トヨタ博物館年間パスポートを生かして企画展を見てきました。大昔の企画展スペースは本館二階でしたが、新館に移りスペース丸ごと統一した世界観で展示されるようになってこの点は昔よりグッとよくなった点だと思います。テーマは1950年代のアメリカで大ヒットしたテールフィン。私が子供時代を過ごした1990年代になってもアメ車と言えば象徴的にテールフィンを連想することが多かったです。元々は1948年発売のキャディラックにて初採用された装飾があれよあれよという間に大衆の心をつかみ一世を風靡していきました。
航空機(ロッキードP38)の尾翼をモチーフに高速走行時に安定性を確保することが狙いというもっともらしい理由もつけられたものの、実際は完全に意匠のためのお洒落で設定されていたものでした。
自動車以外の何かをモチーフにカーデザインが行われる例は、近年でもバックドア周辺をiphoneに見立てたUP!のような例もありました。この時代、勝利を収めたとは言え、戦争の暗い時代を乗り越え、人生を楽しめなかった兵士たちが帰国し、一気に青春を取り戻すかのごとく大量消費にのめりこんでいた時代でした。
郊外を開発して作られた低価格だが外観がほぼ同じ分譲住宅を買い、ステーションワゴンでショッピングモールへ行き、大量消費に寄与するライフスタイル、その中心的な耐久消費財がクルマでした。ショッピングモールの写真やデニーズの様子がまるで日本のようです。(日本が真似してるんですけどね)
オートマチックトランスミッションやパワーステアリングに代表される進化するテクノロジーのメリットを享受し、一見享楽的に時代が過ぎていきました。そんなアメリカの黄金時代、1950年代を象徴するのがテールフィンを供えたクルマ達です。
今回展示のメインを飾るのは、中央にキャディラック62コンバーチブル(1959年式)、両脇にエドセルサイテーションコンバーチブル(1958年式)、シボレーインパラコンバーチブル(1959年式)が並んでいますが、とにかくそのサイズ感覚と煌びやかな装飾に圧倒されます。戦後の舗装率がまだ低かった日本でこんな車を見かけたときの驚きは大きかったと思いますし、国力の差を感じざるを得ないでしょう。
さらりとスペックを確認しておきます。
キャディラック62コンバーチブル
全長 5715mm
全幅 2037mm
全高 1379mm
軸距 3302mm
質量 2280kg
排気量 6384cc
最高出力325HP/4800rpm
EG型式水冷V型8気筒OHV
エドセルサイテーションコンバーチブル
全長 5559mm
全幅 2028mm
全高 1343mm
軸距 3151mm
質量 2130kg
排気量 6719cc
最高出力280HP/4600rpm
EG型式水冷V型8気筒OHV
シボレーインパラコンバーチブル
全長 5357mm
全幅 2029mm
全高 1372mm
軸距 3023mm
質量 1790kg
排気量 5692cc
最高出力280HP/4800rpm
EG型式水冷V型8気筒OHV
現代のラージカーを代表するレクサスLS500と比較すると
全長 5235mm
全幅 1900mm
全高 1450mm
軸距 3125mm
質量 2150kg
排気量 3444cc
最高出力422PS/6000rpm
EG型式水冷V型6気筒DOHCターボ
実物を見ただけで圧倒されるボディサイズだが、どれもLS500を超える全長全幅を持っておりその大きさが定量的に示されました。大衆車クラスのインパラですらV8が当たり前なのは2021年の日本人からみると想像もつかない世界です。廉価版に6気筒がありましたが、廉価版が6気筒ということ自体が驚きの連続です。バブル期のクラウンがV8とL6を載せたのもこの価値観に則ったものなのでしょう。
シボレーインパラとキャディラックは人気もありメジャー級の車なのですが、歴史に残る失敗作として名高いエドセル(エゼルが本来の発音に近い)の実車は衝撃的でした。「あなたがあのエドセルですか!」と口に出そうになりました。(笑)
確かにグリルの形を見ればレモンを齧ったオールズモビルという表現も上手だし、そもそもグリルがここに記載できない表現で陰口が叩かれた事もまぁ納得という感じです。シャシーへの自動給油スイッチや押ボタン式の変速機スイッチなど後世に残る新技術も織り込まれているのですが、大々的に宣伝した割に魅力の無い意匠、他車流用部分の多さによる差別化不足、品質面の問題、セグメンテーションの失敗などが積み重なり、僅か2年で廃止されてしまうというある意味で偉業を成し遂げたモデルでした。
販売台数は1958年モデル:63,110台、1959年モデル:44,891台、1960年モデル:2,846台、という状況でフォードの目論みは崩れ去りました。
面白いのは担当デザイナーは後に欧州フォードでヒット作を生み出したものの、96年には
現代風エドセルのスケッチまで残しているほどエドセルの意匠を気に入っていたようです。
個人的には映画クリスティーンで狂気の悪女を演じたプリムスフューリー(赤のオールペン仕様)をこの目で見てみたいです。恐らく展示のコンセプト的にオープンボディで並べたかったのだとは思うのですが。
総じてどの車も装飾過多で、シンプルな欧州車を良しとしてきた私には目がチカチカするほどの騒がしい意匠であることは正直な感想でしたが、同時に戦争という暗い時代を乗り越えて物質的・精神的な幸福とを追及した黄金時代のアメリカのエネルギッシュな感じが伝わってきて元気がもらえる展示だったと感じます。
面白いのは各車の説明プレートが車両後方に置かれた点で、テールフィンを愛でるという趣旨に忠実なレイアウトとなっているのです。そして周囲には、同時期の車や影響を受けた外国車も展示されてテールフィン時代をアメリカだけではなくグローバルに感じられる工夫があります。
テールフィンの流行は、テールフィンの仕掛け人のハリー・アールが定年退職し、その後1959年のスプートニクショックで航空宇宙産業に対するプライドに疑問符がついて国民全体が失望し、1960年に入るころにはテールフィンがすっかり流行遅れになりました。その後ビッグ3はフルサイズのセダンと別に欧州製コンパクトカーを駆逐するためのコンパクトカーを開発し、後のポニーカーの大ヒットに繋がります。(エドセルで冷や飯を食ったフォードはマスタングで復活し、逆にGMはコルベアで欠陥車騒動に巻き込まれて行くのです)
私自身はアメリカ車より小型の欧州車が好みなのですが、本件に限らずアメリカ車を学べば学ぶほど、面白く奥深い世界がありますね。日本は大いにアメリカの影響を受けていますから、テールフィン時代のアメリカ車が世界的に特異な状態だったとしても日本ブランドの車達とも密接にリンクしているわけです。
今、私たちは先の見えない暗い世相の中に生きているのですが、このように華やかなテールフィン時代のアメリカ車を見ているとパーっと明るい気持ちになれるいい企画展だと思いました。お近くの方は是非。
●おまけ
テールフィン時代にタイムスリップする映画に出てくる車も展示されていました。タイムマシン仕様が純正に見えてくるので本物のノーマル車は物足りないというか廉価グレードの様に感じてしまうという・・・・。
ステンレス製のボディパネルはよく見るとドアのヘミング部にエッジシーラーがありません。錆びないからなんですね、きっと。
ブログ一覧 |
イベント | クルマ
Posted at
2021/04/29 23:11:43