桂離宮は、後陽成天皇の弟・八条宮初代智仁親王により、宮家の別荘として創建されました。
幼少の頃より文武百般に秀でておられた親王は、17世紀初頭にこの地を得られて後、
元和元(1615)年頃に山荘の造営を起こされ、数年ほどの間に簡素のなかにも格調を保った桂山荘を完成されております。親王の40歳台前半の時期にあたり、古書院が建てられたものとみられます。
親王が没せられて後10年余の間は山荘も荒廃期でしたが、二代智忠親王は加賀藩主前田利常の息女富姫と結婚されて財政的な裏付けもでき、山荘の復興、増築などに意欲的に取り組まれました。
二代智忠親王は父君智仁親工譲りの研ぎすまされた美的感覚をもって、寛文2(1662)年頃までに在来の建物や庭園に巧みに調和させた中書院、さらに新御殿、月波楼、松琴亭、松花亭、笑意軒等を新増築されました。
池や庭園にも手を加えほぼ今日にみるような山荘の姿に整えられました。
特に桂棚および付け書院で知られる新御殿や御幸道などは、後水尾上皇を桂山荘にお迎えするにあ
たって、新増築されたものと伝えられています。八条宮家はその後、常盤井宮、京極宮、桂宮と改称され明治に至り、明治14(1881)年十二代淑子内親王が亡くなられるとともに絶えました。
宮家の別荘として維持されてきた桂山荘は、明治16(1883)年、宮内省所管となり、桂離宮と称されることとなりますが、創建以来永きにわたり火災に遭うこともなく、ほとんど完全に創建当時の姿を今日に伝えております。
桂離宮の総面積は付属地も含め約6万9千㎡余りです。中央には複雑に入り組む汀線を持つ池があり、大小五つの中島に土橋、板橋、石橋を渡し、書院や茶室に寄せて船着きを構え、灯籠や手水鉢を要所に配した回遊式庭園と数寄屋風の純日本風建築物とで構成されています。
苑路を進むと池は全く姿を消したり、眼前に洋々と広がったり、知らぬ間に高みにあったり、水辺にあったりしてその変化に驚かされる。また、桂離宮には真、行、草の三つの飛び石があり、庭の敷石で長方形の切石と自然石とを組み合わせた延べ段や飛石の変化を楽しみつつ、入江や州浜、築山、山里等もあり、それぞれが洗練された美意識で貫かれ、晴雨にかかわらず四季折々に映し出される自然の美には感嘆つきることを知りません。
作庭にあたり小堀遠州は直接関与していないとする説が有力ですが、庭園、建築ともに遠州好みの技法が随所に認められることから、桂離宮は遠州の影響を受けた工匠、造園師等の技と智仁親王及び智忠親王の趣味趣向が高い次元で一致して結実した成果と思われます。
京都御所、京都大宮御所、仙洞御所、修学院離宮とともに皇室用財産(国有財産)として宮内庁が管理しています。
(パンフレットより)
ドイツの建築家で、ナチスの迫害を逃れて日本を訪れたブルーノ・タウトは、「泣きたくなるほど美しい」と大絶賛し、桂離宮の「発見者」ともいわれました。タウトはその他にも桂離宮のことを「理解を絶する美」「永遠なる美」などという言葉を残しました。
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中村軒は、桂離宮のすぐ近くにある創業明治16(1883)年の和菓子店です。
久邇宮家御用達「かつら饅頭」、代表銘菓「麦代餅(むぎてもち)」など素朴ですが、あっさりとして魅力的な和菓子を作っています。
「麦代餅」は、もとは麦刈りや田植えの際に、おやつとして好まれ、その代金をお金の代わりに麦で支払うこともあったため「麦代餅」という名前が付けられたそうです。
また、季節ごとに色々な和菓子を作っていて、茶店では春夏は冷やしぜんざい、かき氷、おそうめん等、秋冬はあべ川、おぜんざい、お雑煮等をいただくことができます。
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Posted at
2017/04/05 23:17:49