盆休みで嫁さんが帰省。
羽田まで送り、そのまま帰るのもつまらないし翌日は自分も休みなので徘徊しよう。
ちょうど羽田への到着便がB滑走路(22)を利用している。
城南島からよく見えるので立ち寄り。
2分刻みくらいで降りてくる飛行機は眺めていて飽きない。
けど、まわりはカップルばっか。
オッサン一人がここで飛行機を眺めているのも微妙なので早々と退散。
さて、どこへ行く?
昔の自分に刺激的だった場所巡りでもしてみよう。
臨海トンネルを抜けて中央防波堤埋立地方向へ。
このトンネルは覆面PCがよくウロウロしているので法定速度でのんびりと走行。
トンネルを抜けてゲートブリッジが見えてきた。久々に来たなぁ。
ゲートブリッジ下でターンして再び中央防波堤埋立地交差点。
だいたい15~19年前くらいか。就職して都内に住み、週1か週2くらいかな?よくこのあたりに来ていました。
当時は左側へ伸びる道路もなければ左前方の建物や積みあがったコンテナもなく単なる野原だったなぁ。
ちょうど車内から見える景色のビルがある方の交差点の真ん中あたりから停車しているあたりを撮った写真。
PC内の古いデータを探してみたら出てきた。
別に何するわけでもなく仕事終わりに集まって夜中のツーリング。懐かしいなぁ。
まだゲートブリッジも出来る前。臨海トンネルが出来た直後くらいだったかな。
こんなことやって遊んでは怒られてた。反省。
ゲートブリッジを渡り新木場。
23~24年前にこの交差点で初めて車のドリフトなるものを見て、「こんな世界があるのか」と驚いた10代の頃の記憶の場所。
バイク小僧としてここの先にある場所を夜明けと同時くらいから走り始めてましたね。
ここらで車を眺めながら夜明けを待っていた気が。
今じゃ走る車もおらず静かな夜。綺麗なガードレールに全て変わってますが、当時はスピンした車が突っ込んで凹ませて真っ直ぐなガードレールはほぼ見当たらなかったような。
横断歩道の白線はタイヤ痕で真っ黒だったかな。
この辺で仕事している人にしてみたら大迷惑だったのだろうなぁ。
当時は新木場で夜明けを待ってから橋を一つ渡って若洲へ。
大人にもなれず善悪の区別もよくわからないようなクソガキだった10代の頃に毎週革ツナギを着てバイクを走らせにここへ来ていましたね。
ちょうどPの字型に周回する場所のPの字の書き始めの場所。
工業団地の公道を勝手にサーキットに見立てた小僧共が集まり、1周540mくらいをぐるぐる走り回る。
その勝手に周回コースにした場所が走るバイクだらけでコースインのタイミングがなかなか見つからないぐらいの台数がいましたが、いったい何台くらいが走っていたのかしら?
100台以上か?
だべる組やギャラリーまで含めれば200台弱はいたのか???
