタート価格は高級車の閾値とされる300万円を超える。
NC250:310万円
NC250ウォールナットPKG:325万円
NC300:350万円
NC300ウォールナットPKG:365万円
決して小さくても決して安売りはしないという決意も感じる。ボディサイズはマークIIより小さいのにマークIIより高く、性能面ではセルシオに並ぶものもあるのにクラウンよりも安い。価格面でもヒエラルキーを超えた存在である。本革ステアリングやシフトノブ、パワーシートや電動テレスコなどの高級装備に加え、前席オートPWや撥水ドアガラス、デュアルエアバッグやブレーキアシスト、ABS、VSC、TRCといった安全装備も標準で備わり、最廉価グレードを選んでも決して引け目に感じさせない。
試乗車はMOPでナビゲーション機能付EMV(27.5万円)が追加されているので試乗車の車両本体価格は337.5万円だ。この他、DOPは定番のサイドバイザーは未装着で、フロアマット_ロイヤル(3.4万円)、オートエアピュリファイヤー(4.5万円)が装着されている。この個体を新車で買った初代オーナーは総額400万円近い買い物だったはずだ。
デビュー直後、好評を博し発売一ヶ月で6000台もの受注を獲得した。月販目標は2000台なので3か月分のオーダーがあったという事になる。マークIIやクラウンのボディサイズが普通車枠へ移行した後に現れたコンパクトな高級セダン。高齢化社会が近づくわが国でいずれ求められるであろう本格的高級車はトヨタにしか作れない車であるとも感じられる。
●エクステリアデザイン
プログレは当時としては独特のパッケージングが採用され、その影響を強く受けている。ショートオーバーハングかつビッグキャビン、それでいて全長は4500mmとがんじがらめの制約がある。ボディサイズに余裕がない分、精一杯高級車らしく見せようという努力が伝わってくる。
フロントビューは伝統的な価値観に基づいた大型で安定感のある台形のラジエーターグリルが鎮座。クロームメッキと塗装で繊細な高級感を演出しつつ、従来のヒエラルキーに属さないことを示すNCマーク(ネオカテゴリー)が中央に配置される。ヘッドライトはプログレの最大のアイコンと呼べるマルチリフレクターヘッドランプが印象的だ。一般的なヘッドライトと異なり、ハイビームのみフードが部分的にくり抜かれ、フードの穴から覗かせるという非常に建付け的に難しい技法を使ってフロントマスクを形成している。フードはインナーとアウターで構成されているからくりぬかれた穴位置がぴったりの位置に精度よく存在しなければならないし、穴の円周部分はフランジを折り曲げるヘミング加工が必要。精度が悪く穴被りするとハイビームの照射に影響が出るなどの難しさがある。
この角型・丸型を組み合わせたフロントマスクは、プログレであるという個性を存分に発揮しているし、私がプログレの絵を書くとしたらまずヘッドライトを描くだろう。サイズの制約が厳しいことから平面的になりがちだが、Frマスクに関しては鼻筋を通したグリル~ヘッドライト間の段差で立体感が出ているし、Frバンパーのめっきモールや幅広フォグランプによって高級車らしいグラフィックを手に入れている。プログレは車内を広くすることに心血を注ぎ、キャビンを大きくした。このためガラスより上のキャビンがかなり外に出されている。ルーフを小さめにすると、スポーティでカッコいいスタイリングになるが、プログレの車幅では頭付近の圧迫感が問題になる。だから、プログレを正面から見るとピラーは垂直でちょっと野暮ったい。しかし、それがプログレなのだ。
サイドビューもプログレらしさで溢れている。2780mmのホイールベースはクラウン同等だがオーバーハングが前後合わせて330mmカットされている。それでいて全高は1430mmと高めなので、旧来の高級車が持つエレガントさを表現しにくいのがハンデであるが、ここで安易にルーフを下げたりクオーターピラーを寝かせたりしてパッケージングを侵食していない点がプログレらしさだ。基本的にはショルダーのさりげない水平プレスラインで可能な限り長さ感を強調し、Aピラーは定石どおりFrホイールセンターに刺さる位置関係を堅持。Cピラーは立ち気味なのだが、バックガラスと繋がる後側を寝かせる錯視効果で安定感とエレガントさを維持した。ベルトラインが低めで健康的なキャビンは存在感があり目立ってしまう上、オーバーハング部が短いので頭でっかちな印象になりかねないが、Fr側はヘッドライトとフードの段差が立体感を出し、Rrクオーターは敢えてRrコンビランプを回りこませずにクオーター部を平面的に見せることでセダンらしい長さ感を保つ努力をしている。Rrコンビランプがサイドまで回り込んでしまうと、トランクが短く見えてプログレのボディサイズでは高級セダンらしく見えない。そしてラゲージドアは全長一杯まで後に引くことでセダンらしさをダメ押しでアピール。真横から見ると前後バンパーの張り出しの短さが、往年の高級車のナローボデーの様に見えてくる。「ああ、3L車はモールで幅広げて大型バンパーが付くのね」と言われそうなバンパーは恐らくデザイナーの意図とは完全に異なるが、私には昔の5ナンバーフルサイズの高級車風の処理の如く懐かしさがこみ上げてくる。
フロントビューでキャビンを目一杯拡大したと書いたが、実車のドアベルトラインモール付近を触ってみると、SUS製ベルトラインモールからドアアウタパネルの段差がほとんど無く、垂直な面になっている。
