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ピズモのブログ一覧

2011年10月26日 イイね!

東日本大震災後の仙台城とその周辺

この日は仕事で、仙台を訪れました。
仕事なので、史跡めぐりはできませんが、それでも早朝少し時間があるので、早起きしてホテルの周辺を散歩しました。
東日本大震災後、仙台の史跡が気になっていました。

晩翠草堂です。
土井晩翠は、少年時代から新体詩や英文学を愛好し、旧制二高に進学するや当校の「尚志会雑誌」に詩を発表、東京帝国大学在学中には高山樗牛(ちょぎゅう)や大町桂月などとともに「帝国文学」の編集委員を務めました。
そして明治32(1899)年、樗牛らの支援を受けて第一詩集「天地有情」を刊行、清新な熱情と叙事詩風な作風によって、詩壇を二分する「晩翠・藤村時代」を形成しました。
明治33(1900)年、旧制二高の教授となり帰仙すると、欧州遊学の一時期を除き仙台を離れず、詩集「暁鐘」「東海遊子吟」「曙光」などを次々と刊行し、詩人としての名声を確立するとともに、ホーマーの「イーリスアス」「オヂュッセーア」を原典から完訳するなど、文学史上に大きな足跡を残しました。晩翠作詞・滝廉太郎作曲の「荒城の月」は、明治34(1901)年に中学唱歌に採録されたもので、世界の人々に愛唱されている不朽の名作です。
こうした業績に対し、昭和25(1950)年、詩人として初めて文化勲章が贈られている。昭和27(1952)年8月、仙台城本丸跡に「荒城の月」詩碑が建立されたのを見届け、間も無く永眠しました。享年80歳でした。
昭和20(1945)年、戦災によって旧邸と3万冊もの蔵書を焼失するという苦境に陥った際、晩翠会の人々が発案して晩翠草堂を建設し、贈っています。
「天地有情」の碑は、旧制二高の教え子が晩翠に贈ったものです。
晩翠草堂・仙台ユネスコ会館 - 1
晩翠草堂・仙台ユネスコ会館 - 1 posted by (C)pismo

晩翠草堂の奥の建物が仙台ユネスコ会館です。
昭和22(1947)年、仙台ユネスコ協力会が発足しました。これは世界初の民間ユネスコ協会であり、発会式において「日本人がユネスコを通して世界平和に貢献する」決意が表明されました。この声明は障子紙に書かれて大きな反響を呼びました。
国際連合加盟の5年前に仙台の地でスタートした民間ユネスコ運動は、日本の国際社会への復帰と貢献の原点であり、ユネスコへの加盟が認められる原動力となりました。その後の様々な活動なども評価され、昭和59(1984)年、第1回民間ユネスコ運動世界大会が仙台で開催されています。
(説明看板より)
晩翠草堂・仙台ユネスコ会館 - 2
晩翠草堂・仙台ユネスコ会館 - 2 posted by (C)pismo

キリシタン殉教の碑です。
慶長18(1613)年江戸幕府によるキリシタン禁教令が行われ、元和6(1620)年には仙台領でもキリシタン(キリスト教徒)の迫害が始まりました。
元和9(1623)年冬、ポルトガル人宣教師ガルヴァリヨ神父他8名の日本人キリシタンは奥羽山脈に潜伏中捉えられ、仙台に護送されました。
同年大晦日、大橋の下の水牢においてまず2名が殉教、翌元和10(1624)年1月4日ガルヴァリヨ神父を含む7名が殉教しました。
(説明板より)
キリシタン殉教の碑 - 1
キリシタン殉教の碑 - 1 posted by (C)pismo

そして仙台城です。
仙台城は、ここのところ毎年訪れています。

平成21(2009)年「独眼竜政宗」&「炎立つ」&「南部氏」の史跡めぐり(1日目その3・仙台城)
平成22(2010)年伊達・上杉・最上紀行(1日目・仙台周辺)

北側の最近修復された石垣は目立った被害はないようです。(すこし歪みがあるような気がしましたが)
仙台城 - 01
仙台城 - 01 posted by (C)pismo

