●ロートスの実で愉しい夢を見る
アルピーヌA110に乗っていた友人のカーガイが転職して首都へ引っ越した。いくつかのキャリアアップを重ねたカーガイはさらなる楽しいクルマを求めて買い換えたのがロータス・エリーゼであった。彼が日本GPに合わせて愛知にやって来て私に試乗の機会を作ってくれたのでごく簡単な記録を残したい。
英国のバックヤードビルダーとして出発したロータスはセブンやエラン、ヨーロッパ、エスプリなど数々の名車を生み出してきた。
私達日本人にとっては、トヨタセリカXXの開発に創始者のコーリンチャップマンが関与したり、いすゞの乗用車に対して「ハンドリング・バイ・ロータス」の監修を行うなど実は関係の深いメーカーである。
私にとってのロータスはなんと言っても漫画「サーキットの狼」の主人公である風吹 裕矢が駆るロータスヨーロッパを真っ先に思い出す。私が幼稚園の頃、父が古本屋で漫画を一式買ってくれたので読みあさった。ロータスヨーロッパのトミカを買って貰い、実家の近所のガレージに収まっていた真っ黒なヨーロッパをジロジロ見ていたら持ち主の人が運転席に座らせてくれたというおぼろげな記憶もある。(子供ながらにあれは凄い経験をしたものだ)
あれから35年以上が経ち、私は再びロータス車のドライバーズシートの腰を下ろす機会に恵まれたのである。
エリーゼは1995年のフランクフルトモーターショーでデビュー。翌1996年に発売され、エンジンのバリエーションや派生車種の追加などを受けながら、2001年にモデルチェンジを行った。
このモデルチェンジを境にシリーズ1(S1)とシリーズ2(S2)のように呼び分けられている。2004年にはトヨタよりエンジンの受給を開始し、さらにモデルバリエーションが増やされた。2010年に再びフェイスリフトが行われ、搭載されるエンジンやトランスミッションが変更された。(S3)
試乗したのは初年度登録は2020年のS3、2019年発売のエリーゼスポーツ220 IIである。2021年にはエリーゼの生産中止と後継車種のエミーラの存在が発表されたので最後のモデルと言えそうだ。エミーラは最後の純ガソリンE/G車となり今後は電動車を作るつもりらしい。
ちなみにエリーゼの名称は当時資本関係にあったブガッティ会長の孫娘のお名前にちなんだそうで、そのエリーザ・アルティオーリさんは4歳の頃から自分の為のエリーゼがあり、最後の生産車もエリーザさんに納車されたようだ。
エリーゼスポーツ220 IIはトヨタ製1.8L直4にスーパーチャージャーによる過給を組み合わせた220psを発揮する高出力E/Gを搭載。アルミフレームを接着剤によって組立ててその上に軽量なFRP製のボディを被せた車体を持つモデルである。車重は1tを下回る924kgなのでパワーウェイトレシオは4.2kg/ps、性能も最高速度233km/h、0→100km/h加速4.6secという真のスポーツカーと呼べる実力を持つ。
駐車場に佇むエリーゼは表に示したとおりコンパクトなサイズながら二回りは大きく見える。
カーガイの最近の歴代愛車と私のRAV4を並べるとエリーゼのコンパクトさと、何故か買い換えるに従って全長と車重が小さくなっていくカーガイの性癖(笑)が垣間見られる。
エクステリアデザインに意匠的要素は多くなく、必要な寸法を滑らかに繋いで構成された曲面的なボディはあっさりとしながら強烈な印象を残す。
乗り込んでE/Gを始動するまでは余りのハードさに運転できるだろうか?と心配になったが、車体が軽くE/Gマウントにクセが無いのでMT初心者でも簡単に発進が出来た。シフトアップを繰り返すうちにエリーゼの虜になってしまう。オーナーのご厚意でワインディングと言うほどのことは無い程度の国道を小一時間運転させて頂いたが、アクセルを踏み足せば勇ましいサウンドと共にほぼ全域でトルクが立ち上がって加速を始めて気分はレーシングドライバー。ミッドシップスポーツと言えども私程度の技能ではESPすら作動させられない。
サッと加速してサッと減速してサッと曲がる、ただそれだけのことだった。
確かにオーナーが求めていた通りのピュアなドライビング体験が味わえる絶品ライトウェイトスポーツカーだった。他社から調達したエンジンを調律し、肝心な骨格部分には量産車と一線を画す本格的なメカニズムが奢られている事を考えれば、
発売当初2万ポンド(300万円程度)を下回る欧州でのスターティングプライスは良心的とさえ言えるだろう。
解錠して乗り込む度にヨガ的なエクササイズ効果をもたらすアスレチックのような車体構造、セキュリティのしっかりした屋根付き車庫が必要な品質面のクセによって一般人の目線で所有のハードルは相当高い。試乗車は新車価格682万円の超高級車であるから、おいそれと手が出るクルマでは無いのだが、確かにその価値は乗れば私にも理解が出来た。
CASEだのMAASだのと自動車を取り巻く環境が変わり、複雑化が進む中でこれほどまでにシンプルなクルマが楽しめたのは素晴らしいことだ。その根源は何かを考えていくと、決してデザインでもトヨタ製エンジンでもなく、アルミ押し出しフレームでもなく、ヨコハマタイヤ様でも無い。「軽いこと」である。必要な剛性を与えつつも軽く作ったからこそ全性能が上がっているのだと私は確信する。
創始者コーリンチャップマンの言葉がロータスの本社に飾られているという。
“To add speed, add lightness”(速くしたいなら軽さを与えよ)
平凡なエンジンから非凡な走りを生み出してきた彼らしい言葉だ。車重が嵩みがちなEVシフトの流れの中で決して自動車メーカーが忘れてはならない言葉の一つであることは間違いない。
LOTUSとは蓮を意味する言葉だが、ギリシャ神話にも想像上の植物としてLOTUSというものがある。その実を食べると浮世の悲しみ、苦しみを忘れ、愉しい夢を見られるという。ライトウェイトスポーツカーを運転する行為はまさににロートスの実を食すことに等しい。エリーゼは20年以上にわたって作り続けられ、手に入れたオーナー達の心を満たしてきたのだろう。
わざわざ日本GP前日に時間を作ってエリーゼに乗せてくれたカーガイに感謝。
感謝を込めて私は彼に「新潟のエリーゼ」を進呈した。(ベルギー産のロータスはちょっと高いのでw)