実際に比較したわけでは無いが軽自動車並みに攻めた寸法関係だ。私のカローラやRAV4ですらベルトモールからドア最外側まで豊かな面で意匠されている。(ビッグマイナーチェンジされたISを正面から見ると上記の意味がよく理解できると思う)車幅は1700mm、それは絶対に超えられないプログレが自らに課した制約の一つであり、なんだか撫肩の人の様にも見える。キャビンスペースを最大化する為にトヨタとしては珍しいグリップタイプのドアハンドルを採用。ドアのワークスペースを外に出すことが可能となり、その分車幅一杯に室内を広げることができたのだ。制約だらけの中でドア断面を出入りさせて表情が作れない代わりに、地平線の映り込みが多いドアとする事で、駐車中の路面が移りこんで艶やかに見せる効果をあげている点は面白い。苦し紛れのスタイリングの中で大変興味深い工夫である。
リアビューは外周にクロームメッキを施したラゲージリッド付けライセンスガーニッシュにはバックランプを配置。両サイドのRrコンビランプは縦長で光らないダミー部を極力減らすことで、面積の割にキラキラと輝いている。当時はLEDは採用されておらず、電球だが直接電球が見えないように隠しレンズで覆うなど配慮も行き届いている。しかも、製造時に樹脂を流し込むゲート部が一般的な意匠面ではなく、トランクで隠れるランプ側面部分に設定され、こんなところまで気を遣うのかと感心した。
プログレのエクステリアデザインは、あまりにも制約が多く、幾多の苦労の末に生み出されたのだろうと推測する。伸びやかでは無いし、エモーショナルでもない。しかしながら、一度運転すれば比類なき高性能と高効率パッケージングの正当性が実感できる。だから、乗った後にプログレを見るとかっこ悪さの裏に潜む設計的正しさに否応無く納得させられてしまうのである。全ての線に意味があり、全ての寸法に理由がある。そういう設計的正しさによる正論ノックの前では情緒的なデザイン優先派も風前の灯であろう。ただ、それでもプログレの持つ全体の佇まいやディテールにスタイリスト達の仕事の成果が伝わってくる為、それでも諦めなかったスタイリスト達の細かい工夫によってプログレの意匠は大いに救済されており、その仕事は称賛されるべきである。
旧い話だが、制約によりトヨペットマスターのドアを流用し、小型タクシー枠に無理やり収めたトヨペットコロナを思い出した。モデルライフ中は不格好と言われても、モデルチェンジ後もダルマコロナとして親しまれる結果になることもある。私なんかは仕事終わりに疲れた足取りで駐車場へ向かい、街灯に照らされたプログレを見るとホッと心が安らいでしまうのだ。
疲れた時に心乱されるような情熱的なスタイリングは時として高級車に相応しくないが、プログレのコンセプトとエクステリアは良くマッチしている。最初はパッとしなくても段々と好きになってくる、プログレのエクステリアはそういう狙いがあるのだろう。
完全な余談だが、会社の同僚にプログレを買ったことを伝えたところ、その同僚の同級生のご実家がお寺をやっていて、かつて新車のプログレを購入されたという話を聞いた。せっかく買ったのに檀家さんから「ガイシャなんか買って儲かってるんだな」とクレームが入り、仕方なくプログレの「道路公団の出来損ないマーク」を取り外してトヨタマークを貼り付けて対応していたという。今でこそトヨタのプログレという感じだが、当時はトヨタらしくないネオカテゴリーな姿をしていたのだろう。試乗車のラジエーターグリルを裏側から見るとトヨタマークがすぐ取り付けられるようになっているではないか。トヨタマーク用座面の上からオリジナルのNCマークが装着されていると始めて気づいた。まさかトヨタマークも貼れる様に準備していたとはトヨタも檀家さんからのクレームを予見していたのだろうか(笑)
●インテリアデザイン
外寸は小型車サイズという制約がありながらも、プログレのインテリアは質感・心地よさ・機能性などの面で実に高級感を感じさせてくれる。
運転席に座っただけで目に入るピラーガーニッシュやオープニングウェザーストリップにも植毛仕上げが奢られてドアフレームなど板金部品は黒塗装されて見栄え触感共に配慮が行き届いている。内装の印象を決定付けるインパネは全体を伸びやかな線と張りのある面で構成し、室内を広く見せる小型メーターフードを採用。高級感がありながらオーバーデコレーションにならない知的な印象を目指したという。
中央の電動ポップアップ式EMV(エレクトロマルチビジョン)、アナログ時計が高級車らしい伝統と先進感を演出し、運転席周りは文字盤面をダークブルーに発行させるオプティトロンメーターを採用、初代セルシオで始まり、トヨタ内外で採用例が増えたブラックフェイスで指針が浮き上がるオプティトロンから少し離れて新しさを訴求しているが、左から燃料・速度・シフトポジション・タコ・水温の順番で奇を衒わない視認性の良いレイアウトとなっている。
インパネの上下分割では高級車の定石どおり木目調パネルを採用。センタークラスターはエアコンスイッチとオーディオパネルを一体化。当時としては新しい左右独立式温度調整を実現。ステッチ入りのソフトな触感をもつセンターコンソールは開閉機構をスライドと回転を併用することで外寸の割りに容量を確保している。