この直線を向かって反対車線を走って先のトラックのあたりにパイロンを誰かが立ててUターン。
こちらから見ると逆走する感じで途中で右へ曲がり左へ2回曲がってちょうどここへ戻る。
8時~9時頃にパトカーが来て「帰れ!」と怒られて100台以上が一斉に散ってましたが、運がない奴が捕まる。
で、物凄く説教されるんだろうな(笑)
最悪は整備不良の切符切られる。
灯火類やミラーがついていないバイクが一杯。トランポで来てナンバー無し車両で走っている人もいたような。
そりゃ切符も切られますわ。
今思い起こすととんでもないことをしていたのだなぁ・・・^^;
反省。
再度ゲートブリッジを渡り、中央防波堤から台場方向へ。
台場へ到達する前の交差点。
ちょうど台場から第二航路海底トンネル方向への向き。
臨海トンネルもまだ出来ておらず、第二航路海底トンネルはゴミ清掃車のみが入れた時代。
路肩、第1、と第3と右折レーンの第4は路駐の車でほぼ埋まっていたかな。
ここの交差点をL字で車が横滑り大会をしていた場所。
今じゃ考えられないや。
他にも車だとフェリー埠頭、東雲の駅の海側の鉄鋼団地、大井埠頭と、週末は「保安基準?なにそれ美味しいの?」と言わんばかりの車が(バイクも)。
バイクは大井埠頭やら船の科学館前あたりがバイクだらけ。
20年以上前はそんな車やバイクが溢れかえってた。
下道をグルグル走り高速へ。
のんびりまったり都心の夜景を堪能しながらのドライブ。
芝浦が大混雑。
こんなに車がいるのもちょうど2000年前後だから18年前くらい以来見たことない。
どうやら辰巳が封鎖されているようだ。
20年前位は橋脚のある中央のトラック停車場との分離帯沿いは奥までバイクが縦列に停め、車は車用の枠とトラック枠に入りきれずに溢れかえっていた記憶がある。
今じゃ車は辰巳に集まるのが主になっているようだけど、当時CBR1100XXに乗り始めた自分は芝浦の利用が多かった。
とは言ってもパーキングで会話するよりも走っている方が楽しくてあまりPAには立ち寄らず。
〇〇〇〇〇や〇ー〇〇とか〇〇〇〇ッ〇とかがいた頃。
そのうちの〇〇〇〇〇のリーダー?とひょんなことから知り合うことになり、CBR1100XXで週1から週2で深夜ツーリングをすることに。
しかし一緒に遊んでくれていた〇〇〇〇〇のリーダー?のペースが速すぎる^^;
ギリギリついていけるけど一瞬でも気を抜くと離される。油断すれば転ぶか壁に突っ込む。
今思えばよくそんな危険なことをしていたなぁ^^;
無理無理。
湾岸線を西へ。
この直線をCBR1100XXで走ると面白かった(今じゃ怖くて無理)
単なる直線だけど、遠くに見えるテールランプがどの車線のものか判断してアクセルを緩めるか開けたままにするかが怖かった。感覚的に前を走る車のテールランプがこちらに向かって突っ込んでくる感じ。
1秒あたりで80m強進む速度。
普通にのんびりまったりだと気がつかないけど、トンネルを抜けてからつばさ橋までアップダウンによる縦のブラインドが3回くらいあり、それが一番の恐怖。
大黒PAに到着。
25年くらい前か。
週末の夜は完璧な無法地帯と化していた。PA内に入るのに2時間くらいは待つ必要があったのかな?
一番手前の道をローライダーがホップしながら走り、違う区画ではバニングが重低音を響き渡らせ、他の区画では3段シート付きのバイクが空ぶかしをし、他の区画には最高速アタックをするであろう車が。
完全に日常では目にしない異世界。
そのPAの外では交差点でドリフトする車。
この交差点がドリ車だらけだったな。ここか生麦JCT方向へ少し走った交差点のどちらか。
今じゃストリートでドリフトする車もほとんどおらず。
PA内のこの場所も当時は人だらけで交差点を見るスペースがなかった。
あら?
なんか1台来た。
奥の交差点では今でも稀に走る車がいるそうな話は聞くけど、こっちまで来るんだ。
さっきまで自分を含めて3人くらいしかいなかったのに、スキール音が聞こえると人が増える(笑)
でも人少なっ!
都内まで高速で戻り、下道をブラブラしながら帰ります。
高円寺のバイカーズカフェが深夜までやっていた気がするので立ち寄ろうかと路地を走っていると、蒸し暑い夜なのに抱き合うカップルが・・・
え?!
と、思わず2度見。
男の方がオネーチャンのスカートをがっつりめくりあげていてパンツとケツが丸見え。
すげーな東京の夜。
ウチの方じゃ爺さん婆さんしかおらず、夜はタヌキかイノシシしかいないぞ(笑)
若い人ほぼいないし。
で、こんなときに限ってフロントドラレコからSDカードを抜いていたりする。
あとでじっくり見てやろうと思ったのに^^;
あ、リアドラレコはどうだろう?
照度不足で画像不鮮明。言われればそんな感じに見えるし、言われなければわからないような絵。
一応載っけるのはやめておこう^^;
いやぁ・・・東京の夜はおっかねぇ。
田舎者には刺激が強すぎるのでさっさと埼玉へ帰ろう(笑)