●ハイブリッド新気流。
1997年冬、初めての受験を控えた中3の冬だった。私は自宅からほど近い奈良トヨタの営業所へ自転車で向かった。平日夕方のディーラーは閑散としており、自分以外の来店者はいない。やる気の無い薄暗い店内の奥にカタログ棚があった。私は青紫のカタログと小冊子を手に取り、奥から営業マンが誰も出てこなかった販売店を後にした。
「21世紀に間に合いました」のキャッチコピーで発売された世界初の市販ハイブリッド乗用車であるプリウスは世界に大きなインパクトを与えた。翌年、工業系の学校に進学した私は職員駐車場に複数のプリウスを目にした。そのうちの一台は電気工学科の教授が買ったらしい。当時の私は機械工学科を名乗りながらTHSが何故燃費が良いのかを理解せぬままバック走行はモーターだけなんだよ、とかインバータに貼られた「TOYOTA HYBRID SYSTEM」のステッカーを補給品で購入して大事に持っていたりとその歴史的重要性は理解しつつも、徐々に街で見返る頻度が増えていくハイブリッド車をボーッと眺めているだけだった。
あれから26年、クラウンやカローラどころか路線バスやレース車両までもが当たり前のようにハイブリッドになった2023年にプリウスは5世代目に進化した。まだ各社が様々なハイブリッド技術でしのぎを削る群雄割拠の時代だがTHSは未だに一線で活躍している。
あらゆる面で革新的だった初代(1997-2003)、高圧化により燃費追求マシン化した2代目(2003-2011)、世界的普及期を迎えた3代目(2009-2015)、TNGAを得ながらも迷いのなかで攻めすぎた4代目(2015-2023)という歴史を経た5世代目は見る人の予想をブッちぎった「スーパーカー」の様なエクステリアデザインとなった。
個人的には国内導入されなかったカローラリフトバック(スプリンターシエロ)似でなかなかのバックシャンだ。
THSと組み合わせられるE/Gは従来の1.8Lだけでなく2.0Lが加わった。システム出力196ps(2.0L_FF)という一昔前の2.5Lクラスのハイパワーで1400kgの車体を引っ張り、全開加速をさせれば、従来のプリウスのイメージを覆す俊足を披露し、更に歴代モデルが苦手としていたコーナリングの身のこなしも進化を見せた。THS故のフィーリングの悪さは消しきれず決して諸手を挙げて賞賛できないが、キャラクターの変化はオーナー以外でもすぐに気づけるレベルになった。今まで僕らの宇宙船地球号の限りある石油燃料を大切にしてきた公共性の高いプリウスは何故ここへ来てエゴイスティックな変貌を遂げたのだろうか。
BEVシフトが叫ばれて久しいが、充電インフラなど解決すべき課題が多いなかでは総合的にHEV車の存在意義は大きい。みんなの手が届くエコカーとしてプリウスを更に普及させるべきでは?と言う議論があったらしい。豊田章男社長(当時)は「タクシー専用車にしたらどうか」「OEM車として他メーカーにも販売して貰ったらどうか」という「真のコモディティ化」提案をしたという。
一方で開発陣はコモディティ化の真逆を行く「合理性よりもエモーショナルな体験で選んで貰える愛車」プリウスを作ることを決意、社長の提案に真っ向対決をしたという。
豊田章男氏は「われわれは次の100年も、クルマは楽しい、単なる移動手段やコモディティではない。ファン・トゥ・ドライブなんだとこの先100年後もやれるように戦っていく」、「クルマは“愛”がつく工業製品である」と熱く語っていた人物である。一般的に企業はトップの指針を理解した上層部によって上意下達されて生き物のように意志を持って企業活動を行っている。数年前からトップが何度も訴えかけていた言葉をプリウス開発陣(社内の模範的存在)が知らないわけはない。開発推進を許されるためのプレゼンを成功させるために「愛車論」を熱心に説いて企画を通したただけのことだと思う。かくしてタクシー専用車云々というトップの逆張り質問をものともせず、テック感あふれるエコカーはエモーショナルなスペシャルティカーになった。