ドアトリムも高級車らしく見栄えと触感が本格的でダブルステッチに寸分のヨタりもないし、手をかけるグリップ部はつかみ代が広く、やや重いドアの開閉がし易い。トリムのどこを掴んでもドア開閉が出来る非常に優れた機能を持っている。その触感はソフトでありながら底付き感がなく、現代の高級車をも凌駕する手触り感だ。さらにインサイドハンドルはマグネシウム合金のダイカスト品を採用、質量と本物が持つ冷たさを両立しているしどこを触っても情けない樹脂の肉抜きリブが露出しない。
シートはこのプログレの見せ所だ。ソフト感のあるジャカード織の生地はイタリアから織機を輸入して製造されたプログレのためのもの。分かり易さだけならモケットで良いのだろうが、模様がプリントではく立体的な織り方で表現され、しっかりしつつも柔らかい触感のシート生地は挑戦的だ。別途本革シート使用も設定があるが、個人的には布シート仕様をどうしても選びたかったので座るたびに満足している。そのほか、合わせ目に玉縁を採用することで縫い目が露出しないつくりの良さを表現。高級車らしくパワーシートが標準装備されており、前後上下とリクライニングに加えランバーサポートが備わる。他にもシートベルトのラップアウターをシート付けにしておりあらゆる体型の乗員に対してシートベルトが取り出しやすい位置に来るようになっている。
他のトヨタ製高級車で見られるバックル照明や電動アジャスタブルアンカーなどは未採用だが、シート付けラップアウタの様な毎日の運転で必ず恩恵が享受出来る高級機構は積極的に取り入れている。ただし、サイズとしては日本車らしいやや小ぶりなサイズで長時間の着座は少々腰が痛くなる点は御愛嬌だ。
後席のゲストへの配慮も忘れていない。視線の先にあるシートバックにプログレマーク(道路公団の出来損ないマーク)が刺繍されている。ギャザーとステッチで高級感を表現し、カップホルダーつきアームレストでおもてなしをしている点もさすがセダンという出来栄えだ。
ちなみに、プログレにはウォールナットパッケージというセットオプション仕様があり本木目のステアリング、シフトレバーノブ、ウインカー・ワイパー、トリムパネルをセットにしたものでプログレを象徴するオプションである。プログレのためだけに削りだしで作られた専用部品は大変珍しく、当時はクラウンですら木目調パネルに留まり、本木目を使っているのはクラスレスな対応だ。だからこそ今でもプログレと言えばウォールナットインテリアを話題にする方が多い。今回の試乗車には残念ながら装着されていないが、標準仕様でも本革巻きは常識で装備水準は極めてハイレベルだ。
プログレのインテリアはエクステリアよりも伝統的で誰が見ても高級感を感じるものになっているし破綻は少ない。車幅の小ささは左脚とセンタートンネルの近さやセンターコンソールの幅の狭さ、カップホルダーの小ささ(ペットボトルが入らない)に現れているが、ショルダー幅で少しも窮屈な思いをさせないのはプログレが内側から検討されていった結果だと考えられる。5ナンバーサイズと考えれば充分な広さを確保しており「小さくても良いもの」というコンセプトを最も実現している部分ではないだろうか。
●優れた居住性は天才的パッケージングの賜物
ずっしりと重いドアを開けて運転席に座る。内溝式キーを差込んでイグニッションキーをONにすると、チルトステアリングが運転状態に動く。独特の風合いの運転席を調整しドラポジを合わせる。パワーシートと連動したメモリ機能は試乗車では実装着だがメーカーオプションで追加可能。夫婦で乗る場合などドラポジを記憶させておけば一々時間のかかるパワーシートの操作が省かれるメリットがある。運転席に収まってみると各部のクリアランスを確認すると、頭部~天井まで拳1つ分、頭部~アシストグリップ(カードホルダー)まで拳1つ分だ。車幅が狭い上にセンタートンネルが大きいので足元(特に左足)が少々狭いが、シートの座面中心とステアリング軸、ペダル配置自体に無理は無い。フットレストから伸びる左足がセンタークラスターと接触するのだが、ソフト材で覆われている為足と干渉しても特に影響が無い点は狭いなりに配慮がある。
後席に座る。プログレが後席もしっかり寛げるよう作られていることわかる。しっかり伸びたルーフ、しっかり背中を保持するシートバックの恩恵で腹回りが窮屈にならない程度にアップライトに着座する。ロングホイールベースの恩恵は足元スペースに表れている。拳3つ分の余裕があり、これなら足も組める。脚長の方もつま先が綺麗にFrシート座面の下に格納される。捻って入れなければならない最新のモデルと較べると脚が綺麗に入るだけでも心地よい。
多くのセダンはスタイリングの為クオーターピラーを寝かせたがるし、ラゲージドアの長さは、積載性とセダンらしい伸びやかさに寄与する為、実は後席頭上スペース直上がガラスだったり、ルーフヘッドライニング端末(分厚くクリアランス確保が困難な場所)だったりする例がある。プログレの場合、ロングホイールベースを生かしてヒップ位置を後方にずらし、正しく頭上にはルーフ板金がありヘッドレストがしっかり頭部を位置決めしてくれ、さらに足元が広い。スタイル優先の為後席を犠牲にしていない点は、小さな外寸のプログレで良くぞ死守した寸法関係だと思う。