仙台城 - 02
仙台城 - 02 posted by (C)pismo

北西側はかなり崩れているようで、ブルーシートがかけられています。道路も塞がれています。
仙台城 - 03
仙台城 - 03 posted by (C)pismo

仙台城 - 04
仙台城 - 04 posted by (C)pismo

仙台城 - 05
仙台城 - 05 posted by (C)pismo

中門付近はかなり石垣が崩れています。
仙台城 - 06
仙台城 - 06 posted by (C)pismo

仙台城 - 07
仙台城 - 07 posted by (C)pismo

大手門隅櫓も被害が目立ちます。
仙台城 - 08
仙台城 - 08 posted by (C)pismo

仙台城 - 09
仙台城 - 09 posted by (C)pismo

愛姫櫻(めごひめざくら)は、国の天然記念物で日本三大桜の一つに数えられる福島県三春町の「滝桜」の子孫樹を平成18(2006)年12月18日に西公園に植樹したものです。
子孫樹は三春から仙台藩租伊達政宗に嫁いだ正室愛姫にあやかり「愛姫櫻」と命名されました。
近くには「おさ五櫻(おさいざくら)」もあります。天正7(1579)年に三春田村家から伊達政宗に嫁いだ愛姫の侍女として田村家からつかわされたのが「おさ五」という女性でした。
愛姫は仙台の地を踏むことなく承応2(1653)年、86歳で亡くなりました。
愛姫櫻 - 1
愛姫櫻 - 1 posted by (C)pismo

おさ五櫻
おさ五櫻 posted by (C)pismo

桜岡大神宮は、古くは宮城郡荒巻に鎮座していた神社で神明宮といいました。
その後伊達政宗が元和7(1621)年に伊勢神宮よりご分霊を勧請し、伊勢堂山に遷座しました。
伊達綱村が天和2(1683)年に規模を拡張し社殿を改築しました。
累代の藩主が継嗣する際には参拝するのを常としていました。
明治維新の神仏分離令により神宮寺を廃止して伊勢堂山より明治5(1872)年現在地の北東に移りました。
大正15(1926)年、現在の場所に社殿を造営遷座しました。
(説明看板などより)
桜岡大神宮 - 1
桜岡大神宮 - 1 posted by (C)pismo

お城の被害も大変ですが、仙台や東北の人には乗り越える力をお持ちだと思います。
一刻も早い復興を祈っています。
Posted at 2011/11/20 21:48:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅行(ドライブ以外) | 日記
2011年10月23日 イイね!

明保野亭・六道珍皇寺・六波羅蜜寺・大徳寺聚光院など

ワシントン・ナショナル・ギャラリー展の後は明保野亭で昼食です。
明保野亭は,幕末に志士たちの密議の場となった料亭でした。
現在は気軽に郷土料理を食べることができるお店になっています。
元治元(1864)年6月10日,池田屋事変の残党狩で探索中の会津藩士と新選組は,明保野亭に不審者を認め槍で刺して捕えました。それが土佐藩士麻田時太郎であったため,公武合体に尽くす会津・土佐両藩の関係悪化を怖れ,刺した会津藩士柴司と麻田の両名は共に自刃しました。
ただし、幕末の明保野亭は、現在の場所より北東にある青龍苑付近で会ったといわれています。
明保野亭 - 1
明保野亭 - 1 posted by (C)pismo

明保野亭 - 2
明保野亭 - 2 posted by (C)pismo

明保野亭 - 3
明保野亭 - 3 posted by (C)pismo

明保野亭 - 4
明保野亭 - 4 posted by (C)pismo

六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ、ろくどうちんこうじ)は、臨済宗建仁寺派の寺院です。「六道さん」として親しまれています。
この付近は、かって死者を鳥辺野(東山区南部の阿弥陀ヶ峰北麓の五条坂から南麓の今熊野に至る丘陵地)へ葬送する際の野辺送りの場所で「六道の辻」と呼ばれ、この世とあの世の境といわれていました。
六道とは、仏教で、すべての生き物が生前の善悪の行いによって必ず行くとされる地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六種の冥界のことで、本堂の裏にある井戸は、昼は嵯峨天皇、夜は閻魔大王に仕えた小野篁が冥途へ通った入口であったという伝説が残されています。
平安・鎌倉時代には東寺に属して隆盛し、その後室町前期の正平年間(1346〜70)に建仁寺の僧、良聡により再興され臨済宗に改められました。
薬師堂には本尊の木造薬師如来像を安置しています。閻魔堂に小野篁の作と伝わる閻魔大王像と等身大の小野篁像が祀られています。
毎年8月7日から10日までの4日間は「六道まいり」が行われ、先祖の精霊をこの世へ呼び戻す「迎え鐘」を撞く参拝者でにぎわています。
六道珍皇寺 - 01
六道珍皇寺 - 01 posted by (C)pismo