新型プリウスのボディサイズは下記の通り。
ホイールベースが伸びてルーフの頂点を後方に移したのはパッケージング的にも前席優先だからだ。詳しいコメントはデザイン項で述べるが、風洞が形状を決めると言わんばかりのエコカー的プロポーションから脱却し、仰角20度を切るという高橋レーシングのスタント後のような寝そべったAピラーがスーパーカー顔負けのエクステリアを作った。そこには空力的なんとやらの理論よりも情緒的な魅力を優先した。
インテリアはbZ4Xとの関連も感じさせる小径ステアリングとステアリング上から視認する液晶メーターが特徴である。
走らせると、人間の感覚に合わないTHSの嫌らしいところは残るが、見た目を裏切らないように出来るだけのことをやったと言う感じがある。特にスポーツモードで走るワインディングの楽しさは歴代モデルにない特徴だ。新たに2LのTHSはかつての2.5Lクラスのハイパワー(196ps)を発揮し、シャシー性能も飛躍的に向上している。
見た目がかっこ良くなり、走りも進化したプリウスだが、内装の質感の低さや後席の冷遇、装備品の廃止や静粛性への配慮は更なる改善が欲しい。緩急つき過ぎているというか、空力についてアレコレとうんちくを語る割にはバックドアとルーフの隙間(一般的にチリが広いと風切り音に影響するだろう)が歴代プリウスのなかで最も広いなんてちょっと情けないなと思う。
新型プリウスは、近年のトヨタ車のなかでは久々に格好いいデザインを実現してくれた点が好ましい。その見た目から来る期待に応えようとした結果、プリウスという概念を塗り替えるほどの存在になった。ただ、これが本来のプリウスなのかと問われると疑問が湧くのは私だけではないだろう。
お得意の群戦略で「プリウス・セリカ」とでも名乗るなら私も快く受け入れたが、1997年の京都会議(温室効果ガス削減について話し合った)直前に発表した「社会派未来カーのプリウス」が、急に個人的都合を重視する姿勢を見せた事にどうも納得がいかない。
勿論、従来の流れの中にあっては競合に埋没し、売れず、収益にならないことは分かる。だからこそ真のエコカーとして最大公約数的に性能を確保して実用燃費30km/Lを目指すとか、人生の先輩達をミサイル搭乗員にしないために運転のわかりやすさと支援機能を充実させた「プリウス・ユニバーサル」とかタクシー専用「プリウス・キャブ」などプリウスブランドが取り組む意義が有る商品領域があったと思うのだ。それはつまらない車に見えるが、大きな意義がある。「自動車をみんなのものに」という創業以来のトヨタの理念にミートした商品になった事だろう。グローバルに使える国際派タクシー専用車にするとか、OEMで世界中にTHSをばら撒いてBEVシフトに抗い、デファクトスタンダードを狙う作戦こそが公器プリウスに相応しい役割だったのでは無いかと感じてしまう私は天邪鬼だろうか。
世界初のハイブリッド量産車プリウスは今更FCEVにもBEVにもなれない。この様な時代になるとプリウスの存在意義は消えつつあり、スペシャルティ化はその焦りの中で生まれたのだろう。ハイブリッド車の価値は何か?確かにBEVよりもスタイリッシュに仕上げやすい。そして航続距離が長いのでツーリングカーにも向いている。新型プリウスはそこをウリにしているのだが、プリウスが持っていた誰にでも優しい性格が無くなっている点が寂しさを感じる。
絶対評価なら3★だ。動力性能とシャシー性能の良さはデザインにマッチしていてスペシャルティカー的性質だけなら★4だ。しかし価格に見合わない内装質感やシフトレバー位置の酷さ、悪化した燃費、みんなへの優しさを失ったため1を減じて★3とした。