プログレの居住性はボディサイズを考えると良い。全高を高めの1430mmとしてルーフを大きくしたのでアップライトに座り、ルーフに守られている感覚もある。その上で2780mmのロングホイールベースとした為、前後方向の広さが一層有利だ。一方、幅方向は小型車枠というポリシーに従って、あくまでも1700mm以下の車幅に抑えられているが、狭いかというと意外と広く感じる。座った際に最も張り出す肩回りの寸法が明らかに広い。これはエクステリアデザインの項で触れたドアガラス外出しの恩恵もあるのだが、ドアトリム形状に工夫があり、ドアトリムの前後方向の中でも乗員の肩が来る後半部分は断面を削って寸法を確保している事に気づいた。しかし全体的に削ると痩せて見えてしまい高級車として必要な品質感が出ない。そこで着座した乗員の目線に映る範囲は豊かな断面になっている点に工夫がある。乗員に悟られぬように巧みにパッケージングの努力が積み重ねられた結果がプログレの居住性の秘密なのであろう。
●力強く静粛な市街地の走り
プログレを始動する。650rpmの低いアイドル回転でもスムースな回転を見せるのはさすが直6だ。爆発圧力によるトルク変動E/Gの2次成分が無い優れた素質は走り出さなくてもすぐに分かる。
シフトレバーをDに入れてPKB解除レバーを引くといざ発進。バコンというPKB解除音すら角がなく気品を感じる。自宅付近の住宅街をクリープで走っていると本当にクリープ(這う・忍び寄る)感満載の走り出しをする事に驚く。まるで超伝導磁石の様にスーッと流れていく。そして角を一つ曲がっただけで脅威的な小回り性能に気づく。モーターショー出品者のNC250の公式スペックでは最小回転半径5.4mとされていたが、生産型は5.1mと類似するサイズのFF車を凌ぐ数値だ。
FRはE/G縦置きのため、タイヤ切れ角を大きくできる。ホイールベースが長い分、切れ角で取り回し性を確保したため、ロックtoロック3.25のステアリングをグルグルと忙しく操舵しなければならないが、ここは忙しさを感じさせずにエレガントに操舵したい。
郊外の一般道はほとんどアクセルを踏まずに走れる。信号が青になりアクセルを踏み込む。プログレはアクセルワイヤーの振動伝達をキャンセルする為、バネが仕込まれているらしく、このバネがレスポンスに遅れをもたらしている。不慣れな時は、発進時に不必要に踏みすぎて不意に強い加速になってしまうこともあった。ふとした瞬間に踏みすぎて頭部が振られて車酔いのような気持ち悪さを感じることもあった。
慎重に発進を試みればECT-iE(電子制御AT)が滑らかに変速して目標速度まで加速してくれる。定常走行時にはスッと回転が落ちてフレックスロックアップが作動する為、燃費に加えてドライバビリティがよい。フレックスロックアップとはロックアップクラッチに若干の滑りを許容させながら接続することで見かけのロックアップ作動領域を拡大して燃費向上を図る機構だ。従来型のロックアップではE/Gのトルク変動を伝えてしまうし、あまりに低速(低回転)でロックアップすると燃費は良いがE/Gそのもののトルクが足りず、加速の為に一々ロックアップを外すことになり、走りがギクシャクする。市街地での加速性能を重視してせいぜい60km/h程度からロックアップすることが多いがプログレの場合、状況が許せばフレックスロックアップが40km/h台から作動する。6気筒ゆえ低速時にロックアップされても不快な振動現象やこもり音が発生しにくい点が有利だ。現代のCVT車も加速が終わったらロックアップして思い切りハイギアードに変速する制御はよくあるが、プログレもアクセルを緩めると途端に回転が下がりフレックスロックアップが働く。プログレが他と違うのはハイギアでもしっかりトルクが出ており、低回転のまま振動も出さずにグッと加速してくれる点である。無理を重ねたエコカーの様にキックダウンとロックアップを繰り返す様な醜態は晒さない。平坦路や下り坂のエンジンブレーキも良く効くが、トルクフルなエンジンを生かして緩斜面でもハイギアでグイグイ登っていく。いわゆるルーズなATの様に見えて実は右足で思い通りに制御できる私好みのセッティングなのが意外だった。
プログレは高級車としてはコンパクトなので狭い道路で対向のため幅寄せしたり、駐車車両を避ける際の車両感覚の掴み易さが際立ってよい。バックモニターもクリソナもないのだが、水平基調の低いベルトラインや大き目のドアミラー、両端の持ち上がったフェンダーなど運転支援に繋がる工夫が盛りだくさんだ。ボディサイズが小さく、小回りも効き、視界も良いからプログレは運転し易い。狭い場所でも見えにくいから度胸で通過、或いは感覚を研ぎ澄まして通過をする必要が無い。駐車も得意科目で、よく曲がり、よく見えるためバックモニターがなくても充分駐車し易い(後年、バックモニターなどの運転支援が充実してさらに扱い易くなった)。動力性能に余裕があり狭い路地でも大歓迎、車庫入れもストレスなくこなすのだから、思いのほか急加速してしまう悪癖を除けばプログレは実に市街地走行に適した車であると言えるだろう。
●鈍足に見えて爪を隠すワインディング
いつものワインディングに持ち込んだ。最高出力200ps/6000rpm、最大トルク25.5kgm/4000rpmという諸元に期待しがちだが、プログレはここでも紳士的な対応を求められる。オーバーハングを削り、重量物を車両中央に配置しているのだから操縦性に期待したくなる気持ちも確かにあった。子供っぽくアクセルを深く踏み込んで直6の気持ち良い加速が楽しめるが、性能不足気味なブレーキで減速し、スローなステアリングを忙しく操作して連続するコーナーと格闘した先に大したドライビングプレジャーは無い。ロールの大きさもあって段々ぶっ飛ばす気が萎えて来るだろう。