六道珍皇寺 - 02
六道珍皇寺 - 02 posted by (C)pismo

六道珍皇寺 - 03
六道珍皇寺 - 03 posted by (C)pismo

六道珍皇寺 - 04
六道珍皇寺 - 04 posted by (C)pismo

六波羅蜜寺は、山号は補陀洛山、真言宗智山派の寺院です。西国第十七番札所です。
醍醐天皇第二皇子光勝空也が天暦5(951)年に造立した十一面観音を本尊とする道場に由来し、当初西光寺と称しました。
空也の死後、貞元2(977)年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称しました。
それ以降天台宗に属しましたが、桃山時代に真言宗智積院の末寺となりました。
現在の本堂は、貞治2(1363)年の修営であり、明治以降荒廃していましたが、昭和44(1969)年に開創1000年を記念して解体修理が行われ、丹の色も鮮やかな姿を取り戻しています。
平安末にはこの付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が営まれ、後に鎌倉幕府の六波羅探題も置かれたことでも知られています。
木造空也上人立像、木造僧形坐像(伝・平清盛像)、木造伝・運慶坐像、伝・湛慶坐像などの重要文化財に指定されている木像などを所蔵しています。
六波羅蜜寺 - 1
六波羅蜜寺 - 1 posted by (C)pismo

六波羅蜜寺 - 2
六波羅蜜寺 - 2 posted by (C)pismo

六波羅蜜寺 - 3
六波羅蜜寺 - 3 posted by (C)pismo

聚光院は、臨済宗大徳寺派に属する大徳寺の塔頭です。
永禄9(1566)年、三好義継が父長慶の菩提をとむらうため、大徳寺百七世笑嶺宗訢(しょうれいそうきん)を請じて建立した寺で、聚光院の名は長慶の法名「聚光院殿前匠作眠室進公大禅定門」に由来しています。
笑嶺和尚に参禅した千利休が檀家となって多くの資財をよせ、以来当寺は茶道三千家の菩提所となっています。境内には利休の墓を中心に三千家歴代の墓所があり、毎月28日茶の供養が行われます。
方丈内部には、狩野松栄・永徳父子の筆による桃山時代を代表する障壁画「瀟湘八景図(しょうしょうはっけいず)」「竹虎遊猿図(ちくこゆうえんず)」「花鳥図(かちょうず)」「琴棋書画図(きんきしょがず)」があり、全て国宝に指定されています。
茶室には「閑隠席(かんいんせき)」と「枡床席(ますどこせき)」があり、共に重要文化財に指定されている。方丈庭園は「百積庭(ひゃくせきてい)」と称し、国の名勝に指定されています。
(説明板などより)
なお、普段は非公開で、「京都非公開文化財特別公開」で見ることができました。
残念ながら、内部は撮影禁止です。
大徳寺聚光院 - 1
大徳寺聚光院 - 1 posted by (C)pismo

以前に訪れた高桐院
は紅葉にはまだ少し早いようです。

大徳寺高桐院 - 1
大徳寺高桐院 - 1 posted by (C)pismo

大徳寺高桐院 - 2
大徳寺高桐院 - 2 posted by (C)pismo

この日はここまでです。
Posted at 2011/11/17 20:31:53 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2011年10月23日 イイね!

京都市美術館で開催されているワシントン・ナショナル・ギャラリー展

京都市美術館で開催されているワシントン・ナショナル・ギャラリー展この日は、京都市美術館で開催されているワシントン・ナショナル・ギャラリー展を見に行きました。.
アメリカのワシントンにあるワシントン・ナショナル・ギャラリーが開設70周年記念の大改修により、同館が誇る印象派とポスト印象派の作品が日本に来ています。
東京では、国立新美術館で6月8日から9月5日まで開催されていたと聞いていましたが、京都でも開催されるということで非常に楽しみにしていました。
マネの「鉄道」や、ゴッホの自画像、ルノワールの「踊り子(後のアンリオ夫人)」「アンリオ夫人」などが特に印象に残りました。
「踊り子(後のアンリオ夫人)」と「アンリオ夫人」が並んで展示しているのが面白かったです。
11月27日(日)まで開催されています。印象派の名画がお好きな人は是非どうぞ。
Posted at 2011/11/14 21:02:58 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2011年10月10日 イイね!

