粟鹿神社は、出石神社と共に但馬国一宮とされる神社です。
祭神は十一柱を総称する粟鹿大神で、開化天皇の第三皇子で、四道将軍の一で丹波国に派遣された丹波道主神と共に丹波・但馬地方を平定し開拓した日子坐王命(ひこいますのおおきみのみこと)、大国主命の御子神である天美佐利命(あめのみさりのみこと)、山幸彦こと日子穂穂手見尊(ひこほほでみのみこと)を祀っています。また、粟鹿山から鹿が粟を三束くわえてこの地に現れ、人々に農業などの技術指導したことから、その鹿を祀っているとも言われています。
鎌倉時代の但馬国大田文では粟鹿神社を二宮としていますが、室町時代の大日本国一宮記では粟鹿神社を一宮に挙げられるなどしており、時代の変遷により異なっていたようです。現在は両社ともが但馬国一宮を称しています。
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柏原八幡神社は、万寿元(1024)年、男山八幡の別宮として創建されました。
明智光秀の丹波攻めで兵火に遭いましたが、天正10(1582)年、羽柴秀吉が黒井城主だった堀尾茂助吉晴に命じて再建されました。
本殿及び拝殿は、大正2(1913)年に国の特別保護構造物、昭和2(1927)年に国宝、昭和25(1950)年、国の重要文化財に指定され、昭和50(1975)年1月から21ヶ月をかけて修理がされました。
三重塔は、文化10(1813)年から12(1815)年にかけて建立されました。
かつては、神仏習合で神宮寺だった乗宝寺の塔でした。平成元(1989)年に兵庫県の指定文化財に指定されています。
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Posted at 2015/02/01 23:57:34 | |
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