一応、試乗の為にハイペースでプログレを走らせても一般ドライバーの私が運転した程度ではVSCが全く介入する兆しが無い。絶対的な実力はあるがプログレはワインディングを重視していないことがすぐに伝わってくる。プログレはあくまでもゆったりと加速し、挙動を乱さぬよう丁寧な運転をすればキチンと応えてくれる。ラフに操作してステアリングの反応が希薄な遊びのような部分も実はきちんと反応している。(初期の鈍さは後期型で対策される模様)
このあたりはワインディングが楽しくなってくる欧州ブランドやスポーティなモデルとは決定的に違う部分である。良し悪しでは無くて企画で与えられた性格ゆえ、どうしてもプログレのおっとりした走りが耐えられないなら他の選択肢もあるということだ。個人的にはワインディングをギュンギュン曲がるのが好きだが、プログレを運転している時は大人な余裕を持って滑らかに走らせることに努める事にしていた。
●ハイウェイでは横風に対する弱さも
仕事で県外に行く用事がありプログレで高速道路で現地を目指すことになった。ICからの合流加速はクオーンという直6サウンドを楽しみながらレッドゾーン手前まで上昇していく。1速は5500rpm、スロットルを自動で絞って変速ショックを減らしつつ2速へ。3800rpmまで落ちて再び5800rpmに到達するとすぐ法定速度だ。高回転でも嫌な振動を出さず回転が上がっていくのは気持ちいい。
プログレが搭載する1JZ-GE型エンジンはヘリカルスプライン式VVT-i(連続可変バルブタイミング機構)やACIS(二段式可変吸気システム)、2ウェイエキゾーストシステムなど様々な可変機構を備えてE/Gの性格を広範囲に拡張しているがその変化に段つき感が無い点もよく躾けられている。
高速域の回転数は目視によると80km/hで2000rpm、100km/hは2500rpm、120km/hは3000pm周辺を指していた。この設定は実家で乗っていたライトエースノアやイプサムと良く似たトヨタにありがちなギア比だが2021年目線だと若干ローギアードにも感じられる。個人的にはある程度E/Gが回っているほうがアクセル操作に対するレスポンスも良くこのギア比に好感を持っている。
コロナクラスのボディサイズに2.5Lエンジンなので充分にトルクがあり、アクセルに軽く足を乗せておくだけで楽ちんクルーズが可能。走行車線を遅いトラックが塞いでいても、追越しはストレスフリー。遠くでエンジンが回転を上げながら、俊敏に追越が完了する。ホイールベースが長い恩恵もあり、基本的には安定した走りに感じられるのだが、急いでいたこともあり車速を上げて釣り橋が連続する区間に差し掛かった。横風が非常に強く、プログレは思いのほか大きく進路を乱された。
数年前に借りたAA63カリーナGT-Rと良く似た感覚だったのがフラッシュバックしてきた。流れの速い追越し車線でもプログレなら無理なく走行できるのだが、横風が強い区間では常に修正舵を当ててまるで数十年前のドラマの俳優の様にオーバーにステアリング操作をしてようやく走らせる感覚はFF車の運転に慣れ切った私をハッとさせるのに充分な刺激だった。幸い、風で流されても車幅が狭いので少なくとも自分の走行帯から逸脱するような醜態は見せないが、後方からかっ飛んで来た「ニュルクラ」に進路を譲る事にした。
プログレは日本的な低い速度域での使用にピントを合わせているので高速安定性が他のFF系乗用車よりも明らかに劣るし、更に車高の高いSUVにも負けている。
アウトバーンを走らねばならないドイツ車は水を得た魚のようなシチュエーションだろう。トヨタも高速時のスタビリティの大切さに気づいたらしく、iRバージョンという専用サスや強化ブレースといったスタビリティ強化仕様を追加設定し、後期型からは一部アイテムを全車標準化して顧客ニーズに対応している。私が試乗しているNC250は残念ながら昔ながらのふにゃ脚だが、そもそも目を三角にして高速道路を走る車では無いわけで、私も大人になって目的地を目指した。
出張先で業務を終えた。安全靴と作業着から着替えてコンソールボックスに入っていたモーツァルトのCDなんて聞きながら高速道路を流して帰宅する。時間に余裕もあったので今度は高速道路を優雅に走らせ、横風が強い橋も左車線でトラックに追従しながらキラキラした工業地帯の景色を楽しんだ。そうやって帰宅すると、疲労が少なくもっと走らせたいと思えたのはスタビリティにハンデがあるにも関わらず意外だった。
●走行性能まとめ
プログレの走りをまとめると、紳士的な範囲内であれば本格高級車の走りが楽しめた。ただ、高速走行は手に汗握る場面が少なくなくブレーキの弱さもあって積極的に急いで走りたくはない。ワインディングは下調べした当時の雑誌記事では操縦性に劣るだのVSCが早期介入するだのあまり良い評価では無かった。確かに運転すると確かにダイレクト感は無いし操縦を楽しむ類の味付けではないが、キャラクターには合っており納得感がある。当時のレポーターはどんな限界走行をしたのだろうかという疑問も沸いてくるほどだった。