伊予・土佐紀行(3日目その2・龍河洞・早明浦ダム)


龍河洞は、三宝山の中腹にある石灰洞穴で、三洞に別れ、延長4kmのうち、1kmが開発されています。山腹に入口があり、出口は上の方にあります。
出口附近に古代人の穴居生活跡があり、石灰華に包まれて固着した土器があり、「神の壺」と呼ばれ貴重な学術資料です。その外、弥生式土器、石器、炉跡などがあります。
洞名の起こりは承久3(1221)年の承久の乱の後、土佐に配流された土御門上皇が入洞された時、錦の蛇が現れ、上皇を案内したといわれています。天皇の乗物「竜駕」が転じて「龍河」となったとの伝説があります。昭和9(1934)年に国の天然記念物、史跡に指定されています。
その他出土品を納めた龍河洞博物館や、南国土佐にある特殊な鳥を集めている珍鳥センターが併設されています。
珍鳥センターには特別天然記念物のオナガドリ、天然記念物の東天紅、うずらちゃぼ、大軍鶏、小地鶏などを見ることができます。
龍河洞 - 01
龍河洞 - 01 posted by (C)pismo

龍河洞 - 02
龍河洞 - 02 posted by (C)pismo

龍河洞 - 03
龍河洞 - 03 posted by (C)pismo

龍河洞 - 04
龍河洞 - 04 posted by (C)pismo

龍河洞 - 05
龍河洞 - 05 posted by (C)pismo

龍河洞 - 06
龍河洞 - 06 posted by (C)pismo

龍河洞 - 07
龍河洞 - 07 posted by (C)pismo

龍河洞 - 08
龍河洞 - 08 posted by (C)pismo

龍河洞 - 09
龍河洞 - 09 posted by (C)pismo

龍河洞 - 10
龍河洞 - 10 posted by (C)pismo

龍河洞 - 11
龍河洞 - 11 posted by (C)pismo

龍河洞 - 12
龍河洞 - 12 posted by (C)pismo

龍河洞 - 13
龍河洞 - 13 posted by (C)pismo

龍河洞 - 14
龍河洞 - 14 posted by (C)pismo

龍河洞 - 15
龍河洞 - 15 posted by (C)pismo

龍河洞 - 16
龍河洞 - 16 posted by (C)pismo

龍河洞 - 17
龍河洞 - 17 posted by (C)pismo

そして、旅の最後に早明浦ダムを訪れました。
早明浦ダム(さめうらダム)は、高知県長岡郡本山町と土佐郡土佐町にまたがる吉野川本流上流部に建設された多目的ダムです。
吉野川総合開発計画に基づくもので、昭和42(1967)年に着工し、昭和50(1975)年に完成しました。多目的ダムとして西日本一の規模を誇り、貯水量は全国第4位。四国4県に分水され、「四国の水がめ」として、多くの人々の暮らしや産業を支えています。
また、電源開発の早明浦発電所があり、水力発電にも活用されています。
早明浦ダム - 01
早明浦ダム - 01 posted by (C)pismo

早明浦ダム - 02
早明浦ダム - 02 posted by (C)pismo

早明浦ダム - 03
早明浦ダム - 03 posted by (C)pismo

早明浦ダム - 04
早明浦ダム - 04 posted by (C)pismo

早明浦ダム - 05
早明浦ダム - 05 posted by (C)pismo
Posted at 2011/11/12 21:25:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2011年10月10日 イイね!

伊予・土佐紀行(3日目その1・横浪スカイラインの武市半平太銅像〜四国自動車博物館)

梼原から高知県の中央部に向けてドライブです。

途中、須崎市で横浪スカイラインを走ってみることにしました。
横浪スカイラインは正式には高知県道47号横浪公園線といい、横浪黒潮ライン・横浪スカイラインの名で親しまれています。
須ノ浦パーキングには、幕末の土佐勤王党の党首の武市半平太の銅像があります。
昭和54(1979)年12月、募金活動によって当地に建立されましたが初代銅像は極端に張ったあごやいかり肩など、肖像画にも似ていないと不評であり、昭和60(1985)年に再建活動に入ったというエピソードがあります。
武市半平太銅像 - 01
武市半平太銅像 - 01 posted by (C)pismo

