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ピズモのブログ一覧

2006年11月30日 イイね!

大徳寺・妙心寺(その9 妙心寺とその周辺)

主なその日の目的は果たしたので妙心寺内を散歩します。
妙心寺の中は非公開寺院が多いのですが、妙心寺智勝院は門から見える紅葉が綺麗でした。あとで調べると稲葉一鉄や、斎藤利三と言った美濃の武将にゆかりのある寺院だそうです。


妙心寺北門を出てすぐの所には亀屋重久という和菓子屋さんがあります。ここの「衣笠」という落雁でこしあんをつつんだ和菓子が好きなのでお土産に買おうと思いましたが、残念ながら定休日でした。


再び妙心寺内に引き返し、また大通院の前まで来ると、向側に「堀尾家菩提所」の文字が。妙心寺春光院という寺院です。功名が辻で山内一豊の親友として出てきていた堀尾吉晴ですが、菩提寺も向側にあるということに、ほほえましさを感じました。


今回は行きそびれましたが、春光院の西側には中村一氏の菩提寺の大龍院という塔頭もあるそうです。

妙心寺内散歩の最後に妙心寺の法堂と浴室(明智風呂)の拝観をしてみました。こちらは拝観料500円が必要ですが、中には日本最古の鐘の妙心寺鐘や狩野探幽の雲龍図、そして明智光秀の菩提を弔うために建立した浴室と見応えがあります。


もう暗くなりかけていましたので、この後は永観堂のライトアップも最終日ということで行ってみましたが、あまりの人で写真撮影どころではない状態なので、あえなく退散ということでこの日の京都見物は終了です。
Posted at 2006/12/11 23:14:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2006年11月30日 イイね!

大徳寺・妙心寺(その8 山内一豊公と妻千代の菩提寺・妙心寺大通院)

次は車で妙心寺に移動します。
目的は、特別公開の妙心寺大通院です。普段は非公開ですが、時々特別公開をやっており、今年の秋は10月7日~12月17日まで公開しています。
この大通院は今年の大河ドラマ「功名が辻」の主役、山内一豊公と妻の千代さんのお霊屋があるお寺です。大通院は天正14(1586)年、一柳直末が南家玄興を開山として創建した妙心寺の塔頭ですが、山内一豊と千代の養子湘南宗化(功名が辻では「お拾」)が二世に入寺して以降、山内家の菩提寺となりました。
ここも紅葉が素晴らしいです。

院門です。殿様が馬から降りずにお参りできるように高く造られており、別名馬上門といわれているそうです。



一豊と千代の養子で大通院中興の祖、湘南国師のお墓です。



お霊屋への参道は紅葉に彩られていますが、風が強く落葉盛んでした。




お霊屋です。


右は一豊公の家紋「三つ葉柏」。土佐藩出身岩崎弥太郎が創業した三菱のマークのモデルにもなりました。
左は「藤と三つ葉柏」で千代の父である若宮友興の家紋と山内家の家紋を組み合わせたもので、千代が使っていたそうです。


お霊屋内部です。右が一豊公、左が千代さんのお墓。禅宗の僧侶のお墓に用いる形式の無縫塔です。千代さんの方が若干背が高いそうです。


大河ドラマ「功名が辻」の主役の上川隆也さんと、仲間由紀恵さんもお参りされたそうです。


歴史のある大通院で、湘南国師による妙心寺塔頭の中でも素晴らしいとされていた庭園は残念ながら明治の廃仏毀釈で取り払われてしまい、庭石などは平安神宮の神苑に使われてしまっているそうです。
Posted at 2006/12/10 00:02:34 | コメント(4) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2006年11月30日 イイね!

大徳寺・妙心寺(その7 船岡山・建勲神社)

大徳寺駐車場に車を止めたまま、境内南側の船岡山に行ってみました。
応仁の乱の古戦場で、西軍の拠点であった船岡山城が築かれました。また、永正8(1511)年に前将軍足利義材と、足利義澄との戦いでも攻防の舞台となったところです。


船岡山には建勲神社があります。織田信長公・信忠公を祭る神社です。


歴史が一杯詰まった船岡山ですが、次はもうひとつの目的、妙心寺に向かいます。
Posted at 2006/12/09 00:31:12 | コメント(2) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2006年11月30日 イイね!

大徳寺・妙心寺(その6 庭園が魅力的な大徳寺・龍源院)

次は龍源院に行ってみました。龍源院は大仙院を本庵とする大徳寺北派に対して、南派の本庵とされている大徳寺の塔頭です。大徳寺・山門〔金毛閣〕のすぐそばにあります。
室町時代に能登の畠山義元・豊後の大友義長(大友宗麟の祖父)らが創建しました。
ここは、4種類の庭園を楽しむことができます。庭園が好きな人にはおすすめです。

こ沱庭です。こ沱庭の阿吽の石は聚楽第の遺構だそうです。




寺宝の豊臣秀吉と徳川家康が対局したといわれる四方蒔絵碁盤・碁筒と天正11(1583)年の銘がある日本最古の種子島銃を見ることができました。


東滴壺といわれる我が国では最も小さい庭園です。小さいといえども雰囲気があります。


一枝坦です。丸く象った苔の中に石が立つ亀島が特徴的な庭園です。




龍吟庭といわれる三尊石組からなる室町時代の枯山水庭園です。




大徳寺散策はこれでひとまず終了です。とりあえずこの日公開している塔頭をすべて見ることができました。非公開の寺院を含めて、武士たちの信仰を集めた臨済禅の寺院で、格式の高さとそれぞれ個性がある塔頭が非常に魅力的なお寺でした。この後は、大徳寺近くの「船岡山」まで行ってみます。
Posted at 2006/12/08 22:37:32 | コメント(2) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2006年11月30日 イイね!

大徳寺・妙心寺(その5 大友宗麟の菩提寺・大徳寺瑞峯院と利休ゆかりの大徳寺三門)

次は大徳寺瑞峯院です。ここは一般公開を普段からしている塔頭です。


天文4(1535)年にキリシタン大名として知られる大友宗麟が創建したお寺です。宗麟はキリシタンになる前は禅宗に帰依していました。
ここは、宗麟が創建した当初の方丈が残りますが、方丈の前庭の枯山水の庭園が素晴らしいです。
独坐庭(どくざてい)といい、開祖である大満国師の400年遠忌を機に作庭したものです。荒波にもまれながら悠々と独り坐す蓬莱山を表しているとかで、石庭の砂紋が他のお寺に比べて結構目立ちます。
変化に富んでいて素晴らしいと思いました。








方丈を挟んで反対側には閑眠庭(かんみんてい)といい、大友宗麟に因み7組の石組が十字架を表したもの庭です。縦に4つ、横に3つの石組みで十字架です。禅寺に十字架を表した庭園というのも不思議な感じがしますが、面白い試みだと思いました。




外に出ると灯籠脇に千両が。



次は龍源院に向かいますが、その前に千利休切腹の遠因になったと言われる大徳寺三門の前を通りました。

Posted at 2006/12/06 00:24:43 | コメント(2) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記

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