プログレが最も輝けるシーンは普段使いの市街地だ。日々の買出しや送り迎えに便利なボディサイズ、余裕ある動力性能による敏捷性など小ささを生かしながら質の高い移動が楽しめる。休日のドライブは高速道路の走行車線やバイパスを使ってまとまった距離をのんびり走らせると疲労が少ない。一方、高速道路でせっかちな走り方をすると挙動の乱れを常に感じながら走らせる事になる。だからこそ移動速度を追求せずに走らせると、とても質の高い移動が楽しめる。つまり移動効率を求めすぎてはいけない。
●セルシオと肩を並べる高いNV性能
プログレはあくまでもふんわりしたソフトな乗り味が楽しめるセッティングであり、キビキビとかアジリティとかそういうキーワードが少しも似合わない。重い直6エンジンを積んでいるので本来はフロントヘビーに感じるはずだが、オーバーハングを削り重量物を車両中央に寄せる努力のお陰で、見た目程度には軽快に走ることが出来る。その乗り心地はまさに高級車を思わせるまろやかで角が無い洗練されたものだ。
ソフトな乗り心地は市街地走行から高速道路まで極めて優雅な感覚に浸れる。市街地ではパッチワーク路や舗装悪路でもドンと突き上げる様なショックは皆無で高速道路の橋の継ぎ目を通過するときも音だけが聞こえるようなハーシュネス性能は私が今までに所有して来た車では得られないものだった。(スポーツカー顔負けのスタビリティを無視すれば乗り心地性能は現行のLS500hを凌いでいるかも)
プログレは乗り心地や静粛性を高級車らしい性能を感じる要と考え、当時の2代目セルシオ(コイルサス)に相当するハイレベルなNV性能を目標に掲げて開発されている。路面変化や車速変化による騒々しさを感じさせないため、ロードノイズに関しては制遮音材に頼らずボディの剛性をアップさせることで対策を施している。具体的にはフロアパネルの面分割を細かくして各々のパネル面積を縮小して剛性向上させ、ダッシュやカウル部には補剛ブレースを追加して剛性向上を図った上でアスファルトシートや骨格断面内に樹脂成型発泡剤を設定している。一般的に騒音はホワイトボディの骨格内を通って室内に音を伝えてしまうが、発泡剤を貼り付け、塗装乾燥炉の熱で発泡させて断面を塞ぐ技術がある。プログレの場合、樹脂成型部を持つ高級タイプが採用されて高い位置決め精度と隙詰め性能が与えられている。もちろん、不要な穴を塞ぐシールの貼付も行われて高級車に相応しい遮音対策をしている。
風切り音に関して、フードシールでフードとフェンダーの間の笛吹き音を防ぎ、ドアミラー取り付け部の風流れをよくした最適形状のドアミラーを採用。ウィンドシールド両端のレインガターモールとルーフモールを一体化し、ドアの見切りもプレスドアよりも流速の低い側面に見切りがある横見切りフレームドアを採用。試乗車では残念ながら若干ドアの立て付けが狂っておりドアフレームが開いている為、高速道路では風切り音が聞こえるが全体的なレベルは小さい。
エンジンノイズに関しては吸気レゾネータのチューニングやヒーターホースの剛性を落としてエンジン振動がボディに伝達しにくい材料を採用したり、各種ダイナミックダンパーを採用した上で防音材で対処した。発進時のエンジン音の漏れを塞ぐフード後端のシールと前述のフェンダーシールによってエンジンコンパートメントはしっかり密閉されている。
NVアイテムを列挙しだすとキリがないほどプログレはNVに対して多大なる注意が払われている。とにかく愚直に音を出さず、入れず、伝えず、それでも入った音は遮って吸収するという対策を徹底している。乗り込んでドアを閉めると吸音材がたくさん入っていることがすぐ分かる。走り出せばどんな人でもすぐにプログレが静かであると分かるはずだ。
ある雨の日に薄い水溜りを走ったのだが、その水はね音がほとんど聞こえてこない。普段運転しているRAV4なら水を跳ねてボディにかかる音がリアルに耳に入り、飛び込んだ水溜りの深さまでもが分かった。プログレは遮蔽感が強く、聞こえてくるのはウインドシールドガラスを雨が叩く音のみであった。20年前の車であるためアクディブノイズキャンセラーなど新しい機器を使って対策は出来ないからこそ、地道な対策を愚直に織り込んでいった結果がプログレのNV性能なのだ。しばらくして雨が上がったが、ウインドシールドを叩く音が消えたら、濡れた路面で水をはねる音がほとんど聞こえてこなくなった。E/Gも低回転でゆるゆる回っているのでエンジンノイズも小さく、このシチュエーションなら遮音対策が不十分なEVよりプログレの方が静かかも知れない。
勿論、プログレは走行中のほとんどのシーンで聴力検査ブースの様に音が一切聞こえないわけではない。舗装悪路ではゴーという音が聞こえてくるし、横風が吹けば風切り音だって聞こえる。しかしその程度は極めて小さく高級車の名に恥じない静粛性が確保されていた。高速道路を走っていても同乗者と普段のトーンで会話が楽しめ、オーディオのボリュームをいたずらに上げなくても済むところがプログレの静粛性の世界だ。彼らが目指した高級な乗り味はキャビンを音・振動から離れさせる隔壁感なのだろう。それは人によっては手応えが無いと指摘されかねない領域まで踏み込んでいるがその現実離れした運転感覚はまさに雲の上にいるかの様だ。下り坂をアクセルオフで綺麗な舗装路を下るとほとんど音が聞こえない。少し特異なシチュエーションだが、私はこんな静かな車を体験したことはほとんど無かった。
●普段使いで必要充分な積載性