武市半平太銅像 - 02
武市半平太銅像 - 02 posted by (C)pismo

武市半平太銅像 - 03
武市半平太銅像 - 03 posted by (C)pismo

高知市内の「ひろめ市場」で鰹のたたきを食べた後、香美市野市町にある四国自動車博物館を訪れました。
四国自動車博物館は、ネッツトヨタ南国が運営する自動車博物館です。
平成2(1990)年に地域活性化の目的のもと、大豊町の要請を受けてれいほく21世紀センターに開設しましたが、平成8(1996)年に建物の用途変更のため閉館しました。そして、平成13(2001)年12月に現在の高知県香南市野市町に再オープンしました。
フェラーリやアバルト、アルファロメオ、ポルシェなどの海外の名車や、トヨタ2000GTやスバル360など国産車も展示しています。またバイクも数多く展示しています。
四国自動車博物館 - 01
四国自動車博物館 - 01 posted by (C)pismo

四国自動車博物館 - 02
四国自動車博物館 - 02 posted by (C)pismo

四国自動車博物館 - 03
四国自動車博物館 - 03 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・PORSCHE 356A Carrera GS - 04
四国自動車博物館・PORSCHE 356A Carrera GS - 04 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・SHELBY-AC COBRA427 - 05
四国自動車博物館・SHELBY-AC COBRA427 - 05 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・HONDA CR93 STREET - 06
四国自動車博物館・HONDA CR93 STREET - 06 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・Fiat Abarth 2000 SPORT SPIDER Ser.II - 07
四国自動車博物館・Fiat Abarth 2000 SPORT SPIDER Ser.II - 07 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・ALFA ROMEO Giulia TZ1 - 08
四国自動車博物館・ALFA ROMEO Giulia TZ1 - 08 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・ALFA ROMEO GTA1300 Junior Gr.5 MONZEGLIO - 09
四国自動車博物館・ALFA ROMEO GTA1300 Junior Gr.5 MONZEGLIO - 09 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・ALFA ROMEO Giulietta Spider VELOCE - 10
四国自動車博物館・ALFA ROMEO Giulietta Spider VELOCE - 10 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・ALFA ROMEO 155 V6 Ti - 11
四国自動車博物館・ALFA ROMEO 155 V6 Ti - 11 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・ALFA ROMEO GTA1300 Junior Gr.5 MONZEGLIO - 12
四国自動車博物館・ALFA ROMEO GTA1300 Junior Gr.5 MONZEGLIO - 12 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・スバル 360 - 13
四国自動車博物館・スバル 360 - 13 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・Ferrari BB512i - 14
四国自動車博物館・Ferrari BB512i - 14 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・Dino 246GTS targatop - 15
四国自動車博物館・Dino 246GTS targatop - 15 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・ トヨタ 2000GT - 16
四国自動車博物館・ トヨタ 2000GT - 16 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・Ferrari 308GTB Fiberglass - 17
四国自動車博物館・Ferrari 308GTB Fiberglass - 17 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・LOTUS EUROPA SPECIAL (TYPE74) - 18
四国自動車博物館・LOTUS EUROPA SPECIAL (TYPE74) - 18 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・TOYOTA SPORTS 800 - 19
四国自動車博物館・TOYOTA SPORTS 800 - 19 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・トヨペットクラウン 1900 デラックスRS31型 - 20
四国自動車博物館・トヨペットクラウン 1900 デラックスRS31型 - 20 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・トヨタ パブリカ - 21
四国自動車博物館・トヨタ パブリカ - 21 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・LANCIA STRATO'S - 22
四国自動車博物館・LANCIA STRATO'S - 22 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・LANCIA DELTA S4 - 23
四国自動車博物館・LANCIA DELTA S4 - 23 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・日産 スカイライン 2000GT-R -24
四国自動車博物館・日産 スカイライン 2000GT-R -24 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・HONDA S800 RSC RACE (ヨシムラTune) - 25
四国自動車博物館・HONDA S800 RSC RACE (ヨシムラTune) - 25 posted by (C)pismo

四国自動車博物館・Dino 246GT - 26
四国自動車博物館・Dino 246GT - 26 posted by (C)pismo

この後は龍河洞を訪れます。
Posted at 2011/11/12 18:54:43 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記

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