
車に無関係の時事ネタ、科学ネタですみません。
つい先ほど今年のノーベル物理学賞の受賞者が発表されました。
下馬評通り、「重力波の観測」に貢献した人で、観測計画の提案者の
理論物理学者一人と実験家の二人です。
昨年が物性物理関係(トポロジカル超伝導)で、その前年が梶田さん
たちでしたので、今年は順当に行けば、素粒子宇宙関連と思われて
いて、その通りになりました。
重力波って何なのか?を少し解説してみたいと思います。
目に見えない波としては電磁波はよく知られています。それと似ているところもありますが、全く違う点がいくつもあります。
電磁波は、ヘルツが1887年に検出したのですが、その基礎理論の電磁場の法則はそれより前から知られていて、
マックスウェルが4つの方程式に整理したのは1864年でした。
電場が時間変化すると磁場が発生し、磁場が時間変化すると電場が生じます。(電磁誘導の法則)
これは、発電やIHヒーター(Induction Heating)として広く応用されていてますね。
電磁波は、伝わる方向に垂直に電場が振動すると磁場が発生し、それが振動して電場を作り、...と違いを誘導しながら
伝わります。音波のように媒質の振動が伝わるわけではないので、真空でも伝わります。だから、夜でも遠くの星が
見える訳です。
一方、重力というと、万有引力の法則が電荷の間の力を決めるクーロンの法則と似ているので、よく並べて
語られることもありますが、厳密には重力は「逆自乗則」(力が2つの物体の距離の自乗に反比例する)に従い
ません。また、重力場の時間変化を記述する法則は、アインシュタインの一般相対論まで知られていませんでした。
一般相対性理論は1916年に発表され、その中に出てくるアインシュタイン方程式を、重力場が弱いという条件で
変形すると、電磁波と同じ形の波動方程式が導出できます。これが「重力波の予言」と呼ばれるものです。
1916年から100年後に、LIGOがブラックホールの衝突によって発生した重力波を初めて検出しました。
その後、およそ二年の間に3例(最近は今年の6月)に検出して、それが今回の受賞に繋がりました。
少し脱線しますが、アインシュタイン方程式は、ある数学的な記号を使うと1行で書ける綺麗な方程式ですが、
数学的には高度に非線形で解を求めるのが難しい方程式です。この方程式の厳密解を最初に見つけたのは、
時間によらずに球対称という条件を付けたシュバルツシルトでした。1917年のことです。
この解は、中心からある距離以内では光でさえ脱出できない領域を持っていて、ブラックホールとして知られて
います。また、1925年にフリードマンが、物質(エネルギー)の分布が空間的に一様であるという条件の下で
解いて膨張する空間の解を見つけて、これがビッグバン宇宙論の基礎になっています。
(アインシュタインが、膨張宇宙に懐疑的であったことは有名な話で、後に自らの誤りを認めています。)
重力波は天体規模では強いと感じますが、重力波として伝わる重力は非常に弱いことが、検出を困難たらしめて
いました。また、重力波は、電磁波(光)と同様、真空を光速で伝わりますが、伝わる「もの」が電場や磁場では
なくて、重力または空間の歪みなのです。しかもその振動の仕方に特徴があります。
電磁波は、伝わる方向に垂直な面内で電場と磁場が互いに直交して振動しています。常に電場または磁場の向き
が反転するように振動するので、「双極子的振動」(ベクトル波)と言われます。
重力波は、空間の歪みが伝わる方向に垂直な面内で振動していますが、例えばある方向に空間が伸びると、
それに垂直な方向には必ず同じ量だけ縮みます。これを四重極子振動(テンソル波)と言います。
ある方向に伸びると同時に、直交する方向に縮むことを確認しなければなりません。
LIGOとは、 Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatoryの略で、一辺4kmのL字型のレーザー干渉計
により、4kmの距離の僅かな変化を同時に検出するものです。
今回の受賞者のうち、バリッシュとワイスはこの検出装置の開発のリーダーでした。もう一人のソーンは理論家で
古くから一般相対性理論の研究で有名な人です。私も、彼が共著者の一人である本を持っています。
私たちの間では「電話帳」(死語ですね)と呼ばれるほど分厚いペーパーバックの本で、正式には
GRAVITATIONというタイトルで、一般相対論のことが網羅的に記述されています。
これまでの重力波検出は10億光年より遠い場所でのブラックホール衝突を起源とするものです。
この他にも中性子星の衝突・合体や、超新星爆発を起源とする重力波の検出も期待されていて、重力天文学が
始まったところです。日本のKAGRAもこれに加わろうとしています。
重力波は、物質との相互作用が非常に弱いことから、初期宇宙で発生した重力波が現在の宇宙に、ほぼそのまま
の形(空間膨張により波長は伸びていますが)で漂っていると考えられていて、それを検出する計画もあります。
eLISAと呼ばれる計画で、最初の重力波検出が発表される少し前(2015年12月)に試験衛星が打ち上げられました。
eLISA = evolved LISAで、LISAとはLaser Interferometer Space Antennaの略です。
波長が長く弱い重力波を検出するために、LIGOでは4kmだった距離を500万kmにした干渉計を宇宙空間で実現
するという壮大な計画です。実は、10年以上前からLISA計画はありましたが、財政状況悪化で一時困難と思われて
その後evolvedバージョンとなって復活しました。
こちらは直接検出は不可能であると思われていた初期宇宙の相転移やインフレーションを起源とする重力波を
ターゲットにしています。
私が学生だった30年ほど前は実現不可能と思われていた実験や観測が、こうして実現され次々と結果を出して
いることは驚異でもあり、さらに期待も膨らみます。
長文、失礼しました。