トランクスペースはセダンとしては標準的なサイズを確保。セダンとして必要なゴルフバッグ4個を積載可能な422L(VDA法)の容量を確保している。運転席のボタンORキーレスでラゲージドアを開錠すると内部まできれいにカーペットで覆われて隙の無いラゲージが出現。ラゲージドアから奥までアクセスし易いので現代のクーペライクなセダンの様にラゲージドアの前後長が極端に短く奥の荷物が取り出しにくい穴蔵スタイルの無意味さが実感できる。試乗車はRrアッパーバックにエアピュリファイヤーが用品装着されており少々ラゲージを圧迫しているが、我が家の使い方だとベビーカーを積んだ上で日用品の買出しに行って全てラゲージ内に収まるというレベル、或いは家族四人分の2泊分の荷物くらいは余裕で入るレベルなので、IKEAの家具を買って持ち帰るような特殊なシチュエーションでもない限り必要十分なレベルだ。ただしRrサスの張出しの影響で奥の床面積が狭い点は少々気になる。またアームが荷室内に張り出すので、ラゲージいっぱいに荷物を押し込むと最後にアームが干渉して閉まらないという悪癖がある点はプログレとしては小さくない欠点だ。
また、短い全長ということもあり本当は長物用に分割可倒機構があれば便利だが残念ながら固定式のみに留まる。これはシートバックを完全に鉄板で遮蔽して重たいサイレンサを設定しているので操縦安定性やNVのために開けられなかったのだと推測した。またラゲージドアにロック解除ボタンが備わると嬉しいのだが、これもスマートキーが着くまでは歴史的に仕方が無い。
室内収納関係ではキー付植毛グローブボックスを筆頭に、コンソールボックス、ドアトリム、シートバックポケットと、サインバイザーのチケットホルダー、コインボックス併設のカードホルダーなど収納アイテムがある。それも大衆車クラスに慣れた身からすると高級感あふれる仕様にノックアウトされそうになる。しつこいようだがプログレには鉄の掟がある。限られたスペースの中で乗員をムリなくゆったり座らせることが必要で、例えばセンタークラスターの収納式カップホルダーはペットボトルが収納できなかったりちょっとしたムリも垣間見えるのだが、ギリギリ商品性を保っている。
余談だが前席ドアポケットはA4サイズの書類が入る容量を確保している。ただ、このドアトリムポケットの裏面の一部にベニヤ板が露出している面がある。車一台を凝視してもあらゆる部分に目が行き届き、質感に対して隙の無いプログレだが、ドアトリムのベニヤ板が唯一の安っぽい部分で、ここ以外は全て本格的高級車の名に恥じない品位を保っている。勿論、この面を樹脂で覆えないことはないが片側2.5mmポケット幅が損してしまい書類が入らなくなる。全ての線には理由があるプログレなので何か気づいたことがあっても、理由が何となく分かってくる。勿論、この車を貶したい方はドアトリムのポケットの裏のベニヤ板を嘲笑えばOKだ。
●覚悟を試される燃費
ボディサイズがコロナクラスといえども、排気量2.5Lで車重1460kgとなると燃費が良くなる要素が見当たらない。一応、VVT-iが軽負荷走行時はバルブタイミングを遅くし、一般的な走行条件ではバルブタイミングを早めることで燃費向上を図っている他、フレックスロックアップや空力向上アイテム(スパッツ)の助けを借りてNC250のカタログ値は10・15モードで10.4kmL。
私が市街地メインで運転して8.83km/Lだった。プレミアムガソリン仕様である事を考えるとお世辞にも燃費が良いとは言えないのだが、エコランを意識して有料道路を80km/hペースで巡航した際の燃費は11.4km/Lであったので、巡航時の燃費は良好だが、発進加速を繰り返す市街地は厳しいようだ。
ハイブリッドカーやダウンサイジングエンジン、レスシリンダーエンジンと較べると悪い燃費だが、カタログ値に対しての達成度は高く、燃料タンクが70Lと大型であることからも航続距離は充分あり、その点は満足できる。
この当時の高級車は大排気量エンジンを積み、燃費が悪いのは当たり前、として許容されていた。だから高級車を購入できるというより、それを維持できることがステータスなのかも知れない。その後、トヨタではハリアーハイブリッドのV6_3.3LやSAI・HSのL4_2.4Lによって高級車用HVユニットの開発を行い、現在ではHVが上級エンジンとしてのパワフルさと低燃費を商品性としてアピールできるまでになったが、まだまだプログレの時代はプリウスが世界初のハイブリッド車として亀マークを点灯させながら改良を重ねていた時代だ。
当時としては少々旧世代の直列6気筒エンジンの優雅さを重視したようだ。2001年のマイナーチェンジでは2.5Lも3.0Lも直噴リーンバーンエンジンと5速ATに置き換わって多少の改良は加えられた。
●プログレが遺したもの
1998年発売以後、プログレは私の地元でもよく見かけたし、当時はコンパクトな高級セダンを求める人も確実に存在し、トヨペット店専売で競合不在(ドイツブランドは価格帯が違う)というプログレは幸先が良かったように思う。元々モデルライフは長めにするつもりだったようだが、1998年5月から2007年5月まで丸9年間に亘り販売された。時間が経過するに連れて、販売が失速してしまい不人気車の地位に甘んじることに。
3年後の2001年に内外装が変更されるマイナーチェンジがあったことから6年くらいのモデルライフを想定していたと考えられるが、放置の末モデルライフを一代限りで終えたことは私たちユーザーにとってもトヨタにとっても不幸だった。当初、企画台数2000台/月で仮に6年間のモデルライフだったとすれば、14万4000台のプログレを売る計算だったという事になる。Wikipediaによれば7万8019台生産されたと書かれており、事実なら計画の半分しか売れなかったということになる。投資額くらいはキチンと回収できたのか心配になる。
プログレの頑ななポリシーは熱心なファンを生み、それはマニアだけでなく市井のエンドユーザーたちの中でもプログレからプログレに買い換える人が現れるほどハマる人にはハマる魅力があった。あの三本さん(不躾棒の人)がプライベートカーとしてプログレを購入したと後に知って驚いた記憶がある。高級メカニズムを採用し、静粛性ではトップクラスを狙うプログレは威張らずさり気ない高級セダンとして実に貴重な車だった。マークIIやクラウンがスポーティ路線に舵を切るつもりだったのなら、尚更プログレを残す努力が必要だったと思う。
ゼロクラやマークXとP/Fを共通化してV6を積んで更に洗練された2世代目を作るべきだったのではないか。プログレを大切に育てることで欧州的価値に流されない日本的な高級車を愛するユーザー層を掴んでおけば、現代ほどセダン市場が欧州ブランドに攻められなかったのでは?と考えるのは行き過ぎだろうか。高級セダンの商品群が一斉に欧州的価値観に舵を切れば、オリジナルたる欧州車が一番良いに決まっているのだからアンチテーゼとしてプログレが存在することは意義があった。
プログレが商業的に失敗であったのはプログレそのものの内外装が保守的だったことや旧来の価値観からサイズの割りに高いという感覚もあったかもしれない。だから、エントリーグレードとして160psを発揮する1G-FE型2.0Lを積んだNC200グレードを設定しておくべきだったと思う。もともと高速やワインディングをキビキビ走るキャラクターでは無いのでいっその事、高速は滅多に走らないというユーザー向けに2.0Lは魅力的だったはずだ。一説には2.0Lも準備していたようだが諸般の事情で発売されなかったとのこと。
更には兄弟車戦略によってターゲット層からの注目が分散してしまったことも現代の目から見れば大きな原因の一つだったと考えられる。立ち位置が被る兄弟車の追加発売はユーザー層を完全に混乱させてしまい、プログレの販売にメーカー自ら水を差してしまった。プログレ以後、実質的な後継車とされるハイブリッドセダンも商業的に成功したとは言えず、ますますセダンはスポーティ・エモーショナルを信条とするようになり現在に至る。
●まとめ
登場から20年以上が経過したプログレと再会し、共に暮らした。あらゆる外界の外乱による影響を最大限に希釈する事に心血を注いだ高級車らしい味を楽しんだ。静粛でスムースで力強いのにソフト、そして扱い易い独自のボディサイズが身体に馴染む、それがプログレを運転した感想だ。
プログレデビュー時、私はまだ16歳。プログレを正しく理解できていなかった。この頃から「クルマが未来になっていく」時代の幕があけてくる。1997年から2002年頃までの時代は私が考える近年最後のトヨタのヴィンテージイヤーである。
環境問題を考える京都会議に間に合わせる形で世に出た世界初のハイブリッドカー・プリウス、完全新規設計で欧州に殴り込みをかけるヤリス/ヴィッツ、将来の高級SUVブームのパイオニアとなるRX/ハリアーを提案しながら、日本的価値観の高級車に新しい風を吹き込むプログレを世に出したのだ。個人的には意欲的なBセグメント「ヴィッツ」に注目しており、後に実際に中古車購入したが、プログレはあまりにもアダルト過ぎた。そんなプログレに今回試乗して分かったことは、車としては相当あっさりしているように見せながら、作り手の設計的なコダワリが隠していても隠し切れずに滲み出ているという事だ。プログレは「コロナサイズでクラウン級の室内空間を持ち、セルシオに匹敵する静粛性を持つ」という強いポリシーで企画され、開発中そのポリシーを曲げなかった。そんなプログレには不器用なところもある。しかし、全てはポリシーを遵守する為であるから、そのポリシーに共感して購入をした人には大きな欠点にはならない。乗って運転すれば「そうだよね」という納得感がとても強いのがプログレだ。
一般的に車はたくさんの背反を乗り越えて商品になるのでバランス感覚を働かせ過ぎるとどうしても最大公約数的な判断に落ち着いたり、「この部分は理想から遠ざかったのだろう」と素人ながら気づかされてしまう事もある。プログレは「コロナサイズの本格高級車」をポリシーを徹底的に曲げずにやり抜いたからこそ、間違いなく「コロナサイズの本格高級車」になっており、清々しいくらいの高い志に免じて多少のヘンな部分を許容してしまう空気を持っている。乗れば乗るほど、現代のセダンのワンパターンな方向性に対する疑問を強くした。果たして5m近い全長、1.8mを超える車幅は必要なのか。使い勝手の悪いルーフラインを無責任に引いて良いのか。乗り心地や静粛性を捨ててエモーショナルな走りだけを追求して良いのか、SUVに置き換えて本当に良いのか、などなど。
これからも時々訪れるプログレとの生活の中で段々と分かってくる長所短所があるだろうか。ファーストインプレッションとしては良くぞこのサイズでこれだけの内容を織り込んだという畏敬の念を抱くと共に、私のキビキビした愛車達と正反対の乗り味を楽しみ、乗りこなすことにより技量も引き上げてくれるような期待感を持った。